野菊の墓 伊藤左千夫 ⑱(終)

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政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描く。夏目漱石が絶賛。

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問題文

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(それからまさおさん、こういうわけです・・・よがあけてから、)

それから政夫さん、こういう訣です・・・夜が明けてから、

(まくらをなおさせますとき、あれのははがみつけました、)

枕を直させます時、あれの母が見つけました、

(たみこはひだりのてにもみのきれにつつんだちいさなものをにぎって)

民子は左の手にもみの切れに包んだ小さな物を握って

(そのてをむねへのせているのです。)

その手を胸へ乗せているのです。

(それでうちじゅうのひとがみなあつまって、それをどうしようかとそうだんしましたが、)

それで家中の人が皆集って、それをどうしようかと相談しましたが、

(かわいそうなようなきもちもするけれど、みずにおくのもきにかかる、)

可哀相なような気持もするけれど、見ずに置くのも気にかかる、

(とにかくひらいてみるがよいと、あれのちちがいいだしまして、)

とにかく開いて見るがよいと、あれの父が言い出しまして、

(みなのいるなかであけました。)

皆の居る中であけました。

(それがまささん、あなたのしゃしんとあなたのおてがみでありまして・・・」)

それが政さん、あなたの写真とあなたのお手紙でありまして・・・」

(おばあさんが、なきだして、そこにいたひとみななみだをふいている。)

お祖母さんが、泣き出して、そこにいた人皆涙を拭いている。

(ぼくはいっしんにたたみをみつめていた。やがておばあさんがようようはなしをつぐ。)

僕は一心に畳を見つめていた。やがてお祖母さんがようよう話を次ぐ。

(「そのおてがみをおとみがよみましたから、)

「そのお手紙をお富が読みましたから、

(だれもかれもいちどにこえをたってなきました。)

誰も彼も一度に声を立って泣きました。

(あれのちちはおとこながらおおごえしてなくのです。)

あれの父は男ながら大声して泣くのです。

(あなたのおかあさんは、きがふれはしないかとおもうほど、くどいてなく。)

あなたのお母さんは、気がふれはしないかと思うほど、口説いて泣く。

(おまえたちふたりがこれほどのかたらいとはしらずに、)

お前達二人がこれほどの語らいとは知らずに、

(むりむたいにすすめてよめにやったはわるかった。)

無理無体に勧めて嫁にやったは悪かった。

(ああわるいことをした、ふびんだった。)

あア悪いことをした、不憫だった。

(たみや、かんにんして、わたしはわるかったからかんにんしてくれ。)

民や、堪忍して、私は悪かったから堪忍してくれ。

(にわかのさわぎですから、きんりんのひとたちが、)

俄の騒ぎですから、近隣の人達が、

など

(どうしましたといってたずねにきたくらいでありました。)

どうしましたと云って尋ねにきた位でありました。

(それであなたのおかあさんはどうしてもなきやまないです。)

それであなたのお母さんはどうしても泣き止まないです。

(からだにさわってはとおもいましてそうしきがすむとくるまでおおくりもうしたしだいです。)

体にさわってはと思いまして葬式が済むと車で御送り申した次第です。

(みをあきらめたたみこのこころもちが、こうわかってみると、)

身を諦めた民子の心持が、こう判って見ると、

(だれもかれもおなじことでいまさらのように)

誰も彼も同じことで今更の様に

(むりによめにやったことがこうかいされ、たまらないですよ。)

無理に嫁にやった事が後悔され、たまらないですよ。

(かんがえればかんがえるほどあのこがかわいそうでかわいそうで)

考えれば考えるほどあの児が可哀相で可哀相で

(いてもたってもいられない・・・)

居てもたっても居られない・・・

(せめてあなたにきていただいて、みながわるかったことをじゅうぶんあなたにおわびをし、)

せめてあなたに来て頂いて、皆が悪かったことを十分あなたにお詫びをし、

(またあれのはかにもこうげをあなたのてからたむけていただいたら、)

またあれの墓にも香花をあなたの手から手向けて頂いたら、

(すこしはうちじゅうのこころもちもやすまるかとおもいまして・・・)

少しは家中の心持も休まるかと思いまして・・・

(きょうのことをなんぼうまちましたろ。)

今日のことをなんぼう待ちましたろ。

(まさおさん、どうぞききわけてください。)

政夫さん、どうぞ聞き分けて下さい。

(ねいたみこはあなたにはそむいてはいません。)

ねイ民子はあなたにはそむいては居ません。

(どうぞふびんとおもうてやってください・・・」)

どうぞ不憫と思うてやって下さい・・・」

(いちごいっくみななみだで、ぼくもいっときなきふしてしまった。)

一語一句皆涙で、僕も一時泣きふしてしまった。

(たみこはしぬのがほんもうだといったか、そういったか・・・)

民子は死ぬのが本望だと云ったか、そういったか・・・

(いえのははがあんなにみをせめてなかれるのも、そのはずであった。)

家の母があんなに身を責めて泣かれるのも、その筈であった。

(ぼくは、「おばあさん、よくわかりました。)

僕は、「お祖母さん、よく判りました。

(わたしはたみさんのこころもちはよくしっています。)

私は民さんの心持はよく知っています。

(きょねんのはる、たみさんがよめにゆかれたときいたときでさえ、)

去年の春、民さんが嫁にゆかれたと聞いた時でさえ、

(わたしはたみさんをけほどもうたがわなかったですもの。)

私は民さんを毛ほども疑わなかったですもの。

(どのようなことがあろうとも、わたしがたみさんをおもうこころもちはかわりません。)

どの様なことがあろうとも、私が民さんを思う心持は変りません。

(うちのははなどもただそればかりいってなげいていますが、)

家の母などもただそればかり言って嘆いて居ますが、

(それもみなわるぎがあってのわざでないのですから、)

それも皆悪気があっての業でないのですから、

(わたしはもちろんたみさんだってけっしてうらみにおもやしません。)

私は勿論民さんだって決して恨みに思やしません。

(なにもかもさだまったえんとあきらめます。わたしはとうぶんまいにちおはかへまいります・・・」)

何もかも定まった縁と諦めます。私は当分毎日お墓へ参ります・・・」

(はなしてはなきないてははなし、いちごいちごいくらないてもはてしがない。)

話しては泣き泣いては話し、一語一語いくら泣いても果てしがない。

(ぼくはははのこともきにかかるので、もうおひるだというじぶんにとむらのうちをじした。)

僕は母のことも気にかかるので、もうお昼だという時分に戸村の家を辞した。

(とむらのおかあさんは、たみこのはかのまえでぼくのそぶりがあまりいたわしかったから、)

戸村のお母さんは、民子の墓の前で僕の素振りが余り痛わしかったから、

(とちゅうがしんぱいになるとて、じぶんでやぎりにいりぐちまでおくってきてくれた。)

途中が心配になるとて、自分で矢切の入口まで送ってきてくれた。

(たみこのあわれなことはいくらおもうてもおもいきれない。)

民子のあわれなことはいくら思うても思いきれない。

(いくらないてもなききれない。)

いくら泣いても泣ききれない。

(しかしながらまためのまえのははが、かいごのねんにせめられ、)

しかしながらまた目の前の母が、悔悟の念に攻められ、

(みずからたいざいをおかしたとしんじてなげいているあわれさをみると、)

自ら大罪を犯したと信じて嘆いているあわれさを見ると、

(ぼくはどうしてもいまはたみこをないてはいられない。)

僕はどうしても今は民子を泣いては居られない。

(ぼくがめそめそしておったでは、ははのくるしみはますばかりときがついた。)

僕がめそめそして居ったでは、母の苦しみは増すばかりと気がついた。

(それからいっしんにじぶんでじぶんをはげまし、)

それから一心に自分で自分を励まし、

(げんきをよそおうてひたすらははをなぐさめるくふうをした。)

元気をよそおうてひたすら母を慰める工夫をした。

(それでもこころにないことはしかたのないもの、)

それでも心にない事は仕方のないもの、

(はははいつしかそれときがついてるようす、)

母はいつしかそれと気がついてる様子、

(そうなってはぼくがうちにいないよりほかはない。)

そうなっては僕が家に居ないより外はない。

(まいにちなのかのあいだいちかわへかよって、たみこのはかのしゅういにはのぎくがいちめんにうえられた。)

毎日七日の間市川へ通って、民子の墓の周囲には野菊が一面に植えられた。

(そのあくるひにぼくはじゅうぶんははのこころのやすまるように)

そのあくる日に僕は十分母のこころの休まる様に

(じぶんのこころもちをはなして、けつぜんがっこうへでた。)

自分の心持を話して、決然学校へ出た。

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