目羅博士の不思議な犯罪 五 1 江戸川乱歩

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語り手の江戸川は、上野動物園で巧みに檻の中の猿をからかう「男」と出会う。「男」は江戸川に、猿の人真似の本能や、「模倣」の恐怖について語る。

動物園を出た後、上野の森の捨て石に腰をかけ、江戸川は「男」の経験談を聞くことにした。

一から五までで一つのお話です。

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問題文

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(「おおさかのひとがひっこしてきてから、みっかめのゆうがたのこと、はかせのじむしょをみはって)

「大阪の人が引越して来てから、三日目の夕方のこと、博士の事務所を見張って

(いたぼくは、かれがなにかひとめをしのぶようにして、おうしんのかばんももたず、とほでがいしゅつ)

いた僕は、彼が何か人目を忍ぶ様にして、往診の鞄も持たず、徒歩で外出

(するのをみのがしませんでした。むろんびこうしたのです。すると、はかせはいがいにも)

するのを見逃がしませんでした。無論尾行したのです。すると、博士は意外にも

(ちかくのだいびるでぃんぐのなかにある、ゆうめいなようふくてんにはいって、たくさんのきせいひんの)

近くの大ビルディングの中にある、有名な洋服店に入って、沢山の既製品の

(なかから、いっちゃくのせびろふくをえらんでかいもとめ、そのままじむしょへひきかえしました。)

中から、一着の背広服を選んで買求め、そのまま事務所へ引返しました。

(いくらはやらぬいしゃだからといって、はかせじしんがれでぃめーどをきるはずは)

いくらはやらぬ医者だからといって、博士自身がレディメードを着る筈は

(ありません。といって、しょせいにきせるふくなれば、なにもしゅじんのはかせが、ひとめを)

ありません。といって、書生に着せる服なれば、何も主人の博士が、人目を

(しのんでかいにいくことはないのです。こいつはへんだぞ。いったいあのようふくをなににつかう)

忍んで買いに行くことはないのです。こいつは変だぞ。一体あの洋服を何に使う

(のだろう。ぼくははかせのきえたじむしょのいりぐちを、うらめしそうにみまもりながら、)

のだろう。僕は博士の消えた事務所の入口を、うらめしそうに見守りながら、

(しばらくたたずんでいましたが、ふときがついたのは、さっきおはなしした、うらのへいにのぼって)

暫く佇んでいましたが、ふと気がついたのは、さっきお話した、裏の塀に昇って

(はかせのししつをすきみすることです。ひょっとしたら、あのへやで、なにかして)

博士の私室を隙見することです。ひょっとしたら、あの部屋で、何かして

(いるのがみられるかもしれない。とおもうと、ぼくはもう、じむしょのうらがわへ)

いるのが見られるかも知れない。と思うと、僕はもう、事務所の裏側へ

(かけだしていました。 へいにのぼって、そっとのぞいてみると、やっぱりはかせは)

駈け出していました。  塀にのぼって、そっと覗いて見ると、やっぱり博士は

(そのへやにいたのです。しかも、じつにいようなことをやっているのが、ありありと)

その部屋にいたのです。しかも、実に異様な事をやっているのが、ありありと

(みえたのです。 きいろいかおのおいしゃさんが、そこで、なにをしていたとおもいます)

見えたのです。  黄色い顔のお医者さんが、そこで、何をしていたと思います

(ろうにんぎょうにね、ほらさっきおはなししたとうしんだいのろうにんぎょうですよ。あれに、いまかってきた)

蝋人形にね、ホラさっきお話した等身大の蝋人形ですよ。あれに、今買って来た

(ようふくをきせていたのです。それをなんびゃくというがらすのめだまが、じっとみつめて)

洋服を着せていたのです。それを何百というガラスの目玉が、じっと見つめて

(いたのです。 たんていしょうせつかのあなたには、ここまでいえば、なにもかもおわかりに)

いたのです。  探偵小説家のあなたには、ここまで云えば、何もかもお分りに

(なったことでしょうね。ぼくもそのとき、はっときがついたのです。そして、)

なったことでしょうね。僕もその時、ハッと気がついたのです。そして、

(そのろういがくしゃのあまりにもきかいなちゃくそうに、きょうたんしてしまったのです。 ろうにんぎょうに)

その老医学者の余りにも奇怪な着想に、驚嘆してしまったのです。  蝋人形に

など

(きせられたきせいようふくは、なんと、あなた、いろあわせからしまがらまで、れいのまのへやの)

着せられた既製洋服は、なんと、あなた、色合から縞柄まで、例の魔の部屋の

(あたらしいかりてのようふくと、すんぶんちがわなかったではありませんか。はかせはそれを、)

新しい借手の洋服と、寸分違わなかったではありませんか。博士はそれを、

(たくさんのきせいひんのなかからさがしだして、かってきたのです。 もうぐずぐずしては)

沢山の既製品の中から探し出して、買って来たのです。  もうぐずぐずしては

(いられません。ちょうどつきよのじぶんでしたから、こんやにも、あのおそろしいちんじがおこる)

いられません。丁度月夜の時分でしたから、今夜にも、あの恐ろしい椿事が起る

(かもしれません。なんとかしなければ、なんとかしなければ。ぼくはじだんだをふむ)

かも知れません。何とかしなければ、何とかしなければ。僕は地だんだを踏む

(ようにして、あたまのなかをさがしまわりました。そして、はっと、われながらおどろくほどの、)

様にして、頭の中を探し廻りました。そして、ハッと、我ながら驚く程の、

(すばらしいしゅだんをおもいついたのです。あなたもきっと、それをおはなししたら、)

すばらしい手段を思いついたのです。あなたもきっと、それをお話ししたら、

(てをうってかんしんしてくださるでしょうとおもいます。 ぼくはすっかりじゅんびを)

手を打って感心して下さるでしょうと思います。  僕はすっかり準備を

(ととのえてよるになるのをまち、おおきなふろしきづつみをかかえて、まのへやへとあがって)

ととのえて夜になるのを待ち、大きな風呂敷包みを抱えて、魔の部屋へと上って

(いきました。しんらいのかりては、ゆうがたにはじたくへかえってしまうので、どあにかぎが)

行きました。新来の借手は、夕方には自宅へ帰ってしまうので、ドアに鍵が

(かかっていましたが、よういのあいかぎでそれをあけて、へやにはいり、つくえによって、)

かかっていましたが、用意の合鍵でそれを開けて、部屋に入り、机によって、

(よるのしごとにとりかかるふうをよそおいました。れいのあおいかさのたくじょうでんとうが、そのへやの)

夜の仕事に取りかかる風を装いました。例の青い傘の卓上電燈が、その部屋の

(かりてになりすましたわたしのすがたをてらしています。ふくは、そのひとのものとよくにた)

借手になりすました私の姿を照らしています。服は、その人のものとよく似た

(しまがらのを、どうりょうのひとりがもっていましたので、ぼくはそれをかりてきこんで)

縞柄のを、同僚の一人が持っていましたので、僕はそれを借りて着込んで

(いたのです。かみのわけかたなども、そのひとにみえるようにちゅういしたことはいうまでも)

いたのです。髪の分け方なども、その人に見える様に注意したことは云うまでも

(ありません。そして、れいのまどにせなかをむけてじっとしていました。)

ありません。そして、例の窓に背中を向けてじっとしていました。

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