めおと蝶 山本周五郎 ②

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プレイ回数1437難易度(4.3) 2933打 長文
妻に頑なな大目付の夫・良平、結婚は失敗だと思い夫を拒む信乃。
信乃は情の薄い夫・良平を好きになることができない。ある日かつて思いを寄せていた智也が投獄される。

吝嗇/りんしょく:極度に物惜しみすること。けち。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 pechi 6399 S 7.0 91.7% 427.4 3004 269 60 2024/03/11

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問題文

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(それからろくしちにちのあいだ、しのはおちつかないなやましいひをおくった。)

それから六七日のあいだ、信乃はおちつかない悩ましい日を送った。

(ともやがどうしてじょうちゅうのろうへいれられたか、)

知也がどうして城中の牢へいれられたか、

(そのりゆうだけでもしりたかった。)

その理由だけでも知りたかった。

(じっかのあにはなんどぶぎょうをしているので、)

実家の兄は納戸奉行をしているので、

(あににきいたらわかるかもしれない、そうおもって、)

兄にきいたらわかるかもしれない、そう思って、

(「いもうとのえんだんのことですみかわへいってまいりたいのですが」)

「妹の縁談のことで住川へいってまいりたいのですが」

(こういってみたが、おっとはこっちへはめもむけず、)

こう云ってみたが、良人はこっちへは眼も向けず、

(いつものひややかなこえできょぜつした。)

いつもの冷やかな声で拒絶した。

(「いまごようがたぼうだ、るすにされてはこまる」)

「いま御用が多忙だ、留守にされては困る」

(ふみよがいしぼとけのようなといった、かんじょうのすこしもあらわれない、)

文代が石仏のようなと云った、感情の少しもあらわれない、

(とりつくしまのないたいどである。)

とりつく島のない態度である。

(しのはひきさがるよりしかたがなかった。)

信乃はひきさがるよりしかたがなかった。

(そうだ、なまじしらないほうがいいかもしれない、)

そうだ、なまじ知らないほうがいいかもしれない、

(りゆうがわかったところでじぶんにはどうすることもできない、)

理由がわかったところで自分にはどうすることもできない、

(それに、いまのじぶんとはかんけいのないひとだ。)

それに、今の自分とは関係のない人だ。

(じぶんでこうじぶんをなだめ、なるべくそのことをわすれようとつとめた。)

自分でこう自分をなだめ、なるべくその事を忘れようと努めた。

(しかしじじつははんたいで、きもちはおちつくときがなく、)

しかし事実は反対で、気持はおちつくときがなく、

(あたまのなかではいろいろなおもいが、かもんのようにたえず)

頭のなかではいろいろな想いが、渦紋のように絶えず

(きえたりあらわれたりした。そのちゅうしんにあるのはいつもともやであり、)

消えたり現われたりした。その中心にあるのはいつも知也であり、

(ついでなにかをしてきするかのようにいもうとのささやきがきこえた。)

ついでなにかを指摘するかのように妹の囁きが聞えた。

など

(おかわいそうなおねえさま。いもうとのそのささやきはしのをぞっとさせる。)

お可哀そうなお姉さま。妹のその囁きは信乃をぞっとさせる。

(それはつみのじかくをうながすようにおもえる。)

それは罪の自覚を促すように思える。

(しっていたのだろうか、ともやとじぶんとのことを。)

知っていたのだろうか、知也と自分とのことを。

(そんなはずはない、いもうとにきづかれたようなきおくはないし、)

そんな筈はない、妹に気づかれたような記憶はないし、

(あのわずかな、いちじんのかぜのふきさったようなできごとは、)

あの僅かな、一陣の風の吹き去ったような出来事は、

(けっしてはたのものにわかるようなものではなかった。)

決してはたの者にわかるようなものではなかった。

(それではなぜかわいそうだなどといったのだろうか。)

それではなぜ可哀そうだなどといったのだろうか。

(しのはそこでつまずき、そのたびにやはりいっしゅの)

信乃はそこでつまずき、そのたびにやはり一種の

(ぞっとしたきもちにおそわれるのであった。)

ぞっとした気持におそわれるのであった。

(「きょうはゆうこくからきゃくがある、さけのしたくをしておいてくれ」)

「今日は夕刻から客がある、酒の支度をしておいて呉れ」

(おっとがあるあさこういった。)

良人が或る朝こう云った。

(「おきゃくさまはおいくたりくらいでございますか」)

「お客さまはお幾人くらいでございますか」

(「さんにんかよにん、それよりおおくなることはない、)

「三人か四人、それより多くなることはない、

(しかし、・・・そこはてきとうにしておけ」)

しかし、・・・そこは適当にしておけ」

(「ごしゅうぎでございますか、それとも・・・」)

「御祝儀でございますか、それとも・・・」

(しゅうぎとぶしゅうぎではしたくがちがう、それでそうきいたのであるが、)

祝儀と不祝儀では支度が違う、それでそうきいたのであるが、

(りょうへいはふきげんなめでとがめるようにこちらをみ、)

良平はふきげんな眼で咎めるようにこちらを見、

(それからだまったままでていった。)

それから黙ったまま出ていった。

(おりあしくこうのすけがねつをだした。おっとがしゅっしするとまもなく、)

折悪しく甲之助が熱をだした。良人が出仕すると間もなく、

(うばのすぎがしらせてきて、それからいしゃをよんだり、)

乳母のすぎが知らせて来て、それから医者を呼んだり、

(てあてをしたり、ごごまでなにをするひまもなかった。)

手当をしたり、午後までなにをする暇もなかった。

(こうのすけはみっつになるが、おっとのしゅちょうでうまれるとすぐから)

甲之助は三つになるが、良人の主張で生れるとすぐから

(うばのてにまかせられ、しのはほとんどせわをしてやったことがない。)

乳母の手に任せられ、信乃は殆んど世話をしてやったことがない。

(おんなおやはあまくそだてるからいけない。)

女親はあまく育てるからいけない。

(りょうへいはこういうのであるが、それはつまをじぶんにひきつけておきたいのと、)

良平はこう云うのであるが、それは妻を自分にひきつけて置きたいのと、

(じぶんのこをうばにそだてさせるというきょえいしんのためのようであった。)

自分の子を乳母に育てさせるという虚栄心のためのようであった。

(かれはごじゅっこくたらずのくみがしらのいえにうまれ、ずいぶんまずしいせいかつをしたらしい。)

彼は五十石足らずの組頭の家に生れ、ずいぶん貧しい生活をしたらしい。

(くにかろうのいまきさいべえにみとめられて、よこめやくどころからついに)

国家老の井巻済兵衛に認められて、横目役所からついに

(おおめつけにまでしゅっせしたが、にちじょうのごくささいなことで、)

大目附にまで出世したが、日常のごく些細なことで、

(おんなのしのがはずかしくなるほどこまかく、)

女の信乃が恥かしくなるほどこまかく、

(けんやくというよりむしろりんしょくにちかいところがすくなくなかった。)

倹約というより寧ろ吝嗇にちかいところが少くなかった。

(そのはんめんにはじぶんがおおめつけだといういしきから、ときおりみょうな)

その反面には自分が大目附だという意識から、ときおり妙な

(かくしきぶったことをする、こうのすけをうばにそだてさせたのもそのいちれいであるが、)

格式ぶったことをする、甲之助を乳母に育てさせたのもその一例であるが、

(せいかつぶりとちぐはぐなので、たいていのばあいきょえいしんの)

生活ぶりとちぐはぐなので、たいていのばあい虚栄心の

(じこまんぞくにおわってしまう。このひとにはじぶんのことしかない。)

自己満足に終ってしまう。この人には自分のことしかない。

(しのはうえむらへかしてきてまもなくそうおもった。)

信乃は上村へ嫁して来てまもなくそう思った。

(いまきこくろうがおおめつけにすいきょしたのはそういうしょうぶんをかったためかもしれない、)

井巻国老が大目附に推挙したのはそういう性分を買ったためかもしれない、

(ものさしでわりつけたようにすきがなく、つねにれいせいで、)

物差で割りつけたように隙がなく、つねに冷静で、

(ものにかしゃくがなかった。このけっこんはじぶんにはまちがいだった。)

ものに仮借がなかった。この結婚は自分にはまちがいだった。

(はじめのはんとしくらいでしのはそうさとったものであった。)

初めの半年くらいで信乃はそう悟ったものであった。

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