江戸川乱歩 屋根裏の散歩者⑫

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(ご)

(さぶろうが、つごうのよいおりをみはからって、えんどうのへやをほうもんしたのは、)

三郎が、都合のよい折を見計らって、遠藤の部屋を訪問したのは、

(それからしごにちたったじぶんでした。むろんそのあいだには、かれはこのけいかくについて、)

それから四五日たった時分でした。無論その間には、彼はこの計画について、

(くりかえしくりかえしかんがえたうえ、だいじょうぶきけんがないとみきわめをつけることが)

繰返し繰返し考えた上、大丈夫危険がないと見極めをつけることが

(できたのです。のみならず、いろいろとあたらしいくふうをつけくわえもしました。)

出来たのです。のみならず、色々と新しい工夫を附け加えもしました。

(たとえば、どくやくのびんのしまつについてのこうあんもそれです。)

例えば、毒薬の瓶の始末についての考案もそれです。

(もしうまくえんどうをさつがいすることができたならば、かれはそのびんを、ふしあなから)

もしうまく遠藤を殺害することが出来たならば、彼はその瓶を、節穴から

(したへおとしておくことにきめました。そうすることによって、かれは)

下へ落として置くことに決めました。そうすることによって、彼は

(にじゅうのりえきがえられます。いっぽうでは、もしはっけんされれば、じゅうだいな)

二重の利益が得られます。一方では、もし発見されれば、重大な

(てがかりになるところのそのびんを、いんとくするせわがなくなること、たほうでは、)

手掛りになる所のその瓶を、隠匿する世話がなくなること、他方では、

(しにんのそばにどくぶつのようきがおちていれば、だれしもえんどうがじさつしたのだとかんがえるに)

死人の側に毒物の容器が落ちていれば、誰しも遠藤が自殺したのだと考えるに

(そういないこと、そして、そのびんがえんどうじしんのしなであるということは、)

相違ないこと、そして、その瓶が遠藤自身の品であるということは、

(いつかさぶろうといっしょにかれにのろけばなしをきかされたおとこが、うまくしょうめいしてくれるに)

いつか三郎と一緒に彼に惚気話を聞かされた男が、うまく証明してくれるに

(ちがいないのです。なおつごうのよいのは、えんどうはまいばん、きちんとしまりをして)

違いないのです。尚都合のよいのは、遠藤は毎晩、キチンと締りをして

(ねることでした。いりぐちはもちろん、まどにも、なかからかなぐでとめをしてあって、)

寝ることでした。入口は勿論、窓にも、中から金具で止めをしてあって、

(がいぶからはぜったいにはいれないことでした。)

外部からは絶対に這入れないことでした。

(さてそのひ、さぶろうはひじょうなにんたいりょくをもって、かおをみてさえむしずのはしるえんどうと、)

さてその日、三郎は非常な忍耐力を以て、顔を見てさえ虫唾の走る遠藤と、

(ながいあいだざつだんをまじえました。はなしのあいだに、しばしばそれとなく、)

長い間雑談を交えました。話の間に、しばしばそれとなく、

(さついをほのめかして、あいてをこわがらせてやりたいという、)

殺意をほのめかして、相手を怖がらせてやりたいという、

(きけんきわまるよくぼうがおこってくるのを、かれはやっとのことでくいとめました。)

危険極まる慾望が起こって来るのを、彼はやっとのことで喰い止めました。

など

(「ちかいうちに、ちっともしょうこののこらないようなほうほうで、おまえをころしてやるのだぞ、)

「近い内に、ちっとも証拠の残らない様な方法で、お前を殺してやるのだぞ、

(おまえがそうして、おんなのようにべちゃくちゃしゃべれるのも、もうながいことでは)

お前がそうして、女の様にベチャクチャ喋れるのも、もう長いことでは

(ないのだ。いまのうち、せいぜいしゃべりためておくがいいよ」さぶろうは、)

ないのだ。今の内、せいぜい喋り溜めて置くがいいよ」三郎は、

(あいてのとめどもなくうごく、おおぶりなくちびるをながめながら、)

相手の止めどもなく動く、大ぶりな唇を眺めながら、

(こころのうちでそんなことをくりかえしていました。このおとこが、まもなく、)

心の内でそんなことを繰返していました。この男が、間もなく、

(あおぶくれのしがいになってしまうのかとおもうと、かれはもう)

青ぶくれの死骸になってしまうのかと思うと、彼はもう

(ゆかいでたまらないのです。)

愉快でたまらないのです。

(そうしてはなしこんでいるうちに、あんのじょう、えんどうがべんじょにたっていきました。)

そうして話し込んでいる内に、案の定、遠藤が便所に立って行きました。

(それはもう、よるのじゅうじごろでもあったでしょうか、さぶろうはぬけめなくあたりに)

それはもう、夜の十時頃でもあったでしょうか、三郎は抜目なくあたりに

(きをくばって、がらすまどのそとなどもじゅうぶんしらべたうえ、おとのしないように、しかし)

気を配って、硝子窓の外なども十分検べた上、音のしない様に、しかし

(てばやくおしいれをあけて、こうりのなかから、れいのやくびんをさがしだしました。)

手早く押入れを開けて、行李の中から、例の薬瓶を探し出しました。

(いつかいればしょをよくみておいたので、さがすのにほねはおれません。でも、)

いつか入れ場所をよく見て置いたので、探すのに骨は折れません。でも、

(さすがに、むねがどきどきして、わきのしたからはひやあせがながれました。じつをいうと、)

流石に、胸がドキドキして、脇の下からは冷汗が流れました。実をいうと、

(かれのこんどのけいかくのうち、いちばんきけんなのはこのどくやくをぬすみだすしごとでした。)

彼の今度の計画の中(うち)、一番危険なのはこの毒薬を盗み出す仕事でした。

(どうしたことでえんどうがふいにかえってくるかもしれませんし、まただれかが)

どうしたことで遠藤が不意に帰って来るかも知れませんし、又誰かが

(すきみをしていないともかぎらぬのです。が、それについては、かれは)

隙見をして居ないとも限らぬのです。が、それについては、彼は

(こんなふうにかんがえていました。もしみつかったら、あるいはみつからなくても、)

こんな風に考えていました。もし見つかったら、或いは見つからなくても、

(えんどうがやくびんのなくなったことをはっけんしたら--それはよくちゅういしていれば)

遠藤が薬瓶のなくなったことを発見したら--それはよく注意していれば

(じきわかることです。ことにかれにはてんじょうのすきみというぶきがあるのですから--)

じき分ることです。殊に彼には天井の隙見という武器があるのですから--

(さつがいをおもいとどまりさえすればいいのです。ただどくやくをぬすんだというだけでは、)

殺害を思い止まりさえすればいいのです。ただ毒薬を盗んだというだけでは、

(たいしたつみにもなりませんからね。)

大した罪にもなりませんからね。

(それはともかく、けっきょくかれは、まずだれにもみつからずに、)

それは兎も角、結局彼は、先ず誰にも見つからずに、

(うまうまとやくびんをてにいれることができたのです。そこで、)

うまうまと薬瓶を手に入れることが出来たのです。そこで、

(えんどうがべんじょからかえってくるとまもなく、それとなくはなしをきりあげて、)

遠藤が便所から帰って来ると間もなく、それとなく話を切上げて、

(かれはじぶんのへやへかえりました。そして、まどにはすきまなくかーてんをひき、)

彼は自分の部屋へ帰りました。そして、窓には隙間なくカーテンを引き、

(いりぐちのとにはしまりをしておいてつくえのまえにすわると、むねをおどらせながら、)

入口の戸には締りをして置いて机の前に坐ると、胸を躍らせながら、

(かいちゅうからかわいらしいちゃいろのびんをとりだして、さてつくづくとながめるのでした。)

懐中から可愛らしい茶色の瓶を取出して、さてつくづくと眺めるのでした。

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