ああ玉杯に花うけて 第八部 4

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大正時代の少年向け小説!
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問題文

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(あるときせんぞうがとうふをうりまわってるとみちでこういちにあった。)

あるとき千三が豆腐を売りまわってると道で光一にあった。

(「おいぼーるがうまくなったそうだね」こういちはれいのごとくじょうひんなめに)

「おいボールがうまくなったそうだね」光一は例のごとく上品な目に

(えみをたたえていった。「すこしうまくなりました」こういちはみょうにしずんだかおをして)

笑みをたたえていった。「少しうまくなりました」光一は妙にしずんだ顔をして

(せんぞうのめをみつめた。「きみ、たのむからね、ぼくにむかってていねいなことばを)

千三の目を見つめた。「きみ、たのむからね、ぼくに向かってていねいな言葉を

(つかってくれるなよ、ね、きみはとうふやのこ、ぼくはざっかやのこ、おなじ)

使ってくれるなよ、ね、きみは豆腐屋の子、ぼくは雑貨屋の子、同じ

(しょうにんのこじゃないか、ねえきみ、きみもぼくもおなじしょうがっこうにいたときのように)

商人の子じゃないか、ねえきみ、きみもぼくも同じ小学校にいたときのように

(たいとうのともだちとしてまじわりたいんだ、きみもがくせいだからね」「ああ」)

対等の友達として交わりたいんだ、きみも学生だからね」「ああ」

(いまにはじめぬこういちのりっぱなたいどに、せんぞうはひどくかんげきした。「それからね、)

いまにはじめぬ光一のりっぱな態度に、千三はひどく感激した。「それからね、

(きみ、きみのじゅくとぼくのがっこうとしあいをやらないか」「ああ、だけれども)

きみ、きみの塾とぼくの学校と試合をやらないか」「ああ、だけれども

(よわいから」「よわくてもいいよ、おたがいにれんしゅうだからね」「そうだんしてみよう」)

弱いから」「弱くてもいいよ、おたがいに練習だからね」「相談してみよう」

(「きみはなにをやってるか」「ぼくはしょーとだ」「それがいい、)

「きみはなにをやってるか」「ぼくはショートだ」「それがいい、

(きみはあたまがよくてびんしょうだから」「きみは」「ぼくはこんどからぴっちゃーを)

きみは頭がよくて敏捷だから」「きみは」「ぼくは今度からピッチャーを

(やってるんだよ」「すてきだね」「なかなかまずいんだよ、てづかはしょーとだ、)

やってるんだよ」「すてきだね」「なかなかまずいんだよ、手塚はショートだ、

(あいつはなかなかうまいよ」そのよるせんぞうはじゅくでいちどうにそうだんした。)

あいつはなかなかうまいよ」その夜千三は塾で一同に相談した。

(「やろうやろう」というものがある。「とてもかなわない」というものもある。)

「やろうやろう」というものがある。「とてもかなわない」というものもある。

(ぎろんはいろいろにわかれたがけっきょくやすばにきてもらってきめることになった。)

議論はいろいろにわかれたが結局安場にきてもらってきめることになった。

(やすばはよくじつやってきた。「やれやれ、おおいにやれ、おやからかねをもらって)

安場は翌日やってきた。「やれやれ、大いにやれ、親から金をもらって

(ようふくをきてがくもんするやつにつよいやつがあるものか、わがこうのいふうをしめすのは)

洋服を着て学問するやつに強いやつがあるものか、わが校の威風を示すのは

(このときだ」いちどうはすぐけっしんした、まいよかぎょうがすむとこそこそそのことばかりを)

このときだ」一同はすぐ決心した、毎夜課業がすむとこそこそそのことばかりを

(かたりあった、だがかなしいことにはびんぼうにんのこである、まーくのついたぼうしや、)

語りあった、だが悲しいことには貧乏人の子である、マークのついた帽子や、

など

(ゆにふぉーむをかうことはできない、いわんやすぱいくのついたくつ、)

ユニフォームを買うことはできない、いわんやスパイクのついた靴、

(ぷろてくたー、すねあてにおいてをやである。「ぜにがほしいなあ」といちどうは)

プロテクター、すねあてにおいてをやである。「銭がほしいなあ」と一同は

(はいった、このはなしがいつしかもくもくせんせいにもれた、せんせいはさっそくいちどうをあつめた。)

はいった、この話がいつしか黙々先生にもれた、先生は早速一同を集めた。

(「ゆうぎはせいしんしゅうようをもっておもとするものでけいしきをおもとするものでない、)

「遊戯は精神修養をもって主とするもので形式を主とするものでない、

(みんなはだかでやるならゆるす、おれはばっとをつくってやる、はだかがさむいなら)

みんなはだかでやるならゆるす、おれはバットを作ってやる、はだかが寒いなら

(しゃつにさるまた、それでいい、それがとうじゅくのじゅくふうである」)

シャツにさるまた、それでいい、それが当塾の塾風である」

(「せんせいのいうとおりにします」といちどうはいった。よくじつせんせいはにわさきにでて)

「先生のいうとおりにします」と一同はいった。翌日先生は庭先にでて

(おおきなまさかりでかしのまるたをわっていた。「せんせいなにをなさるんですか」と)

大きなまさかりでかしの丸太を割っていた。「先生なにをなさるんですか」と

(ちびこうがきいた。「ばっとをつくってやるんだ」ほうかごもせんせいはのこぎりやら)

チビ公がきいた。「バットを作ってやるんだ」 放課後も先生はのこぎりやら

(かんなやらでばっとせいさくにとりかかった。としたてやのこぞうでくれたというのが)

かんなやらでバット製作にとりかかった。と仕立屋の小僧で呉田というのが

(ぼろきれをいくえにもぬいあわせてほしゅのぷろてくたーをつくった。)

ぼろきれをいくえにも縫いあわせて捕手のプロテクターを作った。

(するとふるどうぐやのこはげっけんのめんでますくをつくった。どうぐはひととおりそろった。)

すると古道具屋の子は撃剣の鉄面でマスクを作った。道具は一通りそろった。

(やすばがにちようにきて、かくしーとをきめた、やすばはとうきょうからのきしゃちんを)

安場が日曜にきて、各シートを決めた、安場は東京からの汽車賃を

(けんやくするためにいつもごりのみちをあるいてくるのである。)

倹約するためにいつも五里の道を歩いてくるのである。

(とうしゅはまごのこでまつしたというのである、かれはじゅうろくであるが)

投手は馬夫の子で松下というのである、かれは十六であるが

(じゅうくぐらいのしんちょうがあった。ちいさいときにやけどをしたのであたまにおおきなあとがある)

十九ぐらいの身長があった。ちいさい時に火傷をしたので頭に大きなあとがある

(みなはそれをあだなしてごだいしゅうとしょうした。かれのたまはおそろしくはやかった。)

みなはそれをあだ名して五大洲と称した。かれの球はおそろしく速かった。

(ほしゅは「くらもう」というあだなでさかんのこである、なぜくらもうというかと)

捕手は「クラモウ」というあだ名で左官の子である、なぜクラモウというかと

(いうに、いつもだまってものをいわないのはくらがりのうしのようだからである、)

いうに、いつもだまってものをいわないのは暗がりの牛のようだからである、

(からだはよこにふとってかにのようにまたがあいている。いちるいしゅは「はたざお」と)

身体は横に肥ってかにのようにまたがあいている。一塁手は「旗竿」と

(しょうせられるほそながいだいくのこで、にるいしゅは「すずめ」というあだなでだがしやのこ)

称せられる細長い大工の子で、二塁手は「すずめ」というあだ名で駄菓子屋の子

(である、すずめはぼーるはじょうずでないがこうしゃくがなかなかうまい、かれは)

である、すずめはボールは上手でないが講釈がなかなかうまい、かれは

(やすばこーちのよこあいからくちをだしていつもやすばにしかられた。)

安場コーチの横合いから口をだしていつも安場にしかられた。

(さんるいしゅにはどんなたまでもかならずとめるはしもとというのがある、かれは)

三塁手にはどんな球でもかならず止める橋本というのがある、かれは

(おそろしいいきおいでいっちょくせんにとんできたたまをはなでとめたのでうしろに)

おそろしい勢いで一直線にとんできた球を鼻で止めたので後ろに

(ひっくりかえった。それからかれをはしもととよばずにはなもととよんだ。)

ひっくりかえった。それからかれを橋本とよばずに鼻本とよんだ。

(がいやにもなかなかゆうかんなしょうねんがあった、しょーとはちびこうであった、)

外野にもなかなか勇敢な少年があった、ショートはチビ公であった、

(ちびこうはみたけがひくいがひじょうにびんしょうであった、かれはたまをとるにはいっしゅの)

チビ公は身丈が低いが非常に敏捷であった、かれは球を捕るには一種の

(てんさいであった、かれはわずかばかりのれんしゅうでごろにいろいろなものがあることを)

天才であった、かれはわずかばかりの練習でゴロにいろいろなものがあることを

(かんじた、おおきくなみをうってくるもの、ちいさくきざんでくるもの、たまのかいてんなしに)

感じた、大きく波を打ってくるもの、小さくきざんでくるもの、球の回転なしに

(まっすぐにすうとちをすってくるもの、ひだりにせんかいするもの、みぎにせんかいするもの、)

まっすぐにすうと地をすってくるもの、左に旋回するもの、右に旋回するもの、

(やくじゅっしゅばかりのせいしつによってにぎりかたをかえなければならぬ。ちびこうはむいしき)

約十種ばかりの性質によって握り方をかえなければならぬ。チビ公は無意識

(ながらもそれをかんじた。いっしょうけんめいにあせをながしてけずりあげたせんせいのばっとは)

ながらもそれを感じた。一生懸命に汗を流してけずり上げた先生のバットは

(あまりかんしんしたものでなかった。それはあらけずりのいぼだらけで)

あまり感心したものでなかった。それはあらけずりのいぼだらけで

(とちゅうにふしがあるものであった。「なんだこれは」「すりこぎのようだ」)

途中にふしがあるものであった。「なんだこれは」「すりこぎのようだ」

(「いぬころしのぼうだ」「いやだな、おまえがつかえよ」「おれもいやだ」)

「犬殺しの棒だ」「いやだな、おまえが使えよ」「おれもいやだ」

(しょうねんどもはてんでにしりごみをした。さりとてこれをつかわねばせんせいのきげんがわるい。)

少年共はてんでにしりごみをした。さりとてこれを使わねば先生の機嫌が悪い。

(いちどうはとほうにくれた。「ぼくのにする」とちびこうはいった。「このばっとには)

一同は途方に暮れた。「ぼくのにする」とチビ公はいった。「このバットには

(せんせいがぼくらをあいするじあいのたましいがこもってる、ぼくはかならずこれで)

先生がぼくらを愛する慈愛の魂がこもってる、ぼくはかならずこれで

(ほーむらんをうってみせるよ、ぼくがうつんじゃないせんせいがうつんだ」)

ホームランを打ってみせるよ、ぼくが打つんじゃない先生が打つんだ」

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