江戸川乱歩 赤い部屋⑫

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問題文
(これもあるなつのことでした。)
これもある夏のことでした。
(わたしはこのおとこをひとついけにえにしてやろうとめざしていたあるゆうじん、)
私はこの男を一つ犠牲(いけにえ)にしてやろうと目ざしていたある友人、
(といってもけっしてそのおとこにうらみがあったわけではなく、)
と云っても決してその男に恨みがあった訳ではなく、
(ながねんのあいだむにのしんゆうとしてつきあっていたほどのともだちなのですが、)
長年の間無二の親友として付き合っていた程の友達なのですが、
(わたしにはかえって、そういうなかのいいともだちなどを、)
私には却って、そういう仲のいい友達などを、
(なんにもいわないで、にこにこしながら、)
何にも云わないで、ニコニコしながら、
(あっというまにしがいにしてみたいといういじょうなのぞみがあったのです。)
アッという間に死骸にして見たいという異常な望みがあったのです。
(そのともだちといっしょに、ぼうしゅうのごくへんぴなあるりょうしまちへ)
その友達と一緒に、房州のごく辺鄙なある漁師町へ
(ひしょにでかけたことがあります。むろんかいすいよくじょうというほどのばしょではなく、)
避暑に出かけたことがあります。無論海水浴場という程の場所ではなく、
(うみにはそのぶらくのしゃくどういろのはだをしたこわっぱたちが)
海にはそのブ落の赤銅色の肌をした小わっぱ達が
(ばちゃばちゃやっているだけで、とかいからのきゃくといっては)
バチャバチャやっているだけで、都会からの客といっては
(わたしたちふたりのほかにはががくせいらしいれんちゅうがすうにん、それも)
私達二人の他には画学生らしい連中が数人、それも
(うみへはいるというよりはそのへんのかいがんをすけっちぶっくかたてに)
海へ入るというよりはその辺の海岸をスケッチブック片手に
(あるきまわっているにすぎませんでした。)
歩き廻っているに過ぎませんでした。
(なのうれているかいすいよくじょうのように、とかいのしょうじょたちの)
名の売れている海水浴場の様に、都会の少女達の
(ゆうびなにくたいがみられるわけではなく、やどといっても)
優美な肉体が見られる訳ではなく、宿といっても
(とうきょうのきちんやどみたいなもので、それにたべものもさしみのほかのものは)
東京の木賃宿みたいなもので、それに食べ物も刺身の他のものは
(まずくてくちにあわず、ずいぶんさびしいふべんなところではありましたが、)
まずくて口に合わず、随分淋しい不便な所ではありましたが、
(そのわたしのともだちというのが、わたしとはまるでちがって、)
その私の友達というのが、私とはまるで違って、
(そうしたひなびたばしょでこどくなせいかつをあじわうのがすきなほうでしたのと、)
そうした鄙びた場所で孤独な生活を味わうのが好きな方でしたのと、
(わたしはわたしで、どうかしてこのおとこをやっつけるきかいをつかもうと)
私は私で、どうかしてこの男をやっつける機会を掴もうと
(あせっていたさいだったものですから、そんなりょうしまちに)
あせっていた際だったものですから、そんな漁師町に
(すうじつのあいだもおちついていることができたのです。)
数日の間も落ち着いていることが出来たのです。
(あるひ、わたしはそのともだちを、かいがんのぶらくから、だいぶんへだたったところにある、)
ある日、私はその友達を、海岸のブ落から、大分隔たった所にある、
(ちょっとだんがいみたいになったばしょへつれだしました。)
ちょっと断崖みたいになった場所へ連れ出しました。
(そして「とびこみをやるのにはもってこいのばしょだ」などといいながら、)
そして「飛び込みをやるのには持って来いの場所だ」などと云いながら、
(わたしはさきにたってきものをぬいだものです。)
私は先に立って着物を脱いだものです。
(ともだちもいくらかすいえいのこころえがあったものですから)
友達もいくらか水泳の心得があったものですから
(「なるほどこれはいい」とわたしにならってきものをぬぎました。)
「成程これはいい」と私にならって着物を脱ぎました。