めおと蝶 山本周五郎 ⑥

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プレイ回数1393難易度(4.2) 4155打 長文
妻に頑なな大目付の夫・良平、結婚は失敗だと思い夫を拒む信乃。
信乃は情の薄い夫・良平を好きになることができない。ある日かつて思いを寄せていた智也が投獄される。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 pechi 6280 S 6.9 91.1% 611.9 4258 415 89 2024/03/18

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問題文

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(しのはああとこえをあげた。そのなかにともやのながあった。)

信乃はああと声をあげた。そのなかに知也の名があった。

(うままわりそうしはいじょやくよんひゃくにじゅっこくじゅうにんぶちにしはらともや。)

馬廻総支配助役四百二十石十人扶持西原知也。

(そうしてそのうえに「し」としゅでかいてあるが、)

そうしてその上に「死」と朱で書いてあるが、

(すみでにどまでけしてあるのは、ほかのつみとがをあらためたものとみえる。)

墨で二度まで消してあるのは、他の罪科を改めたものとみえる。

(ざいじょうはごくかんたんに、いまきこくろうはじめじゅうしんすうめいを)

罪条はごく簡単に、井巻国老はじめ重臣数名を

(あんさつしようとしたしゅぼうしゃ、ということがしるしてあった。)

暗殺しようとした首謀者、ということが記してあった。

(ひじょうにおそろしいものをみたように、しのはそれをつくえのうえへなげだした。)

非常におそろしい物を見たように、信乃はそれを机の上へ投げだした。

(それからまたすぐにそれをつくえのむこうへ、もとのようにおとした。)

それからまたすぐにそれを机の向うへ、元のように落とした。

(ちょうどそのとき、ろうかをはしるようにして、)

ちょうどそのとき、廊下を走るようにして、

(あわただしくりょうへいがもどってきた。)

あわただしく良平が戻って来た。

(あやういいっしゅんであった。しのがほうきをもつのとほとんどどうじに、)

危うい一瞬であった。信乃が箒を持つのと殆ど同時に、

(りょうへいがはいってきてへやのなかをみまわした。)

良平がはいって来て部屋の中を見まわした。

(「ここにかいたものがなかったか」かれはするどいめでこちらをみた。)

「ここに書いた物が無かったか」彼は鋭い眼でこちらを見た。

(しのはじぶんでもびっくりするほどおちついて、)

信乃は自分でもびっくりするほどおちついて、

(「なにかおわすれものでございますか」)

「なにかお忘れ物でございますか」

(こういいながらしずかにまわりをながめやった。)

こう云いながら静かにまわりを眺めやった。

(りょうへいはあわてたようすでつくえのそばへゆき、)

良平は慌てたようすで机のそばへゆき、

(ひきだしをあけたり、しょるいだなをかきさがしたりしたが、)

抽出をあけたり、書類棚をかき捜したりしたが、

(やがてつくえのうしろにあるのをみつけ、それをとって、)

やがて机のうしろにあるのをみつけ、それを取って、

(ほっとしたようにふところへいれた。)

ほっとしたようにふところへ入れた。

など

(「こんやはしろでとまる」りょうへいはこういって、)

「今夜は城で泊る」良平はこう云って、

(さらになにかいおうとしたが、あたまをふっていそいででていった。)

さらになにか云おうとしたが、頭を振っていそいで出ていった。

(ひるのしょくじもしのはのどをとおらなかった。)

昼の食事も信乃は喉をとおらなかった。

(あれからいもうとはれいによって、し、ごにちにいちどくらいのわりでくるが、)

あれから妹は例によって、四、五日に一度くらいの割で来るが、

(ともやのことはまったくくちにしなかった。)

知也のことはまったく口にしなかった。

(むろんこっちからきくわけにはいかない、)

むろんこっちからきくわけにはいかない、

(まだろうしゃにいるのか、それともでたのか、)

まだ牢舎にいるのか、それとも出たのか、

(どんなつみでそうなったのか、なにもわからなかった。)

どんな罪でそうなったのか、なにもわからなかった。

(もしかするといもうとがこちらのきをためすつもりで、)

もしかすると妹がこちらの気を試すつもりで、

(むこんのことをいったのではないかとさえ、おもっていた。)

無根のことを云ったのではないかとさえ、思っていた。

(それがじゅうしんあんさつのしゅぼうしゃ、しかもつみとがはしざいだという。)

それが重臣暗殺の首謀者、しかも罪科は死罪だという。

(あんさつのぼうけいなどはりゆうなしにおこなわれるものではあるまい、)

暗殺の謀計などは理由なしに行われるものではあるまい、

(どんなりゆうでそのようなことがけいかくされたのだろうか。)

どんな理由でそのようなことが計画されたのだろうか。

(そのころのせいじはいうまでもなくせんせいで、)

そのころの政治はいうまでもなく専制で、

(とうきょくしゃのほかはこれをひぎすることをゆるされない、)

当局者のほかはこれを批議することを許されない、

(とくにふじんたちは、いれいもないわけではないが)

特に婦人たちは、異例もないわけではないが

(ほとんどのぞくこともできなかった。)

殆ど覗くこともできなかった。

(したがってしのもはんのせいじじょうせいなどはまったくしらず、)

したがって信乃も藩の政治情勢などはまったく知らず、

(そこにどのようなじじょうがかくされているか、)

そこにどのような事情が隠されているか、

(それがありえることかどうかさえけんとうがつかなかった。)

それが有り得ることかどうかさえ見当がつかなかった。

(「なんとかしなければならない」)

「なんとかしなければならない」

(そのよるひとよ、しんじょでてんてんしながらしのはひとりごとをいった。)

その夜ひと夜、寝所で転々しながら信乃は独り言を云った。

(「ともやさまはしざいになる、ともやさまが、)

「知也さまは死罪になる、知也さまが、

(いいえいけない、あのかたをしなせてはいけない、)

いいえいけない、あの方を死なせてはいけない、

(なんとかしてたすけてあげなければ、なんとかほうをこうじて、)

なんとかして助けてあげなければ、なんとか法を講じて、

(でもどうしたらいいだろう、どうしたらたすけてあげられるだろう」)

でもどうしたらいいだろう、どうしたら助けてあげられるだろう」

(しのはじっかのあににそうだんしようかとおもった。)

信乃は実家の兄に相談しようかと思った。

(よるがあけたらたずねようとけっしんしたが、)

夜が明けたら訪ねようと決心したが、

(あにもなんどぶぎょうをしているいじょう、そういうだいじをしらぬはずはないし、)

兄も納戸奉行をしている以上、そういう大事を知らぬ筈はないし、

(たすけることができるものならそれだけのこうさくはしたであろう。)

助けることができるものならそれだけの工作はしたであろう。

(とすれば、あにのちからではそれがふかのうであったか、)

とすれば、兄の力ではそれが不可能であったか、

(じっさいともやのぼうけいがしにあたいするものか、どちらかにちがいない。)

じっさい知也の謀計が死にあたいするものか、どちらかに違いない。

(「あにではだめだ、あにでは、それではほかにどんなほうほうがあるだろうか」)

「兄ではだめだ、兄では、それではほかにどんな方法があるだろうか」

(くにかろうのいまきさいべえ。ちちかたのおじにあたるちゅうろうのくろべぶだゆう、)

国家老の井巻済兵衛。父方の叔父に当る中老の黒部武太夫、

(ははかたのおじでろうしょくきもいりをしているまつしまがいき。)

母方の伯父で老職肝入をしている松島外記。

(たのめそうなひとをあるかぎりおもいだしてみた、)

頼めそうな人をある限り思いだしてみた、

(けれどもやがて「じぶんがうえむらりょうへいのつまである」というじじつにつきあたった。)

けれどもやがて「自分が上村良平の妻である」という事実につき当った。

(「そうだ、じぶんはおおめつけうえむらりょうへいのつまだった、)

「そうだ、自分は大目附上村良平の妻だった、

(じぶんにはなにもできはしない、かりにほうほうがあったとしても、)

自分にはなにもできはしない、仮に方法があったとしても、

(うえむらのつまであるじぶんがほかのおとこのためになにかするということはゆるされない、)

上村の妻である自分が他の男のためになにかするということは赦されない、

(せけんもひとも、ゆるさないだろう」)

世間も人も、赦さないだろう」

(ほのかにあけがたのひかりのさすこまどをみあげながら、)

ほのかに明けがたの光のさす小窓を見あげながら、

(しのはひとりでぜつぼうのうめきをあげた。)

信乃は独りで絶望の呻きをあげた。

(あくるひのごご、おっとがしろからこんやもかえらないというつかいをよこした。)

明くる日の午後、良人が城から今夜も帰らないという使いをよこした。

(それでしのは、うばにこうのすけをだかせて、)

それで信乃は、乳母に甲之助を抱かせて、

(ずいぶんひさかたぶりにじっかのすみかわへいった。)

ずいぶん久方ぶりに実家の住川へいった。

(なにかじじょうがわかるかとおもったのであるが、)

なにか事情がわかるかと思ったのであるが、

(ははもあによめもいもうともそのことはなにもしっていなかった。)

母も兄嫁も妹もそのことはなにも知っていなかった。

(「なんだかむずかしいことばかりいって、ごたごたばかりおこして、)

「なんだかむずかしいことばかり云って、ごたごたばかり起して、

(おとこのかたたちっていやだわねえ、こうさん」)

男の方たちっていやだわねえ、甲さん」

(はははこうのすけをだいてあやしながら、しごくのんきにそんなことをいった。)

母は甲之助を抱いてあやしながら、しごく暢気にそんなことを云った。

(「うるさいもめごとやあらそいのない、)

「うるさいもめごとや諍そいのない、

(しずかなよのなかがこないものかしら、そうとうなちえものがそろっていて、)

静かな世の中がこないものかしら、相当な智恵者がそろっていて、

(いつもなにかかにかやりあっているのだもの、)

いつもなにかかにかやりあっているのだもの、

(ねえこうのすけさん、あなたおおきくなったら、)

ねえ甲之助さん、あなた大きくなったら、

(もっとしずかなすみいいよのなかにしてくださいね」)

もっと静かな住みいい世の中にして下さいね」

(しのはおもいきって、ともやがしざいになる、ということを)

信乃は思いきって、知也が死罪になる、ということを

(うちあけようとした。だがうちあけたところで)

うちあけようとした。だがうちあけたところで

(かのじょたちにどうすることができるわけでもない、)

彼女たちにどうすることができるわけでもない、

(ことにじぶんのみたしょるいもはんけつぶんであるかどうかも、)

ことに自分の見た書類も判決文であるかどうかも、

(はっきりとだんげんはできないのである。)

はっきりと断言はできないのである。

(それでけっきょくはなにもいわずに、にじかんばかりいていえへかえった。)

それで結局はなにも云わずに、二時間ばかりいて家へ帰った。

(しろでとまるとつかいをよこしたおっとは、)

城で泊ると使いをよこした良人は、

(そのよるじゅうじごろになってとつぜんかえってきた。)

その夜十時ごろになってとつぜん帰って来た。

(「ごようがいがいにはやくかたづいたので」)

「御用が意外に早く片づいたので」

(りょうへいはめずらしくそんなことをいった。)

良平は珍らしくそんなことを云った。

(さけをのんでいるとみえて、そのためでか、)

酒を飲んでいるとみえて、そのためでか、

(ほかにわけがあるのか、れいになくあかるいかおつきで、)

ほかにわけがあるのか、例になく明るい顔つきで、

(ねむっているこうのすけをみにいったりした。)

眠っている甲之助を見にいったりした。

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