夢十夜 第八夜 夏目漱石

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プレイ回数1052難易度(5.0) 3692打 長文
「こんな夢を見た。」で始まる10の夢の物語。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 ばぼじま 5195 B+ 5.3 97.1% 683.7 3659 107 51 2024/11/05
2 saty 4471 C+ 4.8 93.2% 762.0 3675 268 51 2024/10/10

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問題文

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(とこやのしきいをまたいだら、しろいきものをきてかたまっていた34にんが、)

床屋の敷居を跨いだら、白い着物を着てかたまっていた三四人が、

(いちどにいらっしゃいといった。 まんなかにたってみまわすと、しかくなへやである。)

一度にいらっしゃいと云った。  真中に立って見廻すと、四角な部屋である。

(まどがふたかたにひらいて、のこるふたかたにかがみがかかっている。かがみのかずをかんじょうしたらむっつあった)

窓が二方に開いて、残る二方に鏡が懸っている。鏡の数を勘定したら六つあった

(じぶんはそのひとつのまえへきてこしをおろした。するとおしりがぶくりといった。)

自分はその一つの前へ来て腰をおろした。すると御尻がぶくりと云った。

(よほどすわりごこちがよくできたいすである。かがみにはじぶんのかおがりっぱにうつった。)

よほど坐り心地が好くできた椅子である。鏡には自分の顔が立派に映った。

(かおのうしろにはまどがみえた。それからちょうばごうしがななめにみえた。こうしのなかには)

顔の後には窓が見えた。それから帳場格子が斜に見えた。格子の中には

(ひとがいなかった。まどのそとをとおるおうらいのひとのこしからうえがよくみえた。)

人がいなかった。窓の外を通る往来の人の腰から上がよく見えた。

(しょうたろうがおんなをつれてとおる。しょうたろうはいつのまにかぱなまのぼうしをかってかぶって)

庄太郎が女を連れて通る。庄太郎はいつの間にかパナマの帽子を買って被って

(いる。おんなもいつのまにかこしらえたものやら。ちょっとわからない。そうほうともとくいの)

いる。女もいつの間に拵らえたものやら。ちょっと解らない。双方とも得意の

(ようであった。よくおんなのかおをみようとおもううちにとおりすぎてしまった。)

ようであった。よく女の顔を見ようと思ううちに通り過ぎてしまった。

(とうふやがらっぱをふいてとおった。らっぱをくちへあてがっているんで、)

豆腐屋が喇叭(ラッパ)を吹いて通った。喇叭を口へあてがっているんで、

(ほっぺたがはちにさされたようにふくれていた。ふくれたまんまでとおりこしたものだから)

頬ぺたが蜂に螫されたように膨れていた。膨れたまんまで通り越したものだから

(きがかりでたまらない。しょうがいはちにさされているようにおもう。 げいしゃがでた。)

気がかりでたまらない。生涯蜂に螫されているように思う。  芸者が出た。

(まだおつくりをしていない。しまだのねがゆるんで、なんだかあたまにしまりが)

まだ御化粧(おつくり)をしていない。島田の根が緩んで、何だか頭に締りが

(ない。かおもねぼけている。いろつやがきのどくなほどわるい。それでおじぎをして、)

ない。顔も寝ぼけている。色沢が気の毒なほど悪い。それで御辞儀をして、

(どうもなんとかですといったが、あいてはどうしてもかがみのなかへでてこない。)

どうも何とかですと云ったが、相手はどうしても鏡の中へ出て来ない。

(するとしろいきものをきたおおきなおとこが、じぶんのうしろへきて、はさみとくしをもってじぶんの)

すると白い着物を着た大きな男が、自分の後ろへ来て、鋏と櫛を持って自分の

(あたまをながめだした。じぶんはうすいひげをねじって、どうだろうものになるだろうかとたずねた)

頭を眺め出した。自分は薄い髭を捩って、どうだろう物になるだろうかと尋ねた

(しろいおとこは、なんにもいわずに、てにもったこはくいろのくしでかるくじぶんのあたまをたたいた。)

白い男は、何にも云わずに、手に持った琥珀色の櫛で軽く自分の頭を叩いた。

(「さあ、あたまもだが、どうだろう、ものになるだろうか」とじぶんはしろいおとこにきいた。)

「さあ、頭もだが、どうだろう、物になるだろうか」と自分は白い男に聞いた。

など

(しろいおとこはやはりなにもこたえずに、ちゃきちゃきとはさみをならしはじめた。 かがみにうつる)

白い男はやはり何も答えずに、ちゃきちゃきと鋏を鳴らし始めた。  鏡に映る

(かげをひとつのこらずみるつもりでめをみはっていたが、はさみのなるたんびにくろいけが)

影を一つ残らず見るつもりで眼をみはっていたが、鋏の鳴るたんびに黒い毛が

(とんでくるので、おそろしくなって、やがてめをとじた。するとしろいおとこが、)

飛んで来るので、恐ろしくなって、やがて眼を閉じた。すると白い男が、

(こういった。 「だんなはおもてのきんぎょうりをごらんなすったか」)

こう云った。 「旦那は表の金魚売を御覧なすったか」

(じぶんはみないといった。しろいおとこはそれぎりで、しきりとはさみをならしていた。)

自分は見ないと云った。白い男はそれぎりで、しきりと鋏を鳴らしていた。

(するととつぜんおおきなこえであぶねえといったものがある。はっとめを)

すると突然大きな声で危険(あぶねえ)と云ったものがある。はっと眼を

(あけると、しろいおとこのそでのしたにじてんしゃのわがみえた。じんりきのかじぼうがみえた。)

開けると、白い男の袖の下に自転車の輪が見えた。人力の梶棒が見えた。

(とおもうと、しろいおとこがりょうてでじぶんのあたまをおさえてうんとよこへむけた。じてんしゃと)

と思うと、白い男が両手で自分の頭を押えてうんと横へ向けた。自転車と

(じんりきしゃはまるでみえなくなった。はさみのおとがちゃきちゃきする。 やがて、)

人力車はまるで見えなくなった。鋏の音がちゃきちゃきする。  やがて、

(しろいおとこはじぶんのよこへまわって、みみのところをかりはじめた。けがまえのほうへとばなくなった)

白い男は自分の横へ廻って、耳の所を刈り始めた。毛が前の方へ飛ばなくなった

(から、あんしんしてめをあけた。あわもちや、もちやあ、もちや、というこえがすぐ、)

から、安心して眼を開けた。粟餅や、餅やあ、餅や、と云う声がすぐ、

(そこでする。ちいさいきねをわざとうすへあてて、ひょうしをとってもちをついている。)

そこでする。小さい杵をわざと臼へあてて、拍子を取って餅を搗いている。

(あわもちやはこどものときにみたばかりだから、ちょっとようすがみたい。けれども)

粟餅屋は子供の時に見たばかりだから、ちょっと様子が見たい。けれども

(あわもちやはけっしてかがみのなかにでてこない。ただもちをつくおとだけする。)

粟餅屋はけっして鏡の中に出て来ない。ただ餅を搗く音だけする。

(じぶんはあるたけのしりょくでかがみのかどをのぞきこむようにしてみた。するとちょうばごうしの)

自分はあるたけの視力で鏡の角を覗き込むようにして見た。すると帳場格子の

(うちに、いつのまにかひとりのおんながすわっている。いろのあさぐろいまゆげのこいおおがらなおんなで)

うちに、いつの間にか一人の女が坐っている。色の浅黒い眉毛の濃い大柄な女で

(かみをいちょうがえしにゆって、くろじゅすのはんえりのかかったすあわせで、たてひざのまま、さつのかんじょう)

髪を銀杏返しに結って、黒繻子の半襟のかかった素袷で、立膝のまま、札の勘定

(をしている。さつは10えんさつらしい。おんなはながいまつげをふせてうすいくちびるをむすんで)

をしている。札は十円札らしい。女は長い睫を伏せて薄い唇を結んで

(いっしょうけんめいに、さつのかずをよんでいるが、そのよみかたがいかにもはやい。)

一生懸命に、札の数を読んでいるが、その読み方がいかにも早い。

(しかもさつのかずはどこまでいってもつきるようすがない。ひざのうえにのっているのは)

しかも札の数はどこまで行っても尽きる様子がない。膝の上に乗っているのは

(たかだかひゃくまいぐらいだが、そのひゃくまいがいつまでかんじょうしてもひゃくまいである。)

たかだか百枚ぐらいだが、その百枚がいつまで勘定しても百枚である。

(じぶんはぼうぜんとしてこのおんなのかおと10えんさつをみつめていた。するとみみのもとで)

自分は茫然としてこの女の顔と十円札を見つめていた。すると耳の元で

(しろいおとこがおおきなこえで「あらいましょう」といった。ちょうどうまいおりだから、)

白い男が大きな声で「洗いましょう」と云った。ちょうどうまい折だから、

(いすからたちあがるやいなや、ちょうばごうしのほうをふりかえってみた。けれどもこうしの)

椅子から立ち上がるや否や、帳場格子の方をふり返って見た。けれども格子の

(うちにはおんなもさつもなんにもみえなかった。 だいをはらっておもてへでると、かどぐちの)

うちには女も札も何にも見えなかった。  代を払って表へ出ると、門口の

(ひだりがわに、こばんなりのおけがいつつばかりならべてあって、そのなかにあかいきんぎょや、)

左側に、小判なりの桶が五つばかり並べてあって、その中に赤い金魚や、

(ふいりのきんぎょや、やせたきんぎょや、ふとったきんぎょがたくさんいれてあった。)

斑入(ふいり)の金魚や、痩せた金魚や、肥った金魚がたくさん入れてあった。

(そうしてきんぎょうりがそのうしろにいた。きんぎょうりはじぶんのまえにならべたきんぎょを)

そうして金魚売がその後(うしろ)にいた。金魚売は自分の前に並べた金魚を

(みつめたまま、ほおづえをついて、じっとしている。さわがしいおうらいのかつどうには)

見つめたまま、頬杖を突いて、じっとしている。騒がしい往来の活動には

(ほとんどこころをとめていない。じぶんはしばらくたってこのきんぎょうりをながめていた。)

ほとんど心を留めていない。自分はしばらく立ってこの金魚売を眺めていた。

(けれどもじぶんがながめているあいだ、きんぎょうりはちっともうごかなかった。)

けれども自分が眺めている間、金魚売はちっとも動かなかった。

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