ツルゲーネフ はつ恋 ⑰

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問題文

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(ところが、じないーだは、ねこがねずみをおもちゃにするように、)

ところが、ジナイーダは、猫が鼠をおもちゃにするように、

(あいかわらずわたしをもてあそんでいた。きゅうにじゃれついてきて、わたしをこうふんさせたり、)

相変わらずわたしを弄んでいた。急にじゃれついてきて、私を興奮させたり、

(うっとりさせたかとおもうと、こんどはてのうらをかえすように、わたしをつっぱなして、)

うっとりさせたかと思うと、今度は手の裏を返すように、わたしを突っ放して、

(かのじょにちかよることもそのかおをながめることも、できないようなはめにしてしまう。)

彼女に近寄ることもその顔を眺めることも、出来ないような羽目にしてしまう。

(わすれもしないが、かのじょがにさんにちぶっつづけに、とてもつめたいたいどを)

忘れもしないが、彼女が二、三日ぶっ続けに、とても冷たい態度を

(わたしにみせたことがある。わたしはすっかりおじけづいて、)

わたしに見せたことがある。わたしはすっかり怖気づいて、

(こそこそかのじょたちのはなれへはいこんでは、なるべくろうふじんのそばに、)

こそこそ彼女たちの傍屋へ這いこんでは、なるべく老夫人のそばに、

(くっついているようにしたものである。しかもおりもおり、)

くっついているようにしたものである。しかも折も折、

(ふじんはひどくおこりっぽくなっていて、がなりちらしてばかりいたのだ。)

夫人はひどく怒りっぽくなっていて、がなり散らしてばかりいたのだ。

(というのは、なにかてがたのけんがうまくゆかないので、もうにども、)

と言うのは、何か手形の件がうまくゆかないので、もう二度も、

(くのしょちょうさんとかけあったところだったのである。)

区の署長さんと掛け合ったところだったのである。

(あるひ、わたしがにわへでて、れいのかきねのそばをとおりかかると、)

ある日、わたしが庭へ出て、例の垣根のそばを通りかかると、

(じないーだのすがたがめにとまった。かのじょはりょうてをわきについて、)

ジナイーダの姿が目にとまった。彼女は両手をわきについて、

(くさのうえにすわったまま、みじろぎもせずにいる。)

草の上に坐ったまま、身じろぎもせずにいる。

(わたしが、そっととおざかろうとすると、かのじょはいきなりくびをあげて)

わたしが、そっと遠ざかろうとすると、彼女はいきなり首を上げて

(さもめいれいするようなあいずをした。わたしは、そのばにたちすくんだ。)

さも命令するような合図をした。わたしは、その場に立ちすくんだ。

(どういうつもりなのか、いちどではのみこめなかったのだ。)

どういうつもりなのか、一度では呑みこめなかったのだ。

(かのじょは、もういっぺんあいずをした。わたしは、すぐさまかきねをとびこえて、)

彼女は、もう一遍合図をした。わたしは、すぐさま垣根を飛び越えて、

(いそいそとかのじょのそばへかけよった。)

いそいそと彼女のそばへ駆け寄った。

(ところがかのじょは、めでわたしをせいして、かのじょからにほほどのところにある)

ところが彼女は、目でわたしを制して、彼女から二歩ほどのところにある

など

(こみちを、ゆびさしてみせた。どうしたらいいのかわからず、とうわくして、)

小径を、指さして見せた。どうしたらいいのかわからず、当惑して、

(わたしはこみちのふちにひざまずいた。みるとかのじょのかおはまっさおで、)

わたしは小径の縁にひざまずいた。見ると彼女の顔は真っ蒼で、

(なんともいえずいたましいひあいと、ふかいつかれのいろが、めはなだちのくまぐまに)

なんとも言えず痛ましい悲哀と、深い疲れの色が、目鼻立ちのくまぐまに

(きざまれているので、わたしはしんぞうがしめつけられるようなきがして、)

刻まれているので、わたしは心臓が締め付けられるような気がして、

(おもわずこうくちばしった。「どうしたのですか?」)

思わずこう口走った。「どうしたのですか?」

(じないーだはかたてをのばして、なにかくさのはをむしると、)

ジナイーダは片手を伸ばして、何か草の葉をむしると、

(はでかんで、ぽいとむこうへなげた。)

歯で咬んで、ぽいと向こうへ投げた。

(「あなた、わたしがとてもすき?」と、やがてのはてに、かのじょはきいた。)

「あなた、わたしがとても好き?」と、やがての果てに、彼女は訊いた。

(ーー「そう?」わたしは、なんともこたえなかった。)

ーー「そう?」わたしは、なんとも答えなかった。

(いまさらなんのへんじをすることがあろう。)

いまさらなんの返事をすることがあろう。

(「そう」と、かのじょはなおもわたしをみつめながら、くりかえした。)

「そう」と、彼女はなおもわたしを見つめながら、繰り返した。

(「そりゃ、そうだわね。まるでおなじめだもの」そういいたしてじっとかんがえこみ、)

「そりゃ、そうだわね。まるで同じ眼だもの」そう言い足してじっと考え込み、

(りょうてでかおをかくした。やがて、「わたし、なにもかもいやになった」)

両手で顔を隠した。やがて、「わたし、何もかも厭になった」

(とささやくようにいった。「いっそ、せかいのはてへいってしまいたい。)

とささやくように言った。「いっそ、世界の涯へ行ってしまいたい。

(こんなこと、こらえきれないわ。・・それに、ゆくすえはどうなるんだろう!)

こんなこと、こらえきれないわ。・・それに、行末はどうなるんだろう!

(・・ああ、つらい。・・ほんとに、つらい!」)

・・ああ、つらい。・・ほんとに、つらい!」

(「なぜですか?」と、わたしは、おずおずたずねた。)

「なぜですか?」と、わたしは、おずおず尋ねた。

(じないーだはへんじをせずに、ただかたをすくめただけだった。)

ジナイーダは返事をせずに、ただ肩をすくめただけだった。

(わたしはひざをついたまま、すっかりしょげかえって、かのじょをみまもっていた。)

わたしは膝をついたまま、すっかり悄気かえって、彼女を見守っていた。

(かのじょのいちごんいっくは、するどくわたしのむねにつきささった。わたしはそのしゅんかん、)

彼女の一言一句は、鋭く私の胸に突き刺さった。わたしはその瞬間、

(もしかのじょのかなしみがきえるものなら、よろこんでいのちをなげだしもしたろう。)

もし彼女の悲しみがきえるものなら、喜んで命を投げ出しもしたろう。

(わたしは、かのじょをみつめているうちに、なぜそうつらいのかがてんがゆかぬながらも、)

私は、彼女を見つめているうちに、なぜそう辛いのか合点がゆかぬながらも、

(それでいて、かのじょがにわかにたえがたいひあいのほっさにおそわれて、)

それでいて、彼女がにわかに堪えがたい悲哀の発作に襲われて、

(にわへでてきて、ばったりじめんにたおれたありさまを、まざまざとこころにえがいていた。)

庭へ出て来て、ばったり地面に倒れた有様を、まざまざと心に描いていた。

(あたりはあおあおと、ひかりにみちていた。かぜはきぎのはをそよがせ、)

あたりは青々と、光に満ちていた。風は木々の葉をそよがせ、

(ときおりきいちごのながいえだを、じないーだのずじょうでゆすっていた。)

時おり木苺の長い枝を、ジナイーダの頭上で揺すっていた。

(どこかではとが、ふくみごえでなき、みつばちはうなりながら、まばらなくさのうえを)

どこかで鳩が、ふくみ声で鳴き、蜜蜂はうなりながら、まばらな草の上を

(ひくくとびかっていた。うえにはそらが、やさしくあおみわたっているが、)

低く飛び交っていた。上には空が、優しく青みわたっているが、

(でもわたしは、なんともいえずわびしかった。・・・)

でもわたしは、なんとも言えずわびしかった。・・・

(「なにか、しをよんでちょうだい」と、じないーだはこごえでいって、)

「何か、詩を呼んでちょうだい」と、ジナイーダは小声で言って、

(かたひじをついた。「わたし、あなたがしをよむところがすきなの。)

片肘をついた。「わたし、あなたが詩を読むところが好きなの。

(あなたのは、まるでうたうみたいだけれど、それでけっこうよ。)

あなたのは、まるで歌うみたいだけれど、それで結構よ。

(わかわかしくっていいわ。あの、「ぐるじやのおかのうえ」をよんで。)

若々しくっていいわ。あの、「グルジヤの丘の上」をよんで。

(ーーでも、まずおすわりなさいな」)

ーーでも、まずお座りなさいな」

(わたしはこしをおろして、「ぐるじやのおかのうえ」をろうどくした。)

わたしは腰を下ろして、「グルジヤの丘の上」を朗読した。

(「”あいさでやまぬむねなれば”」とじないーだはくりかえした。)

「”愛さでやまぬ胸なれば”」とジナイーダは繰り返した。

(「そこが、しのいいところなのね。つまり、このよにないことをいってくれる。)

「そこが、詩のいいところなのね。つまり、この世にないことを言ってくれる。

(しかも、じっさいあるものよりりっぱなばかりでなく、ずっとしんじつにちかいことをまで、)

しかも、実際あるものより立派なばかりでなく、ずっと真実に近いことをまで、

(いってくれるのだもの。・・あいさでやまぬむねなればーーほんとに、)

言ってくれるのだもの。・・愛さでやまぬ胸なればーーほんとに、

(しまいとおもっても、せずにはいられないんだわ!」)

しまいと思っても、せずにはいられないんだわ!」

(かのじょはまただまりこんだが、とつぜんぶるんとみをふるわしてたちあがって、)

彼女はまた黙り込んだが、突然ぶるんと身を震わして立ち上がって、

(「さ、いきましょう。おかあさんのところにまいだーのふがすわりこんでいるのよ。)

「さ、行きましょう。お母さんのところにマイダーノフが座り込んでいるのよ。

(わたしにって、じぶんでつくったじょじしをもってきてくれたのに、)

私にって、自分で作った叙事詩を持って来てくれたのに、

(ほっぽらかしてきてしまったの。あのひともいまごろは、きっとしょげてるわ。)

ほっぽらかして来てしまったの。あの人も今頃は、きっと悄気てるわ。

(・・でも、しかたがないのよ!やがてあなただってわかるときがくるわ・・)

・・でも、仕方がないのよ!やがてあなただってわかる時が来るわ・・

(ただね、わたしのこと、おこらないでちょうだいね!」)

ただね、私のこと、怒らないでちょうだいね!」

(じないーだは、せかせかとわたしのてをにぎると、さきにたってかけだした。)

ジナイーダは、せかせかとわたしの手を握ると、先に立って駆け出した。

(ふたりははなれにかえった。まいだーのふは、やっといんさつになったばかりの)

二人は傍屋に帰った。マイダーノフは、やっと印刷になったばかりの

(じさくのし”ひとごろし”をろうどくしだしたが、わたしはろくにきいていなかった。)

自作の詩”人殺し”を朗読しだしたが、わたしはろくに聞いていなかった。

(かれはしきゃくのたんちょうかく(やんぶ)をおもいっきりこえをひきひきがなりたてて、)

彼は四脚の短長格(ヤンブ)を思いっきり声を引き引きがなり立てて、

(いんがいれかわりたちかわり、まるでこすずのようなうつろでそうぞうしいおとを)

韻が入れかわり立ちかわり、まるで小鈴のような空ろで騒々しい音を

(たてたけれど、わたしはじっとじないーだのかおをみたまま、)

立てたけれど、わたしはじっとジナイーダの顔をみたまま、

(かのじょがついさっきいったことばのいみを、しきりにかんがえていた。)

彼女がついさっき言った言葉の意味を、しきりに考えていた。

(さらずば、みしらぬこいがたきが、にわかにきみを、うばいゆきしや?)

さらずば、見知らぬ恋がたきが、にわかに君を、奪いゆきしや?

(と、いきなりまいだーのふがはなごえでわめいたとき、)

と、いきなりマイダーノフが鼻声でわめいた時、

(わたしのめとじないーだのめがぶつかった。かのじょはふしめになって、かおをあからめた。)

私の眼とジナイーダの眼がぶつかった。彼女は伏目になって、顔を赤らめた。

(かのじょがあかくなったのをみると、わたしはびっくりして、ごたいがひえわたった。)

彼女が赤くなったのを見ると、わたしはびっくりして、五体が冷えわたった。

(わたしは、もうまえまえからかのじょのことでやいていたのだが、じっさいかのじょがだれかに)

わたしは、もう前々から彼女のことで妬いていたのだが、実際彼女が誰かに

(こいしているというかんがえは、やっとこのしゅんかん、わたしのあたまにひらめいたのである。)

恋しているという考えは、やっとこの瞬間、わたしの頭にひらめいたのである。

(”さあたいへんだ!かのじょはこいをしている!”)

”さあ大変だ!彼女は恋をしている!”

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