野菊の墓 伊藤左千夫 ⑰

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政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描く。夏目漱石が絶賛。

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問題文

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(「まさおさん、たみこのことについては、わたしどもいちどうまことにもうしわけがなく、)

「政夫さん、民子の事については、私共一同誠に申訣がなく、

(あなたにあわせるかおはないのです。)

あなたに合せる顔はないのです。

(あなたにいろいろごむねんなところもありましょうけれど、)

あなたに色々御無念な処もありましょうけれど、

(どうぞまさおさん、すぎさったこととあきらめて、ごかんべんをねがいます。)

どうぞ政夫さん、過ぎ去った事と諦めて、御勘弁を願います。

(あなたにおわびをするのがなによりたみこのくようになるのです」)

あなたにお詫びをするのが何より民子の供養になるのです」

(ぼくはただもうむねいっぱいでなにもいうことができない。おばあさんははなしをつづける。)

僕はただもう胸一ぱいで何も言うことが出来ない。お祖母さんは話を続ける。

(「じつはともうすと、あなたのおかあさんはじめ、わたしまたたみこのりょうしんとも、)

「実はと申すと、あなたのお母さん始め、私また民子の両親とも、

(あなたとたみこがそれほどふかいなかであったとはしらなかったもんですから」)

あなたと民子がそれほど深いなかであったとは知らなかったもんですから」

(ぼくはここでひとこといいだす。)

僕はここで一言いいだす。

(「たみさんとわたしとふかいなかとおっしゃっても、)

「民さんと私と深いなかとおっしゃっても、

(たみさんとわたしとはどうもしやしません」)

民さんと私とはどうもしやしません」

(「いいえ、あなたとたみこがどうしたともうすのではないのです。)

「いイえ、あなたと民子がどうしたと申すではないのです。

(もとからあなたとたみこはひじょうななかよしでしたから、それがわからなかったんです。)

もとからあなたと民子は非常な仲好しでしたから、それが判らなかったんです。

(それにたみこはあのとおりのうちきなこでしたから、)

それに民子はあの通りの内気な児でしたから、

(あなたのことはひとこともくちにださない。)

あなたの事は一言も口に出さない。

(それはまるきりしらなかったとはもうされません。)

それはまるきり知らなかったとは申されません。

(それですからおわびをもうすようなわけ・・・」)

それですからお詫びを申す様な訣・・・」

(ぼくはみなさんにそんなにおわびをいわれるわけはないという。)

僕は皆さんにそんなにお詫びを云われる訣はないという。

(たみこのおとうさんはおわびをいわしてくれという。)

民子のお父さんはお詫びを言わしてくれという。

(「そりゃまさおさんのいうのはごもっともです、わたしどもがかってなことをして、)

「そりゃ政夫さんのいうのは御もっともです、私共が勝手なことをして、

など

(かってなことをおまえさんにいうというものですが、)

勝手なことをお前さんに言うというものですが、

(まさおさんきいてください、りくつのうえのことではないのです。)

政夫さん聞いて下さい、理窟の上のことではないです。

(おとこおやのくちからこんなことをいうもいかがですが、)

男親の口からこんなことをいうも如何がですが、

(たみこはいのちにかえられないおもいをすててりょうしんのきぼうにしたがったのです。)

民子は命に替えられない思いを捨てて両親の希望に従ったのです。

(おやのいいつけでそむかれないとおもうても、)

親のいいつけで背かれないと思うても、

(どうりでかんじょうをおさえるはむりなところもありましょう。)

道理で感情を抑えるは無理な処もありましょう。

(たみこのしはまったくそれゆえですから、)

民子の死は全くそれ故ですから、

(おやのみになってみると、どうもざんねんでありまして、)

親の身になって見ると、どうも残念でありまして、

(どうもしやしませんとまさおさんがいうとおり、)

どうもしやしませんと政夫さんが言う通り、

(おまえさんたちふたりになんのつみもないだけ、)

お前さんたち二人に何の罪もないだけ、

(おやのめからはふびんがいっそうでな。)

親の目からは不憫が一層でな。

(あのとおりおとなしかったたみこは、)

あの通りおとなしかった民子は、

(じぶんのしぬのはこころがらとあきらめてか、)

自分の死ぬのは心柄とあきらめてか、

(ついぞひとたびふそくらしいふうもみせなかったです。)

ついぞ一度不足らしい風も見せなかったです。

(それやこれやをおもいますとな、)

それやこれやを思いますとな、

(どうかんがえてもちとおやがむじひであったようで・・・。)

どう考えてもちと親が無慈悲であった様で・・・。

(まさおさん、さっしてください。)

政夫さん、察して下さい。

(みるとおりうちじゅうがもう、かなしみのやみにとざされているのです。)

見る通り家中がもう、悲しみの闇にとざされて居るのです。

(おろかなことでしょうがこのばあいおまえさんに)

愚かなことでしょうがこの場合お前さんに

(たみこのはなしをきいてもらうのがなによりのいしゃにおもわれますから、)

民子の話を聞いて貰うのが何よりの慰藉に思われますから、

(としがいもないこともうすようだが、どうぞきいてください」)

年がいもないこと申す様だが、どうぞ聞いて下さい」

(おばあさんがまたはなしをつづける。)

お祖母さんがまた話を続ける。

(けっこんのはなしからいよいよむずかしくなったまでのはなしはあによめがうちでのはなしとおなじで、)

結婚の話からいよいよむずかしくなったまでの話は嫂が家での話と同じで、

(いまはというひのはなしはこうであった。)

今はという日の話はこうであった。

(「ろくがつじゅうしちにちのごごにいしゃがきて、もういちにちふつかのところだから、)

「六月十七日の午後に医者がきて、もう一日二日の処だから、

(しんるいなどにしらせるならばきょうじゅうにもしらせるがよいといいますから、)

親類などに知らせるならば今日中にも知らせるがよいと言いますから、

(それではとてとりあえずあなたのおかあさんにつげると)

それではとて取敢えずあなたのお母さんに告げると

(じゅうはちにちのあさとんできました。)

十八日の朝飛んできました。

(そのひはたみこはかおいろがよく、はっきりとはなしもいたしました。)

その日は民子は顔色がよく、はっきりと話も致しました。

(あなたのおっかさんがきまして、たみや、けっしてきをよわくしてはならないよ、)

あなたのおっかさんがきまして、民や、決して気を弱くしてはならないよ、

(どうしてもいまいちどなおるきになっておくれよ、たみや・・・)

どうしても今一度なおる気になっておくれよ、民や・・・

(たみこはにっこりえがおさえみせて、)

民子はにっこり笑顔さえ見せて、

(やぎりのおかあさん、いろいろありがとうございます。)

矢切のお母さん、いろいろ有難う御座います。

(ながながかわいがっていただいたごおんはしんでもわすれません。)

長長可愛がって頂いた御恩は死んでも忘れません。

(わたしも、もうながいことはありますまい・・・。)

私も、もう長いことはありますまい・・・。

(たみや、そんなきのよわいことをおもってはいけない。)

民や、そんな気の弱いことを思ってはいけない。

(けっしてそんなことはないから、しっかりしなくてはいけないと、)

決してそんなことはないから、しっかりしなくてはいけないと、

(あなたのおかあさんがいいましたら、たみこはしばらくたって、)

あなたのお母さんが云いましたら、民子はしばらくたって、

(やぎりのおかあさん、わたしはしぬがほんもうであります、)

矢切のお母さん、私は死ぬが本望であります、

(しねばそれでよいのです・・・)

死ねばそれでよいのです・・・

(といいましてからなおくちのなかでなにかいったようで、)

といいましてからなお口のなかで何か言った様で、

(なんでも、まさおさん、あなたのことをいったにちがいないですが、)

何でも、政夫さん、あなたの事を言ったに違いないですが、

(よくききとれませんでした。)

よく聞きとれませんでした。

(それきりくちはきかないで、そのよるのあけがたにいきをひきとりました・・・。)

それきり口はきかないで、その夜の明方に息を引取りました・・・。

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