おいてけ堀 2(完) 田中貢太郎
江戸は本所の七不思議の一つ『おいてけ堀』のお話
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問題文
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(「おい、てけ、おい、てけ」
きんたはたちまち、あざけりのいろをうかべた。)
「おい、てけ、おい、てけ」
金太は忽ち、嘲の色を浮べた。
(「なにいってやがるんだ、ふざけやがるな、くそでもくらえだ」
きんたはさっさと)
「なに云ってやがるんだ、ふざけやがるな、糞でも啖えだ」
金太はさっさと
(あるいた。と、また、おい、てけのこえがきこえてきた。
「まだいってやがる、)
あるいた。と、また、おい、てけの声が聞えて来た。
「まだ云ってやがる、
(なにいってやがるのだ、こんなうまいふなをおいてってたまるものけい、)
なに云ってやがるのだ、こんな旨い鮒をおいてってたまるものけい、
(ふざけやがるな。たぬきか、きつねか、くやしけりゃ、いっぽんあしのからかさにでもなって)
ふざけやがるな。狸か、狐か、口惜けりゃ、一本足の唐傘にでもなって
(でてきやがれ」
きんたはきもちがわるいのであしはとめなかった。と、めのまえへ)
出て来やがれ」
金太は気もちがわるいので足はとめなかった。と、眼の前へ
(ひょいとでてきたものがあった。それはひとのすがたであるからいっぽんあしのからかさでは)
ひょいと出て来た者があった。それは人の姿であるから一本足の唐傘では
(なかった。
「なんだ」)
なかった。
「何だ」
(にぶいつきのひかりにめもはなもないのっぺらのあおじろいかおをみせた。
「わたしだよ、)
鈍い月の光に眼も鼻もないのっぺらの蒼白い顔を見せた。
「わたしだよ、
(きんたさん」
きんたはぎょっとしたが、まだどこかにきのたしかなところが)
金太さん」
金太はぎょっとしたが、まだ何処かに気のたしかなところが
(あった。きんたはびくとつりざおをおとさないようにしっかりにぎってはしった。)
あった。金太は魚籃と釣竿を落とさないようにしっかり握って走った。
(あとからまたきこえてくるおいてけのこえ。
「なにいいやがるのだ」)
後からまた聞えてくるおいてけの声。
「なに云やがるのだ」
(きんたはどんどんはしっていけのふちをはなれた。くるときにはきがつかなかったが、)
金太はどんどん走って池の縁を離れた。来る時には気が注かなかったが、
(そこにいっけんのちゃみせがあった。きんたはそれをみるとほっとした。きんたはつかつかと)
其処に一軒の茶店があった。金太はそれを見るとほっとした。金太はつかつかと
(はいっていった。
「おい、ちゃをいっぱいくんねえ」)
入って往った。
「おい、茶を一ぱいくんねえ」
(あんどんのようなうすぐらいあかりのあるどまのすみからろうじんがひょいとかおをみせた。)
行燈のような微暗い燈のある土室の隅から老人がひょいと顔を見せた。
(「さあ、さあ、おかけなさいましよ」
きんたはいりぐちへつりざおをたてかけて、)
「さあ、さあ、おかけなさいましよ」
金太は入口へ釣竿を立てかけて、
(どまのよこへいってこしをかけ、てにしたびくをあしもとへおいた。ろうじんはきんたを)
土室の横へ往って腰をかけ、手にした魚籃を脚下へ置いた。老人は金太を
(じろりとみた。
「つりのおかえりでございますか」)
じろりと見た。
「釣りのおかえりでございますか」
(「そうだよ、そこのいけへつりにいったが、じいさん、へんなものをみたぜ」)
「そうだよ、其所の池へ釣に往ったが、爺さん、へんな物を見たぜ」
など
(「へんなものともうしますと」
「おばけだよ、めもはなもない、のっぺらぼうだよ」)
「へんな物と申しますと」
「お妖怪だよ、眼も鼻もない、のっぺらぼうだよ」
(「へえぇ、めもはなもないのっぺらぼう。それじゃ、こんなので」)
「へえェ、眼も鼻もないのっぺらぼう。それじゃ、こんなので」
(ろうじんがそういってかたてでつるりとかおをなでた。と、そのかおはめもはなもない)
老人がそう云って片手でつるりと顔を撫でた。と、其の顔は眼も鼻もない
(のっぺらぼうになっていた。きんたはひめいをあげてにげた。)
のっぺらぼうになっていた。金太は悲鳴をあげて逃げた。
(びくもつりざおもそのままにして。)
魚籃も釣竿も其のままにして。