ああ玉杯に花うけて 第四部 1
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問題文
(さかいがやなぎをちょうちゃくしてふしょうさせたということはすぐぜんこうにひびきわたった。)
阪井が柳を打擲して負傷させたということはすぐ全校にひびきわたった。
(じょうきゅうのどうじょうはいつにやなぎにあつまった。「さかいをなぐれなぐれ」こえはすみからすみへと)
上級の同情は一に柳に集まった。「阪井をなぐれなぐれ」声はすみからすみへと
(ながれた。「このきかいにさかいをたいこうさすべし」このせつはいちばんおおかった。)
流れた。「この機会に阪井を退校さすべし」この説は一番多かった。
(あるものはこうちょうにだんぱんしようといい、あるものはさかいのいえへしゅうげきしようといい、)
ある者は校長に談判しようといい、ある者は阪井の家へ襲撃しようといい、
(あるものはさかいをとらえてかなぼうにさかさまにつるそうといった。)
ある者は阪井をとらえて鉄棒にさかさまにつるそうといった。
(ふんげき!こうふん!へいそさかいのごうまんやらんぼうをにがにがしくおもっていたかれらは)
憤激!興奮!平素阪井の傲慢や乱暴をにがにがしく思っていたかれらは
(このさいてっていてきにちょうばつしようとおもった。にじのほうかになってもせいとはひとりも)
この際徹底的に懲罰しようと思った。二時の放課になっても生徒はひとりも
(さらなかった。ものものしいきぶんがぜんこうにみなぎった。)
去らなかった。ものものしい気分が全校にみなぎった。
(なにごとかはじまるだろうというきたいのもとにひとびとはこうていにあつまった。)
なにごとか始まるだろうという期待の下に人々は校庭に集まった。
(「しょくん!」おおきなこえでもってどなったのはかつてさかいとけんかをした)
「諸君!」大きな声でもってどなったのはかつて阪井と喧嘩をした
(きまたらいおんであった。「わがこうのためにふりょうしょうねんをくちくしなければならん、)
木俣ライオンであった。「わが校のために不良少年を駆逐しなければならん、
(かれはおんこうなるやなぎをきずつけた、そうして」「わかってる、わかってる」と)
かれは温厚なる柳を傷つけた、そうして」「わかってる、わかってる」と
(さけぶものがある。「おまえもふりょうじゃないか」とさけぶものがある。)
叫ぶものがある。「おまえも不良じゃないか」と叫ぶものがある。
(きまたはなにかいいつづけようとしたがあたまをかいてひきこんだ。ひとびとはどっと)
木俣はなにかいいつづけようとしたが頭を掻いて引込んだ。人々はどっと
(わらった。これをくちきりとしてに、さんにんのさんねんやよねんのせいとがあらわれた。)
わらった。これを口切りとして二、三人の三年や四年の生徒があらわれた。
(「こうちょうにだんぱんしよう」「やれやれ」「てっていてきにやれ」)
「校長に談判しよう」「やれやれ」「徹底的にやれ」
(しょうねんのちしおはじじこっこくにねっした。「まてっ、しょくん、まちたまえ」)
少年の血潮は時々刻々に熱した。「待てッ、諸君、待ちたまえ」
(ごねんせいのこはらというせいねんはもくばのうえにたってさけんだ。こはらはへいそちんもくかげん、)
五年生の小原という青年は木馬の上に立って叫んだ。小原は平素沈黙寡言、
(がくりょくはさほどでないが、やきゅうぶのほしゅとしてぜんこうにしんらいされている。)
学力はさほどでないが、野球部の捕手として全校に信頼されている。
(かたはばがひろくかおはしかくでどろのごとくくろいが、おおきなめはせんたーからでも)
肩幅が広く顔は四角でどろのごとく黒いが、大きな目はセンターからでも
(ますくをとおしてみえるのでゆうめいである、だれかがかれをひょうしてうまのようなめだ)
マスクをとおしてみえるので有名である、だれかがかれを評して馬のような目だ
(といったとき、かれはそうじゃない、おれのめはここんとうざいのしょを)
といったとき、かれはそうじゃない、おれの目は古今東西の書を
(よみつくしたからこんなにおおきくなったのだといった。)
読みつくしたからこんなに大きくなったのだといった。
(からだがおおきくてわんりょくもあるがひととあらそうたことはないのでなんぴともかれとしたしんだ、)
身体が大きくて腕力もあるが人と争うたことはないので何人もかれと親しんだ、
(もくばのうえにたったかれをみたとき、ひとびとはなりをしずめた。こはらのくろいかおは)
木馬の上に立ったかれを見たとき、人々は鳴りをしずめた。小原の黒い顔は
(しゅのごとくあかかった、かれはりょうてをたかくあげてふたたびさけんだ。)
朱のごとく赤かった、かれは両手を高くあげてふたたび叫んだ。
(「しょくんはこうちょうをしんずるか」「しんずる」といちどうがさけんだ。)
「諸君は校長を信ずるか」「信ずる」と一同が叫んだ。
(「せいとのしょうばつはこうちょうのけんりである、われわれはこうちょうにいちにんしてかなりだ、)
「生徒の賞罰は校長の権利である、われわれは校長に一任して可なりだ、
(せいしゅくにせいしゅくにわれわれはけっしてさわいではいかん」「さんせいさんせい」のこえが)
静粛に静粛にわれわれは決してさわいではいかん」「賛成賛成」の声が
(しほうからおこった。きょうらんのごときこうふんのなみはおさまっていちどうはぞろぞろいえへかえった)
四方から起こった。狂瀾のごとき公憤の波は収まって一同はぞろぞろ家へ帰った
(そのときしょくいんしつではひみつなとりしらべがおこなわれた。しょくいんたちはどれもどれも)
そのとき職員室では秘密な取り調べが行なわれた。職員達はどれもどれも
(にがいかおをしていた。とうじそのばにいあわせたかさなるせいとがご、ろくにんひとりずつ)
にがい顔をしていた。当時その場にいあわせた重なる生徒が五、六人ひとりずつ
(しょくいんしつへよばれることになった。いちばんさいしょによばれたのはてづかであった、)
職員室へよばれることになった。一番最初に呼ばれたのは手塚であった、
(てづかはいつもさかいのほごをうけている、いつかさんねんといぬのけんかのときに)
手塚はいつも阪井の保護を受けている、いつか三年と犬の喧嘩のときに
(さかいのおかげでしょうりをしめた、かれはなんとかしてさかいをたすけてやりたい)
阪井のおかげで勝利を占めた、かれはなんとかして阪井を助けてやりたい
(そうしていっそうさかいにしたしくしてもらおうとおもった。)
そうして一層阪井に親しくしてもらおうと思った。
(「やなぎのほうからけんかをしかけたといえばそれでいい」かれはこうこころにきめた、)
「柳の方から喧嘩をしかけたといえばそれでいい」かれはこう心に決めた、
(がしょくいんしつへはいるとかれはだいいちにげんしゅくなしつないのくうきにおどろいた。)
が職員室へはいるとかれは第一に厳粛な室内の空気におどろいた。
(ちゅうおうにこうちょうのまばらにしろいあたまときんちょくなかおがみえた、そのひだりにせのたかい)
中央に校長のまばらに白い頭と謹直な顔が見えた、その左に背の高い
(つるのごとくやせたかんぶんのせんせい、それととなりあってれいのえいごのあさいせんせい、)
つるのごとくやせた漢文の先生、それととなりあって例の英語の朝井先生、
(らいらくなすうがくのせんせい、みぎがわにはからだのわりにおおきなこえをだすれきしのせんせい、)
磊落な数学の先生、右側には身体のわりに大きな声をだす歴史の先生、
(ひとのよいずがのせんせい、いちばんおわりにはとぐちにちかくたいそうのせんせいのしょういがひかえている)
人のよい図画の先生、一番おわりには扉口に近く体操の先生の少尉が控えている
(「あとをしめて」としょういがどなった。てづかはあわててとびらをしめた。)
「あとをしめて」と少尉がどなった。手塚はあわてて扉をしめた。
(「さかいはどうしてやなぎをうったのか」としょういがいった。)
「阪井はどうして柳をうったのか」と少尉がいった。
(「ぼくにはわかりません」「わからんということがあるかっ」)
「ぼくにはわかりません」「わからんということがあるかッ」
(しょういはかみつくようにどなった。「しってるだけをいいたまえ」と)
少尉はかみつくようにどなった。「知ってるだけをいいたまえ」と
(あさいせんせいがおだやかにいった。「きかのとうあんをだしてたいそうじょうへゆきますと)
朝井先生がおだやかにいった。「幾何の答案をだして体操場へゆきますと
(やなぎがいました。そこへさかいがきました、それから・・・・・・」てづかはさっとかおを)
柳がいました。そこへ阪井がきました、それから……」手塚はさっと顔を
(あかめてだまった。「それからどうした」としょういがうながした。)
赤めてだまった。「それからどうした」と少尉がうながした。
(「けんかをしました」「ごまかしちゃいかん」としょういはどなった。)
「喧嘩をしました」「ごまかしちゃいかん」と少尉はどなった。
(「どういうどうきでけんかをしたか、おとこらしくいってしまわんときみのために)
「どういう動機で喧嘩をしたか、男らしくいってしまわんときみのために
(ならんぞ」「かんにんぐのその・・・・・・」「どうした」)
ならんぞ」「カンニングのその……」「どうした」
(「やなぎがさかいにおしえてやらないので」「それでさかいがうったのか」)
「柳が阪井に教えてやらないので」「それで阪井がうったのか」
(「はい」「いちばんさきにとうあんができたのはやなぎだ、それにやなぎがさかいをすくわずに)
「はい」「一番先に答案ができたのは柳だ、それに柳が阪井を救わずに
(きょうしつをでたのはひきょうだ、りこしゅぎだといったのはだれか」)
教室を出たのは卑怯だ、利己主義だといったのはだれか」
(「ぼくじゃありません」とてづかはしどろになっていった。)
「ぼくじゃありません」と手塚はしどろになっていった。
(「きみでなければだれか」「しりません」「しらんというか」)
「きみでなければだれか」「知りません」「知らんというか」
(「たぶんくわたでしょう」「くわたか」「はい」「きみもかんにんぐをやるか」)
「多分桑田でしょう」「桑田か」「はい」「きみもカンニングをやるか」
(「やりません」「きみはいちばんうまいというはなしだぞ」「それはまちがいです」)
「やりません」「きみは一番うまいという話だぞ」「それは間違いです」
(「よしっかえってもよい」てづかはねずみのにぐるがごとくしつをでてほっといきをついた。)
「よしッ帰ってもよい」手塚は鼠の逃ぐるがごとく室をでてほっと息をついた。
(ざつのうをかたにかけてあるきながらかんがえてみるとさかいをべんごしようとおもった)
雑嚢を肩にかけて歩きながら考えてみると阪井を弁護しようと思った
(はじめのこころざしとぜんぜんはんたいにかえってさかいのふりえきをのべたてたことになっている。)
はじめの志と全然反対にかえって阪井の不利益をのべたてたことになっている。
(「これがさかいにしれたら、どんなめにあうかもしれない」れいりなるてづかはすぐ)
「これが阪井に知れたら、どんなめにあうかも知れない」怜悧なる手塚はすぐ
(いっさくをあんじてさかいをたずねた、さかいはしないをさげてともだちのもとへいくところ)
一策を案じて阪井をたずねた、阪井は竹刀をさげて友達のもとへいくところ
(であった。「やあきみ、たいへんだぞ」とてづかはちゅうぎかおにいった。)
であった。「やあきみ、大変だぞ」と手塚は忠義顔にいった。
(「なにがたいへんだ」とさかいはおちついていった。「せんせいもこうちょうもひじょうにおこって)
「なにが大変だ」と阪井はおちついていった。「先生も校長も非常におこって
(きみをたいこうさせるといってる」「たいこうさせるならさせるがいいさ、)
きみを退校させるといってる」「退校させるならさせるがいいさ、
(かたっぱしからたたききってやるから」「たんきをおこすなよ、ぼくがうまく)
片っ端からたたききってやるから」「短気を起こすなよ、ぼくがうまく
(ごまかしてきたからたぶんだいじょうぶだ」「なんといった」)
ごまかしてきたから多分だいじょうぶだ」「なんといった」
(「やなぎのほうからけんかをうったのです。やなぎはせいばんにむかって)
「柳の方から喧嘩を売ったのです。柳は生蕃に向かって
(おまえはふだんにいばってもなんにもできやしないじゃないか)
おまえはふだんにいばってもなんにもできやしないじゃないか
(といってもせいばんはだまっていると・・・・・・」「おいせいばんとはだれのことだ」)
といっても生蕃はだまっていると……」「おい生蕃とはだれのことだ」
(「やあしっけい」「それから?」「やなぎがせい・・・・・・せい・・・・・・じゃないさかいに)
「やあ失敬」「それから?」「柳が生……生……じゃない阪井に
(つばをはきかけたからさかいがおこってたちあがるとやなぎはさかいのかおをうったので)
つばをはきかけたから阪井がおこってたちあがると柳は阪井の顔を打ったので
(さかいはべんとうをほうりつけたのです」「うまいことをいうな、きみはなかなか)
阪井は弁当をほうりつけたのです」「うまいことをいうな、きみはなかなか
(くちがうまいよ」「そういわなければべんごのしようがないじゃないか」)
口がうまいよ」「そういわなければ弁護のしようがないじゃないか」
(「だがおれはいやだ、おれはきみとぜっこうだ」とさかいはきゅうにあらたまっていった。)
「だがおれはいやだ、おれはきみと絶交だ」と阪井は急にあらたまっていった。
(「なぜだ」「ばかやろう!おれはひとにつばをはきかけられたら)
「なぜだ」「ばかやろう! おれは人につばを吐きかけられたら
(そやつをころしてしまわなきゃしょうちしないんだ、つばをはきかけられたとあっては)
そやつを殺してしまわなきゃ承知しないんだ、つばを吐きかけられたとあっては
(さかいはせけんへかおだしができない、うそもいいかげんにいえよばかっ」)
阪井は世間へ顔出しができない、うそもいい加減に言えよばかッ」
(さかいはずんずんいそぎあしでさった、てづかはうらめしそうにそのほうをみやった。)
阪井はずんずん急ぎ足で去った、手塚はうらめしそうにその方を見やった。
(「どっちがばかか、おれがしょうじきにはくじょうしたのもしらないで・・・・・・)
「どっちがばかか、おれがしょうじきに白状したのも知らないで……
(いまにみろたいこうさせれるから」かれはこうひとりでいってかどをまがった。)
いまに見ろ退校させれるから」かれはこうひとりでいって角を曲がった。