竹柏記 山本周五郎 ㉒

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投稿者投稿者ヒマヒマ マヒマヒいいね2お気に入り登録
プレイ回数1085難易度(4.5) 3494打 長文
不信な男に恋をしている娘に、強引な結婚を申し込むが・・・
不信な男に恋をしている友人の妹を守りたい一心で、心通わずとも求婚をする勘定奉行の主人公。

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問題文

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(はんしゅのしょくせいかいかくで、かれのしょうらいはいちおうていとんのかたちになった。)

藩主の職制改革で、彼の将来はいちおう停頓のかたちになった。

(わるくすると、かんじょうぶぎょうしょの「もとかたしはい」という、)

悪くすると、勘定奉行所の「元方支配」という、

(げんざいのせきに、いっしょうとどまらなければならないかもしれない。)

現在の席に、一生とどまらなければならないかもしれない。

(それではやがてかけいがひっぱくしてくる、というのは、)

それではやがて家計が逼迫してくる、というのは、

(こうたいせしゅうせいのぶぎょうしょくは、そのしょくについているきかんだけ、)

交代世襲制の奉行職は、その職に就いている期間だけ、

(かろくとねんぼうとあわせたしゅうにゅうがある。たいしょくちゅうはねんぼうはあたえられず、)

家禄と年俸と合わせた収入がある。退職ちゅうは年俸は与えられず、

(しかもいえのかくしきはまもらなければならない。)

しかも家の格式は守らなければならない。

(ようするにししゅつのめんはかわらないのに、しゅうにゅうがへるわけであって、)

要するに支出の面は変らないのに、収入が減るわけであって、

(つぎのにんきまでは、けいざいてきにかなりくるしく、よほどひきしめても、)

次の任期までは、経済的にかなり苦しく、よほどひき緊めても、

(しゃくざいがのこりがちであった。ちちがけんやくなひとだったし、かれもりちぎのすけなどと)

借財が残りがちであった。父が倹約な人だったし、彼も律義之助などと

(いわれるくらいで、げんざいのところはどうにかやってゆけるが、)

いわれるくらいで、現在のところはどうにかやってゆけるが、

(もしこのままもとかたしはいでいるとすると、そうばんゆきづまるのはめいはくであった。)

もしこのまま元方支配でいるとすると、早晩ゆき詰るのは明白であった。

(そこでさしあたり、しょくせいのかいかくにともなって、いえのかくしきを)

そこでさし当り、職制の改革にともなって、家の格式を

(しょくろくそうとうになおすこと、つまりかくしきじょうのふたんをのぞいてもらう、)

食禄相当に直すこと、つまり格式上の負担を除いて貰う、

(ということを、たいしょくしたひろまつぜんぶぎょうとそうだんのうえ、)

ということを、退職した広松前奉行と相談のうえ、

(かろうしょくまでねがいでることにした。)

家老職まで願い出ることにした。

(それははんしゅがさんきんのためしゅっぷするすこしまえのことで、)

それは藩主が参覲さんきんのため出府する少しまえのことで、

(かろうしょくはしょうだくし、そのむねをすぐはんしゅにつうじたが、)

家老職は承諾し、その旨をすぐ藩主に通じたが、

(としひでは「かんがえておく」と、きげんのわるいかおで、こたえただけであった。)

利秀は「考えておく」と、きげんの悪い顔で、答えただけであった。

(はんしゅのえどへたつひがせまったあるひ、)

藩主の江戸へ立つ日が迫った或る日、

など

(じょうちゅうのながろうかでおかむらやつかにあった。)

城中の長廊下で岡村八束に会った。

(「しばらくでした、ごじょうなんをもうけられたそうですね」)

「しばらくでした、御長男を儲けられたそうですね」

(やつかのほうからそうよびかけた。)

八束のほうからそう呼びかけた。

(「おいわいにゆかなければならないんですが、えんりょするほうがいいと)

「お祝いにゆかなければならないんですが、遠慮するほうがいいと

(おもったので、ついしつれいしていました、どちらもおじょうぶですか」)

思ったので、つい失礼していました、どちらもお丈夫ですか」

(かれはあかるいかおをしていた。けっしょくもよく、めつきにも)

彼は明るい顔をしていた。血色もよく、眼つきにも

(さえたちからがこもっていた。あのころのいやしくよごれたかんじや、)

冴えた力がこもっていた。あの頃の卑しく汚れた感じや、

(ふけんこうなつかれはきれいになくなって、かれほんらいの、かしこいそうめいなせいかくが、)

不健康な疲れはきれいに無くなって、彼本来の、賢い聡明な性格が、

(いきいきとみゃくうっているようにみえた。)

活き活きと脈うっているようにみえた。

(「ちょっとはなしがあるんですが」やつかはこういって、)

「ちょっと話があるんですが」八束はこう云って、

(ろうかのすみのほうへこうのすけをさそった。)

廊下の隅のほうへ孝之助をさそった。

(「しょくせいかいかくについて、かくしきのこうしんをねがいでたのは、)

「職制改革について、格式の更新を願い出たのは、

(あなただということをききましたが、それはじじつですか」)

貴方だということを聞きましたが、それは事実ですか」

(こうのすけはそうだとこたえた。「まずかったですね」やつかはまゆをひそめた、)

孝之助はそうだと答えた。「まずかったですね」八束は眉をひそめた、

(「もうすこしじきをまつべきでした、あのとおりきのみじかいごせいしつで、)

「もう少し時期を待つべきでした、あのとおり気の短い御性質で、

(それにだいみょうものしりのせまいごしあんしかないから、)

それに大名もの識りの狭い御思案しかないから、

(ごかいかくにたいするふまん、というふうにとられたらしいんですよ、)

御改革に対する不満、というふうにとられたらしいんですよ、

(もちろんたかやすさんのしゅちょうはただしい、かくしきじょうのふたんをそのままにして、)

もちろん高安さんの主張は正しい、格式上の負担をそのままにして、

(しょくせいだけかえるというのはかたておちですからね、)

職制だけ変えるというのは片手おちですからね、

(しかしもうすこしまってからにすべきでした」)

しかしもう少し待ってからにすべきでした」

(こうのすけにはいうことはなかった。むしろ、なぜやつかが)

孝之助には云うことはなかった。むしろ、なぜ八束が

(そんなはなしをもちだしたか、ということのほうがふしんだった。)

そんな話をもちだしたか、ということのほうが不審だった。

(やつかもそのてんにきづいたのだろう。ふとおもいだしたように、)

八束もその点に気づいたのだろう。ふと思いだしたように、

(「じつはこんどえどづめになりましてね」こういってくしょうした。)

「実はこんど江戸詰になりましてね」こう云って苦笑した。

(「やくめもかわるらしいので、これからはいくらかおちからにも)

「役目も変るらしいので、これからは幾らかお力にも

(なれるとおもうんです。ずいぶんごめいわくをかけたし、)

なれると思うんです。ずいぶん御迷惑をかけたし、

(ふぎりなはいしゃくまでしているが、これでわたしもたちなおれますから、)

不義理な拝借までしているが、これで私も立ち直れますから、

(えどへいったらできるだけはやく、はいしゃくしたぶんもへんさいしますし、)

江戸へいったらできるだけ早く、拝借した分も返済しますし、

(なにかでおやくにもたちたいとおもいます」「それはよかった、)

なにかでお役にも立ちたいと思います」「それはよかった、

(かねのことなどはどっちでもいいが、それはほんとうによかった」)

金のことなどはどっちでもいいが、それは本当によかった」

(「そういってくださるだろうとおもっていました」)

「そう云って下さるだろうと思っていました」

(やつかはちょっと、あいまいなびしょうをもらした。)

八束はちょっと、あいまいな微笑をもらした。

(「いつかたかやすさんは、わたしにきたいするというようにおっしゃった、)

「いつか高安さんは、私に期待するというように仰しゃった、

(たぶんごきたいにそむかないていどのにんげんには、)

たぶん御期待にそむかない程度の人間には、

(なれるだろうとおもいます、どうかみていてください、)

なれるだろうと思います、どうか見ていて下さい、

(そしてかならずなにかでおやくにたつ、ということをしんじていてください」)

そして必ずなにかでお役に立つ、ということを信じていて下さい」

(ことばはけんそんであったが、そのたいどはすくなからずこうぜんとし、)

言葉は謙遜であったが、その態度は少なからず昂然とし、

(またかくしんにみちていた。うがったみかたをすれば、)

また確信に満ちていた。穿った見かたをすれば、

(それはやつかがこうのすけにむかって、ふたりのいちがてんとうしたといういみを、)

それは八束が孝之助に向って、二人の位置が転倒したという意味を、

(せんこくするようでもあった。それならなおいいじゃないか。)

宣告するようでもあった。それならなおいいじゃないか。

(こうのすけはこうおもうだけであった。やつかがきかいにめぐまれただけでも、)

孝之助はこう思うだけであった。八束が機会に恵まれただけでも、

(ずっときがらくになった。これからえどへゆけば、はんしゅとしひでに)

ずっと気が楽になった。これから江戸へゆけば、藩主利秀に

((いまのところ)きにいられているらしいから、)

(今のところ)気にいられているらしいから、

(あるいはそうとうのところまでしゅっせするかもしれない。)

あるいは相当のところまで出世するかもしれない。

(もしそうとすれば、これまでのきもちのうえのふさいは、)

もしそうとすれば、これまでの気持のうえの負債は、

(おそらくかんぜんにきえるだろう、とおもった。)

おそらく完全に消えるだろう、と思った。

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