夢十夜 第五夜 夏目漱石

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プレイ回数1089難易度(4.2) 3144打 長文 かな
「こんな夢を見た。」で始まる10の夢の物語。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 ばぼじま 4904 B 5.1 95.7% 608.2 3122 139 44 2024/10/18
2 saty 4601 C++ 4.9 93.8% 636.5 3136 207 44 2024/10/07
3 daifuku 3497 D 3.7 94.5% 847.7 3146 181 44 2024/10/19

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問題文

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(こんなゆめをみた。 なんでもよほどふるいことで、かみよにちかいむかしとおもわれるが、)

こんな夢を見た。  何でもよほど古い事で、神代に近い昔と思われるが、

(じぶんがぐんをしてうんわるくまけたために、いけどりになって、てきの)

自分が軍をして運悪く敗北(まけ)たために、生擒(いけどり)になって、敵の

(たいしょうのまえにひきすえられた。 そのころのひとはみんなせがたかかった。そうして、)

大将の前に引き据えられた。  その頃の人はみんな背が高かった。そうして、

(みんなながいひげをはやしていた。かわのおびをしめて、それへぼうのようなけんを)

みんな長い髯を生やしていた。革の帯を締めて、それへ棒のような剣を

(つるしていた。ゆみはふじずるのふといのをそのままもちいたようにみえた。)

釣るしていた。弓は藤蔓(ふじずる)の太いのをそのまま用いたように見えた。

(うるしもぬってなければみがきもかけてない。きわめてそぼくなものであった。)

漆も塗ってなければ磨きもかけてない。極めて素樸なものであった。

(てきのたいしょうは、ゆみのまんなかをみぎのてでにぎって、そのゆみをくさのうえへついて、さかがめを)

敵の大将は、弓の真中を右の手で握って、その弓を草の上へ突いて、酒甕を

(ふせたようなもののうえにこしをかけていた。そのかおをみると、はなのうえで、さゆうの)

伏せたようなものの上に腰をかけていた。その顔を見ると、鼻の上で、左右の

(まゆがふとくつながっている。そのころかみそりというものはむろんなかった。)

眉が太く接続(つなが)っている。その頃髪剃と云うものは無論なかった。

(じぶんはとりこだから、こしをかけるわけにいかない。くさのうえにあぐらをかいていた。)

自分は虜だから、腰をかける訳に行かない。草の上に胡坐をかいていた。

(あしにはおおきなわらぐつをはいていた。このじだいのわらぐつはふかいものであった。)

足には大きな藁沓を穿いていた。この時代の藁沓は深いものであった。

(たつとひざがしらまできた。そのはしのところはわらをすこしあみのこして、ふさのように)

立つと膝頭まで来た。その端の所は藁を少し編残(あみのこ)して、房のように

(さげて、あるくとばらばらうごくようにして、かざりとしていた。 たいしょうはかがりびで)

下げて、歩くとばらばら動くようにして、飾りとしていた。  大将は篝火で

(じぶんのかおをみて、しぬかいきるかときいた。これはそのころのしゅうかんで、)

自分の顔を見て、死ぬか生きるかと聞いた。これはその頃の習慣で、

(とりこにはだれでもいちおうはこうきいたものである。いきるとこたえると)

捕虜(とりこ)にはだれでも一応はこう聞いたものである。生きると答えると

(こうさんしたいみで、しぬというとくっぷくしないということになる。じぶんはひとことしぬと)

降参した意味で、死ぬと云うと屈服しないと云う事になる。自分は一言死ぬと

(こたえた。たいしょうはくさのうえについていたゆみをむこうへなげて、こしにつるしたぼうのような)

答えた。大将は草の上に突いていた弓を向うへ抛げて、腰に釣るした棒のような

(けんをするりとぬきかけた。それへかぜになびいたかがりびがよこからふきつけた。じぶんは)

剣をするりと抜きかけた。それへ風に靡いた篝火が横から吹きつけた。自分は

(みぎのてをかえでのようにひらいて、てのひらをたいしょうのほうへむけて、めのうえへさしあげた。)

右の手を楓のように開いて、掌を大将の方へ向けて、眼の上へ差し上げた。

(まてというあいずである。たいしょうはふといけんをかちゃりとさやにおさめた。 そのころでも)

待てと云う相図である。大将は太い剣をかちゃりと鞘に収めた。  その頃でも

など

(こいはあった。じぶんはしぬまえにひとめおもうおんなにあいたいといった。たいしょうはよるがあけて)

恋はあった。自分は死ぬ前に一目思う女に逢いたいと云った。大将は夜が開けて

(とりがなくまでならまつといった。とりがなくまでにおんなをここへよばな)

鶏(とり)が鳴くまでなら待つと云った。鶏が鳴くまでに女をここへ呼ばな

(ければならない。とりがないてもおんながこなければ、じぶんはあわずにころされてしまう)

ければならない。鶏が鳴いても女が来なければ、自分は逢わずに殺されてしまう

(たいしょうはこしをかけたまま、かがりびをながめている。じぶんはおおきなわらぐつをくみ)

大将は腰をかけたまま、篝火を眺めている。自分は大きな藁沓を組み

(あわしたまま、くさのうえでおんなをまっている。よるはだんだんふける。 ときどきかがりびが)

合わしたまま、草の上で女を待っている。夜はだんだん更ける。  時々篝火が

(くずれるおとがする。くずれるたびにうろたえたようにほのおがたいしょうになだれかかる。)

崩れる音がする。崩れるたびに狼狽えたように焔が大将になだれかかる。

(まっくろなまゆのしたで、たいしょうのめがぴかぴかとひかっている。するとだれやらきて、)

真黒な眉の下で、大将の眼がぴかぴかと光っている。すると誰やら来て、

(あたらしいえだをたくさんひのなかへなげこんでいく。しばらくすると、ひがぱちぱちと)

新しい枝をたくさん火の中へ抛げ込んで行く。しばらくすると、火がぱちぱちと

(なる。くらやみをはじきかえすようないさましいおとであった。 このときおんなは、)

鳴る。暗闇を弾き返すような勇ましい音であった。  この時女は、

(うらのならのきにつないである、しろいうまをひきだした。たてがみをさんどなでてたかいせに)

裏の楢の木に繋いである、白い馬を引き出した。鬣を三度撫でて高い背に

(ひらりととびのった。くらもないあぶみもないはだかうまであった。ながくしろいあしで、ふとばらを)

ひらりと飛び乗った。鞍もない鐙もない裸馬であった。長く白い足で、太腹を

(けると、うまはいっさんにかけだした。だれかがかがりをつぎたしたので、とおくのそらが)

蹴ると、馬はいっさんに駆け出した。誰かが篝りを継ぎ足したので、遠くの空が

(うすあかるくみえる。うまはこのあかるいものをめがけてやみのなかをとんでくる。はなから)

薄明るく見える。馬はこの明るいものを目懸けて闇の中を飛んで来る。鼻から

(ひのはしらのようないきをにほんだしてとんでくる。それでもおんなはほそいあしでしきりなしに)

火の柱のような息を二本出して飛んで来る。それでも女は細い足でしきりなしに

(うまのはらをけっている。うまはひづめのおとがちゅうでなるほどはやくとんでくる。おんなのかみは)

馬の腹を蹴っている。馬は蹄の音が宙で鳴るほど早く飛んで来る。女の髪は

(ふきながしのようにやみのなかにおをひいた。それでもまだかがりのあるところまでこられない。)

吹流しのように闇の中に尾を曳いた。それでもまだ篝のある所まで来られない。

(するとまっくらなみちのそばで、たちまちこけこっこうという)

すると真闇(まっくら)な道の傍で、たちまちこけこっこうという

(とりのこえがした。おんなはみをそらざまに、りょうてににぎったたづなをうんとひかえた。うまはまえあしの)

鶏の声がした。女は身を空様に、両手に握った手綱をうんと控えた。馬は前足の

(ひづめをかたいいわのうえにははっしときざみこんだ。 こけこっこうととりが)

蹄を堅い岩の上に発矢(はっし)と刻み込んだ。  こけこっこうと鶏が

(またひとこえないた。 おんなはあっといって、しめたたづなをいちどにゆるめた。)

また一声鳴いた。  女はあっと云って、緊(し)めた手綱を一度に緩めた。

(うまはもろひざをおる。のったひととともにまっこうへまえへのめった。いわのしたは)

馬は諸膝(もろひざ)を折る。乗った人と共に真向へ前へのめった。岩の下は

(ふかいふちであった。 ひづめのあとはいまだにいわのうえにのこっている。とりのなくまねを)

深い淵であった。  蹄の跡はいまだに岩の上に残っている。鶏の鳴く真似を

(したものはあまのじゃくである。このひづめのあとのいわにきざみつけられて)

したものは天探女(あまのじゃく)である。この蹄の痕の岩に刻みつけられて

(いるあいだ、あまのじゃくはじぶんのてきである。)

いる間、天探女は自分の敵である。

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