竹柏記 山本周五郎 ㉕
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問題文
(「それでよくわかった」てつまはうなずいていった。)
「それでよくわかった」鉄馬は頷いて云った。
(「じつをいうと、えどにいるぬひのおとうとから、そんなことをきいたと)
「実をいうと、江戸にいるぬひの弟から、そんなことを聞いたと
(かいてよこしたそうで、ほかにもきいたものがあるらしい、たぶんおかむらが)
書いてよこしたそうで、他にも聞いた者があるらしい、たぶん岡村が
(はなしたものだろう、あのおとこならそのくらいのことはやりかねない」)
話したものだろう、あの男ならそのくらいのことはやりかねない」
(「いやそういうふうにいうのはよそう」こうのすけはしずかにさえぎった。)
「いやそういうふうに云うのはよそう」孝之助は静かに遮った。
(「ほかのうわさとはちがうから、そのげんいんになったとおもわれるりゆうを)
「ほかの噂とは違うから、その原因になったと思われる理由を
(はなしたので、このさんにんにわかってもらえばそれでいいのだ」)
話したので、この三人にわかって貰えばそれでいいのだ」
(「しかしうわさはかなりひろくひろまっているし、かんじょうぶぎょうというやくに)
「しかし噂はかなりひろく弘まっているし、勘定奉行という役に
(つくいじょう、こういうふけつなひょうばんのねはたっておかなければなるまい」)
就く以上、こういう不潔な評判の根は断っておかなければなるまい」
(「じじつむこんのせひょうなど、けっしてながつづきのするものではない、)
「事実無根の世評など、決してなが続きのするものではない、
(すてておいてもかならずわかるものだよ」)
棄てておいても必ずわかるものだよ」
(「ほんとうにそうおもうなら」とてつまがいった。)
「本当にそう思うなら」と鉄馬が云った。
(「ほんとうにそうしんじているなら、どうしてここでべんめいをしたんだ、)
「本当にそう信じているなら、どうして此処で弁明をしたんだ、
(せけんがどんなことをいおうと、われわれはたかやすをしっているし、)
世間がどんなことを云おうと、われわれは高安を知っているし、
(たかやすをしんじている、それなのにどうして、たかやすをよくしらないせひょうを)
高安を信じている、それなのにどうして、高安をよく知らない世評を
(すてておいて、われわれだけにこんなべんめいをしたんだ、どうしてだ、)
棄てておいて、われわれだけにこんな弁明をしたんだ、どうしてだ、
(なにかそうするひつようがあったのか」)
なにかそうする必要があったのか」
(「そうだ」こうのすけはどきっとして、あたまをたれた、)
「そうだ」孝之助はどきっとして、頭を垂れた、
(「そうだった、おれのあやまりだ、どうしてこんなべんめいなど)
「そうだった、おれの誤りだ、どうしてこんな弁明など
(するきになったのか」「それはわたくしのためです」)
する気になったのか」「それはわたくしのためです」
(すぎのがてつまにむかっていった。しんるいのかたがたにもめいわくがかかると)
杉乃が鉄馬に向って云った。「親類の方がたにも迷惑がかかると
(おもいましたので、りゆうがあったらきかせてくださるようにと、)
思いましたので、理由があったら聞かせて下さるようにと、
(わたくしからねがったのでございます」「するとおまえにはたかやすが)
わたくしから願ったのでございます」「するとおまえには高安が
(しんじられなかったのだな」てつまのめはいかりのためにぎらぎらひかった。)
信じられなかったのだな」鉄馬の眼は怒りのためにぎらぎら光った。
(かれははじめから、わとうをそこへもってくるつもりだったらしい。)
彼は初めから、話頭をそこへもってくるつもりだったらしい。
(このあつまりがすぎのからでたこと、こうのすけがそれにひきずられて、)
この集まりが杉乃から出たこと、孝之助がそれにひきずられて、
(したくないべんめいをしたのだ、ということをさっし、)
したくない弁明をしたのだ、ということを察し、
(おさえていた(いもうとにたいする)いかりがいっぺんにでたようである。)
抑えていた(妹に対する)怒りがいっぺんに出たようである。
(「よめにいってあしかけさんねん、いまだにおっとがしんじられないのか、)
「嫁にいってあしかけ三年、いまだに良人が信じられないのか、
(こんなことでおっとにべんめいをもとめるようなものはひとのつまではない。)
こんなことで良人に弁明を求めるような者は人の妻ではない。
(そういうものをあにとしてとものつまにやってはおけない、)
そういう者を兄として友の妻にやってはおけない、
(かさいへひきとるからいとまをもらってもどれ」)
笠井へ引取るからいとまを貰って戻れ」
(「なにをいうてつま、それはちがう」こうのすけがびっくりしててをあげた。)
「なにを云う鉄馬、それは違う」孝之助が吃驚して手をあげた。
(「きょうのことはすぎののせきにんではない、おれがじぶんでこうしようと)
「今日のことは杉乃の責任ではない、おれが自分でこうしようと
(いったのだ、てつまにもきいてもらいたかったし、)
云ったのだ、鉄馬にも聞いて貰いたかったし、
(はまださんもふゆかいなおもいをしているというので」)
浜田さんも不愉快な思いをしているというので」
(「はまだはおれのつまのじっかだ」てつまはあらいちょうしでいった、)
「浜田はおれの妻の実家だ」鉄馬は荒い調子で云った、
(「つまのしんぞくのことはおれがじぶんでする、またおれはたかやすを)
「妻の親族のことはおれが自分でする、またおれは高安を
(しんじているから、そんなはなしをききたいとはけっしておもわない、)
信じているから、そんな話を聞きたいとは決して思わない、
(それはたかやすじしんがよくしっているはずだ、)
それは高安自身がよく知っている筈だ、
(たとえば、たいうんじがはらのけっとうのときがそうだ」)
たとえば、大雲寺ヶ原の決闘のときがそうだ」
(「まってくれてつま、それをいうのはまってくれ」)
「待って呉れ鉄馬、それを云うのは待って呉れ」
(「いやいわなければならない」てつまはくびをふった。)
「いや云わなければならない」 鉄馬は首を振った。
(すぎのはあっというかおでなかばくちをあけてあにをみた。)
杉乃はあっという顔でなかば口をあけて兄を見た。
(てつまはけっとうのときのしじゅうをくわしくはなし、)
鉄馬は決闘のときの始終を詳しく話し、
(さらに、とがめるようなくちぶりでいった。)
さらに、咎めるような口ぶりで云った。
(「あのとき、やつかがなぜけっとうをもうしこんだか、)
「あのとき、八束がなぜ決闘を申し込んだか、
(そのりゆうをどうしてもたかやすはいわなかった。)
その理由をどうしても高安は云わなかった。
(またたいうんじがはらでの、やつかのひれつなやりかた、)
また大雲寺ヶ原での、八束の卑劣なやりかた、
(げせんきわまるあのやりかたをも、ひとにしれないようにしまつした、)
下賤極まるあのやりかたをも、人に知れないように始末した、
(どうしてだ、なぜそんなにまでするんだ、おれはくりかえしそうきいたが、)
どうしてだ、なぜそんなにまでするんだ、おれは繰り返しそう訊いたが、
(たかやすはひとこともせつめいをしなかった、そうではなかったか、たかやす」)
高安はひと言も説明をしなかった、そうではなかったか、高安」
(こうのすけはなにかいおうとした。が、それよりはやく、)
孝之助はなにか云おうとした。が、それより早く、
(てつまがつづけていった。「だがおれにはさっしがついた、たかやすはあるにんげんの)
鉄馬が続けて云った。「だがおれには察しがついた、高安は或る人間の
(きもちをかばったのだ、やつかがそんなおとこだということを、)
気持を庇ったのだ、八束がそんな男だということを、
(あるにんげんにしらせたくなかったんだ、じじつをしれば、)
或る人間に知らせたくなかったんだ、事実を知れば、
(あるにんげんがよけいきずつかなければならない、)
或る人間がよけい傷つかなければならない、
(そうおもってすべてをかげにかくしたんだ、そのあるにんげんとは」)
そう思ってすべてを蔭に隠したんだ、その或る人間とは」
(「やめてくれてつま、これはおれのもんだいだ」)
「やめて呉れ鉄馬、これはおれの問題だ」
(さけぶようにいって、こうのすけはたちあがった。)
叫ぶように云って、孝之助は立ちあがった。
(「おれがべんかいをしたことはむふんべつだった、しかしそのために、)
「おれが弁解をしたことは無分別だった、しかしそのために、
(ひつようのないことまであらいたてるのはよしてくれ、)
必要のないことまで洗い立てるのはよして呉れ、
(あらためてわびにくる、きょうはこれでかえらせてもらうから、)
改めて詫びに来る、今日はこれで帰らせて貰うから、
(おいですぎの、いっしょにかえろう」すぎのはおとなしくたった。)
おいで杉乃、いっしょに帰ろう」杉乃はおとなしく立った。
(「そうか、そういうならやめよう」てつまもたちながらいった。)
「そうか、そういうならやめよう」鉄馬も立ちながら云った。
(「けれどもこのままかえられてはこまる、いわいのしたくがしてあるんだ、)
「けれどもこのまま帰られては困る、祝いの支度がしてあるんだ、
(おやたちがふしんにおもうから、いちどむこうですわってからにしてくれ」)
親たちが不審に思うから、いちど向うで坐ってからにして呉れ」