フランツ・カフカ 変身㉘(終)

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問題文

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(かれらはきょうというひはきゅうそくとさんぽとにつかおうとけっしんした。)

彼らは今日という日は休息と散歩とに使おうと決心した。

(こういうふうにしごとをちゅうだんするにはじゅうぶんなりゆうがあったばかりでなく、)

こういうふうに仕事を中断するには十分な理由があったばかりでなく、

(またそうすることがどうしてもひつようだった。そこでてーぶるにすわって)

またそうすることがどうしても必要だった。そこでテーブルに坐って

(さんつうのけっきんとどけをかいた。ざむざしはぎんこうのじゅうやくあてに、ざむざふじんは)

三通の欠勤届を書いた。ザムザ氏は銀行の重役宛に、ザムザ夫人は

(ないしょくのちゅうもんをしてくれるひとあてに、そしてぐれーてはてんしゅあてにかいた。)

内職の注文をしてくれる人宛に、そしてグレーテは店主宛に書いた。

(かいているあいだにてつだいばあさんがはいってきた。もうかえるといいに)

書いているあいだに手伝い婆さんが入ってきた。もう帰ると言いに

(きたのだった。というのは、あさのしごとはおわっていた。)

きたのだった。というのは、朝の仕事は終わっていた。

(とどけをかいていたさんにんははじめはただうなずいてみせるだけで)

届を書いていた三人ははじめはただうなずいてみせるだけで

(めをあげなかったが、てつだいばあさんがまだそのばをはなれようとしないので、)

眼を上げなかったが、手伝い婆さんがまだその場を離れようとしないので、

(やっとおこったようにみあげた。)

やっと怒ったように見上げた。

(「なにかようかね?」と、ざむざしがたずねた。てつだいばあさんはびしょうしながら)

「何か用かね?」と、ザムザ氏がたずねた。手伝い婆さんは微笑しながら

(どあのところにたっていたが、かぞくのものたちにおおきなこうふくについて)

ドアのところに立っていたが、家族の者たちに大きな幸福について

(しらせてやることがあるのだが、てっていてきにたずねてくれなければ)

知らせてやることがあるのだが、徹底的にたずねてくれなければ

(しらせてはやらない、といわんばかりであった。ぼうしのうえに)

知らせてはやらない、といわんばかりであった。帽子の上に

(ほとんどまっすぐにたっているちいさなだちょうのはねかざりは、)

ほとんどまっすぐに立っている小さな駝鳥の羽根飾りは、

(かのじょがつとめるようになってからざむざしがはらをたてていたものだが、)

彼女が勤めるようになってからザムザ氏が腹を立てていたものだが、

(それがゆるやかにしほうへゆれている。)

それが緩やかに四方へゆれている。

(「で、いったいどんなようなの?」と、ざむざふじんがたずねた。)

「で、いったいどんな用なの?」と、ザムザ夫人がたずねた。

(てつだいばあさんはそれでもこのふじんをいちばんそんけいしていた。)

手伝い婆さんはそれでもこの夫人をいちばん尊敬していた。

(「はい」と、てつだいばあさんはこたえたが、したしげなわらいのために)

「はい」と、手伝い婆さんは答えたが、親しげな笑いのために

など

(すぐにははなせないでいる。「となりのものをとりかたづけることについては、)

すぐには話せないでいる。「隣のものを取り片づけることについては、

(しんぱいするひつようはありません。もうかたづいています」)

心配する必要はありません。もう片づいています」

(ざむざふじんとぐれーてとはまたかきつづけようとするかのように)

ザムザ夫人とグレーテとはまた書きつづけようとするかのように

(てがみにかがみこんだ。ざむざしは、てつだいばあさんがいっさいをくわしく)

手紙にかがみこんだ。ザムザ氏は、手伝い婆さんがいっさいをくわしく

(せつめいしはじめようとしているのにきづいて、てをのばしてだんことして)

説明し始めようとしているのに気づいて、手をのばして断固として

(きょぜつするということをしめした。おんなははなすことがゆるされなかったので、)

拒絶するということを示した。女は話すことが許されなかったので、

(じぶんがひどくいそがなければならないことをおもいだし、)

自分がひどく急がなければならないことを思い出し、

(ぶじょくされたようにかんじたらしく「さよなら、みなさん」とさけぶと、)

侮辱されたように感じたらしく「さよなら、みなさん」と叫ぶと、

(らんぼうにむきなおって、ひどいおとをたててどあをしめ、じゅうきょをでていった。)

乱暴に向きなおって、ひどい音を立ててドアを閉め、住居を出ていった。

(「ゆうがた、あのおんなにひまをやろう」と、ざむざしはいったが、つまからもむすめからも)

「夕方、あの女にひまをやろう」と、ザムザ氏はいったが、妻からも娘からも

(へんじをもらわなかった。というのは、てつだいばあさんがこのふたりの)

返事をもらわなかった。というのは、手伝い婆さんがこの二人の

(やっとえたばかりのおちつきをまたかきみだしてしまったらしかった。)

やっと得たばかりの落ち着きをまたかき乱してしまったらしかった。

(ふたりはたちあがって、まどのところへいき、だきあってたっていた。)

二人は立ち上がって、窓のところへいき、抱き合って立っていた。

(ざむざしはかれのいすにこしかけたままふたりのほうをふりかえって、)

ザムザ氏は彼の椅子に腰かけたまま二人のほうを振り返って、

(しばらくじっとふたりをみていた。それからさけんだ。)

しばらくじっと二人を見ていた。それから叫んだ。

(「さあ、こっちへこいよ。もうふるいことはすてさるのだ。)

「さあ、こっちへこいよ。もう古いことは捨て去るのだ。

(そして、すこしはおれのこともしんぱいしてくれよ」)

そして、少しはおれのことも心配してくれよ」

(すぐふたりのおんなはかれのいうことをきき、かれのところへもどって、)

すぐ二人の女は彼のいうことを聞き、彼のところへもどって、

(かれをあいぶし、いそいでけっきんとどけをかいた。)

彼を愛撫し、急いで欠勤届を書いた。

(それからさんにんはそろってじゅうきょをでた。もうなんかげつもなかったことだ。)

それから三人はそろって住居を出た。もう何カ月もなかったことだ。

(それからでんしゃでこうがいへでた。かれらさんにんしかきゃくがのっていないでんしゃには、)

それから電車で郊外へ出た。彼ら三人しか客が乗っていない電車には、

(あたたかいひがふりそそいでいた。さんにんはざせきにゆっくりともたれながら、)

暖かい陽がふり注いでいた。三人は座席にゆっくりともたれながら、

(みらいのみこみをあれこれとそうだんしあった。そして、これからさきのことも)

未来の見込みをあれこれと相談し合った。そして、これから先のことも

(よくかんがえてみるとけっしてわるくはないということがわかった。というのは、)

よく考えてみると決して悪くはないということがわかった。というのは、

(さんにんのしごとは、ほんとうはそれらについておたがいにたずねあったことは)

三人の仕事は、ほんとうはそれらについておたがいにたずね合ったことは

(ぜんぜんなかったのだが、まったくめぐまれたものであり、ことにこれからあと)

全然なかったのだが、まったく恵まれたものであり、ことにこれからあと

(おおいにゆうぼうなものだった。じょうたいをさしあたりもっともおおはばにかいぜんすることは、)

大いに有望なものだった。状態をさしあたりもっとも大幅に改善することは、

(むろんじゅうきょをかえることによってできるにちがいなかった。)

むろん住居を変えることによってできるにちがいなかった。

(かれらは、ぐれごーるがさがしだしたげんざいのじゅうきょよりももっとせまくてやちんのやすい、)

彼らは、グレゴールが探し出した現在の住居よりももっと狭くて家賃の安い、

(しかしもっといいばしょにある、そしてもっとじつようてきなじゅうきょをもとうとおもった。)

しかしもっといい場所にある、そしてもっと実用的な住居をもとうと思った。

(こんなはなしをしているあいだに、ざむざふさいはだんだんとげんきになっていくむすめを)

こんな話をしているあいだに、ザムザ夫妻はだんだんと元気になっていく娘を

(ながめながら、ほおのいろもあおざめたほどのあらゆるしんろうにもかかわらず、)

ながめながら、頬の色も蒼ざめたほどのあらゆる心労にもかかわらず、

(かのじょがさいきんではめっきりとうつくしくふくよかなむすめになっていた、ということに)

彼女が最近ではめっきりと美しくふくよかな娘になっていた、ということに

(ほとんどどうじにきづいたのだった。いよいよむくちになりながら、)

ほとんど同時に気づいたのだった。いよいよ無口になりながら、

(そしてほとんどむいしきのうちにしせんでたがいにあいてのきもちをわかりあいながら、)

そしてほとんど無意識のうちに視線でたがいに相手の気持をわかり合いながら、

(りっぱなおむこさんをかのじょのためにさがしてやることをかんがえていた。)

りっぱなおむこさんを彼女のために探してやることを考えていた。

(もくてきちのていりゅうじょうでむすめがまっさきにたちあがって、そのわかわかしいからだを)

目的地の停留場で娘がまっさきに立ち上がって、その若々しい身体を

(ぐっとのばしたとき、ろうふさいにはそれがじぶんたちのあたらしいゆめとぜんいとを)

ぐっとのばしたとき、老夫妻にはそれが自分たちの新しい夢と善意とを

(うらがきするもののようにおもわれた。)

裏書きするもののように思われた。

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