ツルゲーネフ はつ恋 ⑤

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1 りく 5648 A 5.8 97.1% 863.3 5022 146 87 2024/11/06

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問題文

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(し はなれのせまくるしいうすぎたないひかえしつへ、わたしがおさえてもとまらぬむしゃぶるいに)

四 傍屋の狭くるしい薄ぎたない控室へ、わたしが押えても止まらぬ武者震いに

(そうみをふるわせながらはいっていくと、そこでわたしをむかえたのは、しらがあたまのろうぼくだった)

総身を震わせながら入って行くと、そこで私を迎えたのは、白髪頭の老僕だった

(あかがねいろのすすけたかおに、ぶたのようなぶあいそうなちいさいめをしておまけにひたいから)

銅色のすすけた顔に、豚のような不愛想な小さい眼をしておまけに額から

(こめかみへかけてたたまれているしわのふかいことといったら、)

こめかみへかけて畳まれている皺の深いことといったら、

(わたしがうまれてこのかたみたこともないほどだった。)

わたしが生まれてこの方見たこともないほどだった。

(かれはくいあらされたにしんのせぼねをひとつさらにのせていたが、おくのまへつうずるどあを)

彼は食い荒らされた鰊の背骨を一つ皿に載せていたが、奥の間へ通ずるドアを

(うしろあしでしめながら、とっぴょうしもないこえでいきなり、「なんのごようで?」といった。)

後ろ足で閉めながら、突拍子もない声でいきなり、「何の御用で?」と言った。

(「ざせーきなこうしゃくふじんはおいででしょうか?」と、わたしはきいた。)

「ザセーキナ侯爵夫人はおいででしょうか?」と、わたしはきいた。

(「ヴぉにふぁーちい!」と、どあのむこうから、がらがらしたおんなのこえがよんだ。)

「ヴォニファーチイ!」と、ドアの向こうから、がらがらした女の声が呼んだ。

(ろうぼくがむごんでわたしにせをむけたとたんに、おしきせのひどくすりきれたせなか)

老僕が無言でわたしに背を向けた途端に、お仕着せのひどくすり切れた背中

(がまるみえになって、そこにあかさびのでたじょうもんいりのぼたんが、)

が丸見えになって、そこに赤さびの出た定紋入りのボタンが、

(ぽつんとひとつのこっているのがめについたが、かれはそのままさらをゆかへおくと、)

ぽつんと一つ残っているのがめについたが、彼はそのまま皿を床へ置くと、

(おくへひっこんでしまった。「けいさつへいってきたかい?」と、)

奥へ引っ込んでしまった。「警察へ行って来たかい?」と、

(おなじおんなのこえがまたした。ろうぼくがなにやらぼそぼそいうと、--「ええ?・・・)

同じ女の声がまたした。老僕が何やらぼそぼそ言うと、--「ええ?・・・

(だれかきたって?」と、ききかえして、「となりのぼっちゃんかい?じゃ、おとおしおし」)

誰か来たって?」と、訊き返して、「隣の坊ちゃんかい?じゃ、お通しおし」

(「どうぞきゃくまへおとおりなすって」と、ろうぼくはまたわたしのまえにあらわれて、)

「どうぞ客間へお通りなすって」と、老僕はまたわたしの前に現れて、

(さらをゆかからもちあげながらいった。)

皿を床から持ち上げながら言った。

(わたしはみじまいをただして、”きゃくま”なるものへはいっていった。)

わたしは身仕舞を正して、”客間”なるものへ入って行った。

(いざはいってみるとそこは、あまりこぎれいともいえぬてぜまなひとまで、)

いざ入ってみるとそこは、あまり小奇麗とも言えぬ手狭な一間で、

(びんぼうくさいかぐのならべかたも、まるできゅうばしのぎに)

貧乏くさい家具の並べ方も、まるで急場しのぎに

など

(やってのけたといったようすだった。)

やってのけたといった様子だった。

(まどぎわの、かたひじのおれたひじかけいすにすわっているのは、としのころごじゅうほどの、)

窓ぎわの、肩肘の折れた肘掛椅子に坐っているのは、年の頃五十ほどの、

(かみをむきだしにしたきりょうのわるいふじんで、きふるしたみどりいろのふくをきて、)

髪をむき出しにした器量のわるい婦人で、着古した緑色の服を着て、

(まだらいろのけいとのえりまきをくびにまいていた。かのじょのちいさなくろいめは、)

まだら色の毛糸の襟巻を首に巻いていた。彼女の小さな黒い眼は、

(いきなりすいつくようにわたしのかおにそそがれた。)

いきなり吸い付くように私の顔にそそがれた。

(わたしはそばへあゆみよって、いちれいした。)

わたしはそばへ歩み寄って、一礼した。

(「しつれいですが、ざせーきなこうしゃくふじんでいらっしゃいますか?」)

「失礼ですが、ザセーキナ侯爵夫人でいらっしゃいますか?」

(「ええ、わたしがざせーきなこうしゃくふじんです。)

「ええ、わたしがザセーキナ侯爵夫人です。

(あなたはvさんのごしそくでいらっしゃるの?」)

あなたはVさんの御子息でいらっしゃるの?」

(「そのとおりです。わたしはははのつかいでまいりました」)

「そのとおりです。わたしは母の使いで参りました」

(「さあ、おかけなさいな。ヴぉにふぁーちい!わたしのかぎはどこ、)

「さあ、お掛けなさいな。ヴォニファーチイ!私の鍵はどこ、

(おまえみなかったかい?」)

お前みなかったかい?」

(わたしはざせーきなふじんに、そのてがみにたいするははのへんじをつたえた。)

わたしはザセーキナ夫人に、その手紙に対する母の返事を伝えた。

(かのじょはそれをききながら、ふといあかいゆびでまどがまちをかるくたたいていたが、)

彼女はそれを聞きながら、太い赤い指で窓がまちを軽く叩いていたが、

(わたしがこうじょうをおわると、もういっぺんわたしをじっとみつめた。)

わたしが口上を終わると、もう一遍わたしをじっと見つめた。

(「たいそうけっこうです。ぜひうかがいましょう」と、やがてかのじょはいった。)

「大層結構です。ぜひ伺いましょう」と、やがて彼女は言った。

(「でも、あなたはまだほんとにおわかいのね!おいくつですの、しつれいですけれど?」)

「でも、あなたはまだほんとにお若いのね!お幾つですの、失礼ですけれど?」

(「じゅうろくです」とわたしは、おもわずくちごもりながらこたえた。)

「十六です」とわたしは、思わず口ごもりながら答えた。

(こうしゃくふじんはぽけっとをさぐって、なにやらいっぱいかきこんだあぶらじみたきつけを)

侯爵夫人はポケットを探って、何やらいっぱい書き込んだ油じみた着付を

(とりだすと、ついはなさきまでもっていって、そのけんぶんにかかった。)

取り出すと、つい鼻先までもっていって、その検分にかかった。

(「けっこうなとしごろだこと」と、かのじょは、いすのうえでみをねじまげたり、)

「結構な年頃だこと」と、彼女は、椅子の上で身をねじ曲げたり、

(もぞもぞしたりしながら、ふいにいいだした。ーー)

もぞもぞしたりしながら、不意に言い出した。ーー

(「どうぞあなた、おきらくになさいましな。たくではばんじむぞうさですから」)

「どうぞあなた、お気楽になさいましな。宅では万事無造作ですから」

(”どうもむぞうさすぎるな”とわたしは、おもわずわきあがるけんおのじょうをもって)

”どうも無造作すぎるな”とわたしは、思わず湧き上がる嫌悪の情をもって

(かのじょのぶざまなようすをじろじろながめながら、こころのなかでかんがえた。)

彼女のぶざまな様子をじろじろ眺めながら、心の中で考えた。

(と、そのしゅんかん、きゃくまのもうひとつのどあがいきなりぱっとあいて、)

と、その瞬間、客間のもう一つのドアがいきなりぱっと開いて、

(しきいのうえにすがたをあらわしたのは、きのうにわでみかけたあのむすめだった。)

敷居の上に姿を現したのは、昨日庭で見かけたあの娘だった。

(かのじょはかたてをあげたが、そのかおにはちらりとうすわらいがうかんだ。)

彼女は片手を上げたが、その顔にはちらりと薄笑いが浮かんだ。

(「これがうちのむすめです」と、こうしゃくふじんは、ひじでむすめをさしていった。--)

「これがうちの娘です」と、侯爵夫人は、肘で娘をさして言った。--

(「じーのちか。おとなりのvさんのごしそくだよ。おなまえはなんておっしゃるの、)

「ジーノチカ。お隣のVさんの御子息だよ。お名前はなんておっしゃるの、

(しつれいですが?」「うらじーみるです」と、わたしはたちあがって、)

失礼ですが?」「ウラジーミルです」と、わたしは立ち上がって、

(こうふんのあまりしたをもつらせながらこたえた。)

興奮のあまり舌をもつらせながら答えた。

(「でごふしょうは?」「ぺとろーヴぃちです」)

「で御父称は?」「ペトローヴィチです」

(「まあ!わたしのしりあいにけいさつしょちょうをしているかたがありましたが、)

「まあ!わたしの知り合いに警察署長をしている方がありましたが、

(そのひともやっぱりうらじーみるぺどろーヴぃちでしたっけ。ヴぉにふぁーちい)

その人もやっぱりウラジーミル・ペドローヴィチでしたっけ。ヴォニファーチイ

(かぎはさがさなくってもいいよ。ちゃんとわたしのぽけっとにあったから」)

鍵は捜さなくってもいいよ。ちゃんとわたしのポケットにあったから」

(しょうじょはこころもちめをほそめて、くびをややかしげたまま、あいかわらずにやにやしながら、)

少女は心もち眼を細めて、首をやや傾げたまま、相変わらずにやにやしながら、

(わたしをみつめていた。)

わたしを見つめていた。

(「あたしもう、むっしゅーヴぉるでまーるにはおめにかかったわ」と、)

「あたしもう、ムッシュー・ヴォルデマールにはお目にかかったわ」と、

(かのじょはくちをきった。(そのぎんのすずをふるようなこえのひびきは、)

彼女は口をきった。(その銀の鈴を振るような声の響きは、

(なにかこうかんびなつめたいかんじをなして、わたしのせすじをはしった)--)

何かこう甘美な冷たい感じをなして、わたしの背筋を走った)--

(「ねえ、あなたをそうよんでもいいでしょう?」)

「ねえ、あなたをそう呼んでもいいでしょう?」

(「ええ、そりゃもう」と、わたしは、ますますしたをもつらせた。)

「ええ、そりゃもう」と、わたしは、ますます舌をもつらせた。

(「そりゃ、どこでなの?」と、こうしゃくふじんがきいた。)

「そりゃ、どこでなの?」と、侯爵夫人が訊いた。

(こうしゃくれいじょうは、ははのといにはこたえずに、「あなたいま、おいそがしくって?」と、)

侯爵令嬢は、母の問いには答えずに、「あなた今、お忙しくって?」と、

(かのじょは、わたしからめをはなさずにいった。)

彼女は、わたしから目を放さずに言った。

(「いいえ、ちっとも」「じゃ、けいとをほどくおてつだいをしてくださらないこと?)

「いいえ、ちっとも」「じゃ、毛糸をほどくお手伝いをして下さらないこと?

(こっちへいらっしゃいな、あたしのへやへ」)

こっちへいらっしゃいな、あたしの部屋へ」

(かのじょはわたしに、こっくりうなずいてみせると、さっさときゃくまをでていった。)

彼女はわたしに、こっくりうなずいて見せると、さっさと客間を出て行った。

(わたしはあとにしたがった。)

わたしはあとに従った。

(われわれのはいったへやは、かぐもいくぶんはましで、そのならべかたも、)

我々の入った部屋は、家具も幾分はましで、その並べ方も、

(まえのへやよりしゅみがあった。もっともそのしゅんかん、わたしはほとんどなにひとつ)

前の部屋より趣味があった。もっともその瞬間、わたしはほとんど何ひとつ

(めにとめるよゆうがなかった。)

眼に留める余裕がなかった。

(わたしは、まるでゆめのなかにでもいるようにみをはこびながら、)

わたしは、まるで夢の中にでもいるように身を運びながら、

(なにやらばかばかしいほどきんちょうしたこうふくかんを、ほねのずいまでかんじるのだった。)

何やら馬鹿々々しいほど緊張した幸福感を、骨の髄まで感じるのだった。

(こうしゃくれいじょうはこしをおろして、あかいけいとのたばをはこからだすと、)

侯爵令嬢は腰を下ろして、紅い毛糸の束を箱から出すと、

(むかいのいすをわたしにさしてみせて、いっしょうけんめいむすびめをときほぐしてから、)

向いの椅子をわたしにさしてみせて、一生けんめい結び目を解きほぐしてから、

(それをわたしのりょうてにかけた。そこまでするあいだじゅう、)

それをわたしの両手に掛けた。そこまでする間じゅう、

(かのじょはいっさいむごんのまま、なにかさもおもしろくてたまらないといったふうの)

彼女はいっさい無言のまま、何かさも面白くてたまらないといった風の

(かんまんなみぶりで、あいかわらずのあかるいずるそうなうすわらいを、)

緩慢な身振りで、相変わらずの明るい狡そうな薄笑いを、

(ややすこしひらいたくちびるにうかべていた。)

やや少しひらいた唇に浮かべていた。

(かのじょはけいとを、おりまげたかるたふだにまきはじめたが、そのうちふいに、)

彼女は毛糸を、折り曲げたカルタ札に巻きはじめたが、そのうち不意に、

(ぱっとすばやくわたしのかおを、なんともいえないはれやかなまなざしでいたので、)

ぱっと素早く私の顔を、なんとも言えない晴れやかな眼差しで射たので、

(わたしはおもわずかおをふせてしまった。かのじょのめは、)

わたしは思わず顔を伏せてしまった。彼女の眼は、

(たいていはかるくほそめになっているのだったが、)

たいていは軽く細目になっているのだったが、

(それがときたまいっぱいにみひらかれるとーーかおつきがすっかりかわってしまって、)

それが時たまいっぱいに見開かれるとーー顔つきがすっかり変わってしまって、

(まるでそのおもわにひかりがみなぎりあふれるようにみえた。)

まるでその面輪に光がみなぎりあふれるように見えた。

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