ああ玉杯に花うけて 第二部 3

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プレイ回数432難易度(4.4) 4311打 長文
佐藤紅緑の「ああ玉杯に花うけて」です。
長文です。現在では不適切とされている表現を含みます。

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問題文

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(「だれだえ」ははのこえがした。)

「だれだえ」母の声がした。

(「せんぞうか」いしうすのおとがやんだ。)

「千三か」石うすの音がやんだ。

(そうしてとをあけるとともにおじのくびだけがそとへでた。)

そうして戸をあけるとともに伯父の首だけが外へ出た。

(「なにをしてるんだせんぞう」ちびこうはだまっている。)

「なにをしてるんだ千三」チビ公はだまっている。

(「おい、ないてるのか」おじはてをひいていえへいれた。)

「おい、ないてるのか」伯父は手をひいて家へいれた。

(はははしんぱいそうにこのありさまをみていた、おばはすでにねてしまったらしい。)

母は心配そうにこのありさまを見ていた、伯母はすでに寝てしまったらしい。

(「どうしたんだ」)

「どうしたんだ」

(「おじさんにあげようとおもってぼくは・・・・・・」)

「伯父さんにあげようと思ってぼくは……」

(ちびこうはとぎれとぎれにしさいをかたった。)

チビ公はとぎれとぎれに仔細を語った。

(「まあきものはやぶけて、はかまはどろだらけに・・・・・・」)

「まあ着物はやぶけて、はかまはどろだらけに……」

(とははもひふんのなみだにくれていった。)

と母も悲憤の涙にくれていった。

(「じょやくのこだね、さかいのこだね、よしっ」)

「助役の子だね、阪井の子だね、よしッ」

(おじのかおはまっかになったかとおもうとすぐまっさおになった。)

伯父の顔はまっかになったかと思うとすぐまっさおになった。

(かれはすいそうのへりにのせたてぬぐいを、ふところにおしこんでいえをとびだした。)

かれは水槽の縁にのせたてぬぐいを、ふところに押しこんで家を飛びだした。

(「おじさんをとめて」とははがさけんだ。ちびこうはすぐそとへとびだした。)

「伯父さんをとめて」と母が叫んだ。チビ公はすぐ外へ飛びだした。

(「だいじょうぶだ、しんぱいすな、みんなねてもいいよ」)

「だいじょうぶだ、心配すな、みんな寝てもいいよ」

(おじさんははしりながらこういった。)

伯父さんは走りながらこういった。

(「まっておいで」はははこういってぞうりをひっかけておじのあとをおうた。)

「待っておいで」母はこういってぞうりをひっかけて伯父のあとを追うた。

(ちびこうはちゃのまへあがってとけいをみた、それはくじをうったばかりであった。)

チビ公は茶の間へあがって時計を見た、それは九時を打ったばかりであった。

(ちびこうはあがりかまちにこしをかけておじとははのかえりをまっていた。)

チビ公はあがりかまちに腰をかけて伯父と母の帰りを待っていた。

など

(おばさんはひるのなかはくちやかましいにかかわらずよるになるとまったく)

伯母さんは昼の中は口やかましいにかかわらず夜になるとまったく

(いくじがなくなってねむってしまうのでおこしたところでおきそうにもない。)

意気地がなくなって眠ってしまうので起こしたところで起きそうにもない。

(とうふやはみめいにおきねばならぬしょうばいだ、)

豆腐屋は未明に起きねばならぬ商売だ、

(ちびこうはひるのつかれにうとうととねむくなった。)

チビ公は昼の疲れにうとうとと眠くなった。

(「ねむっちゃいけねえ」とかれはじぶんをしかりつけた、)

「眠っちゃいけねえ」とかれは自分をしかりつけた、

(がいったんおそいきたったすいまはなかなかしりぞかない、)

がいったん襲いきたった睡魔はなかなかしりぞかない、

(ぐらりぐらりとさゆうにくびをうごかしたかとおもうとしょうじにあたまをこつんとうった、)

ぐらりぐらりと左右に首を動かしたかと思うと障子に頭をこつんと打った、

(はっとめをさましてにわへでてかおをあらった、つきはぽぷらのえだえだをもれて)

はっと目をさまして庭へ出て顔を洗った、月はポプラの枝々をもれて

(あおじろいひかりをといたやいしうすやこもやみずおけにおとすと、)

青白い光を戸板や石うすやこもや水槽に落とすと、

(それらのかげがまざまざといきたようにういてくる。ちびこうはくちぶえをふいた。)

それらの影がまざまざと生きたようにういてくる。チビ公は口笛をふいた。

(とけいはじゅうじをうった。)

時計は十時を打った。

(「おじさんがけんかをしてるんじゃなかろうか、もしそうだとすると」)

「伯父さんが喧嘩をしてるんじゃなかろうか、もしそうだとすると」

(ちびこうはこうかんがえたときしょうねんのちしおがごたいになりひびいた。)

チビ公はこう考えたとき少年の血潮が五体になりひびいた。

(「さかいのいえへいったにちがいない、だがさかいのおやじはじょやくだ、こぶんがおおぜいだ、)

「阪井の家へいったにちがいない、だが阪井の親父は助役だ、子分が大勢だ、

(おじさんひとりではとてもかなわないだろう、そうすると・・・・・・」)

伯父さんひとりではとてもかなわないだろう、そうすると……」

(かれはもうだまっていることができなくなった、からだはちいさいが)

かれはもうだまっていることができなくなった、身体は小さいが

(おれのほうがただしいんだ、おじさんをたすけてあげなきゃならない。)

おれの方が正しいんだ、伯父さんを助けてあげなきゃならない。

(かれはあまどのしんばりぼうをはずしててにさげた、)

かれは雨戸のしんばり棒をはずして手にさげた、

(それからじょうぶそうなぞうりにはきかえてそとへでた、)

それからじょうぶそうなぞうりにはきかえて外へでた、

(めざすところはさかいのいえである、)

めざすところは阪井の家である、

(かれはいまにもおじがらんとうらんせんにひばなをちらしているかのようにおもった、)

かれは今にも伯父が乱闘乱戦に火花をちらしているかのように思った、

(むねがたかなりしてからだがふるえた。)

胸が高鳴りして身体がふるえた。

(まちにしょうげつろうというりょうりやがある、)

町に松月楼という料理屋がある、

(そのまえにさしかかったときかれはただならぬものおとをきいた。)

その前にさしかかったときかれはただならぬ物音を聞いた。

(ひとりのおとこがはだしのまま、「いしゃをいしゃを」とさけんではしった。)

ひとりの男がはだしのまま、「医者を医者を」と叫んで走った。

(するとほかのおとこがまたおなじことをいってはしった。)

すると他の男がまた同じことをいって走った。

(「もしやおじがここで・・・・・・」とちびこうはちょっかんした、)

「もしや伯父がここで……」とチビ公は直感した、

(とたんにくらがりからははがとびだしてちびこうのかたにもたれた。)

とたんに暗がりから母が飛びだしてチビ公の肩にもたれた。

(「たいへんだよせんぞう、おじさんが・・・・・・」はははなかばなきごえであった。)

「大変だよ千三、伯父さんが……」母はなかばなき声であった。

(ばらばらとげんかんにご、ろくにんのかげがあらわれた。)

ばらばらと玄関に五、六人の影があらわれた。

(「わるいやつをなぐるのはあたりまえだ、おれのいえのこぞうをおどかして)

「悪いやつをなぐるのはあたりまえだ、おれの家の小僧をおどかして

(まいあさとうふをごうだつしやがる、おれはびんぼうにんだ、びんぼうにんのものをぬすんでも)

毎朝豆腐を強奪しやがる、おれは貧乏人だ、貧乏人のものをぬすんでも

(じょやくのむすこならかまわないというのか」)

助役の息子ならかまわないというのか」

(たしかにおじさんのこえである。)

たしかに伯父さんの声である。

(「こどものけんかにでしゃばって、あいてのおやをなぐるというほうがあるか」)

「子どもの喧嘩にでしゃばって、相手の親をなぐるという法があるか」

(に、さんにんがどなった。)

二、三人がどなった。

(「あやまらないからなぐったんだ」「ぐずぐずいわんとはやくあるけ」)

「あやまらないからなぐったんだ」「ぐずぐずいわんと早く歩け」

(「おれをどうするんだ」ご、ろくにんのひとびとがげんかんぐちでおしあった。)

「おれをどうするんだ」五、六人の人々が玄関口で押しあった。

(そのなかからおじさんのはんらたいのすがたがあらわれた、おじさんのかおは)

その中から伯父さんの半裸体の姿があらわれた、伯父さんの顔は

(まっさおになってくちびるからちがしたたっていた、)

まっさおになってくちびるから血がしたたっていた、

(かれのやせたかたはこきゅうのたびごとにはげしくうごいた。)

かれのやせた肩は呼吸の度ごとにはげしく動いた。

(「さあでろ」とじゅんさがいった。)

「さあでろ」と巡査がいった。

(「はきものがない」とおじさんがいった。)

「はきものがない」と伯父さんがいった。

(「そのままでいい」「おれはけだものじゃねえ」)

「そのままでいい」「おれはけだものじゃねえ」

(だれかがそとからぞうりをなげてやった、おじさんはそれをはいた。)

だれかが外からぞうりを投げてやった、伯父さんはそれをはいた。

(「おじさん!」とちびこうはもんないにかけこんでいった。)

「伯父さん!」とチビ公は門内にかけこんでいった。

(「おおせんぞうか、おまえのかたきはうってやったぞ、)

「おお千三か、おまえのかたきは討ってやったぞ、

(いいかあすからしょうばいにでるときにはな、てっぽうとなぎなたと)

いいか明日から商売に出るときにはな、鉄砲となぎなたと

(わきざしとまさかりとななつどうぐをしょってでろ、いいか、)

わきざしとまさかりと七つ道具をしょってでろ、いいか、

(じょやくのせがれがごうとうにでてもけいさつではとうふやをほごしてくれないんだからな」)

助役のせがれが強盗にでても警察では豆腐屋を保護してくれないんだからな」

(こういったおじさんのいきはさけくさかった。)

こういった伯父さんの息は酒くさかった。

(「あるけ」とじゅんさがいった。)

「歩け」と巡査がいった。

(「まってくださいおまわりさん」とちびこうはじゅんさのまえにすわった。)

「待ってくださいおまわりさん」とチビ公は巡査の前にすわった。

(「おじさんはよってるんです、おじさんをゆるしてください、)

「伯父さんは酔ってるんです、伯父さんをゆるしてください、

(あしたのあさになってさけがさめたらおじさんといっしょにけいさつへあやまりにまいります、)

明日の朝になって酒がさめたら伯父さんと一緒に警察へあやまりにまいります、

(おじさんがいなければわたしひとりではとうふをつくることができません」)

伯父さんがいなければ私一人では豆腐を作ることができません」

(ちびこうのこえはなみだにふるえていた。)

チビ公の声は涙にふるえていた。

(「なにをぬかすかばか」とおじさんがどなった。)

「なにをぬかすかばか」と伯父さんがどなった。

(「しょうばいができなかったらやめてしまえ、)

「商売ができなかったらやめてしまえ、

(しょうばいをしたからってじょやくのむすこにくわれてしまうばかりだ」)

商売をしたからって助役の息子に食われてしまうばかりだ」

(おじさんはのそのそとあるきだした、かれはもんのそとになくなくたっている)

伯父さんはのそのそと歩きだした、かれは門の外になくなく立っている

(いもうと(ちびこうのはは)をみやってすこしちゅうちょしたが、)

妹(チビ公の母)を見やって少し躊躇したが、

(「あとはたのむぜ、おれはごうとうのおやだまを)

「あとはたのむぜ、おれは強盗の親玉を

(たいじしたんだから、これからけいさつへごほうびをもらいにゆくんだ」)

退治したんだから、これから警察へごほうびをもらいにゆくんだ」

(ははがなにかいおうとしたがおじはずんずんいってしまった、)

母がなにかいおうとしたが伯父はずんずんいってしまった、

(ひとりのじゅんさと、ふたりのまちのひとがつきそうていった。)

ひとりの巡査と、ふたりの町の人がつきそうていった。

(ちびこうとはははどこまでもそのあとについた、)

チビ公と母はどこまでもそのあとについた、

(おじさんはけいさつのもんをはいるときちらとふたりのほうをふりむいた。)

伯父さんは警察の門をはいるときちらとふたりの方をふり向いた。

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