人間失格01ーはしがきー 太宰治

背景
投稿者投稿者キリュウいいね6お気に入り登録
プレイ回数4245難易度(4.5) 3927打 長文
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 kanta 3748 D+ 3.9 95.3% 984.1 3877 188 68 2024/02/15
2 しらたま 2969 E+ 3.3 88.7% 1154.9 3925 496 68 2024/02/18

関連タイピング

問題文

ふりがな非表示 ふりがな表示

(にんげんしっかくだざいおさむ はしがき)

人間失格 太宰治 はしがき

(わたしは、そのおとこのしゃしんをさんよう、みたことがある。)

私は、その男の写真を三葉、見たことがある。

(いちようは、そのおとこの、ようねんじだい、とでもいうべきであろうか、)

一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、

(じゅっさいぜんごかとすいていされるころのしゃしんであって、)

十歳前後かと推定される頃の写真であって、

(そのこどもがおおぜいのおんなのひとにとりかこまれ、)

その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、

((それは、そのこどものあねたち、いもうとたち、それから、いとこたちかとそうぞうされる))

(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹たちかと想像される)

(ていえんのいけのほとりに、あらいしまのはかまをはいてたち、)

庭園の池のほとりに、荒い縞の袴をはいて立ち、

(くびをさんじゅうどほどひだりにかたむけ、みにくくわらっているしゃしんである。)

首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。

(みにくく?けれども、にぶいひとたち(つまり、びしゅうなどにかんしんをもたぬひとたち)は、)

醜く? けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに関心を持たぬ人たち)は、

(おもしろくもなんともないようなかおをして、「かわいいぼっちゃんですね」)

面白くも何とも無いような顔をして、「可愛い坊ちゃんですね」

(といいかげんなおせじをいっても、まんざらからおせじにきこえないくらいの、)

といい加減なお世辞を言っても、まんざら空お世辞に聞えないくらいの、

(いわばつうぞくの「かわいらしさ」みたいなかげもそのこどものえがおにないわけでは)

謂わば通俗の「可愛らしさ」みたいな影もその子供の笑顔に無いわけでは

(ないのだが、しかし、いささかでも、びしゅうについてのくんれんをへてきたひとなら、)

ないのだが、しかし、いささかでも、美醜に就いての訓練を経て来たひとなら、

(ひとめみてすぐ、「なんて、いやなこどもだ」とすこぶるふかいそうにつぶやき、)

ひとめ見てすぐ、「なんて、いやな子供だ」と頗る不快そうに呟き、

(けむしでもはらいのけるときのようなてつきで、)

毛虫でも払いのける時のような手つきで、

(そのしゃしんをほうりなげるかもしれない。)

その写真をほうり投げるかも知れない。

(まったく、そのこどものえがおは、よくみればみるほど、)

まったく、その子供の笑顔は、よく見れば見るほど、

(なんともしれず、いやなうすきみわるいものがかんぜられてくる。)

何とも知れず、イヤな薄気味悪いものが感ぜられて来る。

(どだい、それは、えがおでない。このこは、すこしもわらってはいないのだ。)

どだい、それは、笑顔でない。この子は、少しも笑ってはいないのだ。

(そのしょうこには、このこは、りょうほうのこぶしをかたくにぎってたっている。)

その証拠には、この子は、両方のこぶしを固く握って立っている。

など

(にんげんは、こぶしをかたくにぎりながらわらえるものではないのである。)

人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。

(さるだ。さるのえがおだ。ただ、かおにみにくいしわをよせているだけなのである。)

猿だ。猿の笑顔だ。ただ、顔に醜い皺を寄せているだけなのである。

(「しわくちゃぼっちゃん」とでもいいたくなるくらいの、まことにきみょうな、そうして)

「皺くちゃ坊ちゃん」とでも言いたくなるくらいの、まことに奇妙な、そうして

(どこかけがらわしく、へんにひとをむかむかさせるひょうじょうのしゃしんであった。)

どこかけがらわしく、へんにひとをムカムカさせる表情の写真であった。

(わたしはこれまで、こんなふしぎなひょうじょうのこどもをみたことが、いちどもなかった。)

私はこれまで、こんな不思議な表情の子供を見た事が、いちども無かった。

(だいにようのしゃしんのかおは、これはまた、びっくりするくらいひどくへんぼうしていた。)

第二葉の写真の顔は、これはまた、びっくりするくらいひどく変貌していた。

(がくせいのすがたである。こうとうがっこうじだいのしゃしんか、だいがくじだいのしゃしんか、)

学生の姿である。高等学校時代の写真か、大学時代の写真か、

(はっきりしないけれども、とにかく、おそろしくびぼうのがくせいである。)

はっきりしないけれども、とにかく、おそろしく美貌の学生である。

(しかし、これもまた、ふしぎにも、いきているにんげんのかんじはしなかった。)

しかし、これもまた、不思議にも、生きている人間の感じはしなかった。

(がくせいふくをきて、むねのぽけっとからしろいはんけちをのぞかせ、)

学生服を着て、胸のポケットから白いハンケチを覗かせ、

(とういすにこしかけてあしをくみ、そうして、やはり、わらっている。)

籐椅子に腰かけて足を組み、そうして、やはり、笑っている。

(こんどのえがおは、しわくちゃのさるのわらいでなく、)

こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでなく、

(かなりたくみなびしょうになってはいるが、しかし、にんげんのわらいと、どこやらちがう。)

かなり巧みな微笑になってはいるが、しかし、人間の笑いと、どこやら違う。

(ちのおもさ、とでもいおうか、いのちのしぶさ、とでもいおうか、)

血の重さ、とでも言おうか、生命の渋さ、とでも言おうか、

(そのようなじゅうじつかんはすこしもなく、それこそ、とりのようではなく、)

そのような充実感は少しも無く、それこそ、鳥のようではなく、

(うもうのようにかるく、ただはくしいちまい、そうして、わらっている。)

羽毛のように軽く、ただ白紙一枚、そうして、笑っている。

(つまり、いちからじゅうまでつくりもののかんじなのである。きざといってもたりない。)

つまり、一から十まで造り物の感じなのである。キザと言っても足りない。

(けいはくといってもたりない。にやけといってもたりない。)

軽薄と言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。

(おしゃれといっても、もちろんたりない。しかも、よくみていると、)

おしゃれと言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、

(やはりこのびぼうのがくせいにも、どこかかいだんじみたきみわるいものが)

やはりこの美貌の学生にも、どこか怪談じみた気味悪いものが

(かんぜられてくるのである。わたしはこれまで、)

感ぜられて来るのである。私はこれまで、

(こんなふしぎなびぼうのせいねんをみたことが、いちどもなかった。)

こんな不思議な美貌の青年を見た事が、いちども無かった。

(もういちようのしゃしんは、もっともきかいなものである。)

もう一葉の写真は、最も奇怪なものである。

(まるでもう、としのころがわからない。あたまはいくぶんしらがのようである。)

まるでもう、としの頃がわからない。頭はいくぶん白髪のようである。

(それが、ひどくきたないへや(へやのかべがさんかしょほどくずれおちているのが、)

それが、ひどく汚い部屋(部屋の壁が三箇所ほど崩れ落ちているのが、

(そのしゃしんにはっきりうつっている)のかたすみで、ちいさいひばちにりょうてをかざし、)

その写真にハッキリ写っている)の片隅で、小さい火鉢に両手をかざし、

(こんどはわらっていない。どんなひょうじょうもない。いわば、)

こんどは笑っていない。どんな表情も無い。謂わば、

(すわってひばちにりょうてをかざしながら、しぜんにしんでいるような、)

坐って火鉢に両手をかざしながら、自然に死んでいるような、

(まことにいまわしい、ふきつなにおいのするしゃしんであった。)

まことにいまわしい、不吉なにおいのする写真であった。

(きかいなのは、それだけでない。そのしゃしんには、)

奇怪なのは、それだけでない。その写真には、

(わりにかおがおおきくうつっていたので、)

わりに顔が大きく写っていたので、

(わたしは、つくづくそのかおのこうぞうをしらべることができたのであるが、ひたいはへいぼん、)

私は、つくづくその顔の構造を調べる事が出来たのであるが、額は平凡、

(ひたいのしわもへいぼん、まゆもへいぼん、めもへいぼん、はなもくちもあごも、)

額の皺も平凡、眉も平凡、眼も平凡、鼻も口も顎も、

(ああ、このかおにはひょうじょうがないばかりか、いんしょうさえない。とくちょうがないのだ。)

ああ、この顔には表情が無いばかりか、印象さえ無い。特徴が無いのだ。

(たとえば、わたしがこのしゃしんをみて、めをつぶる。すでにわたしはこのかおをわすれている。)

たとえば、私がこの写真を見て、眼をつぶる。既に私はこの顔を忘れている。

(へやのかべや、ちいさいひばちはおもいだすことができるけれども、)

部屋の壁や、小さい火鉢は思い出す事が出来るけれども、

(そのへやのしゅじんこうのかおのいんしょうは、すっとむしょうして、どうしても、)

その部屋の主人公の顔の印象は、すっと霧消して、どうしても、

(なんとしてもおもいだせない。えにならないかおである。)

何としても思い出せない。画にならない顔である。

(まんがにもなにもならないかおである。めをひらく。あ、こんなかおだったのか、)

漫画にも何もならない顔である。眼をひらく。あ、こんな顔だったのか、

(おもいだした、というようなよろこびさえない。きょくたんないいかたをすれば、)

思い出した、というようなよろこびさえ無い。極端な言い方をすれば、

(めをひらいてそのしゃしんをふたたびみても、おもいだせない。そうして、)

眼をひらいてその写真を再び見ても、思い出せない。そうして、

(ただもうふゆかい、いらいらして、ついめをそむけたくなる。)

ただもう不愉快、イライラして、つい眼をそむけたくなる。

(いわゆる「しそう」というものにだって、)

所謂「死相」というものにだって、

(もっとなにかひょうじょうなりいんしょうなりがあるものだろうに、)

もっと何か表情なり印象なりがあるものだろうに、

(にんげんのからだにだばのくびでもくっつけたなら、)

人間のからだに駄馬の首でもくっつけたなら、

(こんなかんじのものになるであろうか、とにかく、どこということなく、)

こんな感じのものになるであろうか、とにかく、どこという事なく、

(みるものをして、ぞっとさせ、いやなきもちにさせるのだ。わたしはこれまで、)

見る者をして、ぞっとさせ、いやな気持にさせるのだ。私はこれまで、

(こんなふしぎなおとこのかおをみたことが、やはり、いちどもなかった。)

こんな不思議な男の顔を見た事が、やはり、いちども無かった。

問題文を全て表示 一部のみ表示 誤字・脱字等の報告

◆コメントを投稿

※誹謗中傷、公序良俗に反するコメント、歌詞の投稿、無関係な宣伝行為は禁止です。

※このゲームにコメントするにはログインが必要です。

※コメントは日本語で投稿してください。

※歌詞は投稿しないでください!