ああ玉杯に花うけて 第五部 4

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大正時代の少年向け小説!
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問題文

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(ごうたふしのみまいにとてらいきゃくがさっとうした、まちのひとびとはいろいろなぶっぴんをおくった、)

猛太父子の見舞いにとて来客が殺到した、町の人々はいろいろな物品を贈った、

(ごうたはひだりのうでとひだりのあしをやいたのでがいしゅつはできなかった、かれはしんだいのうえに)

猛太は左の腕と左の脚を焼いたので外出はできなかった、かれは寝台の上に

(すわってらいきゃくにせっした。かれはこうひとびとにいった。「せがれがいのちがけで)

座って来客に接した。かれはこう人々にいった。「せがれが命がけで

(やってくれたもんだからやっとけしとめましたよ」それからかれはせがれと)

やってくれたもんだからやっと消しとめましたよ」それからかれはせがれと

(ふたりでやくばのまえをとおるとひのひかりがみえたので、まどをたたきこわしてなかへ)

ふたりで役場の前を通ると火の光が見えたので、窓をたたきこわして中へ

(はいったがそのときはじゅうようしょるいがやけてしまったあとであったのがなによりざんねん)

はいったがその時は重要書類が焼けてしまったあとであったのがなにより残念

(だといった。ひとびとはますますふたりのゆうきにかんげきした。そうしてちょうかいは)

だといった。人々はますますふたりの勇気に感激した。そうして町会は

(けつぎをもってふたりにかんしゃじょうをおくろうというそうだんがあるなどといった。)

決議をもってふたりに感謝状を贈ろうという相談があるなどといった。

(「うそをつくことはじつにうまい」といわおはおどろいてむねをとどろかした。)

「うそをつくことはじつにうまい」と巌はおどろいて胸をとどろかした。

(そうしてまちのひとがなにもしらずに、やくばをやこうとしたはんにんにかんしゃじょうをおくるとは)

そうして町の人がなにも知らずに、役場を焼こうとした犯人に感謝状を贈るとは

(なにごとだろうとおもった。に、さんにちはすぎた、まちのうわさがますますたかくなった)

なにごとだろうと思った。二、三日はすぎた、町のうわさがますます高くなった

(だがあるひちょうちょうがかおいろをかえてやってきた。「みょうなうわさがでてきたよ」)

だがある日町長が顔色を変えてやってきた。「みょうなうわさがでてきたよ」

(とかれはいった。「ほうかはんにんはやくばいんだというのでな」「けしからんことだ」)

とかれはいった。「放火犯人は役場員だというのでな」「けしからんことだ」

(とごうたはさけんだ。「けいさつのほうでは、どうもそのほうにかたむいているらしい。)

と猛太は叫んだ。「警察の方では、どうもその方にかたむいているらしい。

(そこでだね、きみになにかこころあたりがあるならいってもらいたいんだが」)

そこでだね、きみになにか心あたりがあるならいってもらいたいんだが」

(「なんにもありやしない」とごうたはにがりきっていった。「きみがいったとき、)

「なんにもありやしない」と猛太はにがりきっていった。「きみがいったとき、

(はんにんらしいもののすがたをみなかったかね」「さあ」ごうたはしたくちびるをかんで)

犯人らしいものの姿を見なかったかね」「さあ」猛太は下くちびるをかんで

(じっとかんがえこんだ。「かれらがいうには、さかいがこうじのちょうぼをやこうと)

じっと考えこんだ。「かれらがいうには、阪井が工事の帳簿を焼こうと

(したんだとね、こういうもんだから、まさかおやこづれでひをつけにあるきまわる)

したんだとね、こういうもんだから、まさか親子連れで火をつけに歩きまわる

(やつもなかろうじゃないかとわたしはちょうしょうしてやったんだ、それにしてもうたがわれるの)

やつもなかろうじゃないかと私は嘲笑してやったんだ、それにしても疑われるの

など

(はそんだからね、なにかくせものらしいもののすがたでもみたのならひじょうにゆうり)

は損だからね、なにかくせものらしいものの姿でも見たのなら非常に有利

(なんだが」「みた」とごうたはちからなきこえでいった。「みた?」「ああみた」)

なんだが」「見た」と猛太は力なき声でいった。「見た?」「ああ見た」

(「どんなふうたいのものだ」「それはかくへいによくにたやつだった」)

「どんな風体の者だ」「それは覚平によく似たやつだった」

(いわおはあたまののうてんからこおりのぼうをうちこまれたようなきがしておもわずさけんだ。)

巌は頭の脳天から氷の棒を打ち込まれたような気がして思わず叫んだ。

(「ちがいますおとうさん」「だまっておれ」とごうたはどなっていわおをはたとにらんだ)

「ちがいますお父さん」「だまっておれ」と猛太はどなって巌をハタとにらんだ

(めはさっきをおびている。「かくへいか」とちょうちょうはからだをぐっとそらしたがすぐりょうてを)

目は殺気をおびている。「覚平か」と町長は身体をぐっとそらしたがすぐ両手を

(ぴしゃりとうった。「そうだ、それにちがいない。あいつはきみにうらみが)

ぴしゃりとうった。「そうだ、それにちがいない。あいつはきみにうらみが

(あるから、きみにほうかはんにんのうたがいをかけさせようとおもってほうかしたにちがいない)

あるから、きみに放火犯人の疑いをかけさせようと思って放火したにちがいない

(れいのこうじもんだいがおこってるさいちゅうだから、きみがちょうぼをやくために)

例の工事問題が起こってる最中だから、きみが帳簿を焼くために

(ひをつけたのだろうとは、ちょっとだれでもかんがえることだからな、いやあいつは)

火をつけたのだろうとは、ちょっとだれでも考えることだからな、いやあいつは

(じつにうまくかんがえたものだ」「そうだ、ことによるとりっけんとうのやつらが)

じつにうまく考えたものだ」「そうだ、ことによると立憲党のやつらが

(かくへいをせんどうしたのかもしれんぜ」「いよいよおもしろい」とちょうちょうはいすを)

覚平を扇動したのかもしれんぜ」「いよいよおもしろい」と町長はいすを

(のりだして、「これをきかいにこんていからりっけんとうをかいめつするんだね、そうだ、じつに)

乗りだして、「これを機会に根底から立憲党を潰滅するんだね、そうだ、じつに

(こうきかいだ、わざわいがてんじてふくとなるぜ、おい、はやくたいいんしてくれ」)

好機会だ、わざわいが転じて福となるぜ、おい、早く退院してくれ」

(「ちがいます」といわおはふたたびさけんだ。「かくへいはぼくらをすくいだしてくれたのです)

「ちがいます」と巌はふたたび叫んだ。「覚平は僕らを救いだしてくれたのです

(ぼくもおとうさんもけむりにまかれてたおれたところをあのひとがひのなかをくぐって)

ぼくもお父さんも煙にまかれて倒れたところをあの人が火の中をくぐって

(たすけてくれました」「ばかっ、だまってろ、おまえはなんにもしらないくせに」)

助けてくれました」「ばかッ、だまってろ、おまえはなんにも知らないくせに」

(とごうたはどなった。「なんにしてもあいつがそのばにいたということが)

と猛太はどなった。「なんにしてもあいつがその場にいたということが

(ふしぎじゃないか」とちょうちょうがいった。「そうだそうだ」ちょうちょうはよろこびいさんでしつを)

ふしぎじゃないか」と町長がいった。「そうだそうだ」町長は喜び勇んで室を

(でていった。あとでごうたはそのままみうごきもせずにかんがえこんだ。いわおはほうたいだらけ)

でていった。あとで猛太はそのまま身動きもせずに考えこんだ。巌は繃帯だらけ

(のかおをてんじょうにむけたままだまった、ちちとこはたがいにめをみあわすことをおそれた)

の顔を天井に向けたままだまった、父と子はたがいに眼を見あわすことを恐れた

(いんさんなちんもくがながいあいだつづいた。いわおのめからはてしなくなみだがながれた、)

陰惨な沈黙が長いあいだつづいた。巌の目からはてしなく涙が流れた、

(かれはそれをこらえようとしたがこらえきれずにしゃくりあげた。「おとうさん」)

彼はそれをこらえようとしたがこらえきれずにしゃくりあげた。「お父さん」

(とかれはとうとういった。ちちはやはりだまっている。「おとうさん、あなたは)

とかれはとうとういった。父はやはりだまっている。「お父さん、あなたは

(ぼくのおとうさんでなくなりましたね」「なにをいうか」とちちはどなった。)

ぼくのお父さんでなくなりましたね」「なにをいうか」と父はどなった。

(「おとうさんはぼくにうそをつくなとおしえました。それだのにあなたはうそを)

「お父さんはぼくにうそをつくなと教えました。それだのにあなたはうそを

(ついています、あなたはぼくにぎきょうということをおしえました。それだのにあなた)

ついています、あなたはぼくに義侠ということを教えました。それだのにあなた

(はいのちをたすけてくれたおんじんをつみにおとしいれようとしています、ぼくのおとうさんは)

は命を助けてくれた恩人を罪におとしいれようとしています、ぼくのお父さんは

(そんなおとうさんじゃなかった」「なまいきなことをいうな、おまえなぞのしった)

そんなお父さんじゃなかった」「生意気なことをいうな、おまえなぞの知った

(ことじゃない、おれはなおれひとりのからだじゃない、どうしかいをしょってたってる)

ことじゃない、おれはなおれひとりの身体じゃない、同志会をしょって立ってる

(からだだ、うらわちょうのためにいきてるからだだ、とうふやひとりぐらいをぎせいに)

からだだ、浦和町のために生きてるからだだ、豆腐屋ひとりぐらいをぎせいに

(してもてんかこっかのりえきをはからねばならんのだ」「むつかしいことはぼくに)

しても天下国家の利益をはからねばならんのだ」「むつかしいことはぼくに

(わかりませんが、おとうさん、じぶんのつみをたにんにきせて、それでもっててんかこっかが)

わかりませんが、お父さん、自分の罪を他人に着せて、それでもって天下国家が

(おさまるでしょうか」「ばかばかばか」とちちはたいかつした。そうしていそいでしつを)

おさまるでしょうか」「ばかばかばか」と父は大喝した。そうして急いで室を

(でようとした。「まってください」いわおはいたさをわすれてしんだいのうえにはいあがり)

でようとした。「待ってください」巌は痛さをわすれて寝台の上に這いあがり

(かたてをのばしてちちのそでをつかんだ。「ちょっとまってください、おとうさん、)

片手を伸ばして父のそでをつかんだ。「ちょっとまってください、お父さん、

(ぼくのいっしょうのおねがいです」「はなせ、はなさんか」とちちはさけんだ。「はなしません、)

ぼくの一生のおねがいです」「放せ、放さんか」と父は叫んだ。「放しません、

(おとうさん、たったひとこといわしてください、おとうさん、ぼくはふこうものです、)

お父さん、たった一言いわしてください、お父さん、ぼくは不孝者です、

(がっこうをたいがくされました、まちのものににくまれました、それはねえおとうさん、ぼくの)

学校を退学されました、町の者ににくまれました、それはねえお父さん、ぼくの

(かんがえがまちがっていたからです、おとうさんはぼくがおさないときからぼくに)

考えがまちがっていたからです、お父さんはぼくがおさないときからぼくに

(つよくなれつよくなれ、ひとよりえらくなれとおしえました、ぼくはどんなことをしても)

強くなれ強くなれ、人よりえらくなれと教えました、ぼくはどんなことをしても

(ひとよりえらくなろうとおもいました、それでぼくはえらくなるためには)

人よりえらくなろうと思いました、それでぼくはえらくなるためには

(わるいしゅだんでもかまわないとしんじていました、ぼくはこがたなやぴすとるをふりまわして)

悪い手段でもかまわないと信じていました、ぼくは小刀やピストルをふり回して

(ともだちをおびやかしました。じゅうどうやけんどうでうでをきたえて、かたっぱしからひとを)

友達をおびやかしました。柔道や剣道で腕をきたえて、片っ端から人を

(なぐりました。とうふやややおやのものをぶんどりました、みながぼくを)

なぐりました。豆腐屋や八百屋のものをぶんどりました、みながぼくを

(おそれました、ぼくはじぶんでえらいものだとおもいました、それからがっこうで)

おそれました、ぼくは自分でえらいものだと思いました、それから学校で

(かんにんぐをやってしけんをのがれました、しゅだんがふせいでも)

カンニングをやって試験をのがれました、手段が不正でも

(えらくなりさえすればいいとおもったからです、それはおとうさんがぼくにおしえたの)

えらくなりさえすればいいと思ったからです、それはお父さんがぼくに教えたの

(です、おとうさんはてんかこっかのためだからわるいことをしてもかまわない、どうしかいの)

です、お父さんは天下国家のためだから悪いことをしてもかまわない、同志会の

(ためならおんじんをちょうえきにしてもかまわないとおもっていらっしゃる、あなたもぼくも)

ためなら恩人を懲役にしてもかまわないと思っていらっしゃる、あなたもぼくも

(おなじです、それがいまぼくにはっきりわかりました、わんりょくでひとをせいふくするよりも)

同じです、それがいまぼくにはっきりわかりました、腕力で人を征服するよりも

(こころのうちからそんけいされるのがほんとうにえらいひとです、かんにんぐでしけんをぱすする)

心のうちから尊敬されるのが本当にえらい人です、カンニングで試験をパスする

(よりかむしろらくだいするほうがりっぱです、ひとにつみをきせてじぶんがえらそうなかおを)

よりかむしろ落第する方がりっぱです、人に罪を着せて自分がえらそうな顔を

(してることは、いちばんはずべきことではないでしょうか、ぼくはおさないから)

してることは、一番はずべきことではないでしょうか、ぼくはおさないから

(おとうさんはうらわちゅうでいちばんえらいひとだとそれをじまんにしていました、だが)

お父さんは浦和中で一番えらい人だとそれをじまんにしていました、だが

(いまになってかんがえるとぼくはうらわちゅうでいちばん)

今になって考えるとぼくは浦和中で一番

(れっとうなおとうさんをもっていたのでした、ねえおとうさん・・・・・・」)

劣等なお父さんをもっていたのでした、ねえお父さん……」

(「きさまはきさまはきさまは」とごうたはまっかになってそれをはらった。)

「きさまはきさまはきさまは」と猛太はまっかになってそれをはらった。

(「ばかやろう!おやふこうもの!たいこうはさいきんをかえりみずということわざを)

「ばかやろう! 親不孝者! 大行は細謹をかえりみずということわざを

(しらんか、さかいごうたはてんかのししだぞ、ばかっ」ちちはさっさとでていった。)

知らんか、阪井猛太は天下の志士だぞ、ばかッ」父はさっさとでていった。

(「おとうさん!」いわおはしんだいのふちにかたてをかけ、ゆうれいのごとくはいだしてちちのあとを)

「お父さん!」巌は寝台の縁に片手をかけ、幽霊のごとくはいだして父のあとを

(おわんとしたが、やけどのいたみにちゅうしんをうしなっておもわずしんだいのしたにどうとおちた。)

追わんとしたが、火傷の痛みに中心を失って思わず寝台の下にドウと落ちた。

(「おとうさんまって・・・・・・」かれはいたみをこらえておきあがろうとしたが)

「お父さん待って……」かれは痛みをこらえて起きあがろうとしたが

(ほうたいにひかれてみぎのほうへたおれた。「まってください・・・・・・おとうさん!」)

繃帯にひかれて右の方へ倒れた。「待ってください……お父さん!」

(ふたたびおきあがるとまたひだりのほうへたおれる。)

ふたたび起きあがるとまた左の方へ倒れる。

(「おとう・・・・・・とう・・・・・・と、と、と・・・・・・」こえはしだいによわった、)

「おとう……とう……と、と、と……」声は次第に弱った、

(なみだはいずみのごとくわいた、そうしてかたいきになってしんだいにてをかけた、もう)

涙は泉のごとくわいた、そうして片息になって寝台に手をかけた、もう

(はいあがるちからもない。びょういんのそとでこどもらがうたうこえがきこえる。)

這いあがる力もない。病院の外で子供等がうたう声が聞こえる。

(「ゆうやけこやけ、あしたてんきになあれ」)

「夕やけこやけ、あした天気になあれ」

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