江戸川乱歩 屋根裏の散歩者⑮

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(かれはぽけっとから、どくやくのびんをとりだすと、ひとりでにふるいだすてさきを、)

彼はポケットから、毒薬の瓶を取り出すと、独りでに震い出す手先を、

(じっとためながら、そのせんをぬき、ひもでけんとうをつけておいて--おお、)

じっとためながら、その栓を抜き、紐で見当をつけて置いて--おお、

(そのときのなんともけいようのできぬこころもち!--ぽとりぽとりぽとり、とすうてき。)

その時の何とも形容の出来ぬ心持!--ポトリポトリポトリ、と数滴。

(それがやっとでした。かれはすぐさまめをとじてしまったのです。)

それがやっとでした。彼はすぐ様目を閉じてしまったのです。

(「きがついたか、きっときがついた。きっときがついた。そして、)

「気がついたか、きっと気がついた。きっと気がついた。そして、

(いまにも、おお、いまにも、どんなおおごえでさけびだすことだろう」)

今にも、おお、今にも、どんな大声で叫び出すことだろう」

(かれはもしりょうてがあいていたら、みみをもふさぎたいほどにおもいました。)

彼はもし両手があいていたら、耳をも塞ぎたい程に思いました。

(ところが、かれのそれほどのきづかいにもかかわらず、したのえんどうはうんともすーとも)

ところが、彼のそれ程の気遣いにも拘らず、下の遠藤はウンともスーとも

(いわないのです。どくやくがくちのなかへおちたところはたしかにみたのですから、)

云わないのです。毒薬が口の中へ落ちた所は確かに見たのですから、

(それにまちがいはありません。でも、このしずけさはどうしたというのでしょう。)

それに間違いはありません。でも、この静けさはどうしたというのでしょう。

(さぶろうはおそるおそるめをひらいてふしあなをのぞいてみました。すると、えんどうは、)

三郎は恐る恐る目を開いて節穴を覗いて見ました。すると、遠藤は、

(くちをむにゃむにゃさせ、りょうてでくちびるをこするようなかっこうをして、ちょうどそれが)

口をムニャムニャさせ、両手で唇を擦る様な恰好をして、丁度それが

(おわったところなのでしょう。またもやぐーぐーとねいってしまうのでした。)

終わった所なのでしょう。又もやグーグーと寝入ってしまうのでした。

(あんずるよりはうむがやすいとはよくいったものです。ねぼけたえんどうは、)

案ずるよりは産むが易いとはよく云ったものです。寝惚けた遠藤は、

(おそろしいどくやくをのみこんだことをすこしもきづかないのでした。)

恐ろしい毒薬を飲み込んだことを少しも気附かないのでした。

(さぶろうは、かわいそうなひがいしゃのかおを、みうごきもしないで、くいいるように)

三郎は、可哀相な被害者の顔を、身動きもしないで、食い入る様に

(みつめていました。それがどれほどながくかんじられたか、じじつは)

見つめていました。それがどれ程長く感じられたか、事実は

(にじゅっぷんとたっていないのに、かれにはにさんじかんもそうしていたように)

二十分とたっていないのに、彼には二三時間もそうしていた様に

(おもわれたことです。するとそのとき、えんどうはふっとめをひらきました。)

思われたことです。するとその時、遠藤はフッと目を開きました。

(そして、はんしんをおこして、さもふしぎそうにへやのなかをみまわしています。)

そして、半身を起こして、さも不思議そうに部屋の中を見廻しています。

など

(めまいでもするのか、くびをふってみたり、めをこすってみたり、)

目まいでもするのか、首を振って見たり、目を擦って見たり、

(うわごとのようないみのないことをぶつぶつとつぶやいてみたり、いろいろ)

譫言の様な意味のないことをブツブツと呟いて見たり、色々

(きょうきめいたしぐさをして、それでも、やっとまたまくらにつきましたが、)

狂気めいた仕草をして、それでも、やっと又枕につきましたが、

(こんどはさかんにねがえりをうつのです。)

今度は盛んに寝返りを打つのです。

(やがて、ねがえりのちからがだんだんよわくなっていき、もうみうごきを)

やがて、寝返りの力が段々弱くなって行き、もう身動きを

(しなくなったかとおもうと、そのかわりに、かみなりのようなかんせいがひびきはじめました。)

しなくなったかと思うと、その代わりに、雷の様な鼾声が響き始めました。

(みると、かおのいろがまるで、さけにでもよったように、まっかになって、)

見ると、顔の色がまるで、酒にでも酔った様に、真っ赤になって、

(はなのさきやひたいには、たまのあせがふつふつとふきだしています。)

鼻の先や額には、玉の汗が沸々とふき出しています。

(じゅくすいしているかれのみうちで、いま、よにもおそろしいせいしのそうとうが)

熟睡している彼の身内で、今、世にも恐ろしい生死の争闘が

(おこなわれているのかもしれません。それをおもうとみのけがよだつようです。)

行われているのかも知れません。それを思うと身の毛がよだつ様です。

(さてしばらくすると、さしもあかかったかおいろが、じょじょにさめて、かみのように)

さて暫くすると、さしも赤かった顔色が、徐々にさめて、紙の様に

(しろくなったかとおもうと、みるみるせいらんしょくにかわっていきます。そして、)

白くなったかと思うと、見る見る青藍色に変って行きます。そして、

(いつのまにかいびきがやんで、どうやら、すういき、はくいきのどすうがへってきました。)

いつの間にか鼾がやんで、どうやら、吸う息、吐く息の度数が減って来ました。

(・・・ふとむねのところがうごかなくなったので、いよいよさいごかとおもっていますと、)

・・・ふと胸の所が動かなくなったので、いよいよ最期かと思っていますと、

(しばらくして、おもいだしたように、またくちびるがびくびくして、にぶいこきゅうが)

暫くして、思い出した様に、又唇がビクビクして、鈍い呼吸が

(かえってきたりします。そんなことがにさんどくりかえされて、)

帰って来たりします。そんなことが二三度繰り返されて、

(それでおしまいでした。)

それでおしまいでした。

(・・・もうかれはうごかないのです。ぐったりとまくらをはずしたかおに、)

・・・もう彼は動かないのです。グッタリと枕をはずした顔に、

(われわれのせかいのとはまるでべつな、いっしゅのほほえみがうかんでいます。)

我々の世界のとはまるで別な、一種のほほえみが浮かんでいます。

(かれはついに、いわゆる「ほとけ」になってしまったのでしょう。)

彼は遂に、いわゆる「仏」になってしまったのでしょう。

(いきをつめ、てにあせをにぎって、そのようすをみつめていたさぶろうは、はじめて)

息をつめ、手に汗を握って、その様子を見つめていた三郎は、初めて

(ほっとためいきをつきました。とうとうかれはさつじんしゃになってしまったのです。)

ホッとため息をつきました。とうとう彼は殺人者になってしまったのです。

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