ちいさこべ 山本周五郎 ⑦
リメイクで漫画化もされている。
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問題文
(「おまえさんのいうことはわかったよ」ときゅうべえがいった、)
「おまえさんの云うことはわかったよ」と久兵衛が云った、
(「しかしね、こんなこともこどもたちをここへおくからおこることなんで、)
「しかしね、こんなことも子供たちを此処ここへ置くから起こることなんで、
(おかみのおさしずどおりにすればいいんだから」)
お上のお指図どおりにすればいいんだから」
(「だんなにうかがいますが」としげじがきゅうべえをさえぎってなかじまいちぞうにはなしかけた、)
「旦那にうかがいますが」と茂次が久兵衛を遮って中島市蔵に話しかけた、
(「あのこどもたちをうちでやしなうのはごはっとですか」)
「あの子供たちをうちでやしなうのは御法度ですか」
(「はっとということはないが」となかじまがこたえた、)
「法度ということはないが」と中島が答えた、
(「これまでにれいもなし、じゅうよにんというこどもをやしなうには、)
「これまでに例もなし、十余人という子供をやしなうには、
(それだけのちからとじょうけんがそろわなければなるまい」)
それだけの力と条件がそろわなければなるまい」
(「じょうけんとはどういう」)
「条件とはどういう」
(「いばしょがじゅうぶんにあるかどうか、いしょくがふそくなくまかなえるかどうか、)
「居場所が充分にあるかどうか、衣食が不足なく賄えるかどうか、
(ちゃんとしたしつけができるかどうかだ」)
ちゃんとした躾ができるかどうかだ」
(「うちはだいくだから」としげじがいった、「ばしょがせまければたてましをします、)
「うちは大工だから」と茂次が云った、「場所が狭ければ建て増しをします、
(いしょくだってかねもちのようにはいかねえが、)
衣食だって金持ちのようにはいかねえが、
(せけんなみのことぐらいできるつもりです」)
世間なみのことぐらいできるつもりです」
(おりつはちらっとしげじをみ、りょうのほおをあかくしながら、)
おりつはちらっと茂次を見、両の頬を赤くしながら、
(「せわはあたしがします」といった。)
「世話はあたしがします」と云った。
(「むりだ」となかじまはくびをふった、)
「むりだ」と中島は首を振った、
(「じゅうよにんものこどもたちにくわせてきせて、おまけにしつけもしなければならない、)
「十幾人もの子供たちに食わせて着せて、おまけに躾もしなければならない、
(おまえにはこのうちのしごともあるんだろう」)
おまえにはこのうちの仕事もあるんだろう」
(「でもきょうまでずっとやってきたんですから」)
「でも今日までずっとやって来たんですから」
(「むりだ、そんなことがいつまでつづけられるものではない、それはむりだ」)
「むりだ、そんなことがいつまで続けられるものではない、それはむりだ」
(するとそとからむすめがひとりはいってきて、「あたしがてつだいますわ」といった。)
すると外から娘が一人はいって来て、「あたしが手伝いますわ」と云った。
(みんなそっちをみ、きゅうべえがめをみはった。)
みんなそっちを見、久兵衛が眼をみはった。
(「おゆう、おまえなにをいうんだ」)
「おゆう、おまえなにを云うんだ」
(それはふくだやきゅうべえのむすめ、りきちのいもうとのおゆうであった。)
それは福田屋久兵衛の娘、利吉の妹のおゆうであった。
(おりつよりとしはひとつしたであるが、しょうかそだちににあわず、)
おりつより年は一つ下であるが、商家そだちに似あわず、
(きかないきしょうときりょうよしとで、いぜんからちょうないではめだつむすめであった。)
きかない気性ときりょうよしとで、以前から町内ではめだつ娘であった。
(「あたしはいちにちじゅうてがあいてますから、ひるまだけここへかよってきます」)
「あたしは一日じゅう手があいてますから、昼間だけここへかよって来ます」
(とおゆうはちちにかまわずつづけた、)
とおゆうは父に構わず続けた、
(「それでもふそくなときはげじょだっていますし、)
「それでも不足なときは下女だっていますし、
(じまんのようにきこえてはこまるけれど、よみかきぐらいおしえられますから」)
自慢のように聞えては困るけれど、読み書きぐらい教えられますから」
(わきにいたかしらのかんすけは「よう」とでもこえをかけたそうなかおをした。)
脇にいたかしらの勘助は「よう」とでも声をかけたそうな顔をした。
(「いや」としげじがくびをふった、)
「いや」と茂次が首を振った、
(「おゆうちゃんにそんなことをしてもらわなくっても、)
「おゆうちゃんにそんなことをしてもらわなくっても、
(てがたりなければこっちでひとをやとうよ」)
手が足りなければこっちで人を雇うよ」
(「おんにきせるとでもおもうの」とおゆうはしげじをみあげた、)
「恩にきせるとでも思うの」とおゆうは茂次を見あげた、
(「あたしはつみほろぼしのつもりよ」)
「あたしは罪ほろぼしのつもりよ」
(「おゆう」ときゅうべえがいった。)
「おゆう」と久兵衛が云った。
(「このちょうないでやけのこったのはうちいっけんよ、へいをちょっとこがしただけで、)
「この町内で焼け残ったのはうち一軒よ、塀をちょっと焦がしただけで、
(うちはまるまるやけのこったしひともみんなぶじだったわ、)
うちはまるまる焼け残ったし人もみんな無事だったわ、
(おまけにちちはまちやくをつとめているんですもの、)
おまけに父は町役を勤めているんですもの、
(ほんとうならそういうこどもたちはうちでひきうけるのがあたりまえよ」)
本当ならそういう子供たちはうちで引受けるのがあたりまえよ」
(おりつの、めじりがあがった。)
おりつの、眼尻があがった。
(しげじがなにかいいけけたが、)
茂次がなにか云いかけたが、
(どうしんのなかじまがさきに「ふくだや」といってきゅうべえをみた。)
同心の中島がさきに「福田屋」と云って久兵衛を見た。
(「いいだしたらきかないんで」ときゅうべえがいった、)
「云いだしたらきかないんで」と久兵衛が云った、
(「もしそんなことでよかったら、むすめにてつだわせてもいいとおもいますが」)
「もしそんなことでよかったら、娘に手伝わせてもいいと思いますが」
(「いちおうおかかりとそうだんしてみるが」となかじまがいった、)
「いちおうお係りと相談してみるが」と中島が云った、
(「とにかくにんべつをきちんとしておいてくれ、)
「とにかく人別をきちんとしておいてくれ、
(いいとなったらおてあてのさがるようにはからってみよう」)
いいとなったらお手当のさがるようにはからってみよう」
(「おゆうさん」とかしらのかんすけがはじめてくちをいれた、「おてがらでしたね」)
「おゆうさん」とかしらの勘助が初めて口をいれた、「お手柄でしたね」
(そしてみんなでてゆき、おゆうだけあとにのこった。)
そしてみんな出てゆき、おゆうだけあとに残った。
(おりつはくるっとふりむいて、あしばやにかってのほうへさり、)
おりつはくるっと振向いて、足早に勝手のほうへ去り、
(おゆうはしげじにくやみをのべた。それをきくのがいやなのだろう、)
おゆうは茂次にくやみを述べた。それを聞くのがいやなのだろう、
(しげじは「いつこっちへかえったのか」とはなしをそらした。)
茂次は「いつこっちへ帰ったのか」と話をそらした。
(そこへ、おりつがひきかえしてきて、こどもがごにんにげた、とつげた。)
そこへ、おりつが引返して来て、子供が五人逃げた、と告げた。
(「にげたって」としげじはふりかえった。)
「逃げたって」と茂次は振返った。
(「いまのはなしをきいたんでしょ」とおりつがどもりながらいった、)
「いまの話を聞いたんでしょ」とおりつがどもりながら云った、
(「とちゅうまできいてつれもどされるとおもったんでしょう、)
「途中まで聞いて伴れ戻されると思ったんでしょう、
(もうちょっとまえにごにんでにげたんですって」)
もうちょっとまえに五人で逃げたんですって」
(しげじはおくへとんでいった。おりつがつづき、おゆうもあがってきた。)
茂次は奥へとんでいった。おりつが続き、おゆうもあがって来た。
(いってみると、かってぐちのそとにこどもがはちにん、たがいによりかたまって、)
いってみると、勝手口の外に子供が八人、互いによりかたまって、
(おびえたようなかおでたっていた。)
怯えたような顔で立っていた。
(いつかしげじによびかけたこは、あのときのあっちゃんというおんなのこを、)
いつか茂次に呼びかけた子は、あのときのあっちゃんという女の子を、
(あのときとおなじようにだきよせていた。)
あのときと同じように抱きよせていた。
(「ごにんにげたというのはほんとうか」としげじがきいた、)
「五人逃げたというのは本当か」と茂次が訊いた、
(「どこかにかくれてるんじゃないのか」)
「どこかに隠れてるんじゃないのか」
(するとじゅういちかにくらいになる、いちばんとしかさのこが、)
すると十一か二くらいになる、いちばん年嵩の子が、
(「にげたのだ」とこたえた。)
「逃げたのだ」と答えた。
(「じっぺいとちゅうがみんなににげようといったんだ、)
「じっ平と忠がみんなに逃げようと云ったんだ、
(じっぺいもちゅうもかっぱらいなんかしたことがあるんで、)
じっ平も忠もかっぱらいなんかしたことがあるんで、
(それでおっかなくなったもんだから」とそのこはいった、)
それでおっかなくなったもんだから」とその子は云った、
(「おらあよせってとめたんだけれど、とうとうさんにんついていっちまったんだ」)
「おらあよせってとめたんだけれど、とうとう三人付いていっちまったんだ」
(しげじはうなずいていった、「あんしんしな、おめえたちみんなここにいていいんだ、)
茂次は頷いて云った、「安心しな、おめえたちみんな此処にいていいんだ、
(やくにんがゆるしてくれたし、おれもこれからなかよしになるぜ、)
役人が許してくれたし、おれもこれから仲良しになるぜ、
(それから、ここにいるのはおゆうさんといって、)
それから、ここにいるのはおゆうさんといって、
(みんなのせわをてつだってくれるひとだ」)
みんなの世話を手伝ってくれる人だ」
(「こんちは」とおゆうがほほえみかけた、「あたしのことねえさんってよんでね」)
「こんちは」とおゆうが頬笑みかけた、「あたしのこと姉さんって呼んでね」
(「ねえちゃん」とちいさなあっちゃんがすぐよび、あかくなってかおをかくした。)
「ねえちゃん」と小さなあっちゃんがすぐ呼び、赤くなって顔を隠した。
(おりつのめじりがまたあがり、ついできゅっとくちびるをかんだ。)
おりつの眼尻がまたあがり、ついできゅっと唇を噛んだ。
(だいろくがきたので、しげじはふしんばのみまわりにでかけた。)
大六が来たので、茂次は普請場の見廻りにでかけた。
(にんべつしょをつくっておくようにと、おりつとおゆうにたのんだが、)
人別書を作っておくようにと、おりつとおゆうに頼んだが、
(おりつのおこっているかおが、いちにちじゅうめについてこまった。)
おりつの怒っている顔が、一日じゅう眼について困った。