ツルゲーネフ はつ恋 ⑥

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1 りく 5721 A 5.8 97.4% 819.0 4810 124 82 2024/11/06

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問題文

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(「ねえ、きのうあたしのしたこと、どうおもいになって、)

「ねえ、昨日あたしのしたこと、どう思いになって、

(むっしゅーヴぉるでまーる?」と、しばらくしてからかのじょがきいた。--)

ムッシュー・ヴォルデマール?」と、しばらくしてから彼女が訊いた。--

(「きっとあなたは、けしからんおんなだとおおもいになったでしょうね?」)

「きっとあなたは、けしからん女だとお思いになったでしょうね?」

(「いいえ、ぼく・・・おじょうさん・・・ぼくはなにもその・・・とんでもない・・・」)

「いいえ、僕・・・お嬢さん・・・僕は何もその・・・とんでもない・・・」

(わたしのこたえは、しどろもどろだった。)

わたしの答えは、しどろもどろだった。

(わたしはますます、あがってしまったが、とにかくめをあげて、)

わたしはますます、あがってしまったが、とにかく眼を上げて、

(かのじょはにっとわらったが、それはさっきのとはちがって、こういのあるびしょうだった。)

彼女はにっと笑ったが、それはさっきのとは違って、好意のある微笑だった。

(「わたしのかおをみてちょうだい」と、かのじょはやさしくこえをおとしながらいった。)

「わたしの顔を見てちょうだい」と、彼女は優しく声を落としながら言った。

(ーー「そうされても、あたしいやじゃないの。・・・あたし、)

ーー「そうされても、あたし厭じゃないの。・・・あたし、

(あなたのかおがきにいったわ。あなたとは、なかよしになれそうなきがするのよ。)

あなたの顔が気に入ったわ。あなたとは、仲好しになれそうな気がするのよ。

(でもあたしはあなたのおきにめしまして?」と、ぬけめなくかのじょはいいたした。)

でもあたしはあなたのお気に召しまして?」と、抜け目なく彼女は言い足した。

(「おじょうさん・・・」と、わたしはいいかけた。・・・)

「お嬢さん・・・」と、わたしはいいかけた。・・・

(「まずだいいち、あたしをじないーださんとよんでちょうだい。それからだいににーー)

「まず第一、あたしをジナイーダさんと呼んでちょうだい。それから第二にーー

(こどものくせにーー(といって、かのじょはいいたした)--せいねんのくせにーー)

子供のくせにーー(と言って、彼女は言い足した)--青年のくせにーー

(かんじたとおりをまっすぐにいわないなんて、いけないことだわ。)

感じたとおりをまっすぐに言わないなんて、いけないことだわ。

(それはおとなのすることよ。どう、あたしあなたのおきにめして?」)

それは大人のすることよ。どう、あたしあなたのお気に召して?」

(かのじょがわたしをあいてに、こんなにうちとけてはなしてくれることは、)

彼女がわたしを相手に、こんなに打ち解けて話してくれることは、

(わたしにとってじつにうれしいことだったけれど、とはいえわたしも、すこしはらがたった。)

わたしにとって実に嬉しいことだったけれど、とは言え私も、少し腹が立った。

(わたしは、そうそうこどもとみてもらいますまいといういきごみで、)

わたしは、そうそう子供とみてもらいますまいという意気込みで、

(できるだけらいらくな、しかもしかつめらしいかおつきになって、こういってやった。)

できるだけ磊落な、しかも鹿爪らしい顔つきになって、こう言ってやった。

など

(ーー「もちろん、とてもきにいりましたよ、じないーださん、)

ーー「もちろん、とてもきにいりましたよ、ジナイーダさん、

(ぼくは、それをかくそうとはおもいません」)

僕は、それを隠そうとはおもいません」

(かのじょは、ゆっくりくぎりながらあたまをふって、)

彼女は、ゆっくり句切りながら頭を振って、

(--「あなたはかていきょうしがついているの?」と、だしぬけにたずねた。)

--「あなたは家庭教師がついているの?」と、だしぬけに尋ねた。

(「いいえ、ぼくにはもうとっくにかていきょうしなんかいません」それはうそだった。)

「いいえ、僕にはもうとっくに家庭教師なんかいません」それは嘘だった。

(れいのふらんすじんといきわかれをしてから、まだひとつきにもならないのである。)

例のフランス人と生き別れをしてから、まだ一月にもならないのである。

(「へえ!それでわかったわーーあなた、もうすっかりおとなねえ」)

「へえ!それでわかったわーーあなた、もうすっかり大人ねえ」

(かのじょはかるくわたしのゆびをはじいて、--「てをまっすぐにしてらっしゃい!」)

彼女は軽くわたしの指をはじいて、--「手をまっすぐにしてらっしゃい!」

(ーーそういってかのじょは、せっせといとだまをまきだした。)

ーーそう言って彼女は、せっせと糸球を巻きだした。

(しばらくかのじょがめをあげないのにじょうじて、わたしはかのじょをつくづくながめはじめたが)

しばらく彼女が眼を上げないのに乗じて、私は彼女をつくづく眺め始めたが

(それもはじめはぬすみみだったものが、やがてだんだんだいたんになっていった。)

それも初めは盗み見だったものが、やがてだんだん大胆になっていった。

(かのじょのかおは、きのうよりいっそうみりょくがましてみえた。めはなだちがなにからなにまで、)

彼女の顔は、昨日より一層魅力が増して見えた。目鼻立ちが何から何まで、

(じつにほっそりとみがかれて、じつにそうめいでじつにかわいらしかった。)

実にほっそりと磨かれて、じつに聡明で実に可愛らしかった。

(かのじょは、しろいまきあげかーてんをおろしたまどに、せをむけてすわっていた。)

彼女は、白い巻揚げカーテンを下ろした窓に、背を向けて坐っていた。

(ひざしは、かーてんをとおしてさしはいって、やわらかなひかりを、かのじょのふさふさした)

日ざしは、カーテンを通して射し入って、柔らかな光を、彼女のふさふさした

(きんいろのかみや、そのきよらかなくびすじや、ながれくだるかたのきょくせんや、)

金色の髪や、その清らかな首筋や、流れる下る肩の曲線や、

(やさしいやすらかなむねのあたりに、ふりそそいでいた。)

優しい安らかな胸のあたりに、ふりそそいでいた。

(わたしはじっとかのじょをながめているうちに、かのじょがなんともいえずたいせつで、)

わたしはじっと彼女を眺めているうちに、彼女が何とも言えず大切で、

(しんあいなものにおもえてきたのだ!わたしは、もうずっとまえからかのじょをしっていて、)

親愛なものにおもえてきたのだ!私は、もうずっと前から彼女を知っていて、

(かのじょとしりあいになるまでは、なにひとつしりもせず、)

彼女と知り合いになるまでは、何ひとつ知りもせず、

(いきたかいもなかったようなきがした。・・・)

生きた甲斐もなかったような気がした。・・・

(かのじょはもうだいぶきふるしたじみないろあいのふくをきて、えぷろんをかけていた。)

彼女はもうだいぶ着古した地味な色合いの服を着て、エプロンをかけていた。

(わたしは、そのふくやえぷろんのひだをひとつひとつ、)

わたしは、その服やエプロンの襞を一つ一つ、

(いそいそとなでたいようなきもちがした。)

いそいそと撫でたいような気持がした。

(かのじょのくつのさきが、そのふくのしたからのぞいている。)

彼女の靴の先が、その服の下からのぞいている。

(わたしはできることなら、うやうやしくそのくつにぬかずきたいとさえおもった。)

わたしはできることなら、うやうやしくその靴にぬかずきたいとさえ思った。

(”とうとうおれは、こうしてかのじょのまえにすわっているんだ”と、わたしはおもったーー)

”とうとう俺は、こうして彼女の前に坐っているんだ”と、わたしは思ったーー

(”おれはかのじょとしりあいになったのだ・・・なんというこうふくだろう、ああ!”)

”俺は彼女としりあいになったのだ・・・なんという幸福だろう、ああ!”

(わたしはすんでのことで、よろこびいさんでいすからとびおりそうになったが、)

わたしはすんでのことで、喜び勇んで椅子からとび下りそうになったが、

(おいしいおやつにありついたあかんぼうみたいに、)

おいしいおやつにありついた赤ん坊みたいに、

(あしをちょいとばたつかせるだけでがまんした。)

足をちょいとばたつかせるだけで我慢した。

(わたしは、みずのなかのさかなのようにいいきもちで、いっしょうこのへやからでていきたくない、)

私は、水の中の魚のようにいい気持で、一生この部屋から出て行きたくない、

(このばからうごきたくないとおもった。)

この場から動きたくないと思った。

(かのじょのまぶたがそっとあがって、またもやそのあかるいめがわたしのまえに)

彼女の目蓋がそっと上がって、またもやその明るい眼がわたしの前に

(やさしくかがやきだしたかとおもうと、またしてもかのじょはにっとあざけるようにわらった。)

優しく輝きだしたかと思うと、またしても彼女はにっとあざけるように笑った。

(「なんであたしをみつめてらっしゃるの」と、かのじょはゆっくりいって、)

「なんであたしを見つめてらっしゃるの」と、彼女はゆっくり言って、

(ゆびをたててわたしをおどかした。わたしはあかくなった。・・・)

指を立ててわたしをおどかした。わたしは赤くなった。・・・

(・・・”このひとはなんでもわかるんだ、なんでもみえるんだ”)

・・・”この人はなんでもわかるんだ、なんでも見えるんだ”

(というかんがえがわたしのあたまをかすめた。”まったく、どうしてこのひとに、なにもかも)

という考えがわたしの頭をかすめた。”全く、どうしてこの人に、何もかも

(わからないはずがあろう、なにもかもみえないはずがあろう!”)

わからないはずがあろう、何もかも見えないはずがあろう!”

(ふいにとなりのへやで、なにかものにぶつかるおとがしてーーさーべるがなりだした。)

不意に隣の部屋で、何か物にぶつかる音がしてーーサーベルが鳴り出した。

(「じーなや」と、きゃくまでこうしゃくふじんがよんだ。--)

「ジーナや」と、客間で侯爵夫人が呼んだ。--

(「べろヴぞーろふさんが、おまえにねこのこをもってきてくだすったよ」)

「ベロヴゾーロフさんが、お前に猫の子を持ってきて下すったよ」

(「ねこのこ!」と、じないーだはさけぶと、ぱっといすからたちあがって、)

「猫の子!」と、ジナイーダは叫ぶと、ぱっと椅子から立ち上がって、

(けいとのまりをわたしのひざへほうりだしたまま、へやからかけだしていった。)

毛糸の毬をわたしの膝へほうり出したまま、部屋から駆け出して行った。

(わたしもたちあがって、けいとのたばとまりとをまどがまちにのせると、)

わたしも立ち上がって、毛糸の束と毬とを窓がまちに載せると、

(そこをでてきゃくまへはいったが、とたんにあっけにとられてぼうだちになった。)

そこを出て客間へ入ったが、途端に呆気にとられて棒立ちになった。

(へやのまんなかにはしまのはいったこねこが、かわいいあしをひろげてあおむきになっていた。)

部屋の真ん中には縞の入った子猫が、可愛い足をひろげて仰向きになっていた。

(じないーだはそのまえにひざをついて、そっとねこのかおをもちあげていた。)

ジナイーダはその前に膝をついて、そっと猫の顔を持ちあげていた。

(こうしゃくふじんのよこには、まどとまどのあいだのかべをほとんどぜんぶふさいで、)

侯爵夫人の横には、窓と窓の間の壁をほとんど全部ふさいで、

(うすいろのかみのけをうずまかせたりっぱなせいねんのたっているのが、)

薄色の髪の毛を渦まかせた立派な青年の立っているのが、

(ぎゃくこうせんのなかに、だんだんはっきりみえてきた。けいきへいのしかんで、)

逆光線の中に、だんだんはっきり見えてきた。軽騎兵の士官で、

(けっしょくのいいあかいかおをして、めがとびだしている。)

血色のいい紅い顔をして、眼が飛び出している。

(「なんてこっけいなんでしょう!」と、じないーだはなんどもいって、)

「なんて滑稽なんでしょう!」と、ジナイーダは何度も言って、

(「めだってはいいろでなくて、みどりいろだし、それにみみだってなんておおきいんでしょう!)

「眼だって灰色でなくて、緑色だし、それに耳だってなんて大きいんでしょう!

(ありがとう、べろヴぞーろふさん!あなたとてもしんせつねえ!」)

ありがとう、べロヴゾーロフさん!あなたとても親切ねえ!」

(そのけいきへいは、きのうみかけたせいねんたちのひとりであることにわたしはきづいたが、)

その軽騎兵は、昨日見かけた青年たちの一人であることに私は気づいたが、

(にっこりわらっていちれいするひょうしに、はくしゃをうちあわせて、)

にっこり笑って一礼する拍子に、拍車を打合せて、

(さーべるのつりわをがちゃりとならした。)

サーベルの釣輪をがちゃりと鳴らした。

(「きのうあなたは、しまのこねこでおおきなみみをしているのがほしいとおおせでありました)

「昨日あなたは、縞の子猫で大きな耳をしているのが欲しいと仰せでありました

(から・・・このとおり、てにいれたのであります。)

から・・・このとおり、手に入れたのであります。

(だんしのひとことーーでありますから」といって、またいちれいした。)

男子の一言ーーでありますから」と言って、また一礼した。

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