桜の樹の下には2 梶井基次郎
「桜の樹の下には死体が埋まっている」
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問題文
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(うまのようなしたい、いぬねこのようなしたい、そしてにんげんのようなしたい、)
馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、
(したいはみなふらんしてうじがわき、たまらなくくさい。それでいてすいしょうのようなえきを)
屍体はみな腐乱して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のような液を
(たらたらとたらしている。さくらのねはどんらんなたこのように、それをだきかかえ、)
たらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、
(いそぎんちゃくのしょくしのようなもうこんをあつめて、そのえきたいをすっている。)
いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚めて、その液体を吸っている。
(なにがあんなかべんをつくり、なにがあんなしべをつくっているのか、おれはもうこんの)
なにがあんな花弁を作り、何があんな蕊を作っているのか、俺は毛根の
(すいあげるすいしょうのようなえきが、しずかなぎょうれつをつくって、いかんそくのなかをゆめのように)
吸い上げる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のように
(あがってゆくのがみえるようだ。
ーーおまえはなにをそうくるしそうなかおを)
あがってゆくのが見えるようだ。
――おまえは何をそう苦しそうな顔を
(しているのだ。うつくしいとうしじゅつじゃないか。おれはいまようやくひとみをすえてさくらのはなが)
しているのだ。美しい透視術じゃないか。俺はいまようやく瞳を据えて桜の花が
(みられるようになったのだ。きのう、おとつい、おれをふあんがらせたしんぴからじゆうに)
見られるようになったのだ。昨日、一昨日、俺を不安がらせた神秘から自由に
(なったのだ。
にさんにちまえ、おれはここのたにへおりて、いしのうえをつたいあるきしていた。)
なったのだ。
二三日前、俺はここの渓へ下りて、石の上を伝い歩きしていた。
(みずのしぶきのなかからは、あちらからもこちらからも、うすばかげろうが)
水のしぶきのなかからは、あちらからもこちらからも、薄羽かげろうが
(あふろでぃっとのようにうまれてきて、たにのそらをめがけてまいあがってゆくのが)
アフロディットのように生まれて来て、渓の空をめがけて舞い上がってゆくのが
(みえた。おまえもしっているとおり、かれらはそこでうつくしいけっこんをするのだ。)
見えた。おまえも知っているとおり、彼らはそこで美しい結婚をするのだ。
(しばらくあるいていると、おれはへんなものにでくわした。それはたにのみずがかわいたかわらへ、)
暫く歩いていると、俺は変なものに出喰わした。それは渓の水が乾いた磧へ、
(ちいさいみずたまりをのこしている、そのみずのなかだった。おもいがけないせきゆをながしたような)
小さい水溜を残している、その水の中だった。思いがけない石油を流したような
(こうさいが、いちめんにういているのだ。おまえはそれをなんだったとおもう。)
光彩が、一面に浮いているのだ。おまえはそれを何だったと思う。
(それはなんまんびきともかずのしれない、うすばかげろうのしたいだったのだ。すきまなく)
それは何万匹とも数の知れない、薄羽かげろうの屍体だったのだ。隙間なく
(みずのおもてをかぶっている、かれらのかさなりあったはねが、ひかりにちぢれてあぶらのような)
水の面を被っている、彼らのかさなりあった翅が、光にちぢれて油のような
(こうさいをながしているのだ。そこが、さんらんをおわったかれらのはかばだったのだ。)
光彩を流しているのだ。そこが、産卵を終わった彼らの墓場だったのだ。