異妖編「寺町の竹藪」1 岡本綺堂

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江戸時代の怪異談
「K君はこの座中で第一の年長者であるだけに、江戸時代の怪異談をたくさんに知っていて、それからそれへと立て続けに五、六題の講話があった。そのなかで特殊のもの三題を選んで左に紹介する。」

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問題文

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(これはあるろうじょのむかしばなしである。 ろうじょはなをおなおさんといって、)

これはある老女の昔話である。  老女は名をおなおさんといって、

(あさくさのたじまちょうにすんでいた。そのころのたじまちょうはぞくにきたてらまちとよばれて)

浅草の田島町に住んでいた。そのころの田島町は俗に北寺町と呼ばれて

(いたほどで、あさくさのかんのんどうととなりつづきでありながら、すこぶるさびしいてらもんぜんの)

いたほどで、浅草の観音堂と隣り続きでありながら、すこぶるさびしい寺門前の

(まちであった。 はなしはかえい4ねんの3がつはじめで、なんでもおひなさまを)

町であった。  話は嘉永四年の三月はじめで、なんでもお雛さまを

(かたづけてから2、3にちすぎたころであると、おなおさんはいった。きゅうれきの3がつで)

片付けてから二、三日過ぎた頃であると、おなおさんは言った。旧暦の三月で

(あるから、ひとえのさくらはもうはなざかりでうえのからあさくさへまわるひとあしの)

あるから、ひとえの桜はもう花ざかりで上野から浅草へまわる人跫(あし)の

(しげきじせつである。なまあたたかく、どんよりとくもったひのゆうがたで、そのころまだ)

しげき時節である。なま暖かく、どんよりと曇った日の夕方で、その頃まだ

(11のおなおさんがきんじょのむすめたち4、5にんとおうらいであそんでいると、そのうちの)

十一のおなおさんが近所の娘たち四、五人と往来で遊んでいると、そのうちの

(ひとりがふいにあらとさけんだ。 「おかねちゃん。どこへいっていたの。」)

一人が不意にあらと叫んだ。 「お兼ちゃん。どこへ行っていたの。」

(おかねちゃんというのは、このちょうないのじゅずやのむすめで、ひるすぎの)

お兼ちゃんというのは、この町内の数珠屋のむすめで、午すぎの

(やっつ(ごごにじ)をあいずに、ほかのともだちといっしょにてならいのししょうのいえからかえったあと)

八つ(午後二時)を合図に、ほかの友達と一緒に手習いの師匠の家から帰った後

(いちどもおもてへそのすがたをみせなかったのである。おかねはおなおさんとおないどしの、)

一度も表へその姿をみせなかったのである。お兼はおなおさんとおない年の、

(いろのしろい、かわいらしいむすめで、ふだんからおとなしいのでししょうにもほめられ、)

色の白い、可愛らしい娘で、ふだんからおとなしいので師匠にも褒められ、

(けいこほうばいにもしたしまれていた。 このごろのはるのひももうくれかかっては)

稽古朋輩にも親しまれていた。  このごろの春の日ももう暮れかかっては

(いたが、おうらいはまだうすあかるいので、おかねちゃんのあおざめたかおはだれのめにも)

いたが、往来はまだ薄あかるいので、お兼ちゃんの青ざめた顔は誰の眼にも

(はっきりとみえた。ひとりがこえをかけると、ほかのこむすめもみなばらばらと)

はっきりと見えた。ひとりが声をかけると、ほかの小娘も皆ばらばらと

(かけよってかれのまわりをとりまいた。おなおさんもむろんにちかよって、そのかおを)

駈け寄ってかれのまわりを取巻いた。おなおさんも無論に近寄って、その顔を

(のぞきながらきいた。 「おまえさん、どうしたの。さっきからちっともあそびに)

のぞきながら訊いた。 「おまえさん、どうしたの。さっきからちっとも遊びに

(でてこなかったのね。」 おかねちゃんはだまっていたが、やがてひくいこえでいった。)

出て来なかったのね。」 お兼ちゃんは黙っていたが、やがて低い声で言った。

(「あたし、もうみんなとあそばないのよ。」 「どうして。」)

「あたし、もうみんなと遊ばないのよ。」 「どうして。」

など

(みんなはおどろいたようにこえをそろえてきくと、おかねはまただまっていた。そうして)

みんなは驚いたように声をそろえて訊くと、お兼はまた黙っていた。そうして

(かなしそうなかおをしながらよこちょうのほうへきえるようにたちさってしまった。)

悲しそうな顔をしながら横町の方へ消えるように立去ってしまった。

(きえるようにといっても、ほんとうにきえたのではない。よこちょうのかどをまがっていく)

消えるようにといっても、ほんとうに消えたのではない。横町の角を曲っていく

(まで、そのうしろすがたをたしかにみたとおなおさんはいった。 そのようすが)

まで、そのうしろ姿をたしかに見たとおなおさんは言った。  その様子が

(なんとなくおかしいので、みんなもいったんはかおをみあわせて、だまってそのうしろかげを)

なんとなくおかしいので、みんなも一旦は顔を見合せて、黙ってそのうしろ影を

(みおくっていたが、おかねのたちさったのはじぶんのみせとはんたいのほうがくで、)

見送っていたが、お兼の立去ったのは自分の店と反対の方角で、

(しかもそのよこちょうにはひるでもうすぐらいようなおおきいたけやぶのあることをおもいだした)

しかもその横町には昼でも薄暗いような大きい竹藪のあることを思い出した

(ときに、どのむすめもなんだかうすきみわるくなってきた。おなおさんもにわかに)

ときに、どの娘もなんだか薄気味わるくなって来た。おなおさんも俄かに

(ぞっとした。そうして、いいあわせたようにいちどになきごえをあげて、めいめいの)

ぞっとした。そうして、言い合せたように一度に泣き声をあげて、めいめいの

(うちへにげこんでしまった。 おなおさんのいえはきょうじやであった。てもとがくらく)

家へ逃げ込んでしまった。  おなおさんの家は経師屋であった。手もとが暗く

(なったので、そろそろとしごとをしまいかけていたおとうさんは、あわただしく)

なったので、そろそろと仕事をしまいかけていたお父さんは、あわただしく

(かけこんできたおなおさんをしかりつけた。 「なんだ、そうぞうしい。)

駈け込んで来たおなおさんを叱りつけた。 「なんだ、そうぞうしい。

(ぎょうぎのわるいやつだ。おんなのこがひのくれるまでおもてにでていることがあるものか。」)

行儀のわるい奴だ。女の児が日の暮れるまで表に出ていることがあるものか。」

(「でも、おとうさん、こわかったわ。」 「なにがこわい。」)

「でも、お父さん、怖かったわ。」 「なにが怖い。」

(おなおさんからくわしいはなしをきかされても、おとうさんはべつにきにもとめない)

おなおさんから詳しい話を聞かされても、お父さんは別に気にも留めない

(らしかった。なぜくらくなるまでそとあそびをしていると、おっかさんにもしかられて、)

らしかった。なぜ暗くなるまで外遊びをしていると、おっ母さんにも叱られて、

(おなおさんはそのままおくへいって、おやこ3にんでゆうめしをくった。よるになって、)

おなおさんはそのまま奥へ行って、親子三人で夕飯を食った。夜になって、

(おとうさんはこぞうといっしょにきんじょのゆやへいったが、しょくにんのゆははやい。)

お父さんは小僧と一緒に近所の湯屋へ行ったが、職人の湯は早い。

(やがてかえってきておっかさんにささやいた。 「さっきおなおがなにをいっている)

やがて帰って来ておっ母さんにささやいた。 「さっきおなおが何を言っている

(のかとおもったらどうもおかしいよ。じゅずやのおかねちゃんは)

のかと思ったらどうもおかしいよ。数珠屋のお兼ちゃんは

(みえなくなったそうだ。」)

見えなくなったそうだ。」

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