ああ玉杯に花うけて 第二部 4

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プレイ回数366難易度(4.3) 3944打 長文
佐藤紅緑の「ああ玉杯に花うけて」です。
長文です。現在では不適切とされている表現を含みます。

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問題文

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(「こまったねえ」とははがいった。)

「困ったねえ」と母がいった。

(「さかいにけがをさしたんでしょうか」)

「阪井にけがをさしたんでしょうか」

(「そうらしいよ、たいしたこともないようだが、)

「そうらしいよ、たいしたこともないようだが、

(それでもあいてがじょやくさんだからね」)

それでも相手が助役さんだからね」

(「こんばんかえってくるでしょう?」「さあ」)

「今晩帰ってくるでしょう?」「さあ」

(ふたりはおもいおもいのゆううつをいだいていえへかえった、)

ふたりは思い思いの憂欝をいだいて家へ帰った、

(はははとぐちにたちどまってふかいためいきをついた、)

母は戸口に立ちどまって深い溜め息をついた、

(かのじょはおばのおせんをおそれているのである、)

かの女は伯母のお仙をおそれているのである、

(おじはしんせつだがおばはなにかにつけてじゃけんである、)

伯父は親切だが伯母はなにかにつけて邪慳である、

(たよるべきしんるいもないおやこは、まいにちおばのかおいろをうかがわねばならぬのであった)

たよるべき親類もない母子は、毎日伯母の顔色をうかがわねばならぬのであった

(ふたりはようやくいえへはいった、そうしておばをおこしてしさいをかたった。)

ふたりはようやく家へはいった、そうして伯母を起こして仔細を語った。

(「へん」とおばはひややかにわらった。)

「へん」と伯母は冷ややかにわらった。

(「なんてえばかなひとだろう、このこがかわいいからって)

「なんてえばかな人だろう、この子がかわいいからって

(じょやくさんをなぐるなんて・・・・・・あすからしょうばいをどうするつもりだろう、)

助役さんをなぐるなんて……明日から商売をどうするつもりだろう、

(どうしてごはんをたべてゆくつもりなの?」)

どうしてご飯を食べてゆくつもりなの?」

(おせんはねむいめもすっかりさめてくちぎたなくおっとをののしった。)

お仙は眠い目もすっかりさめて口ぎたなく良人をののしった。

(「しょうばいはぼくがやります、おばさん、そんなに)

「商売はぼくがやります、伯母さん、そんなに

(おじさんをわるくいわないでください」ちびこうはけつぜんとこういった。)

伯父さんを悪くいわないでください」チビ公は決然とこういった。

(「やれるならやってみるがいいや、おらしらないよ」)

「やれるならやってみるがいいや、おら知らないよ」

(おせんはふたたびねどこへもぐりこんだ、ちびこうとははのおみよは)

お仙はふたたび寝床へもぐりこんだ、チビ公と母のお美代は

など

(とこへはいったがなかなかねむれない。)

床へはいったがなかなか眠れない。

(「なによりもね、さしいれものをしなくちゃね」とおみよがいった。)

「なによりもね、さしいれ物をしなくちゃね」とお美代がいった。

(「さしいれものってなあに?」)

「さしいれ物ってなあに?」

(「けいさつへね、もうふだのおべんとうだのをもっていくんだよ、)

「警察へね、毛布だのお弁当だのを持っていくんだよ、

(けいさつだけですめばいいけれどもね」)

警察だけですめばいいけれどもね」

(「おかあさんがべんとうをこさえてくれればぼくがもっていくよ」)

「お母さんが弁当をこさえてくれればぼくが持っていくよ」

(「それがね、おかねをべんとうやにはらって、)

「それがね、お金を弁当屋にはらって、

(さしいれしてもらうのでなきゃいけないんだよ」)

さしいれしてもらうのでなきゃいけないんだよ」

(「いくら?」「いっぺんのべんとうはいちばんやすいのでにじゅうごせんだろうね」)

「いくら?」「一遍の弁当は一番安いので二十五銭だろうね」

(「さんどならななじゅうごせんですね」「ああ」「ななじゅうごせん!」)

「三度なら七十五銭ですね」「ああ」「七十五銭!」

(ななじゅうごせんはちびこうひとりがいちにちあるいてもうけるぶんである、)

七十五銭はチビ公ひとりが一日歩いてもうける分である、

(それをことごとくべんとうだいにしてしまえばさんにんがどうしてたべてゆけよう。)

それをことごとく弁当代にしてしまえば三人がどうして食べてゆけよう。

(ちびこうはとうわくした。)

チビ公は当惑した。

(「まめをひくにしてもにるにしても、おまえのうでではとてもできないし、)

「豆をひくにしても煮るにしても、おまえの腕ではとてもできないし、

(わたしのかんがえではとうぶんやすむよりほかにしかたがないが、そうすると」)

私の考えでは当分休むよりほかにしかたがないが、そうすると」

(おみよはしみじみといった。)

お美代はしみじみといった。

(「やすみません、おじさんのできることならぼくがやってみせます、)

「休みません、伯父さんのできることならぼくがやってみせます、

(ぼくのためにじょやくをなぐったおじさんにたいしても)

ぼくのために助役をなぐった伯父さんに対しても

(ぼくはるすちゅうりっぱにやってみせます」)

ぼくはるす中りっぱにやってみせます」

(「でもさしいれものはね」「おかあさん、ぼくのかんがえではね、)

「でもさしいれ物はね」「お母さん、ぼくの考えではね、

(おかあさんもぼくといっしょにとうふをつくって、それからおじさんのまわりばしょを)

お母さんもぼくと一緒に豆腐を作って、それから伯父さんの回り場所を

(うりにでてください、ふたりでやればだいじょうぶです」)

売りにでてください、二人でやればだいじょうぶです」

(「そうだ」とおみよはうれしそうにいった。)

「そうだ」とお美代はうれしそうにいった。

(「そうだよせんぞう、わたしはおんなだからなにもできないとおもっていたが、)

「そうだよ千三、私は女だからなにもできないと思っていたが、

(こんやからおとこになればいいのだ、おじさんとおなじひとになればいいのだ、)

今夜から男になればいいのだ、伯父さんと同じ人になればいいのだ、

(そうしようね」「おかあさんににをかつがせて)

そうしようね」「お母さんに荷をかつがせて

(とうふをうらせたくはないんだけれども・・・・・・)

豆腐を売らせたくはないんだけれども……

(おかあさん、ぼくはまだちいさいからしかたがありません、)

お母さん、ぼくはまだ小さいからしかたがありません、

(おおきくなったらきっとこのうめあわせをします」)

大きくなったらきっとこのうめあわせをします」

(ちびこうのこうふんしためはるりのごとくすみわたってひとみはかんいのゆうきにもえた。)

チビ公の興奮した目はるりのごとくすみわたって瞳は敢為の勇気に燃えた。

(うとうととねむったかとおもうともうひがしがしらみかけたのでははにおこされた、)

うとうとと眠ったかと思うともう東が白みかけたので母に起こされた、

(ちびこうはいきおいよくおきてしごとにとりかかった、)

チビ公はいきおいよく起きて仕事にとりかかった、

(おみよもともにひをたきつけた、)

お美代もともに火をたきつけた、

(このいきおいにおされておせんはぶつぶついいながらもやはりはたらきだした。)

このいきおいにおされてお仙はぶつぶついいながらもやはり働きだした。

(「おばさんはなにもしなくてもいいからたださしずだけしてください」)

「伯母さんはなにもしなくてもいいからただ指図だけしてください」

(とちびこうはいった。)

とチビ公はいった。

(しせいはかならずてんにつうずる、)

至誠はかならず天に通ずる、

(ちびこうのしんけんなろうどうはじゃけんのおせんのつのをおってしまった、)

チビ公の真剣な労働は邪慳のお仙の角をおってしまった、

(さんにんはこころをひとつにして、かくへいがつくるとうふにおとらないものをつくりあげた。)

三人は心を一つにして、覚平が作る豆腐におとらないものを作りあげた。

(「さあいこうぜ」とおみよはいせいよくいった。)

「さあいこうぜ」とお美代はいせいよくいった。

(きゃはんをはいてたびはだしになり、しりばしょりをしてあたまにほおかむりをなし)

脚絆をはいてたびはだしになり、しりばしょりをして頭にほおかむりをなし

(そのうえにおじさんのまんじゅうかさをかぶったははのしたくをみたとき)

その上に伯父さんのまんじゅう笠をかぶった母の支度を見たとき

(ちびこうはむねがいっぱいになった。)

チビ公は胸が一ぱいになった。

(「らっぱはふけないからすずにするよ」とおみよはわらっていった。)

「らっぱはふけないから鈴にするよ」とお美代はわらっていった。

(「じゃおさきに」ちびこうはにをかついでいえをでた、)

「じゃお先に」チビ公は荷をかついで家をでた、

(なんとなくせんじょうへでもでるようなきんちょうしたきもちがごたいにあふれた、)

なんとなく戦場へでもでるような緊張した気持ちが五体にあふれた、

(かれはうまれてはじめてせきにんをかんじた、いままではさむいにつけあついにつけ)

かれは生まれてはじめて責任を感じた、いままでは寒いにつけ暑いにつけ

(しょうばいをやすみたいとおもったこともあった、またおじさんにしかられるから)

商売を休みたいと思ったこともあった、また伯父さんにしかられるから

(しかたなしにでていったこともあった、しかしこのひはぜんぜんそれとことなった)

しかたなしにでていったこともあった、しかしこの日は全然それと異なった

(いちだいかくめいがせいしんのうえにいなずまのごとくおこった。)

一大革命が精神の上に稲妻のごとく起こった。

(「おれがしっかりしなければみんながこまる」)

「おれがしっかりしなければみんなが困る」

(かれはけいさつにあるおじさんもおばもははもやせうでいっぽんでやしなわねばならぬだいせきにんを)

かれは警察にある伯父さんも伯母も母もやせ腕一本で養わねばならぬ大責任を

(かんずるとともにほんたんのごときゆうきがいかなるこんなんをもうちくだいてやろうと)

感ずるとともに奔湍のごとき勇気がいかなる困難をもうちくだいてやろうと

(けっしんさせた。)

決心させた。

(らっぱのおとはほがらかにひびいた、)

らっぱの音はほがらかにひびいた、

(かれはれいのたんぼみちからまちへはいろうとしたとき、)

かれは例のたんぼ道から町へはいろうとしたとき、

(きょうもせいばんがまっているだろうとおもった。)

今日も生蕃が待っているだろうと思った。

(かれはびしょうした、それはいかにもしぜんにはらのなかからわきでた)

かれは微笑した、それはいかにも自然に腹の中からわきでた

(おだやかなびしょうであった。)

おだやかな微笑であった。

(いつもかれはこのところでいくどかちゅうちょした、かれはせいばんをおそれたのであった)

いつもかれはこのところでいくどか躊躇した、かれは生蕃をおそれたのであった

(がかれはいま、それをかんがえたとききょうふのねんがゆめのごとくきえてしまった。)

がかれはいま、それを考えたとき恐怖の念が夢のごとく消えてしまった。

(でかれはどうどうとらっぱをふいた。)

でかれは堂々とらっぱをふいた。

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