坊ちゃん⑽

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プレイ回数1498難易度(4.2) 2778打 長文 かな
夏目漱石の坊ちゃん⑽です。

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問題文

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(きょういんがひかえじょへそろうにはいちじかんめのらっぱがならなくてはならぬ。だいぶじかんがある。)

教員が控所へ揃うには一時間目の喇叭が鳴らなくてはならぬ。大分時間がある。

(こうちょうはとけいをだしてみて、おいおいゆるりとはなすつもりだが、)

校長は時計を出して見て、追々ゆるりと話すつもりだが、

(まずだいたいのことをのみこんでおいてもらおうといって、)

まず大体の事を呑み込んでおいてもらおうと云って、

(それからきょういくのせいしんについてながいおだんぎをきかした。)

それから教育の精神について長いお談義を聞かした。

(おれはむろんいいかげんにきいていたが、とちゅうからこれはとんだところへきたとおもった。)

おれは無論いい加減に聞いていたが、途中からこれは飛んだ所へ来たと思った。

(こうちょうのいうようにはとてもできない。)

校長の云うようにはとても出来ない。

(おれみたようなむてっぽうなものをつらまえて、せいとのもはんになれの、)

おれみたような無鉄砲なものをつらまえて、生徒の模範になれの、

(いっこうのしひょうとあおがれなくてはいかんの、)

一校の師表と仰がれなくてはいかんの、

(がくもんいがいにこじんのとっかをおよぼさなくてはきょういくしゃになれないの、)

学問以外に個人の徳化を及ぼさなくては教育者になれないの、

(とむやみにほうがいなちゅうもんをする。)

と無暗に法外な注文をする。

(そんなえらいひとがげっきゅうよんじゅうえんではるばるこんないなかへくるもんか。)

そんなえらい人が月給四十円で遥々こんな田舎へくるもんか。

(にんげんはたいがいにたもんだ。はらがたてばけんかのひとつぐらいはだれでもするだろう)

人間は大概似たもんだ。腹が立てば喧嘩の一つぐらいは誰でもするだろう

(とおもってたが、このようすじゃめったにくちもきけない、さんぽもできない。)

と思ってたが、この様子じゃめったに口も聞けない、散歩も出来ない。

(そんなむずかしいやくならやとうまえにこれこれだとはなすがいい。)

そんなむずかしい役なら雇う前にこれこれだと話すがいい。

(おれはうそをつくのがきらいだから、しかたがない、だまされてきたのだとあきらめて)

おれは嘘をつくのが嫌いだから、仕方がない、だまされて来たのだとあきらめて

(おもいきりよく、ここでことわってかえっちまおうとおもった。)

思い切りよく、ここで断わって帰っちまおうと思った。

(やどやへごえんやったからさいふのなかにはきゅうえんなにがししかない。)

宿屋へ五円やったから財布の中には九円なにがししかない。

(きゅうえんじゃとうきょうまではかえれない。ちゃだいなんかやらなければよかった。)

九円じゃ東京までは帰れない。茶代なんかやらなければよかった。

(おしいことをした。しかしきゅうえんだって、どうかならないことはない。)

惜しい事をした。しかし九円だって、どうかならない事はない。

(りょひはたりなくってもうそをつくよりましだとおもって、)

旅費は足りなくっても嘘をつくよりましだと思って、

など

(とうていあなたのおっしゃるとおりにゃ、できません、このじれいはかえしますといったら)

到底あなたのおっしゃる通りにゃ、出来ません、この辞令は返しますと云ったら

(こうちょうはたぬきのようなめをぱちつかせておれのかおをみていた。)

校長は狸のような眼をぱちつかせておれの顔を見ていた。

(やがて、いまのはただきぼうである、)

やがて、今のはただ希望である、

(あなたがきぼうどおりできないのはよくしっているから)

あなたが希望通り出来ないのはよく知っているから

(しんぱいしなくってもいいといいながらわらった。)

心配しなくってもいいと云いながら笑った。

(そのくらいよくしってるなら、はじめからおどさなければいいのに。)

そのくらいよく知ってるなら、始めから威嚇さなければいいのに。

(そう、こうするうちにらっぱがなった。きょうじょうのほうがきゅうにがやがやする。)

そう、こうする内に喇叭が鳴った。教場の方が急にがやがやする。

(もうきょういんもひかえじょへそろいましたろうというから、こうちょうについてきょういんひかえじょへはいった)

もう教員も控所へ揃いましたろうと云うから、校長に尾いて教員控所へはいった

(ひろいほそながいへやのしゅういにつくえをならべてみんなこしをかけている。)

広い細長い部屋の周囲に机を並べてみんな腰をかけている。

(おれがはいったのをみて、みんなもうしあわせたようにおれのかおをみた。)

おれがはいったのを見て、みんな申し合せたようにおれの顔を見た。

(みせものじゃあるまいし。)

見世物じゃあるまいし。

(それからもうしつけられたとおりひとりひとりのまえへいってじれいをだしてあいさつをした。)

それから申し付けられた通り一人一人の前へ行って辞令を出して挨拶をした。

(たいがいはいすをはなれてこしをかがめるばかりであったが、ねんのはいったのは)

大概は椅子を離れて腰をかがめるばかりであったが、念の入ったのは

(さしだしたじれいをうけとっていちおうはいけんをしてそれをうやうやしくへんきゃくした。)

差し出した辞令を受け取って一応拝見をしてそれを恭しく返却した。

(まるでみやしばいのまねだ。じゅうごにんめにたいそうのきょうしへとめぐってきたときには、)

まるで宮芝居の真似だ。十五人目に体操の教師へと廻って来た時には、

(おなじことをなんべんもやるのでしょうしょうじれったくなった。むこうはいちどですむ。)

同じ事を何返もやるので少々じれったくなった。向うは一度で済む。

(こっちはおなじしょさをじゅうごぺんくりかえしている。)

こっちは同じ所作を十五返繰り返している。

(すこしはひとのりょうけんもさっしてみるがいい。)

少しはひとの了見も察してみるがいい。

(あいさつをしたうちにきょうとうのなにがしというのがいた。これはぶんがくしだそうだ。)

挨拶をしたうちに教頭のなにがしと云うのが居た。これは文学士だそうだ。

(ぶんがくしといえばだいがくのそつぎょうせいだからえらいひとなんだろう。)

文学士と云えば大学の卒業生だからえらい人なんだろう。

(みょうにおんなのようなやさしいこえをだすひとだった。)

妙に女のような優しい声を出す人だった。

(もっともおどろいたのはこのあついのにふらんねるのしゃつをきている。)

もっとも驚いたのはこの暑いのにフランネルの襯衣を着ている。

(いくらかうすいじにはそういなくってもあついにはきまってる。)

いくらか薄い地には相違なくっても暑いには極ってる。

(ぶんがくしだけにごくろうせんばんななりをしたもんだ。)

文学士だけにご苦労千万な服装をしたもんだ。

(しかもそれがあかしゃつだからひとをばかにしている。)

しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿にしている。

(あとからきいたらこのおとこはねんじゅうあかしゃつをきるんだそうだ。)

あとから聞いたらこの男は年中赤シャツを着るんだそうだ。

(みょうなびょうきがあったものだ。とうにんのせつめいではあかはからだにくすりになるから、)

妙な病気があった者だ。当人の説明では赤は身体に薬になるから、

(えいせいのためにわざわざあつらえらえるんだそうだが、いらざるしんぱいだ。)

衛生のためにわざわざ誂らえるんだそうだが、入らざる心配だ。

(そんならついでにきものもはかまもあかにすればいい。)

そんならついでに着物も袴も赤にすればいい。

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