夏の葬列 山川方夫 ②

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戦争末期、疎開先で2つ年上のヒロ子さんと過ごした夏。
疎開先の海岸で遊んだ帰り道、遠くに葬列をみつけヒロ子さんと一緒に葬列に向かって走り出した。
その時、

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問題文

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(あたりがきゅうにしーんとして、)

あたりが急にしーんとして、

(せんかいするこがたきのばくおんだけがぶきみにつづいていた。)

旋回する小型機の爆音だけが不気味につづいていた。

(とつぜん、しやにおおきくしろいものがはいってきて、)

突然、視野に大きく白いものが入ってきて、

(やわらかいおもいものがかれをおさえつけた。)

やわらかい重いものが彼をおさえつけた。

(「さ、はやくにげるの。いっしょに、さ、はやく。だいじょうぶ?」)

「さ、早く逃げるの。いっしょに、さ、早く。だいじょうぶ?」

(めをつりあげ、べつじんのようなまっさおなひろこさんが、あついこきゅうでいった。)

目を吊りあげ、別人のような真青なヒロ子さんが、熱い呼吸でいった。

(かれは、くちがきけなかった。ぜんしんがこうちょくして、)

彼は、口がきけなかった。全身が硬直して、

(めにはひろこさんのふくのしろさだけがあざやかにうつっていた。)

目にはヒロ子さんの服の白さだけがあざやかに映っていた。

(「いまのうちに、にげるの、・・・なにしてるの?さ、はやく!」)

「いまのうちに、逃げるの、・・・なにしてるの? さ、早く!」

(ひろこさんは、おこったようなこわいかおをしていた。)

ヒロ子さんは、怒ったようなこわい顔をしていた。

(ああ、ぼくはひろこさんといっしょにころされちゃう。)

ああ、ぼくはヒロ子さんといっしょに殺されちゃう。

(ぼくはしんじゃうんだ、とかれはおもった。)

ぼくは死んじゃうんだ、と彼は思った。

(こえのでたのは、そのとたんだった。ふいに、かれはくるったようなこえでさけんだ。)

声の出たのは、その途端だった。ふいに、彼は狂ったような声で叫んだ。

(「よせ!むこうへいけ!めだっちゃうじゃないかよ!」)

「よせ! 向うへ行け! 目立っちゃうじゃないかよ!」

(「たすけにきたのよ!」)

「たすけにきたのよ!」

(ひろこさんもどなった。「はやく、みちのぼうくうごうに」)

ヒロ子さんもどなった。「早く、道の防空壕に」

(「いやだったら!ひろこさんとなんて、いっしょにいくのいやだよ!」)

「いやだったら! ヒロ子さんとなんて、いっしょに行くのいやだよ!」

(むちゅうで、かれはぜんしんのちからでひろこさんをつきとばした。)

夢中で、彼は全身の力でヒロ子さんを突きとばした。

(「むこうへいけ!」ひめいを、かれはきかなかった。)

「むこうへ行け!」 悲鳴を、彼は聞かなかった。

(そのとききょうれつなしょうげきとごうおんがじべたをたたきつけて、)

そのとき強烈な衝撃と轟音が地べたをたたきつけて、

など

(いものはがくうにまいあがった。)

芋の葉が空に舞いあがった。

(あたりにすなぼこりのようなまくがたって、)

あたりに砂埃のような幕が立って、

(かれはかれのてであおむけにつきとばされたひろこさんが)

彼は彼の手で仰向に突きとばされたヒロ子さんが

(まるでごむまりのようにはずんでくうちゅうにうくのをみた。)

まるでゴムマリのようにはずんで空中に浮くのを見た。

(そうれつは、いもばたけのあいだをぬってすすんでいた。)

葬列は、芋畑のあいだを縫って進んでいた。

(それはあまりにもきおくのなかのあのひのこうけいににていた。)

それはあまりにも記憶の中のあの日の光景に似ていた。

(これは、ただのぐうぜんなのだろうか。)

これは、ただの偶然なのだろうか。

(まなつのたいようがじかにくびすじにてりつけ、めまいににたものをおぼえながら、)

真夏の太陽がじかに首すじに照りつけ、眩暈に似たものをおぼえながら、

(かれは、ふと、じぶんにはなついがいのきせつがなかったようなきがしていた。)

彼は、ふと、自分には夏以外の季節がなかったような気がしていた。

(それも、たすけにきてくれたしょうじょを、わざわざじゅうげきのしたにつきとばしたあのなつ、)

それも、助けにきてくれた少女を、わざわざ銃撃のしたに突きとばしたあの夏、

(さつじんをおかした、せんじちゅうの、あのただひとつのなつのきせつだけが、)

殺人をおかした、戦時中の、あのただ一つの夏の季節だけが、

(いまだにじぶんをとりまきつづけているようなきがしていた。)

いまだに自分をとりまきつづけているような気がしていた。

(かのじょはじゅうしょうだった。かはんしんをまっかにそめたひろこさんは)

彼女は重傷だった。カハンシンを真赤に染めたヒロ子さんは

(もはやいしきがなく、おとこたちがそくせきのたんかでかのじょのいえへはこんだ。)

もはや意識がなく、男たちが即席の担架で彼女の家へはこんだ。

(そして、かれはかのじょのそのごをきかずにこのまちをさった。)

そして、彼は彼女のその後を聞かずにこの町を去った。

(あのよくじつ、せんそうはおわったのだ。)

あの翌日、戦争は終ったのだ。

(いものはを、しろくうらがえしてかぜがわたっていく。)

芋の葉を、白く裏返して風が渡って行く。

(そうれつはかれのほうにむかってきた。)

葬列は彼のほうに向かってきた。

(ちゅうおうに、しゃしんのおかれているそまつなひつぎがある。)

中央に、写真の置かれている粗末な柩がある。

(しゃしんのかおはおんなだ。それもまだわかいおんなのようにみえる。)

写真の顔は女だ。それもまだ若い女のように見える。

(ふいに、あるよかんがかれをとらえた。かれはあるきはじめた。)

不意に、ある予感が彼をとらえた。彼は歩きはじめた。

(かれは、かたあしをあぜみちのつちにのせてたちどまった。)

彼は、片足を畦道の土にのせて立ちどまった。

(あまりにんずうのおおくはないそうしきのひとのれつが、ゆっくりとそのかれのまえをすぎる。)

あまり人数の多くはない葬式の人の列が、ゆっくりとその彼のまえを過ぎる。

(かれはすこしあたまをさげ、しかしめはねっしんにひつぎのうえのしゃしんをみつめていた。)

彼はすこし頭を下げ、しかし目は熱心に柩の上の写真をみつめていた。

(もし、あのときしんでいなかったら、かのじょはたしかにじゅうはちか、きゅうだ。)

もし、あのとき死んでいなかったら、彼女はたしか二十八か、九だ。

(とつぜん、かれはきみょうなよろこびでむねがしぼられるようなきがした。)

突然、彼は奇妙な歓びで胸がしぼられるような気がした。

(そのしゃしんには、ありありとむかしのかのじょのおもかげがのこっている。)

その写真には、ありありと昔の彼女の面かげが残っている。

(それは、さんじゅっさいちかくなったひろこさんのしゃしんだった。まちがいはなかった。)

それは、三十歳近くなったヒロ子さんの写真だった。まちがいはなかった。

(かれは、じぶんがさけびださなかったのが、むしろふしぎなくらいだった。)

彼は、自分が叫びださなかったのが、むしろ不思議なくらいだった。

(おれは、ひとごろしではなかったのだ。)

おれは、人殺しではなかったのだ。

(かれは、むねにわきあがるものを、けんめいにれいせいにおさえつけながらおもった。)

彼は、胸に湧きあがるものを、けんめいに冷静におさえつけながら思った。

(たとえなんでしんだにせよ、とにかくこのじゅうすうねんかんをいきつづけたのなら、)

たとえなんで死んだにせよ、とにかくこの十数年間を生きつづけたのなら、

(もはやかのじょのしはおれのせきにんとはいえない。)

もはや彼女の死はおれの責任とはいえない。

(すくなくとも、おれにちょくせつのせきにんがないのはたしかなのだ。)

すくなくとも、おれに直接の責任がないのはたしかなのだ。

(「・・・このひと、びっこだった?」)

「・・・この人、ビッコだった?」

(かれは、むれながられつのあとにつづくこどもたちのひとりにたずねた。)

彼は、群れながら列のあとにつづく子供たちの一人にたずねた。

(あのとき、かのじょはふとももをやられたのだ、とおもいかえしながら。)

あのとき、彼女は太腿をやられたのだ、と思いかえしながら。

(「ううん。びっこなんかじゃない。からだはぜんぜんじょうぶだったよ」)

「ううん。ビッコなんかじゃない。からだはぜんぜん丈夫だったよ」

(ひとりが、くびをふってこたえた。)

一人が、首をふって答えた。

(では、なおったのだ!おれはまったくのむざいなのだ!)

では、癒ったのだ! おれはまったくの無罪なのだ!

(かれは、ながいこきゅうをはいた。くしょうがほおにのぼってきた。)

彼は、長い呼吸を吐いた。苦笑が頬にのぼってきた。

(おれのさつじんは、げんえいにすぎなかった。)

おれの殺人は、幻影にすぎなかった。

(あれからのねんげつ、おもくるしくおれをとりまきつづけていたひとつのなつのきおく、)

あれからの年月、重くるしくおれをとりまきつづけていた一つの夏の記憶、

(それはおれのもうそう、おれのあくむでしかなかったのだ。)

それはおれの妄想、おれの悪夢でしかなかったのだ。

(そうれつはかくじつにひとりのにんげんのしをいみしていた。)

葬列は確実に一人の人間の死を意味していた。

(それをまえに、いささかかれはふきんしんだったかもしれない。)

それをまえに、いささか彼は不謹慎だったかもしれない。

(しかしじゅうすうねんかんものあくむからときはなたれ、)

しかし十数年間もの悪夢から解き放たれ、

(かれは、あおぞらのようなひとつのこうふくにかしてしまっていた。)

彼は、青空のような一つの幸福に化してしまっていた。

(もしかしたら、そのうちょうてんさが、)

もしかしたら、その有頂天さが、

(かれにそんなよけいなしつもんをくちにださせたのかもしれない。)

彼にそんなよけいな質問を口に出させたのかもしれない。

(「なんのびょうきでしんだの?このひと」)

「なんの病気で死んだの? この人」

(うきうきした、むしろけいはくなくちょうでかれはたずねた。)

うきうきした、むしろ軽薄な口調で彼はたずねた。

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