江戸川乱歩 屋根裏の散歩者③

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(そこでかれは、ひととおりてにはいるだけのしょもつをよんでしまうと、)

そこで彼は、一通り手に入るだけの書物を読んでしまうと、

(こんどは、「はんざい」のまねごとをはじめました。)

今度は、「犯罪」の真似事を始めました。

(まねごとですからむろんしょばつをおそれるひつようはないのです。)

真似事ですから無論処罰を恐れる必要はないのです。

(それはたとえばこんなことを。)

それは例えばこんなことを。

(かれはもうとっくにあきはてていた、あのあさくさにふたたび)

彼はもうとっくに飽き果てていた、あの浅草に再び

(きょうみをおぼえるようになりました。おもちゃばこをぶちまけて、そのうえから)

興味を覚える様になりました。おもちゃ箱をぶちまけて、その上から

(いろいろのあくどいえのぐをたらしかけたようなあさくさのゆうえんちは、)

色々のあくどい絵具をたらしかけた様な浅草の遊園地は、

(はんざいしこうしゃにとっては、こよなきぶたいでした。かれはそこへでかけては、)

犯罪嗜好者に取っては、こよなき舞台でした。彼はそこへ出かけては、

(かつどうごやとかつどうごやのあいだの、ひとひとりようやくとおれるくらいのほそいくらいろじや、)

活動小屋と活動小屋の間の、人一人ようやく通れる位の細い暗い路地や、

(きょうどうべんじょのうしろなどにある、あさくさにもこんなよゆうがあるのかとおもわれるような、)

共同便所の後ろなどにある、浅草にもこんな余裕があるのかと思われる様な、

(みょうにがらんとしたあきちをこのんでさまよいました。そして、はんざいしゃがどうるいと)

妙にガランとした空地を好んでさ迷いました。そして、犯罪者が同類と

(つうしんするためででもあるかのように、はくぼくでそのへんのかべにやのしるしをかいてまわったり、)

通信する為ででもあるかの様に、白墨でその辺の壁に矢の印を書いて廻ったり、

(かねもちらしいつうこうにんをみかけると、じぶんがすりにでもなったきで、)

金持らしい通行人を見かけると、自分がスリにでもなった気で、

(どこまでもどこまでもそのあとをびこうしてみたり、みょうなあんごうぶんをかいた)

どこまでもどこまでもそのあとを尾行して見たり、妙な暗号文を書いた

(かみきれを--それにはいつもおそろしいさつじんにかんすることがらなどを)

紙切れを--それにはいつも恐ろしい殺人に関する事柄などを

(したためてあるのです--こうえんのべんちのいたのあいだへはさんでおいて、)

認(したた)めてあるのです--公園のベンチの板の間へ挟んで置いて、

(こかげにかくれて、だれかがそれをはっけんするのをまちかまえていたり、)

木蔭に隠れて、誰かがそれを発見するのを待構えていたり、

(そのほかこれにるいしたさまざまのゆうぎをおこなっては、ひとりたのしむのでした。)

その外これに類した様々の遊戯を行っては、独り楽しむのでした。

(かれはまた、しばしばへんそうをして、まちからまちをさまよいあるきました。)

彼は又、しばしば変装をして、町から町をさ迷い歩きました。

(ろうどうしゃになってみたり、こじきになってみたり、がくせいになってみたり、)

労働者になって見たり、乞食になって見たり、学生になって見たり、

など

(いろいろのへんそうをしたなかでも、じょそうをすることが、もっともかれのびょうへきをよろこばせました。)

色々の変装をした中でも、女装をすることが、最も彼の病癖を喜ばせました。

(そのためには、かれはきものやとけいなどをうりとばしてかねをつくり、)

その為には、彼は着物や時計などを売り飛ばして金を作り、

(こうかなかつらだとか、おんなのふるぎだとかをかいあつめ、ながいじかんかかって)

高価な鬘だとか、女の古着だとかを買い集め、長い時間かかって

(このみのおんなすがたになりますと、あたまのうえからすっぽりとがいとうをかぶって、)

好みの女姿になりますと、頭の上からすっぽりと外套を被って、

(よふけにげしゅくやのいりぐちをでるのです。そして、てきとうなばしょでがいとうをぬぐと、)

夜更けに下宿屋の入口を出るのです。そして、適当な場所で外套を脱ぐと、

(あるときはさびしいこうえんをぶらついてみたり、あるときはもうはねるじぶんの)

或時は淋しい公園をぶらついて見たり、或時はもうはねる時分の

(かつどうごやへはいって、わざとだんしせきのほうへまぎれこんでみたり、)

活動小屋へ這入って、わざと男子席の方へまぎれ込んで見たり、

(はては、きわどいいたずらまでやってみるのです。そして、ふくそうによる)

はては、きわどい悪戯までやって見るのです。そして、服装による

(いっしゅのさっかくから、さもじぶんがだっきのおひゃくだとかうわばみおよしだとかいう)

一種の錯覚から、さも自分が妲妃のお百だとか蟒蛇お由だとかいう

(どくふにでもなったきもちで、いろいろなおとこたちをじゆうじざいにほんろうするありさまを)

毒婦にでもなった気持で、色々な男達を自由自在に翻弄する有様を

(そうぞうしては、よろこんでいるのです。)

想像しては、喜んでいるのです。

(しかし、これらの「はんざい」のまねごとは、あるていどまでかれのよくぼうを)

しかし、これらの「犯罪」の真似事は、ある程度まで彼の慾望を

(まんぞくさせてはくれましたけれど、そして、ときにはちょっとおもしろいじけんを)

満足させてはくれましたけれど、そして、時にはちょっと面白い事件を

(ひきおこしなぞして、そのとうざはじゅうぶんなぐさめにもなったのですけれど、)

惹き起こしなぞして、その当座は十分慰めにもなったのですけれど、

(まねごとはどこまでもまねごとで、きけんがないだけに--「はんざい」のみりょくは)

真似事はどこまでも真似事で、危険がないだけに--「犯罪」の魅力は

(みかたによってはそのきけんにこそあるのですから--きょうみもとぼしく、)

見方によってはその危険にこそあるのですから--興味も乏しく、

(そういつまでもかれをうちょうてんにさせるちからはありませんでした。)

そういつまでも彼を有頂天にさせる力はありませんでした。

(もののさんかげつもたちますと、いつとなくかれはたのしみからとおざかるように)

ものの三ヶ月もたちますと、いつとなく彼は楽しみから遠ざかる様に

(なりました。そして、あんなにもひきつけられていたあけちとのこうさいも、)

なりました。そして、あんなにもひきつけられていた明智との交際も、

(だんだんと、うとうとしくなっていきました。)

段々と、うとうとしくなって行きました。

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