ああ玉杯に花うけて 第八部 2

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プレイ回数400難易度(4.5) 6335打 長文
大正時代の少年向け小説!
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順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りっつ 5070 B+ 5.2 97.3% 1188.9 6200 172 91 2024/04/16
2 Par100 3916 D++ 3.9 98.3% 1557.4 6201 102 91 2024/04/19

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問題文

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(あるひかれはひとりのがくせいをせんせいにしょうかいされた。それはさくねんだいいちこうとうがっこうに)

ある日かれはひとりの学生を先生に紹介された。それは昨年第一高等学校に

(にゅうがくしたやすばごろうというせいねんである。もくもくじゅくをでてこうとうがっこうにいれたのは)

入学した安場五郎という青年である。黙々塾をでて高等学校に入れたのは

(やすばひとりきりである。せんせいはやすばがすきであった。いろがあかぐろくかおはしちりんににて)

安場ひとりきりである。先生は安場が好きであった。色が赤黒く顔は七輪に似て

(ようかんいろになったせいふくをきてこしにてぬぐいをさげ、ぼうしはこけいろになっている。)

ようかん色になった制服を着て腰に手拭をさげ、帽子はこけ色になっている。

(かれはいちねんのあいだにからだがめきめきとはったつしたのでせいふくのうでやどうは)

かれは一年のあいだに身体がめきめきと発達したので制服の腕や胴は

(からだのにくがはちきれそうにみえる。かれはだいしょにんのむすこである。かれはとうきょうから)

身体の肉がはちきれそうに見える。かれは代書人の息子である。かれは東京から

(いえへかえるとすぐもくもくせんせいのごきげんうかがいにくる。「せんせいただいま」)

家へ帰るとすぐ黙々先生のご機嫌うかがいにくる。「先生ただいま」

(「うむかえったか」せんせいはちゅういぶかくかれのいっきょいちどうをみる。)

「うむ帰ったか」先生は注意深くかれの一挙一動を見る。

(「がっこうはどうだ」まずがっこうのようすをきき、それからともだちのことをきく。)

「学校はどうだ」まず学校のようすをきき、それから友達のことをきく。

(「どんなともだちができたか」「あんこうというやつがあります。くちがおそろしく)

「どんな友達ができたか」「あんこうというやつがあります。口がおそろしく

(おおきいんでりんごをかわごとふたくちでくってしまいます。それからふんぷんという)

大きいんでりんごを皮ごと二口で食ってしまいます。それからフンプンという

(やつがあります。これはいちねんにいっぺんもさるまたをせんたくしませんから、いつでも)

やつがあります。これは一年に一ぺんもさるまたを洗濯しませんから、いつでも

(ふんぷんとしています。それからまむしというやつ、これはいきたへびをあたまから)

フンプンとしています。それからまむしというやつ、これは生きたへびを頭から

(かじります」「ふん、ゆうかんだな」せんせいはにこにこする。「このさんにんは)

かじります」「ふん、勇敢だな」先生はにこにこする。「この三人は

(みんなできるやつです。あたまがおそろしくいいやつです、さんにんともせいじをやると)

みんなできるやつです。頭がおそろしくいいやつです、三人とも政治をやると

(いってます」「たのもしいな、きみとどうだ」「ぼくよりえらいやつです」)

いってます」「たのもしいな、きみとどうだ」「ぼくよりえらいやつです」

(「そうか」せんせいがいちばんちゅういをはらうのはともだちのことである。かれはそのまむしや)

「そうか」先生が一番注意をはらうのは友達のことである。かれはそのまむしや

(ふんぷんやあんこうがどんなはなしをしてどんなあそびをしてどんなほんをよんでるか)

フンプンやあんこうがどんな話をしてどんな遊びをしてどんな本を読んでるか

(までくわしくきいた。「かつどうをみるか」「さかんにみましたが、あれはひじょうに)

までくわしくきいた。「活動を見るか」「さかんに見ましたが、あれは非常に

(げびたものだとわかったからこのごろはみません」「それがいい」)

下卑たものだとわかったからこのごろは見ません」「それがいい」

など

(せんせいはやすばがいつもともだちのじまんをするのをすこぶるうれしそうにきいていた。)

先生は安場がいつも友達の自慢をするのをすこぶる嬉しそうに聞いていた。

(ひとのわるくちをいったり、じまんをいったりするのはせんせいのもっともこのまざるところ)

人の悪口をいったり、自慢をいったりするのは先生のもっともこのまざるところ

(であった。やすばはじっさいせんせいおもいであった。かれはきせいちゅうにはまいあさかならず)

であった。安場は実際先生思いであった。かれは帰省中には毎朝かならず

(せんせいをたずねてみずをくみめしをたきよるのそうじをした。せんせいはそとへでるとやすばの)

先生をたずねて水をくみ飯をたき夜の掃除をした。先生は外へ出ると安場の

(じまんばかりいう。「あいつはいまにおおきなものになる」せんせいはわずかばかりの)

自慢ばかりいう。「あいつはいまに大きなものになる」先生はわずかばかりの

(きしゃちんがあればそっととうきょうへでていちこうをしさつにでかける、そうしてやすばがどんな)

汽車賃があればそっと東京へ出て一高を視察にでかける、そうして安場がどんな

(せいかつをしているかをひとしれずかんしするのであった。そのくせかれはやすばに)

生活をしているかを人知れず監視するのであった。そのくせかれは安場に

(むかってはいちどもほめたことはない。「きみはえいゆうをなんとおもうか」)

向かっては一度もほめたことはない。「きみは英雄をなんと思うか」

(「えいゆうはれきしのはなです」とやすばはそくざにこたえる。「かあらいるをまねては)

「英雄は歴史の花です」と安場は即座に答える。「カアライルをまねては

(いかん。えいゆうははなじゃない、みである。もしはなであるならそれははんぱんたる)

いかん。英雄は花じゃない、実である。もし花であるならそれは泛々たる

(けいはくのとといわなきゃならん。めいよ、ぶっしつよく、それらをもってもくてきとするものは)

軽薄の徒といわなきゃならん。名誉、物質欲、それらをもって目的とするものは

(しんのえいゆうとはいえないぞ、いいか。えいゆうはじんるいのちゅうしんてんである、そうだ、)

真の英雄とはいえないぞ、いいか。英雄は人類の中心点である、そうだ、

(ちゅうしんてんだ、くるまのじくだ、こっかをささえるだいこくばしらだ、ぎりしゃのしんわにあとらすさんは)

中心点だ、車の軸だ、国家を支える大黒柱だ、ギリシャの神話にアトラス山は

(てんがおちるのをささえているやまとしてある。てんがおちるのをささえるのはえいゆうだ、)

天が墜ちるのを支えている山としてある。天がおちるのを支えるのは英雄だ、

(はなだなんてそんなうわついたかんがえではまだかたるにたらん。もっと)

花だなんてそんな浮わついた考えではまだ語るにたらん。もっと

(しゅうようしろばかっ」すべてこういうふうである、どんなにばかといわれてもやすばは)

修養しろ馬鹿ッ」すべてこういう風である、どんなにばかといわれても安場は

(それをよろこんでいた。「せんせいはありがたいな」かれはいつもこういった。かれと)

それを喜んでいた。「先生はありがたいな」かれはいつもこういった。かれと

(ちびこうはすぐにしんゆうになった。おりおりふたりはこうがいへでてながいながいつつみのうえを)

チビ公はすぐに親友になった。おりおりふたりは郊外へでて長い長い堤の上を

(さんぽした。さむいさむいかぜがひゅうひゅうのづらのづらをふく、かれあしはざわざわ)

散歩した。寒い寒い風がひゅうひゅう野面のづらをふく、かれあしはざわざわ

(なってくもがひくくたれる、やすばはへいきである。かれはたかいつつみにたってむねいっぱいに)

鳴って雲が低くたれる、安場は平気である。かれは高い堤に立って胸一ぱいに

(はってたからかにうたう。ああぎょくはいにはなうけて、りょくしゅにつきのかげやどし、)

はって高らかに歌う。ああ玉杯に花うけて、緑酒に月の影やどし、

(ちあんのゆめにふけりたる、えいがのちまたひくくみて、むこうがおかにそそりたつ、)

治安の夢にふけりたる、栄華の巷低く見て、向ヶ岡にそそり立つ、

(ごりょうのけんじいきたかし。・・・・・・ばりとんのこえであるが、りょうはゆたかにちからがみちている。)

五寮の健児意気高し。……バリトンの声であるが、量は豊かに力がみちている。

(それはとおくのもりにはんきょうし、ちかくののづらをわたり、べきべきたるらくうんをやぶって、)

それは遠くの森に反響し、近くの野面をわたり、べきべきたる落雲を破って、

(てんとちとのこうだいむへんなかんげきをいっぱいにふるわす、ちびこうはだまってそれを)

天と地との広大無辺な間隙を一ぱいにふるわす、チビ公はだまってそれを

(きいていると、たいないのちがやくやくとおどるようなきがする。じゆうごうほうな)

聞いていると、体内の血が躍々と跳るような気がする。自由豪放な

(せいしゅんのきはそのつかれたにくたいや、おとろえたせいしんにきんだぎんだのかくようたるひかりをあたえる。)

青春の気はその疲れた肉体や、衰えた精神に金蛇銀蛇の赫耀たる光をあたえる。

(「もっとやってくれ」とかれはいう。「うむ、よしっ」やすばはしちりんのようなかおを)

「もっとやってくれ」とかれはいう。「うむ、よしッ」安場は七輪のような顔を

(ぐっときつりつさせるとどうじにはなのあなをぱっとおおきくする、とすぐ)

ぐっと屹立させると同時に鼻穴をぱっと大きくする、とすぐ

(いのししのようにあらいいきをぷうとふく。ふようのゆきのせいをとり、)

いのししのようにあらい呼吸をぷうとふく。ふようの雪の精をとり、

(よしののはなのかをうばい、きよきこころのますらおが、けんとふでとをとりもちて、)

芳野の花の華をうばい、清き心のますらおが、剣と筆とをとり持ちて、

(ひとたびたたばなにごとか、じんせいのいぎょうならざらん。うたっていくうちに)

一たび起たば何事か、人生の偉業成らざらん。うたっていくうちに

(かれのかおはますますくろくあからみ、そのめはかがやき、わがこうをあいするねつじょうと)

かれの顔はますます黒く赤らみ、その目は輝き、わが校を愛する熱情と

(えいえんのりそうとげんざいりきがくのゆうきと、すべてのこうまいなふとうなふんとうてきなきはくが)

永遠の理想と現在力学の勇気と、すべての高邁な不撓な奮闘的な気魄が

(あらしのごとくつきだしてくる。ちびこうはなみだをたれた。「きみはな、びんぼうを)

あらしのごとく突出してくる。チビ公は涙をたれた。「きみはな、貧乏を

(きにしちゃいかんぞ」とやすばはいった。「びんぼうほどゆかいなことはないんだ」)

気にしちゃいかんぞ」と安場はいった。「貧乏ほど愉快なことはないんだ」

(かれはちびこうのかたわらにすわっていいつづけた。おれはびんぼうだから)

かれはチビ公のかたわらに座っていいつづけた。おれは貧乏だから

(しょもつがかえなかった。おれはざっしすらよんだことはなかった。するとせんせいは)

書物が買えなかった。おれは雑誌すら読んだことはなかった。すると先生は

(おれにほんをかしてくれた。せんせいのほんはにじゅうねんもさんじゅうねんもまえのほんだ、せんせいがおれに)

おれに本を貸してくれた。先生の本は二十年も三十年も前の本だ、先生がおれに

(かしてくれたほんはすみすのだいすうとすうぃんとんのばんこくしとしじつがんそれだけだ、)

貸してくれた本はスミスの代数とスウイントンの万国史と資治通鑑それだけだ、

(あんなほんはとうきょうのふるほんやにだってありやしない。だがしんかんのほんがかえないから、)

あんな本は東京の古本屋にだってありやしない。だが新刊の本が買えないから、

(ふるいほんでもそれをよむよりほかにしようがなかった、そこでおれはそれをよんだ)

古い本でもそれを読むよりほかにしようがなかった、そこでおれはそれを読んだ

(ともだちがあそびにきておれのつくえのうえをじろじろみるとき、おれははずかしくて)

友達が遊びにきておれの机の上をジロジロ見るとき、おれははずかしくて

(ほんをかくしたものだ、だじょうかんいんさつなんてほんがあるんだからな、じっさい)

本をかくしたものだ、太政官印刷なんて本があるんだからな、実際

(はずかしかったよ。おれはこんなじだいおくれのほんをよんでもやくにたつまいと)

はずかしかったよ。おれはこんな時代おくれの本を読んでも役に立つまいと

(おもった、だが、せんせいがかしてくれたほんだからよまないわけにゆかない、)

思った、だが、先生が貸してくれた本だから読まないわけにゆかない、

(それいがいにはほんがないんだからな、そこでおれはよんだ。さいしょは)

それ以外には本がないんだからな、そこでおれは読んだ。最初は

(むずかしくもありつまらないとおもったが、だんだんおもしろくなってきた、)

むずかしくもありつまらないと思ったが、だんだんおもしろくなってきた、

(いちにちいちにちとじぶんがふとっていくようなきがした。おれはにゅうがくしけんをうけるとき、)

一日一日と自分が肥っていくような気がした。おれは入学試験を受けるとき、

(ほんのとおかばかりせんせいがじゅんびふくしゅうをしてくれた。「こんなきゅうしきなのでも)

ほんの十日ばかり先生が準備復習をしてくれた。「こんな旧式なのでも

(いいのかしらん」とおれはおもった。「だいじょうぶだいけ」とせんせいがいった、)

いいのか知らん」とおれは思った。「だいじょうぶだいけ」と先生がいった、

(おれはいった、そうしてうまくにゅうがくした。「なあちびこう」)

おれはいった、そうしてうまく入学した。「なあチビ公」

(やすばはなにをおもったかめにいっぱいなみだをたたえた。「しけんのぜんじつ、せんせいはおれに)

安場はなにを思ったか目に一ぱい涙をたたえた。「試験の前日、先生はおれに

(こういった」「やすば、うでずもうをやろう」「ぼくですか」「うむ」)

こういった」「安場、腕ずもうをやろう」「ぼくですか」「うむ」

(せんせいはがちょうのようにくびがながく、ひょろひょろやせて、としがおいている。)

先生はがちょうのように首が長く、ひょろひょろやせて、年が老いている。

(おれはこのとおりちからがじまんだ、まかすのはしつれいだとおもったが、さりとてこいに)

おれはこのとおり力が自慢だ、負かすのは失礼だと思ったが、さりとて故意に

(まけるとへつらうことになる、ごかくぐらいにしておこうとおもった。)

負けるとへつらうことになる、互角ぐらいにしておこうと思った。

(「やりましょう」せんせいはながいひざをひらいてたたみにうつぶしになった。)

「やりましょう」先生は長いひざを開いて畳にうつぶしになった。

(さながらえいようふりょうのかわずのよう!「さあこい」「よしっ」おれもひじをたたみに)

さながら栄養不良のかわずのよう!「さあこい」「よしッ」おれもひじを畳に

(ついた、がっきとてとてをくんだ、おれはいいかげんにあしらうつもりであった、)

ついた、がっきと手と手を組んだ、おれはいい加減にあしらうつもりであった、

(せんせいのやせたながいうでがぶるぶるふるえた。「よわむし!なきむし!いもむし!)

先生の痩せた長い腕がぶるぶるふるえた。「弱虫! なき虫! いも虫!

(へっぴりむし!」とせんせいはいった。「せんせいこそよわむしです」「なにを!」)

へっぴり虫!」と先生はいった。「先生こそ弱虫です」「なにを!」

(「どっこい」おれはすこしずつちからをだしてふどうちょくりつのたいどをとるつもりであった。)

「どっこい」おれは少しずつ力をだして不動直立の態度をとるつもりであった。

(だがせんせいのおすちからがずっとひじにこたえる。「よわいやつだ、せいねんがそれで)

だが先生の押す力がずっとひじにこたえる。「弱いやつだ、青年がそれで

(どうする、こめのめしをくわせておくのはおしいものだ、やい、いもむし、なきむし、)

どうする、米の飯を食わせておくのはおしいものだ、やい、いも虫、なき虫、

(わらじむし!」あまりしつこくむしづくしをいうのでおれもちょっとしゃくにさわった。)

わらじ虫!」あまりしつこく虫づくしをいうのでおれもちょっと癪にさわった。

(「いいですか、ほんきをだしますぞ」「よしっ、むしけらのほんきはどんなものか、)

「いいですか、本気をだしますぞ」「よしッ、虫けらの本気はどんなものか、

(へっぴりむし!」「よしっ」おれはまんしんのちからをこめていっきにせんせいを)

へっぴり虫!」「よしッ」おれは満身の力をこめて一気に先生を

(おしたおそうとした、せんせいのうでがすこしかたむいた。「いいかな」)

押したおそうとした、先生の腕が少しかたむいた。「いいかな」

(せんせいはこういって、「うん」とひとつうなった、)

先生はこういって、「うん」と一つうなった、

(たよたよとしたほそいうではがきっとくんだままだいばんじゃく!)

たよたよとした細い腕はがきっと組んだまま大盤石!

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