子供の霊 岡崎雪聲

投稿者ヒマヒマ マヒマヒプレイ回数1153
難易度(4.2) 2706打 長文 かなタグ岡崎雪聲 小説 長文 文学 文豪
生まれて三日で亡くなった男の子の通夜での不思議な体験。

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問題文

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(わたしがじゅうさんさいのときだから、ちょうどけいおうさんねんのころだ。)

私が十三歳の時だから、ちょうど慶応三年の頃だ。

(とうじわたしはきょうとてらまちどおりのあるしょぼうにいたのであるが、)

当時私は京都寺町通りの或る書房に居たのであるが、

(そのころにそこのしゅじんふうふのあいだに、おとこのこがうまれた。)

その頃にそこの主人夫婦の間に、男の子が生れた。

(するときみょうなことに、そのこにこうもんがないので、それがため、)

すると奇妙なことに、その子に肛門がないので、それがため、

(うまれてみっかめのあさ、ついにしんでしまった。)

生れて三日目の朝、ついに死んでしまった。

(やがてしんせきやきんじょのひとたちが、あつまってきて、あちらでいうよとぎ、)

やがて親戚や近所の人達が、集まって来て、あちらでいう夜伽、

(とうきょうでいえばつやであるが、それがあるばんのことはじまった。)

東京でいえば通夜であるが、それが或る晩のことはじまった。

(ふゆのことで、しりんあたりはいたってしずかなのに、かねのねがさびしくきこえる、)

冬の事で、四隣あたりは至って静かなのに、鉦の音が淋しく聞こえる、

(わたしはいつも、みせでしょせきがつんであるかたわらに、ねるのがれいなので、)

私はいつも、店で書籍が積んである傍に、寝るのが例なので、

(そのばんも、ようをしまって、もうおそいから、れいのごとくひとりでとこにはいった。)

その晩も、用をしまって、もう遅いから、例の如く一人で床に入った。

(よるがふけるにつれ、よとぎのひとびとも、ねむけをもよおしたものか、)

夜が更けるにつれ、夜伽の人々も、ねむけを催したものか、

(かねのねもようように、とおくきえていくように、)

鉦の音もようように、遠く消えて行くように、

(おりおりひとりふたりのたたくのがきこえるばかりになった。)

折々一人二人の叩くのが聞こえるばかりになった。

(それはあだかもむかしのななつさがり、すなわちいまのよじごろだったが、)

それはあだかも昔の七つさがり、即ち今の四時頃だったが、

(ふとわたしはめをさますと、みせからおくのほうへいくどまのすみのところから、)

ふと私は眼を覚ますと、店から奥の方へ行く土間の隅の所から、

(なんだかぽっとけむのような、だえんけいのあかんぼのおおきさくらいのものが、)

何だかポッとけむの様な、楕円形のあかんぼの大きさくらいのものが、

(したからすーとでたかとおもうと、それがとうしんのあかりがうすあかくみせのほうの、)

下からスーと出たかと思うと、それが燈心の灯が薄赤く店の方の、

(つまりわたしのねていた、ふとんのすそのほうへ、ながれこんでうつっている、)

つまり私の寐ていた、蒲団の裾の方へ、流れ込んで映っている、

(ここにさんしゃくばかりあいてるしょうじのところをとおって、)

ここに三尺ばかり開いてる障子のところを通って、

(よとぎのひとびとがあつまってるざしきのほうへ、ふーとはいっていった、)

夜伽の人々が集まってる座敷の方へ、フーと入って行った、

など

(それがはいっていったあとには、れいのうすあかいあかりのかげが、)

それが入って行ったあとには、例の薄赤い灯の影が、

(ようようとくらくかげっていって、まっくらになる、やがてしばらくすると、)

ようようと暗く蔭って行って、真暗になる、やがてしばらくすると、

(またそれがおくからでてきて、もとのところへきて、ぷっときえた、)

またそれが奥から出て来て、元のところへ来て、プッと消えた、

(わたしはこどもごころにも、ふしぎなものだとはおもったが、)

私は子供心にも、不思議なものだとは思ったが、

(そのときにはけっしておそろしいというようなかんがえは、すこしもうかばなかった。)

その時には決して怖ろしいという様な考えは、少しも浮ばなかった。

(よくみてやろうと、わたしはとこのうえにおきなおってみていると、)

よく見てやろうと、私は床の上に起きなおって見ていると、

(またぽっとでて、やっぱりおくのまのほうへふーといく、するとまもなくして、)

またポッと出て、やっぱり奥の間の方へフーと行く、すると間もなくして、

(またでてきてきえるのだが、そのぼんやりとしただえんけいのものをみつめると、)

また出て来て消えるのだが、そのぼんやりとした楕円形のものを見つめると、

(なんだかちいさいてであだかもがっしょうしているようなのだが、あたまもあしもさらにわからない、)

何だか小さい手であだかも合掌しているようなのだが、頭も足も更に解らない、

(ただはいいろのがすたいのようなものだ、こんなふうに、おなじようなことを)

ただ灰色のガス体の様なものだ、こんな風に、同じ様なことを

(さんどばかりくりかえしたが、そのごはそれもとまって、なにもない。)

三度ばかり繰返したが、その後はそれも止まって、何もない。

(わたしもふしぎなこともあるものだと、あやしみながらについそのままねてしまったのだ)

私も不思議なこともあるものだと、怪しみながらに遂そのまま寐てしまったのだ

(よるがあけると、わたしはさっそくけさがたみた、このふしぎなもののはなしを、)

夜が明けると、私は早速今朝方見た、この不思議なものの話を、

(あるじのろうぼにかたると、ろうぼはおどろいたようすをしたが、)

主人の老母に語ると、老母は驚いた様子をしたが、

(これはけっしてたにんへこうがいをしてくれるなと、どういうわけだったか、)

これは決して他人へ口外をしてくれるなと、どういう理由だったか、

(そのじぶんにはわからなかったが、かたくとめられたのであった。)

その時分には解らなかったが、堅く止められたのであった。

(ところがにさんにちのち、よくとくいにしていた、だいぶつまえのちしゃくいんというてらへ、)

ところが二三日のち、よくとくいにしていた、大仏前の智積院という寺へ、

(ようができたので、れいのごとく、わたしはしょせきをしょっていった。)

用が出来たので、例の如く、私は書籍を背負って行った。

(じゅうしょくのろうじんにはわたしはいつもかおなじみなので、このときはなしのついでに、)

住職の老人には私はいつも顔馴染なので、この時話のついでに、

(さくやみたはなしをすると、ろうそうはにっこりわらいながら、こわかったろうというから、)

昨夜見た話をすると、老僧はにっこり笑いながら、怖かったろうというから、

(わたしはべつにそんなかんもおこらなかったとこたえると、それはえらかったが、)

私は別にそんな感も起おこらなかったと答えると、それはえらかったが、

(それがよにいうゆうれいというものだといわれたときには、かえってぞっと)

それが世にいう幽霊というものだと云われた時には、却ってゾッと

(おびえたのであった。さあそれときいてからは、こどもごころにきみがわるくって、)

怯えたのであった。さあそれと聞いてからは、子供心に気味が悪くって、

(そのばんなどはついにねられなかった。わたしのじっさいにみたのではこんなことがある。)

その晩などは遂に寝られなかった。私の実際に見たのではこんな事がある。

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