江戸川乱歩 屋根裏の散歩者⑱
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問題文
(それでも、なんだかまだあんしんしきれないようなきがして、さぶろうはそのひいちにち、)
それでも、何だかまだ安心しきれない様な気がして、三郎はその日一日、
(びくびくものでいましたが、やがていちにちふつかとたつにしたがって、)
ビクビクものでいましたが、やがて一日二日とたつにしたがって、
(かれはだんだんおちついてきたばかりか、はては、じぶんのてぎわをとくいがるよゆうさえ)
彼は段々落ち着いて来たばかりか、はては、自分の手際を得意がる余裕さえ
(しょうじました。)
生じました。
(「どんなものだ。さすがはおれだな。みろ、だれひとりここに、おなじげしゅくやのひとまに、)
「どんなものだ。流石は俺だな。見ろ、誰一人ここに、同じ下宿屋の一間に、
(おそろしいさつじんはんにんがいることをきづかないではないか」)
恐ろしい殺人犯人がいることを気附かないではないか」
(かれは、このちょうしでは、せけんにどれくらいかくれたしょばつされないはんざいがあるか、)
彼は、この調子では、世間にどれ位隠れた処罰されない犯罪があるか、
(しれたものではないとおもうのでした。)
知れたものではないと思うのでした。
(「てんもうかいかいそにしてもらさず」なんて、あれはきっとむかしからの)
「天網恢恢疎にして漏らさず」なんて、あれはきっと昔からの
(いせいしゃたちのせんでんにすぎないので、あるいはじんみんどものめいしんにすぎないので、)
為政者達の宣伝に過ぎないので、或いは人民共の迷信に過ぎないので、
(そのじつは、こうみょうにやりさえすれば、どんなはんざいだって、)
その実は、巧妙にやりさえすれば、どんな犯罪だって、
(えいきゅうにあらわれないですんでいくのだ。かれはそんなふうにもかんがえるのでした。)
永久に現われないで済んで行くのだ。彼はそんな風にも考えるのでした。
(もっとも、さすがによるなどは、えんどうのしがいがめさきにちらつくようなきがして、)
尤も、流石に夜などは、遠藤の死骸が目先にちらつく様な気がして、
(なんとなくきみがわるく、そのよるいらい、かれはれいの「やねうらのさんぽ」も)
何となく気味が悪く、その夜以来、彼は例の「屋根裏の散歩」も
(ちゅうししているしまつでしたが、それはただ、こころのなかのもんだいで、やがては)
中止している始末でしたが、それはただ、心の中の問題で、やがては
(わすれてしまうことです。じっさい、つみがはっかくさえせねば、)
忘れてしまうことです。実際、罪が発覚さえせねば、
(もうそれでじゅうぶんではありませんか。)
もうそれで十分ではありませんか。
(さて、えんどうがしんでからちょうどみっかめのことでした。)
さて、遠藤が死んでから丁度三日目のことでした。
(さぶろうがいまゆうはんをすませて、こようじをつかいながら、はなうたかなんかうたっているところへ、)
三郎が今夕飯を済ませて、小楊子を使いながら、鼻唄かなんか歌っている所へ、
(ひょっこりとひさしぶりにあけちこごろうがたずねてきました。)
ヒョッコリと久し振りに明智小五郎が訪ねて来ました。
(「やあ」「ごぶさた」)
「ヤア」「御無沙汰」
(かれらはさもこころやすげに、こんなふうのあいさつをとりかわしたことですが、)
彼等はさも心安げに、こんな風の挨拶を取交わしたことですが、
(さぶろうのほうでは、おりがおりなので、このしろうとたんていのらいほうを、)
三郎の方では、折が折なので、この素人探偵の来訪を、
(しょうしょうきみわるくおもわないではいられませんでした。)
少々気味悪く思わないではいられませんでした。
(「このげしゅくでどくをのんでしんだひとがあるっていうじゃないか」)
「この下宿で毒を飲んで死んだ人があるって云うじゃないか」
(あけちは、ざにつくとさっそく、そのさぶろうのさけたがっていることがらを)
明智は、座につくと早速、その三郎の避けたがっている事柄を
(わだいにするのでした。おそらくかれは、だれかからじさつしゃのはなしをきいて、)
話題にするのでした。恐らく彼は、誰かから自殺者の話を聞いて、
(さいわい、おなじげしゅくにさぶろうがいるので、もちまえのたんていてききょうみから、)
幸い、同じ下宿に三郎がいるので、持前の探偵的興味から、
(たずねてきたのにそういありません。)
訪ねて来たのに相違ありません。
(「ああ、もるひねでね。ぼくはちょうどそのさわぎのときにいあわせなかったから、)
「アア、モルヒネでね。僕は丁度その騒ぎの時に居合わせなかったから、
(くわしいことはわからないけれど、どうもちじょうのけっからしいのだ」)
詳しいことは分らないけれど、どうも痴情の結果らしいのだ」
(さぶろうは、そのわだいをさけたがっていることをさとられまいと、かれじしんも)
三郎は、その話題を避けたがっていることを悟られまいと、彼自身も
(それにきょうみをもっているようなかおをして、こうこたえました。)
それに興味を持っている様な顔をして、こう答えました。
(「いったいどんなおとこなんだい」)
「一体どんな男なんだい」
(すると、すぐまたあけちがたずねるのです。それからしばらくのあいだ、かれらは)
すると、すぐ又明智が尋ねるのです。それから暫くの間、彼らは
(えんどうのひととなりについて、しいんについて、じさつのほうほうについて、もんどうをつづけました。)
遠藤の為人について、死因について、自殺の方法について、問答を続けました。
(さぶろうははじめのうちこそ、びくびくもので、あけちのといにこたえていましたが、)
三郎は始めの内こそ、ビクビクもので、明智の問に答えていましたが、
(なれてくるにしたがって、だんだんおうちゃくになり、はては、)
慣れて来るにしたがって、段々横着になり、はては、
(あけちをからかってやりたいようなきもちにさえなるのでした。)
明智をからかってやりたい様な気持にさえなるのでした。
(「きみはどうおもうね。ひょっとしたら、これはたさつじゃあるまいか。)
「君はどう思うね。ひょっとしたら、これは他殺じゃあるまいか。
(なにべつにこんきょがあるわけじゃないけれど、じさつにそういないとしんじていたのが、)
ナニ別に根拠がある訳じゃないけれど、自殺に相違ないと信じていたのが、
(じつはたさつだったりすることが、おうおうあるものだからね」)
実は他殺だったりすることが、往々あるものだからね」
(どうだ、さすがのめいたんていもこればっかりはわかるまいと、こころのなかであざけりながら、)
どうだ、流石の名探偵もこればっかりは分るまいと、心の中で嘲りながら、
(さぶろうはこんなことまでいってみるのでした。)
三郎はこんなことまで云って見るのでした。
(それがかれにはゆかいでたまらないのです。)
それが彼には愉快で堪らないのです。