ああ玉杯に花うけて 第九部 2
関連タイピング
-
プレイ回数10万歌詞200打
-
プレイ回数4275かな314打
-
プレイ回数96万長文かな1008打
-
プレイ回数3.2万歌詞1030打
-
プレイ回数2096歌詞1426打
-
プレイ回数40長文3856打
-
プレイ回数1.3万長文かな822打
-
プレイ回数38長文2816打
問題文
(やすばはよくじつきそくただしいれんしゅうをした、いっかいにかいさんかいいちどうはやしょくがせまるまで)
安場は翌日規則正しい練習をした、一回二回三回一同は夜色が迫るまで
(つづけた。いよいよあすになったどようびのそうちょうからいちどうがあつまった。)
つづけた。いよいよ明日になった土曜日の早朝から一同が集まった。
(「きょうはやすむよ」とやすばはいった。「あすがしあいですから、ぜひきょういちにち)
「今日は休むよ」と安場はいった。「明日が試合ですから、是非今日一日
(みっちりとれんしゅうしてください」といちどうがいった。「いやいや」とやすばはあたまを)
みっちりと練習してください」と一同がいった。「いやいや」と安場は頭を
(ふった。「きょうはゆっくりあそんでばんにははやくねることにしよう、いいか、)
ふった。「今日はゆっくり遊んで晩には早く寝ることにしよう、いいか、
(じゅくすいするんだぞ、ひとりでもよふかしをするとあしたはまけるぞ」)
熟睡するんだぞ、ひとりでも夜ふかしをすると明日は負けるぞ」
(そのひはいちにちあそんでやすばはとうきょうにおけるやきゅうかいのはなしをきかしてくれた、)
その日は一日遊んで安場は東京における野球界の話を聞かしてくれた、
(かれはいちこうとさんこうのしあいのこうけいなどをおもしろくかたった。いちどうはすっかり)
かれは一高と三高の試合の光景などをおもしろく語った。一同はすっかり
(こうふんしてめになみだをたたえ、まっかなかおをしてきいていた。)
興奮して目に涙をたたえ、まっかな顔をして聞いていた。
(そのよるせんぞうはあしたのしょうばいのしたくをおわってからまどからそとをみやった、)
その夜千三は明日の商売のしたくをおわってから窓から外を見やった、
(そとはくらいがそらはなごりなくはれてほしはまめをまいたようにかがやいていた、せんぞうは)
外は暗いが空はなごりなく晴れて星は豆をまいたように輝いていた、千三は
(あすのこうてんきをよそうしてしずかにねむった。めがさめると、もうあさひがいっぱいに)
明日の好天気を予想してしずかに眠った。目がさめると、もう朝日が一ぱいに
(まどからさしこんですずめのこえがたのしそうにきこえる。「やあねすごした」と)
窓からさしこんですずめの声が楽しそうに聞こえる。「やあ寝過ごした」と
(せんぞうはあわててとびおきた。「もっとねててもいいよ」とおじさんは)
千三はあわてて飛び起きた。「もっと寝ててもいいよ」と伯父さんは
(にこにこしてみせからこえをかけた、かれはもうとうふをおけにうつしてわらじを)
にこにこして店から声をかけた、かれはもう豆腐をおけに移してわらじを
(はいている。「おじさん、ぼくがしょうばいにでますからおじさんはやすんで)
はいている。「伯父さん、ぼくが商売に出ますから伯父さんはやすんで
(ください」とせんぞうはいった。「きょうはにちようだからおまえはやすめ、おまえはきょう)
ください」と千三はいった。「今日は日曜だからおまえは休め、おまえは今日
(だいじなせんそうにゆかなきゃならないじゃないか」「やきゅうはごごですから、あさだけ)
大事な戦争にゆかなきゃならないじゃないか」「野球は午後ですから、朝だけ
(ぼくはうりにでます」「いやかまわない、わしもおひるからはけんぶつにゆくぞ、)
ぼくは売りにでます」「いやかまわない、わしもおひるからは見物にゆくぞ、
(しっかりやってくれ」「ありがとうおじさん、それじゃきょうは)
しっかりやってくれ」「ありがとう伯父さん、それじゃ今日は
(やすましてもらいます」「うむ、うまくやれよ、かねもちのがっこうにまけちゃ)
休ましてもらいます」「うむ、うまくやれよ、金持ちの学校に負けちゃ
(びんぼうにんのかおにかかわらあ」おじさんはこういってらっぱをぷうとならして)
貧乏人の顔にかかわらあ」伯父さんはこういってらっぱをぷうと鳴らして
(でていった。せんぞうはいどばたへでてむねいっぱいにしんせんなくうきをこきゅうした、それから)
でていった。千三は井戸端へでて胸一ぱいに新鮮な空気を呼吸した、それから
(かれはすっぱだかになってじゅっぱいのつるべみずをあびてみをきよめた。)
かれはすっぱだかになって十杯のつるべ水を浴びて身をきよめた。
(「どうぞかみさま、ぼくのじゅくをまもってください」じっとめをとじてきねんすると)
「どうぞ神様、ぼくの塾をまもってください」じっと目を閉じて祈念すると
(ふしぎにもゆうきがしだいにぜんしんにじゅうまんする。あさめしをすましてじゅくへゆくとやすばが)
ふしぎにも勇気が次第に全身に充満する。朝飯をすまして塾へゆくと安場が
(すでにきていた。いっぷんじのちがいもなくぜんいんがうちそろうた。そこでせんせいが)
すでにきていた。一分時の違いもなく全員がうちそろうた。そこで先生が
(せんとうになってつきのみやじんじゃへさんけいする、それかられいのあきちへでて)
先頭になって調神社へ参詣する、それから例の空地へでて
(もうれつなれんしゅうをはじめた。はるもすでにさんがつのなかばである、きぎのこずえには)
猛烈な練習をはじめた。春もすでに三月のなかばである、木々のこずえには
(わかやかなみどりがふきだして、さくらのつぼみがかがやきわたるせいてんにむかって)
わかやかな緑がふきだして、桜のつぼみが輝きわたる青天に向かって
(うすべにのつまさきをそろえている。むこうのなみきはあさひにてらされて)
薄紅の爪先をそろえている。向こうの並木は朝日に照らされて
(そのかげをぞくぞくとはたみちのうえにうつしていると、そこにはにわとりやすずめなどが)
その影をぞくぞくと畑道の上に映していると、そこにはにわとりやすずめなどが
(うれしそうにとびまわる。ゆうべじゅくすいしたのと、きのういちにちれんしゅうをやすんだために)
嬉しそうに飛びまわる。昨夜熟睡したのと、昨日一日練習を休んだために
(いちどうのげんきはすばらしいものであった、やすばはすっかりかんげきした。)
一同の元気はすばらしいものであった、安場はすっかり感激した。
(「このあんばいではかならずかつぞ」いちどうはれんしゅうをおわってあせをふいた。)
「このあんばいではかならず勝つぞ」一同は練習をおわって汗をふいた。
(「あつまれい」とせんせいはごうれいをかけた、いちどうはあつまった。「みんなはだかになれ」)
「集まれい」と先生は号令をかけた、一同は集まった。「みんなはだかになれ」
(いちどうははだかになった。「へそをだせい、おい」いちどうはわらった、しかしせんせいは)
一同ははだかになった。「へそをだせい、おい」一同はわらった、しかし先生は
(にこりともしなかった。いちどうはさるまたのひもをさげてへそをだした。)
にこりともしなかった。一同はさるまたのひもをさげてへそをだした。
(せんせいはだいいちばんのごだいしゅう(とうしゅ)のへそのところをおしてみた。)
先生は第一番の五大洲(投手)のへそのところを押してみた。
(「おい、きみはしたはらにちからがないぞ、むねのところをへこまして)
「おい、きみは下腹に力がないぞ、胸のところをへこまして
(したはらをふくらますようにせい」「はい」せんせいはつぎのくらもうのへそをおした。)
下腹をふくらますようにせい」「はい」先生はつぎのクラモウのへそを押した。
(「おい、おおきなへそだなあ」「ぼくはいまちからをいれてつきだしてるのです」)
「おい、大きなへそだなあ」「ぼくはいま力を入れてつきだしてるのです」
(「いかん、へそのところをつきだすのじゃない、へそのしたへたべたものを)
「いかん、へそのところをつきだすのじゃない、へその下へ食べたものを
(みんなさげてやるんだ、いいか、むねがせかせかしてまけまいまけまいとあせれば)
みんなさげてやるんだ、いいか、胸がせかせかして負けまい負けまいとあせれば
(あせるほど、したはらがへこんで、かたさきにちからがはいり、あたまがのぼせるんだ、)
あせるほど、下腹がへこんで、肩先に力がはいり、頭がのぼせるんだ、
(みかたがまけいろになったらみんなへそにきをおちつけろ、いいか、わすれるな、)
味方が負け色になったらみんなへそに気をおちつけろ、いいか、わすれるな、
(もくもくじゅくはいちめいへそがっこうだぞ、そうおもえ」せんせいはひとりひとりにへそをおしてみた。)
黙々塾は一名へそ学校だぞ、そう思え」先生は一人ひとりにへそを押してみた。
(「あまりおすとせんせい、しょうべんがもります」とにるいしゅのすずめがいった。)
「あまり押すと先生、小便がもります」と二塁手のすずめがいった。
(そこでせんせいもわらった。そのひのしあいはせいふんがいしゃのうらのひろばでやることに)
そこで先生もわらった。その日の試合は製粉会社の裏の広場でやることに
(なった、ちゅうがくのうんどうじょうはしゅうぜんのためにしようができなかった、あさからのかいせいでかつ)
なった、中学の運動場は修繕のために使用ができなかった、朝からの快晴でかつ
(にちようであるためにけんぶつにんはどしどしでかけた、とうふやのかくへいははやくしょうばいを)
日曜であるために見物人はどしどしでかけた、豆腐屋の覚平は早く商売を
(しまってかたにらっぱをかけたままでかけた、みるとしょうめんにおおきなあみをはり、)
しまって肩にらっぱをかけたままでかけた、見ると正面に大きな網をはり、
(しろいせんをだいちにひいて、さんかしょにおおきなまくらのようなものをおいてある、)
白い線を大地に引いて、三ヵ所に大きなまくらのようなものをおいてある、
(にほんのながいせんのりょうがわにけんぶつにんがじんどっているが、くさのうえにしんぶんしを)
二本の長い線の両側に見物人が陣どっているが、草の上に新聞紙を
(しいてすわってるのもあり、またむしろやこしかけをもちだしたのもあった。)
敷いて座ってるのもあり、またむしろやこしかけを持ち出したのもあった。
(かくへいはかくまでやきゅうがにんきをひくとはおもいもよらなかった。かれはやきゅうとは)
覚平はかくまで野球が人気をひくとは思いもよらなかった。かれは野球とは
(どんなことをするものかしらなかった。かれはとうふおけをになってまちをあるくとき)
どんなことをするものか知らなかった。かれは豆腐おけをになって町を歩くとき
(おりおりこどもらにたまをあたまにあてられたりせぼねをうたれたりするのでむしろやきゅうに)
おりおり子供等に球を頭にあてられたり背骨を打たれたりするのでむしろ野球に
(たいしてはんかんをいだいていた。「すりこぎをふりまわすなんてつまらねえまねを)
対して反感をいだいていた。「すりこぎをふりまわすなんてつまらねえまねを
(するもんだ」こうかれはいつもいった、だがいまきてみるとこどもらばかりでなく)
するもんだ」こうかれはいつもいった、だがいまきてみると子供等ばかりでなく
(ろうどうしゃもしょうにんもしんしもやくにんもあつまっている。「たいへんなことになったものだ」)
労働者も商人も紳士も役人も集まっている。「大変なことになったものだ」
(かれはきもをつぶしてまごまごしているとうしろからこえをかけたものがある。)
かれは肝をつぶしてまごまごしていると後ろから声をかけたものがある。
(「かくへいさん」ふりかえるとそれはやおやのぜんべえであった、)
「覚平さん」ふりかえるとそれは八百屋の善兵衛であった、
(ぜんべえはなによりもやきゅうがすきであった、やきゅうがすきだというよりも、やきゅうを)
善兵衛はなによりも野球が好きであった、野球が好きだというよりも、野球を
(みながらちびりちびりとにごうのさけをのむのがすきなのである、かれもあまり)
見ながらちびりちびりと二合の酒を飲むのが好きなのである、かれもあまり
(やきゅうのちしきはないほうだが、それでもかくへいよりはすべてをしっていた。)
野球の知識はないほうだが、それでも覚平よりはすべてを知っていた。
(「やあおまえさんもきてるね」とかくへいがいった。「おらあはあさんどのごはんを)
「やあおまえさんもきてるね」と覚平がいった。「おらあハア三度のご飯を
(よんどたべてもやきゅうはみたいほうで」とぜんべえがいった。「おれにゃわからねえ」)
四度食べても野球は見たいほうで」と善兵衛がいった。「おれにゃわからねえ」
(とかくへいがいった。「じゃおらあおしえてやるべえ」とぜんべえはいった。)
と覚平がいった。「じゃおらあ教えてやるべえ」と善兵衛はいった。
(「ところでいっぱいどうです」「これはこれは」ふたりはひとつのさかずきをけんしゅうした)
「ところで一杯どうです」「これはこれは」ふたりは一つのさかずきを献酬した
(ぜんべえはいろいろやきゅうのほうほうをはなしたがかくへいにはやはりわからなかった。)
善兵衛はいろいろ野球の方法を話したが覚平にはやはりわからなかった。
(「つまりたまをうってとれないところへとばしてやればいいんです」)
「つまり球を打ってとれないところへ飛ばしてやればいいんです」
(「なるほどね」ふたりがくさにすわってかつのみかつかたってるうちにけんぶつにんは)
「なるほどね」ふたりが草に座ってかつ飲みかつ語ってるうちに見物人は
(こっこくにくわわった。ちゅうがくのせいとはせいふくせいぼうせいぜんとうちそろうていちるいがわにならんだ。)
刻々に加わった。中学の生徒は制服制帽整然とうちそろうて一塁側に並んだ。
(そのはいごにはちゅうがくびいきのおとなれんがじんどっている、そのなかにこういちのおじさん)
その背後には中学びいきの大人連が陣取っている、その中に光一の伯父さん
(そうべいがそのふとったむねをひろげてあせをふきふきさかんにおうえんしゃをかりあつめていた、)
総兵衛がその肥った胸を拡げて汗をふきふきさかんに応援者を狩り集めていた、
(かれはおいのこういちをかたせたいためにしょうばいをやすんでやってきたのである。)
かれは甥の光一を勝たせたいために商売を休んでやってきたのである。
(このひしはんがっこうのせいとはもくもくじゅくにおうえんするつもりであった、しはんとちゅうがくとは)
この日師範学校の生徒は黙々塾に応援するつもりであった、師範と中学とは
(いぬとさるのごとくなかがわるい、だがこのおうえんはちゅうしになった、いかんとなれば)
犬とさるのごとく仲が悪い、だがこの応援は中止になった、いかんとなれば
(しんぱんしゃはしはんのせんしゅがたのまれたからである、でしはんはちゅうりつたいとして)
審判者は師範の選手がたのまれたからである、で師範は中立隊として
(しょうめんにじんどった。)
正面に陣取った。