ああ玉杯に花うけて 第五部 1

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大正時代の少年向け小説!
長文です。佐藤紅緑の「ああ玉杯に花うけて」です。現在では不適切とされている表現を含みます。

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問題文

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(ちびこうとこういちはうらもんどおりからしみずやよこちょうへでた。そこでちびこうはしりあいの)

チビ公と光一は裏門通りから清水屋横町へでた。そこでチビ公は知り合いの

(やおやにきいた。「いえのおじさんをみませんか」「ああみたよ」と)

八百屋にきいた。「家の伯父さんを見ませんか」「ああ見たよ」と

(やおやがいった。「さっきねまるたんぼうのようなものをもってね、ここをとおった)

八百屋がいった。「さっきね丸太ん棒のようなものを持ってね、ここを通った

(からこえをかけるとね、おれはだいどろぼうをうちころしにゆくんだといってたっけ」)

から声をかけるとね、おれは大どろぼうを打ち殺しにゆくんだといってたっけ」

(「どこへいったでしょう」「さあ、ていしゃじょうのほうへいったようだ」)

「どこへいったでしょう」「さあ、停車場の方へいったようだ」

(「よってましたか」「ちとばかしさけくさかったようだったが、なあちびこう)

「酔ってましたか」「ちとばかし酒臭かったようだったが、なあチビ公

(はやくゆかないと、とんだことになるかもしれないよ」「ありがとう」)

早くゆかないと、とんだことになるかもしれないよ」「ありがとう」

(ちびこうはもうむねがいっぱいになった、ようやくかんごくからでてきたものが)

チビ公はもう胸が一ぱいになった、ようやく監獄からでてきたものが

(またしてもさかいにてあらなことをしてはおじさんのからだはここにほろぶるより)

またしても阪井に手荒なことをしては伯父さんの身体はここにほろぶるより

(ほかはない、どんなにしてもおじさんをさがしだしいえへつれてかえらねばならぬ。)

ほかはない、どんなにしても伯父さんをさがしだし家へつれて帰らねばならぬ。

(ふたりはあしをはやめた。ていしゃじょうへゆくとおじさんのすがたがみえない、)

ふたりは足を早めた。停車場へゆくと伯父さんの姿が見えない、

(ちびこうはじゅんさにきいた。「ああきたよ」「なんふんばかりまえですか」)

チビ公は巡査にきいた。「ああきたよ」「何分ばかり前ですか」

(「さあさんじゅっぷんばかりまえかね」「どっちのほうへゆきましたか」「さあ」と)

「さあ三十分ばかり前かね」「どっちの方へゆきましたか」「さあ」と

(じゅんさはくびをかしげて、「ときわちょうどおりをまっすぐにいったようにおもうが・・・・・・」)

巡査は首をかしげて、「常盤町通りをまっすぐにいったように思うが……」

(ふたりはおおどおりへみちをとった。「どうしてこういやなことばかり)

ふたりは大通りへ道を取った。「どうしてこういやなことばかり

(あるんだろうね」とこういちはいった。「ぼくがおもうに、このよのなかにひとりわるい)

あるんだろうね」と光一はいった。「ぼくが思うに、この世の中にひとり悪い

(やつがあるとよのなかぜんたいがわるくなるんです」とちびこうはいった。「だがきみ、)

やつがあると世の中全体が悪くなるんです」とチビ公はいった。「だがきみ、

(しゃかいがただしいものであるなら、ひとりやふたりぐらいわるいやつがあっても)

社会が正しいものであるなら、ひとりやふたりぐらい悪いやつがあっても

(それをげきたいするちからがあるべきはずだ」「それはそうだが、しかしわるいやつのほう)

それを撃退する力があるべきはずだ」「それはそうだが、しかし悪いやつの方

(がただしいひとよりもちえがありますからね、つまりきみのがっこうのこうちょうさんより)

が正しい人よりも知恵がありますからね、つまり君の学校の校長さんより

など

(さかいのほうがちえがあります、どうしてもわるいやつにはかないません」)

阪井の方が知恵があります、どうしても悪いやつにはかないません」

(「そんなことはない」とこういちはかおをまっかにしてさけんだ。)

「そんなことはない」と光一は顔をまっかにして叫んだ。

(「もしこのよにせいぎがなかったらぼくらはいちにちだっていきていられないのだ、)

「もしこの世に正義がなかったらぼくらは一日だって生きていられないのだ、

(ぼくはわるいやつとたたかわなきゃならない、このよのあっかんをことごとく)

ぼくは悪いやつと戦わなきゃならない、この世の悪漢をことごとく

(げきたいしてせいぎのくににしようとおもえばこそぼくらはがくもんをするんじゃないか」)

撃退して正義の国にしようと思えばこそぼくらは学問をするんじゃないか」

(「それはそうだが、しかしつよいやつにはかないません、せいぎせいぎといった)

「それはそうだが、しかし強いやつにはかないません、正義正義といった

(ところで、ぼくのおじはかんごくへやられる、さかいはじょやくでいばってる、)

ところで、ぼくの伯父は監獄へやられる、阪井は助役でいばってる、

(それはどうともならないじゃありませんか」ふたりはけいさつしょのまえへきた、)

それはどうともならないじゃありませんか」ふたりは警察署の前へきた、

(いましもしち、はちにんのひとびとがひとりのおとこをひきたててもんないへはいるところであった)

いましも七、八人の人々がひとりの男を引き立てて門内へはいるところであった

(ちびこうはでんきにかんじたようにおどりあがってひとびとのあとをおうた。とまた)

チビ公は電気に感じたようにおどりあがって人々の後を追うた。とまた

(すぐもどってきた。「おじさんかとおもったらそうでなかった」)

すぐもどってきた。「伯父さんかと思ったらそうでなかった」

(かれはあんしんしたもののごとくめをかがやかした、そうしてこういった。)

かれは安心したもののごとく眼を輝かした、そうしてこういった。

(「けんかしてひとをきったんですって、それはいいことではないが、ぼくは)

「喧嘩して人をきったんですって、それはいいことではないが、ぼくは

(ああいうひとをみると、なんだか、そのひとのほうがただしいようなきがしてなりません)

ああいう人を見ると、なんだか、その人の方が正しいような気がしてなりません

(ときによるとぼくもね、ぼくがもしからだがこんなにちびでなかったら、)

時によるとぼくもね、ぼくがもし身体がこんなにチビでなかったら、

(もうすこしうでにちからがあったら、わるいやつをかたっぱしからきってやりたいとおもうことが)

もう少し腕に力があったら、悪いやつを片っ端から斬ってやりたいと思うことが

(あります、からだがちいさくてびんぼうで、よわいははおやとふたりでおじさんのやっかいに)

あります、身体が小さくて貧乏で、弱い母親とふたりで伯父さんの厄介に

(なっているんでは、いいたいことがあってもいえない、いっそぼくのあたまが)

なっているんでは、いいたいことがあってもいえない、いっそぼくの頭が

(がむしゃらでらんぼうでさかいのようにぜんとあくとのさべつがないならぼくはもうすこし)

ガムシャラで乱暴で阪井のように善と悪との差別がないならぼくはもう少し

(こうふくかもしらないけれども、がっこうでせんせいにおそわったことをわすれないし、)

幸福かもしらないけれども、学校で先生に教わったことをわすれないし、

(みちにはずれたことをしたくないために、ひとにふまれてもけられてもがまんする)

道にはずれたことをしたくないために、人に踏まれてもけられてもがまんする

(きになります、そんなことではそんです、よのなかにいきていられません、)

気になります、そんなことでは損です、世の中に生きていられません、

(そうおもいながらやはりわるいことはしたくないしね」ちびこうはなみだぐんでたんそくした、)

そう思いながらやはり悪いことはしたくないしね」チビ公は涙ぐんで歎息した、

(こういちはなにもいうことができなくなった。かれはいままでせいぎはかならずじゃあくに)

光一はなにもいうことができなくなった。かれはいままで正義はかならず邪悪に

(かつものとしんじていた。それがきょうもっともそんけいするくぼいこうちょうがさかいのために)

勝つものと信じていた。それが今日もっとも尊敬する久保井校長が阪井のために

(おいはらわれたのをみて、せいぎにたいするぎわくがせいてんにむらがるはくうんのごとく)

おいはらわれたのを見て、正義に対する疑惑が青天に群がる白雲のごとく

(わきだしたところであった。かれはいまちびこうのさたんをきき、かくへいのはっこうを)

わきだしたところであった。かれはいまチビ公の嗟歎を聞き、覚平の薄幸を

(おもうとこのよははたしてそんなにけがらわしきものであるかとかんがえずに)

思うとこの世ははたしてそんなにけがらわしきものであるかと考えずに

(いられなかった。ふたりはだまってあるきつづけた。とこめやのよこあいから)

いられなかった。ふたりはだまって歩きつづけた。と米屋の横合いから

(とつぜんこえをかけたものがある。「やなぎくん!」それはてづかであった。)

突然声をかけたものがある。「柳君!」それは手塚であった。

(このごろてづかはうらぎりものとしてなんぴとにもきらわれた、でかれはこういちにもたれる)

このごろ手塚は裏切り者として何人にもきらわれた、でかれは光一にもたれる

(よりさくがなかった。かれはなにかさぐるようにこうかつなめをこういちにむけてびしょうした)

より策がなかった。かれはなにかさぐるように狡猾な目を光一に向けて微笑した

(「ぼくはすてきにおもしろいしょうせつをかったからきみにみせようとおもってね・・・・・・)

「ぼくはすてきにおもしろい小説を買ったからきみに見せようと思ってね……

(いまはもっていないけれどもばんにとどけるよ。「はるのなやみ」というんだ」)

いまは持っていないけれども晩に届けるよ。『春の悩み』というんだ」

(「ぼくはしょうせつはきらいだ」とこういちはいった。「ああそうか」とてづかはべつに)

「ぼくは小説はきらいだ」と光一はいった。「ああそうか」と手塚はべつに

(はじもせず、「それじゃ「せかいのかいき」てやつをきみにみせよう、)

恥じもせず、「それじゃ『世界の怪奇』てやつを君に見せよう、

(どうたいがひゃくごじゅっけんもあるいかだの、はなにわをとおしたばんじんだの、ちゃくしょくしゃしんがひゃくまい)

胴体が百五十間もあるいかだの、鼻に輪をとおした蕃人だの、着色写真が百枚

(もあるよ、あれをもってゆこう」かれはけいかいにこういってからつぎに)

もあるよ、あれを持ってゆこう」かれは軽快にこういってからつぎに

(さげすむようなくちょうでちびこうにいった。「どうだちびこう、そのあとは・・・・・・)

さげすむような口調でチビ公にいった。「どうだチビ公、その後は……

(しょうばいをやってるの?」「まいにちやっています」とちびこうはいった。)

商売をやってるの?」「毎日やっています」とチビ公はいった。

(「たまにはぼくのいえへもよりたまえね、とうふをかってあげるからね、ちびこう」)

「たまにはぼくの家へもよりたまえね、豆腐を買ってあげるからね、チビ公」

(「ちびこうというのはしっけいじゃないか、ぼくらのがくゆうだよ」とこういちは)

「チビ公というのは失敬じゃないか、ぼくらの学友だよ」と光一は

(むっとしていった。「そうだ、やあしっけい、かんにんかんにん」てづかはりゅうちょうにあやまった。)

むっとしていった。「そうだ、やあ失敬、堪忍堪忍」手塚は流暢にあやまった。

(がすぐおもいだしたようにいった。「きみのおじさんがいまあそこであばれて)

がすぐ思いだしたようにいった。「きみの伯父さんがいまあそこであばれて

(いたよ」「どこで?」とちびこうはかおいろをかえた。「ぜいむしょで」「ぜいむしょ?」)

いたよ」「どこで?」とチビ公は顔色をかえた。「税務署で」「税務署?」

(「よっぱらってるからやくばとぜいむしょとをまちがえてとびこんだのだよ、)

「よっぱらってるから役場と税務署とを間違えて飛びこんだのだよ、

(さかいをだせ、どろぼうをだせってどなっていたよ」「ありがとう」)

阪井を出せ、どろぼうをだせってどなっていたよ」「ありがとう」

(ちびこうはほんばのごとくはしりだした。こういちもはしりだした。)

チビ公は奔馬のごとく走りだした。光一も走りだした。

(しょうねんどくしゃしょくんにいちげんする。にほんのせいじはりっけんせいじである、りっけんせいじというのは)

少年読者諸君に一言する。日本の政治は立憲政治である、立憲政治というのは

(けんぽうによってせいじのうんようはじんみんのてをもっておこなうのである。じんみんはそのために)

憲法によって政治の運用は人民の手をもって行なうのである。人民はそのために

(じぶんのしんずるひとをだいぎしにせんきょする、けんにおいてはけんかいぎいん、しにおいては)

自分の信ずる人を代議士に選挙する、県においては県会議員、市においては

(しかいぎいん、ちょうそんにおいてはちょうそんかいぎいん。これらのだいぎいんがこくせい、けんせい、しせい)

市会議員、町村においては町村会議員。これらの代議員が国政、県政、市政

(ちょうせいをけつぎするので、そのしゅぎをともにするものはあつまっていちだんとなる、それを)

町政を決議するので、その主義を共にする者は集まって一団となる、それを

(せいとうという。せいとうはこっかのりえきをぞうしんするためのきかんである、)

政党という。政党は国家の利益を増進するための機関である、

(しかるにこうのせいとうとおつのせいとうとはそのしゅぎをことにするためになかがわるい、)

しかるに甲の政党と乙の政党とはその主義を異にするために仲が悪い、

(なかがわるくともこっかのためならそうとうもやむをえざるところであるが、なかには)

仲が悪くとも国家のためなら争闘も止むを得ざるところであるが、なかには

(こっかのりえきよりもせいとうのりえきばかりをおもとするものがある。じんみんにぜいきんをかして)

国家の利益よりも政党の利益ばかりを主とする者がある。人民に税金を課して

(じぶんたちのせいとうのうんどうひとするものもある。にんげんにあくにんとぜんにんとあるごとく、)

自分達の政党の運動費とする者もある。人間に悪人と善人とあるごとく、

(せいとうにもあくとうとぜんとうとある、そうしてぜんとうはきわめてまれであって、)

政党にも悪党と善党とある、そうして善党はきわめてまれであって、

(あくとうがひじょうにおおい。これがにほんのきょうのせいかいである。さかいごうたは)

悪党が非常に多い。これが日本の今日の政界である。阪井猛太は

(じとうのたすうをたのみにしてじょやくのちいにあるのをさいわいに、ふせいこうじをおこして)

自党の多数をたのみにして助役の地位にあるのを幸いに、不正工事を起こして

(じとうのりえきにしようとした、これにたいするりっけんとうはちょうかいにおいてだんだんことして)

自党の利益にしようとした、これに対する立憲党は町会において断々固として

(そのふせいをせめたてた。もしことやぶるればちょうちょうのふめいよ、じょやくのとくしょく、)

その不正を責めたてた。もしことやぶるれば町長の不名誉、助役の涜職、

(そうしてどうしかいのかいれつになる。ごうたはいまふちんのさかいにたっている。)

そうして同志会の潰裂になる。猛太はいま浮沈の境に立っている。

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