ああ玉杯に花うけて 第八部 3

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大正時代の少年向け小説!
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(「おやっ」おれはあたまをたたみにすりつけ、ひだりのてのひらでたたみをしっかとおさえ)

「おやッ」おれは頭を畳にすりつけ、左の掌で畳をしっかとおさえ

(かたさきにちからをあつめておしだした。「むしがあばれるあばれる」とせんせいはげらげら)

肩先に力をあつめて押しだした。「虫があばれるあばれる」と先生はげらげら

(わらった。おれはどうもふしぎでたまらない。まけるはずがないのだ。)

わらった。おれはどうもふしぎでたまらない。負けるはずがないのだ。

(「いいかな」せんせいはこういっておれのこぶしをひたおしにたおしてしまった。)

「いいかな」先生はこういっておれのこぶしをひた押しに倒してしまった。

(おれはあせをびっしょりかいて、ふうふういきをはずませた。「どうだ」)

おれは汗をびっしょりかいて、ふうふう息をはずませた。「どうだ」

(くびをかしげてふしぎがってるおれのかおをみてせんせいはわらった。「ふしぎですな」)

首を傾げてふしぎがってるおれの顔を見て先生はわらった。「ふしぎですな」

(「おまえはばかだ」「なんといわれてもしようがありません」)

「おまえはばかだ」「なんといわれてもしようがありません」

(「いよいよじゃくちゅうかな」「じゃくちゅうとはなんですか」)

「いよいよジャクチュウかな」「ジャクチュウとはなんですか」

(「よわむしだ、はっはっはっ」「せんせいはどうしてつよいんですか」「わしが)

「弱虫だ、はッはッはッ」「先生はどうして強いんですか」「わしが

(つよいんでない、おまえがじゃくちゅうなんだ」「ぼくはそんなによわいはずが)

強いんでない、おまえがジャクチュウなんだ」「ぼくはそんなに弱いはずが

(ないのです」「おまえはどこにちからをいれてるか」「ひじです」)

ないのです」「おまえはどこに力を入れてるか」「ひじです」

(「うでをだしてみい」せんせいのひょろひょろしたあおざめたうでとおれのはちぎれそうに)

「腕をだしてみい」先生のひょろひょろした青ざめた腕とおれのハチ切れそうに

(ふとったまるいあかいうでがならんだ。「ひじとひじのちからならわたしのほうがとてもかなわない)

肥った円い赤い腕が並んだ。「ひじとひじの力なら私の方がとてもかなわない

(はずじゃないか」とせんせいがいった。「じゃせんせいは?」せんせいはにっこりわらって、)

はずじゃないか」と先生がいった。「じゃ先生は?」先生はにっこり笑って、

(せんせいはにっこりわらって、むねのしたをゆびさした。「うむ、ちからはすべてはらから)

先生はにっこり笑って、胸の下を指さした。「うむ、力はすべて腹から

(でるものだ、せいようじんのちからはこてさきからでる、とうようじんのちからははらからでる、)

出るものだ、西洋人の力は小手先からでる、東洋人の力は腹からでる、

(にちろせんそうにかつゆえんだ」「うむ」「がくもんもはらだ、じんせいにしょするみちもはらだ、)

日露戦争に勝つゆえんだ」「うむ」「学問も腹だ、人生に処する道も腹だ、

(きがぎゃくじょうするとちからがぎゃくじょうしてうきたつ、だからよわくなる、はらをしっかりと)

気が逆上すると力が逆上して浮きたつ、だから弱くなる、腹をしっかりと

(おちつけるときがせいかたんでんにおさまるからせいしんそうかい、ちからがぜんしんてきになる、)

おちつけると気が臍下丹田に収まるから精神爽快、力が全身的になる、

(ちゅうしんがはらにできる、いいかおまえはへそをなんとおもうか」「よけいなものだと)

中心が腹にできる、いいかおまえはへそをなんと思うか」「よけいなものだと

など

(おもいます」「それだからいかん、にんげんのからだのうちでいちばんたいせつなものは)

思います」「それだからいかん、人間の身体のうちで一番大切なものは

(へそだよ」「しかしなんのやくにもたちません」「そうじゃない、いまのやつらは)

へそだよ」「しかしなんの役にも立ちません」「そうじゃない、いまのやつらは

(へそをけいべつするからみなけいちょうふはくなのだ、へそはちからのちゅうしんてんだ、にんげんはすべての)

へそを軽蔑するからみな軽佻浮薄なのだ、へそは力の中心点だ、人間はすべての

(ちからをへそにしゅうちゅうすれば、どっしりとおちついていぶもくっするあたわずふうきも)

力をへそに集注すれば、どっしりとおちついて威武も屈するあたわず富貴も

(いんするあたわず、ちんき、ごうゆう、れいせい、めいちになるのだ、もうしのいわゆるこうぜんのきは)

いんするあたわず、沈毅、剛勇、冷静、明智になるのだ、孟子の所謂浩然の気は

(へそをさんびしたことばだ、へそだ、へそだ、へそだ、おまえはしけんじょうであたまが)

へそを讃美した言葉だ、へそだ、へそだ、へそだ、おまえは試験場で頭が

(ぐらぐらしたらふところからてをいれてしずかにへそをなでろ」)

ぐらぐらしたらふところから手を入れてしずかにへそをなでろ」

(おれはしけんじょうでへそをなでなかったが、なんもんだいにぶつかったときに)

おれは試験場でへそをなでなかったが、難問題にぶつかったときに

(せんせいのこのことばをおもいだした、そうして、「へそだ、へそだ、へそだ」と)

先生のこの言葉を思いだした、そうして、「へそだ、へそだ、へそだ」と

(くちのなかでいった、ときゅうにおかしくなってふしぎにきがしずまる、かっとあたまに)

口の中でいった、と急におかしくなってふしぎに気がしずまる、かっと頭に

(のぼせたねつがずんとさがってかふくにちからがみちてくる。)

のぼせた熱がずんとさがって下腹に力がみちてくる。

(きゅうしきのほん、それをよんだことはいわゆるしけんじゅんびのためにいんさつされたほんよりも)

旧式の本、それを読んだことはいわゆる試験準備のために印刷された本よりも

(はるかにゆうこうであった。どんなほんでも、くわしくくわしくいくどもいくども)

はるかに有効であった。どんな本でも、くわしくくわしくいくどもいくども

(よんでけんきゅうすればすべてのがくもんにおうようすることができる、かずおおくのほんを、)

読んで研究すればすべての学問に応用することができる、数多くの本を、

(いろいろざっとみながすよりたったいっさつのほんをせいどくするほうがいい。)

いろいろざっと見流すよりたった一冊の本を精読する方がいい。

(おれがじゅけんからかえってくるとせんせいはぼくをまちかねている、おれはしけんのもんだいと)

おれが受験から帰ってくると先生はぼくを待ちかねている、おれは試験の問題と

(おれのかいたとうあんをかたる、せんせいはそれについていちいちひひょうしてくれた、)

おれの書いた答案を語る、先生はそれについていちいち批評してくれた、

(そうしておれににわとりのすきやきをごちそうしてくれる。「うんと)

そうしておれににわとりのすき焼きをご馳走してくれる。「うんと

(じようぶつをくわんといかんぞ」こうせんせいがいう、なのかのあいだにせんせいがたいせつに)

滋養物を食わんといかんぞ」こう先生がいう、七日のあいだに先生が大切に

(かっていたさんばのにわとりがみんななくなった。「おれはせんせいのおんはわすれない)

飼っていた三羽のにわとりがみんななくなった。「おれは先生の恩はわすれない

(もしせんせいのようなひとがこのよにじゅうにんもあったら、すべてのせいねんはどんなに)

もし先生のような人がこの世に十人もあったら、すべての青年はどんなに

(こうふくだろう、まちのやつは・・・・・・しはんがっこうやちゅうがっこうのやつらはせんせいのきょうじゅほうを)

幸福だろう、町のやつは……師範学校や中学校のやつらは先生の教授法を

(きゅうしきだという、きゅうしきかもしらんがせんせいはおれのようなつまらないにんげんでも)

旧式だという、旧式かも知らんが先生はおれのようなつまらない人間でも

(はげましたりうったりしていちにんまえにしたててくれるからね」やすばはこういって)

はげましたり打ったりして一人前にしたててくれるからね」安場はこういって

(くちをつぐんだ、かれはたえきれなくなってなきだした。「なああおき、おまえも)

口をつぐんだ、かれはたえきれなくなってなき出した。「なあ青木、おまえも

(せきにんがあるぞ、せんせいがおまえをかわいがってくれる、せんせいにたいしてもおまえは)

責任があるぞ、先生がおまえをかわいがってくれる、先生に対してもおまえは

(ふんぱつしろよ」「やるとも」せんぞうもむりょうのかんがいにうたれていった。)

奮発しろよ」「やるとも」千三も無量の感慨に打たれていった。

(さあかえろう」ゆうやみがせまるむさしののかれあしのなかをふたりはかえる。)

さあ帰ろう」夕闇がせまる武蔵野のかれあしの中をふたりは帰る。

(はなさきはなはうつろいて、つゆおきつゆのひるがごと、せいそううつりひとはさり、)

花さき花はうつろいて、露おき露のひるがごと、星霜移り人は去り、

(かじとるかこはかわるとも、わがのるふねはとこしえに、りそうのじちにすすむなり。)

舵とる舵手はかわるとも、わが乗る船はとこしえに、理想の自治に進むなり。

(ひはとっぷりとくれた、やすばははたとうたをやめてふりかえった。「なあおいあおき)

日はとっぷりと暮れた、安場ははたと歌をやめてふりかえった。「なあおい青木

(いっしょにすすもうな」「うむ」たがいのかおがみえなかった。「おれもはやくそのうたを)

一緒に進もうな」「うむ」たがいの顔が見えなかった。「おれも早くその歌を

(うたいたいな」とちびこうはいった、やすばはこたえなかった、ざわざわとかれくさが)

うたいたいな」とチビ公はいった、安場は答えなかった、ざわざわと枯れ草が

(かぜになった。「おれのうたよりもなああおき」とやすばはいった。「おまえの)

風に鳴った。「おれの歌よりもなあ青木」と安場はいった。「おまえの

(らっぱのほうがとうといぞ」「そうかなあ」「しんぐんのらっぱだ」「うむ」)

らっぱの方が尊いぞ」「そうかなあ」「進軍のらっぱだ」「うむ」

(「いさましいらっぱだ、ふけっおおいにふけ、ふいてふいてふきまくれ」)

「いさましいらっぱだ、ふけッ大いにふけ、ふいてふいてふきまくれ」

(ひゅうひゅうかぜがふくのでこえがちってしまった。)

ひゅうひゅう風がふくので声が散ってしまった。

(こうふくのかみはいつまでもあおきいっかにしぶいかおをみせなかった、おじさんとちびこうの)

幸福の神はいつまでも青木一家にしぶい顔を見せなかった、伯父さんとチビ公の

(べんきょうによっていっかはしだいにかいふくした。ちびこうのはははびょうきがなおってから)

勉強によって一家は次第に回復した。チビ公の母は病気がなおってから

(みせのすみにわずかばかりのざっこくをならべた、もくもくせんせいはまっさきになって)

店のすみにわずかばかりの雑穀を並べた、黙々先生はまっさきになって

(ちじんほうゆうをかんゆうしたので、ざっこくはみるみるうれだした。せいばんおやこがこのちを)

知人朋友を勧誘したので、雑穀は見る見る売れだした。生蕃親子がこの地を

(さってからもはやちびこうをはくがいするものはない、みせはますますはんじょうし、たいした)

去ってからもはやチビ公を迫害するものはない、店はますます繁昌し、大した

(しゅうにゅうがなくともふじゆうなくくらせるようになった。やすばはにちようごとにうらわへ)

収入がなくとも不自由なく暮らせるようになった。安場は日曜ごとに浦和へ

(きた、そうしてせんぞうにきゃっちぼーるをおしえたりした、がんらいもくもくじゅくに)

きた、そうして千三にキャッチボールを教えたりした、元来黙々塾に

(つうがくするものはすべてびんぼうにんのこで、でっち、こぞう、こうじょうがよいのむすこ、なかには)

通学するものはすべて貧乏人の子で、でっち、小僧、工場通いの息子、中には

(だいくやさかんのうちでしもあった。かれらはみんななかよしであった、はいからなせいふく)

大工や左官の内弟子もあった。かれらはみんな仲よしであった、ハイカラな制服

(せいぼうをきることができぬので、たいていわふくにはかまをはいていた。)

制帽を着ることができぬので、大抵和服にはかまをはいていた。

(ちびこうはにちようごとにはあさからばんまであそぶことができるようになった、じゅくのせいとは)

チビ公は日曜ごとには朝から晩まで遊ぶことができるようになった、塾の生徒は

(しはんがっこうやちゅうがくのせいとのようにひようにあかしてえんそくしたりかつどうをみにゆくことが)

師範学校や中学の生徒のように費用に飽かして遠足したり活動を見にゆくことが

(できないのでいつもじゅくのまえのひろばでらんにんぐ、たかとびなどをしてあそんでいた。)

できないのでいつも塾の前の広場でランニング、高跳びなどをして遊んでいた。

(それがやすばがきてからきゃっちぼーるがはやりだした、やすばはとうきょうのともだちから)

それが安場がきてからキャッチボールがはやりだした、安場は東京の友達から

(りっぱなみっとをもらってきてくれた、ちびこうはこういちのところへぐろーぶのふるい)

りっぱなミットをもらってきてくれた、チビ公は光一のところへグローブの古い

(やつをもらいにいった。「あるよ、いくらでもあるよ」こういちは)

やつをもらいにいった。「あるよ、いくらでもあるよ」光一は

(ふるいぐろーぶふたつとあたらしいぐろーぶひとつとをだしてくれた。「こんなにもらって)

古いグローブ二つと新しいグローブ一つとをだしてくれた。「こんなにもらって

(いいんですか」とせんぞうはいった。「ぼくはかってもらうからいいよ」と)

いいんですか」と千三はいった。「ぼくは買ってもらうからいいよ」と

(こういちはいった。「これはあたらしいんですね」「しんぱいするなよ」)

光一はいった。「これは新しいんですね」「心配するなよ」

(ぐろーぶみっつにぼーるふたつ、それをもらってせんぞうがじゅくへいったときいちどうは)

グローブ三つにボール二つ、それをもらって千三が塾へいったとき一同は

(ばんざいをとなえた、べんきょうはできなくともびんぼうにんのこは)

万歳を唱えた、勉強はできなくとも貧乏人の子は

(すぽーつがうまい、いちどうはだんだんじょうたつした。)

スポーツがうまい、一同はだんだん上達した。

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