死屍を食う男 葉山嘉樹 ②

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学生の安岡はある夜、同部屋の深谷の怪しい気配を察知し息を潜めた。
学校は静かな山の中にあり、生徒数は年々減っている。
近くの湖では毎年生徒が溺死していた。

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問題文

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(こうおもってかれはじぶんじしんをなっとくさせて、ふたたびねむりにはいろうとつとめた。)

こう思って彼は自分自身を納得させて、再び眠りに入ろうと努めた。

(ふかやはすぐにかえってきて、でんとうをけした。そしてべっどにはいると、)

深谷はすぐに帰ってきて、電燈を消した。そしてベッドに入ると、

(まもなくかすかないびきさえたてはじめた。やすおかはじぶんのあたまが)

間もなくかすかな鼾さえ立て始めた。安岡は自分の頭が

(へんになっていることをかんじて、めをつむって、いきをおおきくして、)

変になっていることを感じて、眼をつむって、息を大きくして、

(あたまのなかでかずをかぞえはじめた。いち、に、さん、し、よんひゃく、よんひゃくいち、よんひゃくに、)

頭の中で数を数え始めた。一、二、三、四、四百、四百一、四百二、

(せんにひゃくじゅう、せんにひゃくじゅういち、せんにひゃくじゅうに、かれのややちんせいしたあたまが、)

千二百十、千二百十一、千二百十二、彼のやや沈静した頭が、

(せんにひゃくじゅうにをかぞえおわったとき、ふたたびかれはかおのあたりに、にんげんのたいおんをかんじた。)

千二百十二を数え終わった時、再び彼は顔の辺りに、人間の体温を感じた。

(が、かれはこんどはいきなりひやみずをぶっかけられたように、ぞっとしはしたが)

が、彼はこんどはいきなり冷水をぶっかけられたように、ゾッとしはしたが

(せんにひゃくじゅうさん、せんにひゃくじゅうよんと、じゅずをつまぐるようにかぞえつづけた。)

千二百十三、千二百十四と、数珠をつまぐるように数え続けた。

(そしてみうごきひとつ、まつげいっぽんうごかさないでねむりをよそおった。)

そして身動き一つ、睫毛一本動かさないで眠りを装おった。

(でんとうがぱっと、かれのまぶたをあかるくあたためた。)

電燈がパッと、彼の瞼を明るく温めた。

(ふたたびかれのからだをせんりつがかけぬけ、とうはつにいたさをさえかんじた。)

再び彼の体を戦慄がかけ抜け、頭髪に痛さをさえ感じた。

(でんとうがぱっときえた。)

電燈がパッと消えた。

(ふかやがしずかにどあをあけてでていった。)

深谷が静かにドアを開けて出て行った。

(やつはこいびとでもできたのだろうか?やすおかはかんがえた。)

奴は恋人でもできたのだろうか?安岡は考えた。

(けれどもふかやはけっしておんなのことなどをかんがえたり、ましてこいなどするほど)

けれども深谷は決して女のことなどを考えたり、まして恋などするほど

(せいじゅくしているようにはみえなかった。むしろかれははついくのふじゅうぶんな、)

成熟しているようには見えなかった。むしろ彼は発育の不十分な、

(びょうしんでうちきで、たといおんなのほうからいいよられたにしても、)

病身で内気で、たとい女のほうから言い寄られたにしても、

(けんおのかんをいだくくらいなしょうねんであった。)

嫌悪の感を抱くくらいな少年であった。

(きかいたいそうでは、かなぼうにしりあがりもできないし、)

器械体操では、金棒に尻上がりもできないし、

など

(もくばはそのはんぶんのところまでもとどかないほどのよわよわしさであった。)

木馬はその半分のところまでも届かないほどの弱々しさであった。

(やすおかは、つぎからつぎへとふかやのことについてかんがえたが、どうしても、)

安岡は、次から次へと深谷のことについて考えたが、どうしても、

(かれがこいびとをもっているとはかんがえられなかった。)

彼が恋人を持っているとは考えられなかった。

(それなら・・・とうへきでもあるのだろうか?)

それなら・・・盗癖でもあるのだろうか?

(だが、ふかやはきゅうゆうちゅうでもゆうすうのしさんかのむすこであった。)

だが、深谷は級友中でも有数の資産家の息子であった。

(それにしてもとうへきはちがう。)

それにしても盗癖は違う。

(いくらふじゆうをしないいえのこでも、とうへきばかりはふかこうてきなものだ。)

いくら不自由をしない家の子でも、盗癖ばかりは不可抗的なものだ。

(だが、とうへきならばまずかれがそのなんをこうむるべきてぢかにいた。かつきんらい、)

だが、盗癖ならばまず彼がその難をこうむるべき手近にいた。且つ近来、

(がっこうじゅうでとうなんじけんはさらになかった。げりかなんかだろう。)

学校中で盗難事件はさらになかった。下痢かなんかだろう。

(やすおかはそうおもって、ねむりをもとめたがねむりはふかやがつれてででもしたように、)

安岡はそう思って、眠りを求めたが眠りは深谷が連れて出でもしたように、

(そのへやのくうきからきえてしまった。おそらく、にじかん、あるいはさんじかんも)

その部屋の空気から消えてしまった。おそらく、二時間、あるいは三時間も

(たってからふかやは、すきまからしのびいるかぜのように、どあをあけてかえってきた。)

たってから深谷は、すき間から忍び入る風のように、ドアを開けて帰ってきた。

(へやへはいると、ふかやはわざとあしおとをたかくして、でんとうのすいっちをひねった。)

部屋へ入ると、深谷はワザと足音を高くして、電燈のスイッチをひねった。

(それからしんだいへもぐりこむまえにでんとうをけした。)

それから寝台へもぐり込む前に電燈を消した。

(やすおかはとぎだされたはくじんのようなしんけいで、ふかやがなにかしょうたいを)

安岡は研ぎ出された白刃のような神経で、深谷が何か正体を

(つかむことはできないが、せいさんなくうきをまとってかえったことをかんじた。)

つかむことはできないが、凄惨な空気をまとって帰ったことを感じた。

(けっとうをするようなおとこじゃ、ぜったいにないのだが。)

決闘をするような男じゃ、絶対にないのだが。

(やすおかは、そんなくだらないことにあたまをつからすことが、どんなにあすのかぎょうに)

安岡は、そんな下らないことに頭を疲らすことが、どんなに明日の課業に

(えいきょうするかをおもって、ふたたび、いちにさんしとかぞえはじめた。)

影響するかを思って、再び、一二三四と数え始めた。

(が、かれがねむりについたのは、おきなければならないいちじかんまえであった。)

が、彼が眠りについたのは、起きなければならない一時間前であった。

(そのつぎのよるであった。やすおかはぜんやのすいみんぶそくでひどくつかれていたので、)

その次の夜であった。安岡は前夜の睡眠不足でひどく疲れていたので、

(じしゅうをいいかげんにきりあげてはやくとこにはいった。)

自習をいいかげんに切り上げて早く床に入った。

(そして、みょうなそぶりをするふかやのくるまえにねむっちまおうとけっしんした。)

そして、妙な素振りをする深谷の来る前に眠っちまおうと決心した。

(「でなけりゃ、とてもやりきれない」とおもった。だが、そうおもえばおもうほど、)

「でなけりゃ、とてもやり切れない」と思った。だが、そう思えば思うほど、

(なおさらねつかれなかった。へやが、そしてきしゅくしゃぜんたいがさびしすぎた。)

なおさら寝つかれなかった。部屋が、そして寄宿舎全体が淋し過ぎた。

(おまけに、なんだかそこのしれないどろぬまにふみこみでもしたように、)

おまけに、なんだか底の知れない泥沼に踏み込みでもしたように、

(ふかやのきょどうがうたがわれだした。ふかやはかっきり、しゅうしんらっぱそのちゅうがくは)

深谷の挙動が疑われ出した。深谷はカッキリ、就寝ラッパその中学は

(いっさいをらっぱでやった、がなるとどうじにこつこつと、にかいからおりてきた。)

一切をラッパでやった、が鳴ると同時にコツコツと、二階から下りてきた。

(やすおかはまったくねむったふうをよそおった。が、)

安岡は全く眠ったふうを装った。が、

(ねむれもしないのにねむったふうをよそおうことは、まったくくるしいことであった。)

眠れもしないのに眠ったふうを装うことは、全く苦しいことであった。

(だが、なにかしらかれのこころのそこでこうきしんににたきもちが、)

だが、何かしら彼の心の底で好奇心に似た気持ちが、

(かれにそのこんなんをたえしめた。ふかやは、さくやとおなじくなにごともないように、)

彼にその困難を堪えしめた。深谷は、昨夜と同じく何事もないように、

(べっどにはいるとごふんもたたないうちに、かるいいびきをかきはじめた。)

ベッドに入ると五分もたたないうちに、軽い鼾をかき始めた。

(「こんやはもうでないのかしら」と、やすおかはしつぼうににたあんどをかんじて、)

「今夜はもう出ないのかしら」と、安岡は失望に似た安堵を感じて、

(うとうとした。と、また、さくやとおなじにんげんのたいおんをほおのあたりにかんじた。)

ウトウトした。と、また、昨夜と同じ人間の体温を頬の辺りに感じた。

(「たしかにねいきをうかがってるんだ!」)

「確かに寝息をうかがってるんだ!」

(だが、かれはいままでどおりとおなじちょうしのねいきを、ひじょうなどりょくのもとにつづけた。)

だが、彼は今までどおりと同じ調子の寝息を、非常な努力のもとに続けた。

(ぱっとでんとうがついた。そのままふかやのすりっぱが)

パッと電燈がついた。そのまま深谷のスリッパが

(ぱたぱたとどあのほうにうごいた。が、ふかやはどあのまえでそれをひらくと、)

パタパタとドアのほうに動いた。が、深谷はドアの前でそれを開くと、

(そのままふりかえって、やすおかのほうをじーっとみつめた。)

そのまま振り返って、安岡のほうをジーッとみつめた。

(そのかおのひょうじょうはなんともいえないすごいものであった。)

その顔の表情はなんともいえない凄いものであった。

(しをけっしたかお!か、しをせんこくされたかお!であった。)

死を決した顔!か、死を宣告された顔!であった。

(かれはやすおかがいぜんのままのねいきでねむりこけているのをみすますと、)

彼は安岡が依然のままの寝息で眠りこけているのを見すますと、

(こんどはかぜのようにかえってきて、すいっちをひねらないででんきゅうをねじって)

こんどは風のように帰ってきて、スイッチをひねらないで電球をねじって

(あかりをけした。そうしてあけたどあからかぜのようにでていった。)

灯を消した。そうして開けたドアから風のように出て行った。

(やすおかはそれをかんじた。すぐにかれはしずかにじょうはんしんをおこしてみみをすました。)

安岡はそれを感じた。すぐに彼は静かに上半身を起こして耳を澄ました。

(きのはをわたるびふうのようなふかやのけはいがろうかにかんじられた。)

木の葉をわたる微風のような深谷の気配が廊下に感じられた。

(かれはやはりしずかにたちあがるとふかやのあとをつけた。)

彼はやはり静かに立ち上がると深谷の跡をつけた。

(ろうかにかたっぽうのめだけだすと、ふかやがべんじょのほうへ)

廊下に片っ方の眼だけ出すと、深谷が便所のほうへ

(あしおともなくかけてゆくうしろすがたがみえた。)

足音もなく駆けてゆく後ろ姿が見えた。

(「はてな。やっぱりげりかな」)

「ハテナ。やっぱり下痢かな」

(とおもううちに、はたしてふかやはべんじょにはいった。がやすおかはつくりつけられたように、)

と思ううちに、果たして深谷は便所に入った。が安岡は作りつけられたように、

(かたっぽうのめだけでべんじょのいりぐちをみはりつづけた。ふかやはべんじょにはいると、)

片っ方の眼だけで便所の入り口を見張り続けた。深谷は便所に入ると、

(どあをごぶばかりしめのこして、そのすきまからうすぐらいでんとうにてらしだされた、)

ドアを五分ばかり閉め残して、そのすき間から薄暗い電燈に照らし出された、

(がらんとしたほこりだらけのながいろうかをのぞいていた。)

ガランとした埃だらけの長い廊下をのぞいていた。

(「やっぱりべんじょだったのか。それにしてはなんだってひとのねいきなんぞ)

「やっぱり便所だったのか。それにしてはなんだって人の寝息なんぞ

(うかがいやがるんだろう。みょうなやつだ」)

うかがいやがるんだろう。妙な奴やつだ」

(と、やすおかがごふんかんばかりみはりにしびれをきらして、)

と、安岡が五分間ばかり見張りにしびれを切らして、

(べっどのほうへかえろうとするしゅんかん、べんじょのどあがすこしずつうごくのをみた。)

ベッドのほうへ帰ろうとする瞬間、便所のドアが少しずつ動くのを見た。

(どあはまったくおともなく、すこしずつひらきはじめた。)

ドアは全く音もなく、少しずつ開き始めた。

(ふかやのすがたはどあがほとんどはちぶめどころまでひらいたのにみえなかった。)

深谷の姿はドアがほとんど八分目どころまで開いたのに見えなかった。

(まるでどあがひとりでにひらいたようだった。やすおかはぞっとした。)

まるでドアが独りでに開いたようだった。安岡はゾッとした。

(と、ふかやのすがたがかぜのようにろうかにとびだして、やにわにろうかのまどから)

と、深谷の姿が風のように廊下に飛び出して、やにわに廊下の窓から

(こうていにとびだした。やすおかのからだをせんりつがかけぬけた。がつぎのしゅんかんには、)

校庭に跳び出した。安岡の体を戦慄がかけ抜けた。が次の瞬間には、

(まるでふかやのみがるさがでんせんしでもしたように、かぜのようにふかやのあとをおった。)

まるで深谷の身軽さが伝染しでもしたように、風のように深谷の後を追った。

(ふかやは、きしゅくしゃにぞくするまつばやしのあいだを、にんじゅつつかいででもあるように、)

深谷は、寄宿舎に属する松林の間を、忍術使いででもあるように、

(ふわふわとしかもはやくとんでいた。)

フワフワとしかも早く飛んでいた。

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