海野十三 蠅男㊲

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※➀に同じくです。


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問題文

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(ほうそうくらぶのさつじん)

◇法曹クラブの殺人◇

(むらまつけんじは、はたしておそるべきさつじんまはえおとこなのであろうか?)

村松検事は、果たして恐るべき殺人魔「蠅男」なのであろうか?

(けんじをしんずることのあついほむらたんていは、だれがなんといおうと、それがまちがいで)

検事を信ずることの篤い帆村探偵は、誰が何といおうと、それが間違いで

(あることをしんじていた。しかしなにごとにもしょうこしだいできまるよのなかだった。)

あることを信じていた。しかし何事にも証拠次第で決まる世の中だった。

(もとのおにけんじせい、しおたせんせいのさつがいげんばをしらべたけんさつかんはまことにいかんに)

元の鬼検事正、塩田先生の殺害現場を調べた検察官はまことに遺憾に

(たえないことだったけれど、むらまつけんじをさつじんようぎしゃとしてたいほするしかない)

たえないことだったけれど、村松検事を殺人容疑者として逮捕するしかない

(のっぴきならぬしょうこをにぎっていたのであった。)

のっぴきならぬ証拠を握っていたのであった。

(そのときのほうこくしょにしるされたさつじんてんまつは、つぎのようなしだいであった。)

そのときの報告書に記された殺人顛末は、次のような次第であった。

(ばしょは、おおさかのまるのうちがいとしょうせられるどうじまに、さいきんたてられたろっかいだての)

場所は、大阪の丸の内街と称せられる堂島に、最近建てられた六階建ての

(びるでぃんぐで、なづけてほうそうくらぶ・びるというところだった。)

ビルディングで、名づけて法曹クラブ・ビルというところだった。

(とうやごごくじをすこしまわったとき、じんぞうだいりせきのはしらもびびしいびるのげんかんに、)

当夜午後九時を少し廻ったとき、人造大理石の柱も美々しいビルの玄関に、

(いちだいのじどうしゃがとまった。そしてなかからおりてきたのはひとりのひげのふかいろうじんと、)

一台の自動車が停まった。そして中から降りて来たのは一人の髭の深い老人と、

(もうひとりはくろいふくをきたかおいろのあおじろいちゅうねんのしんしだった。このろうじんは、)

もう一人は黒い服を着た顔色の青白い中年の紳士だった。この老人は、

(いわずとしれたかもしたどくとるだったし、くろふくのちゅうねんしんしはむらまつけんじであった。)

云わずと知れた鴨下ドクトルだったし、黒服の中年紳士は村松検事であった。

(ふたりはぼーいにらいいをつげた。)

二人はボーイに来意を告げた。

(ぼーいはさっそくでんわでもって、しおたせんせいにかしてあるこしつへでんわをかけた。)

ボーイは早速電話でもって、塩田先生に貸してある小室へ電話を掛けた。

(するとしおたせんせいがでんわぐちにあらわれて、おおそうか。かもしたどくとるに、)

すると塩田先生が電話口に現われて、「おおそうか。鴨下ドクトルに、

(むらまつもいっしょについてきたのか。たしかにふたりづれなんだね)

村松も一緒について来たのか。確かに二人連れなんだネ」

(さようでございますとぼーいはへんじをした。)

「左様でございます」とボーイは返事をした。

(するとしおたせんせいは、なにおもったかきゅうにことばをあらためて、ぼーいにいうには、)

すると塩田先生は、何思ったか急に言葉を改めて、ボーイに云うには、

など

(じつは、これはきゃくにしれてはこまるので、きみだけがこころえて、そっとしらせて)

「実は、これは客に知れては困るので、君だけが心得て、ソッと知らせて

(もらいたいんだが・・・とぜんていして、そのむらまつというきゃくのぜんがくに、)

貰いたいんだが・・・」と前提して、「その村松という客の前額に、

(ななめになったいっすんほどのうすいきずあとがついているだろうか。はいかいいえか、)

斜めになった一寸ほどの薄い傷痕がついているだろうか。ハイかイイエか、

(かんたんにこたえてくれんか)

簡単に応えてくれんか」

(ぼーいはこのきみょうなしつもんにおどろいたが、いわれたとおりむらまつしのひたいをみると、)

ボーイはこの奇妙な質問に愕いたが、云われたとおり村松氏の額を見ると、

(なるほどうすいきずあとがひとつついていた。)

なるほど薄い傷痕が一つついていた。

(はい、そのとおりでございます)

「ハイ、そのとおりでございます」

(おおそうかいと、しおたせんせいはあんしんしたようなこえをだして、では)

「おおそうかい」と、塩田先生は安心したような声を出して、「では

(ていねいに、こっちへおとおししてくれんか)

丁寧に、こっちへお通ししてくれんか」

(ふたりのきゃくは、そこでぼうしとおーばーとをあずけて、えれヴぇーたーのほうに)

二人の客は、そこで帽子とオーバーとを預けて、エレヴェーターの方に

(あるいていったが、そのときどくとるはよこばらをおさえてかおをしかめ、ぼーいに)

歩いていったが、そのときドクトルは横腹をおさえて顔を顰め、ボーイに

(てあらいじょのありかをきいた。そこでぼーいがいちぐうをゆびさすと、どくとるは)

手洗所の在処を聞いた。そこでボーイが一隅を指さすと、ドクトルは

(むらまつしにさきへいくようにとあいさつして、あたふたとてあらいじょのなかへはいっていった。)

村松氏に先へ行くようにと挨拶して、アタフタと手洗所の中へ入っていった。

(ぼーいはむらまつしだけをあんないして、ろっかいにあるしおたせんせいのかしきりしつへ)

ボーイは村松氏だけを案内して、六階にある塩田先生の貸し切り室へ

(つれていった。とびらをのっくすると、しおたせんせいがみずからいりぐちをひらいて、むらまつしを)

連れていった。扉をノックすると、塩田先生が自ら入口を開いて、村松氏を

(しょうじいれた。かもしたどくとるはいまてあらいじょにはいっているから、まもなくくるであろう)

招じ入れた。鴨下ドクトルは今手洗所に入っているから、間もなく来るであろう

(とむらまつしがいえば、せんせいはおおきくうなずき、そうかそうかといって、いそいで)

と村松氏が云えば、先生は大きく肯き、そうかそうかといって、急いで

(むらまつしのてをとり、しつないへいれ、とびらをぴたりととじた。)

村松氏の手を取り、室内へ入れ、扉をピタリと閉じた。

(ぼーいは、てあらいじょからかもしたどくとるがでてこないまえに、かいかへおりていなければ)

ボーイは、手洗所から鴨下ドクトルが出て来ない前に、階下へ下りていなければ

(ならぬとおもったので、えれヴぇーたーをよんで、すーっとしたにおりていった。)

ならぬと思ったので、エレヴェーターを呼んで、スーッと下に下りていった。

(やくしち、はちふんのあいだであったと、ぼーいはのちにしょうげんした。)

約七、八分の間であったと、ボーイは後に証言した。

(ぼーいが、てあらいじょからでてきたかもしたどくとるをあんないして、ふたたびしおたせんせいの)

ボーイが、手洗所から出てきた鴨下ドクトルを案内して、再び塩田先生の

(へやのまえにたったまでのときのあゆみをあとからおもいだしてみると、ーーそのしち、はちふん)

室の前に立ったまでの時の歩みを後から思いだしてみると、ーーその七、八分

(というみじかいじかんのうちに、しおたせんせいのへやにはたいへんなことがおこっていた)

という短い時間のうちに、塩田先生の室には大変なことが起こっていた

(のだった。それともしらぬぼーいは、へやのとびらをこんこんとのっくした。)

のだった。それとも知らぬボーイは、室の扉をコンコンとノックした。

(しかるに、へやのなかからは、なんのへんじもない。きこえないのかとおもって、)

しかるに、室の中からは、何の返事もない。聞こえないのかと思って、

(もういちど、すこしたかいおとをたててのっくしたが、やはりへんじがない。)

もう一度、少し高い音を立ててノックしたが、やはり返事がない。

(おい、どうしたんじゃ。おまえはへやをまちがえとるんじゃないか。)

「オイ、どうしたんじゃ。お前は部屋を間違えとるんじゃないか。

(しっかりせいと、きみじかのかもしたどくとるは、ぼーいをどなりつけた。)

しっかりせい」と、気短の鴨下ドクトルは、ボーイを怒鳴りつけた。

(ぼーいは、そういわれて、しつばんごうをみなおしたが、たしかにまちがいない。)

ボーイは、そういわれて、室番号を見直したが、確かに間違いない。

(しつないには、でんとうがこうこうとついている。ろっかいででんとうのついているのは、そんなに)

室内には、電灯が煌々とついている。六階で電灯のついているのは、そんなに

(たくさんあるわけではない。どうしてもこのへやなのに、しおたせんせいとむらまつしは、)

沢山あるわけではない。どうしてもこの室なのに、塩田先生と村松氏は、

(いったいなかでなにをしているのだろう。)

一体中で何をしているのだろう。

(ぼーいはのぶをつかんで、おしてみた。)

ボーイはノブを掴んで、押してみた。

(だが、とびらはびくともしない。うちがわからかぎがかかっているのだった。)

だが、扉はビクともしない。内側から鍵がかかっているのだった。

(へんだなあ。もしもし、おきゃくさんーー)

「変だなア。モシモシ、お客さんーー」

(と、ぼーいはおおごえでどなりながら、とびらをはげしくたたいた。)

と、ボーイは大声で怒鳴りながら、扉を激しく叩いた。

(すると、とびらのうちで、おうとかすかにへんじをするものがあった。)

すると、扉のうちで、おうと微かに返事をする者があった。

(ぼーいはほっとして、かもしたどくとるのかおをみあげた。どくとるは)

ボーイはホッとして、鴨下ドクトルの顔を見上げた。ドクトルは

(ひげだらけのかおのなかから、にやにやとわらっていた。)

髭だらけの顔の中から、ニヤニヤと笑っていた。

(やがてとびらのむこうで、かぎのまわるおとがきこえた。そしてとびらがぎーっとうちに)

やがて扉の向こうで、鍵の廻る音が聞こえた。そして扉がギーッと内に

(ひらいて、かおをだしたのはむらまつけんじだった。だがかれのかおは、ちのけをうしなって、)

開いて、顔を出したのは村松検事だった。だが彼の顔は、血の気を失って、

(まるでしにんのようにまっさおであった。)

まるで死人のように真っ青であった。

(けんじは、ぶるぶるふるうゆびさきでしつないをさし、)

検事は、ブルブル慄(ふる)う指先で室内を指し、

(さつじんじけんがおこったんだ。ぼーいくん。そこらにいるひとをおおごえで)

「殺人事件が起こったんだ。ボーイ君。そこらにいる人を大声で

(よびあつめるんだ。それから、かもしたどくとる。すみませんが、どこか)

呼び集めるんだ。それから、鴨下ドクトル。すみませんが、どこか

(そこらのへやからでんわをかけて、けいさつへしらせてくださらんか)

そこらの室から電話を掛けて、警察へ知らせて下さらんか」

(むらまつは、やっとそれだけのことをいった。ぼーいは、とびらごしにちらりとしつないを)

村松は、やっとそれだけのことを云った。ボーイは、扉越しにチラリと室内を

(みやった。じゅうたんのうえに、おおきなにんげんのからだがちまみれになってたおれているのが)

見やった。絨毯の上に、大きな人間の身体が血まみれになって倒れているのが

(あかるいでんとうのしたによくみえた。かれはどきんとして、はらのなかからしぜんにこえが)

明るい電灯の下によく見えた。彼はドキンとして、腹の中から自然に声が

(とびだした。)

飛び出した。

(おう、ひとごろしだっ。みなさんはやくきてくださいっ)

「おう、人殺しだッ。皆さん早く来てくださいッ」

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