ああ玉杯に花うけて 第十部 3

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大正時代の少年向け小説!
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(じっさいこうぎょうしばかりがわるいのでない、おきゃくそのものも、そんなことはへいきである、)

実際興行師ばかりが悪いのでない、お客そのものも、そんなことは平気である、

(そのかわりにかれらはたばこものめば、ものもくう、みかん、しおせんべい、なんきんまめ)

そのかわりにかれらはたばこものめば、物も食う、みかん、塩せんべい、南京豆

(きゃらめる、かれらはたえずくちをうごかしている。みかんなどはおとがせぬから)

キャラメル、かれらは絶えず口を動かしている。みかんなどは音がせぬから

(ぶじだが、りんせきのひとがしおせんべいをぼりぼりくうのでそのおとだけでもしゃしんをみる)

無事だが、隣席の人が塩せんべいをボリボリ食うのでその音だけでも写真を見る

(きょうみをげんずることおびただしい、いろいろなしょくもつからはっするしゅうきやたばこのけむりや)

興味を減ずることおびただしい、いろいろな食物から発する臭気やたばこの煙や

(ふけつなからだからはっするねっきがこんごうしていっしゅのにごったくうきとなり、)

不潔な身体から発する熱気が混合して一種のにごった空気となり、

(にんげんのはなあなやこうこうからしんにゅうするために、たいていのひとはのどのかわきをかんずる)

人間の鼻穴や口腔から侵入するために、大抵の人は喉のどの渇きを感ずる

(ここにおいてらむねをのんだりさいだーをのんだりする。あしもとはどうかというと)

ここにおいてラムネを飲んだりサイダーを飲んだりする。足元はどうかというと

(みかんのかわやなんきんまめのから、あらゆるふけつぶつではきだめのごとくみだれている。)

みかんの皮や南京豆のから、あらゆる不潔物ではきだめのごとくみだれている。

(かくのごとくむちでふぎょうぎなきゃくをあいてにするのだからこうぎょうしもそれそうとうに)

かくのごとく無知で不行儀な客を相手にするのだから興行師もそれ相当に

(ふしんせつをつくすことになる。「こんなきたないはきだめによくがまんができる)

不親切をつくすことになる。「こんなきたないはきだめによくがまんができる

(ものだ」とこういちはおもった。しゃしんはせいようのもので、いやにきらきらはりのような)

ものだ」と光一は思った。写真は西洋のもので、いやにきらきら針のような

(はんてんがひかってみえるおそろしくふるいものであった、こういちはだまってそれを)

斑点が光って見えるおそろしく古いものであった、光一はだまってそれを

(ながめた。ひとりのおとことひとりのおんながあらわれてかたにてをふれあった。けんぶつにんはこえを)

眺めた。ひとりの男とひとりの女が現われて肩に手をふれあった。見物人は声を

(あげてかっさいした。こういちはおもわずめをとじた。それはいやしくもけっぱくなにんげんがめに)

挙げて喝采した。光一は思わず目を閉じた。それはいやしくも潔白な人間が目に

(みるべからざるふじゅんなしゅうあくなこうけいである。「ばかやろう!」けんぶつにんのはくしゅの)

見るべからざる不純な醜悪な光景である。「ばかやろう!」見物人の拍手の

(おとのなかでわれがねのようにどなったものがある。「けとうのけだものめ、)

音の中でわれがねのようにどなったものがある。「毛唐のけだものめ、

(ひっこめ」こえはしょうぎたいであった、かれはこういちのちょうどはなさきにじんどっていた。)

ひっこめ」声は彰義隊であった、かれは光一のちょうど鼻先にじんどっていた。

(「おい」とこういちはかたをたたいた。「おう」しょうぎたいはふりかえった。)

「おい」と光一は肩をたたいた。「おう」彰義隊はふりかえった。

(「きてるのか」「うむ、きみがちゅうこくするはずだったが、おれはどうしても)

「きてるのか」「うむ、きみが忠告するはずだったが、おれはどうしても

など

(あいつをぶんなぐらなきゃはらのむしがおさまらないからやってきた」)

あいつをぶんなぐらなきゃ腹の虫がおさまらないからやってきた」

(「まってくれよ、ね、けつぎにそむいちゃいかんよ」「いや、おれはなぐる、)

「待ってくれよ、ね、決議にそむいちゃいかんよ」「いや、おれはなぐる、

(ちゅうこくなんててぬるいことではだめだ、あれをみい、けとうじんはいぬやねこのような)

忠告なんて手ぬるいことではだめだ、あれを見い、毛唐人は犬やねこのような

(まねをしてそれがあいだというんだ、おれはそれがきにくわねえ、にほんのしゃしんは)

まねをしてそれが愛だというんだ、おれはそれが気に食わねえ、日本の写真は

(そのまねをしてるんだぜ、にほんのやくしゃ・・・・・・そうだおれはなにかのざっしをよんだが)

そのまねをしてるんだぜ、日本の役者……そうだおれはなにかの雑誌を読んだが

(ね、べいこくではにんげんのうちでいちばんれっとうなものはかつどうやくしゃだって・・・・・・そうだろう、)

ね、米国では人間のうちで一番劣等なものは活動役者だって……そうだろう、

(れっとうでなければ、あんなしゅうあくなどうさをしてはずかしいともおもわず)

劣等でなければ、あんな醜悪な動作をしてはずかしいとも思わず

(へいきでやっておられんからな、けだものめ」あたりのひとはみなわらいだした。)

平気でやっておられんからな、けだものめ」あたりの人はみなわらいだした。

(「なにをわらうかばかやろう、おまえたちはしゅみがれっとうだかられっとうなものをみて)

「なにをわらうかばかやろう、おまえ達は趣味が劣等だから劣等なものを見て

(よろこんでるんだ、うじむしがくそをくさいとおもわないように、おまえたちはかつどうしゃしんを)

喜んでるんだ、うじ虫がくそを臭いと思わないように、おまえたちは活動写真を

(れっとうだとおもわないんだ、きのどくなやつだ、ばかなやつだ、しんでしまうほうが)

劣等だと思わないんだ、気の毒なやつだ、ばかなやつだ、死んでしまう方が

(こっかのけいざいだ、やいそこにいるかいしゃいんみたいなやつ、ぼうしをぬげよ、そんな)

国家の経済だ、やいそこにいる会社員見たいなやつ、帽子をぬげよ、そんな

(やすっぽいぼうしをおれにみせようたっておれはみてやらないぞ、いんばねすを)

安っぽい帽子をおれに見せようたっておれは見てやらないぞ、インバネスを

(きやがってするめじゃあるまいし、やいおんな、ぼりぼりせんべいをくうなよ」)

着やがってするめじゃあるまいし、やい女、ぼりぼりせんべいを食うなよ」

(しょうぎたいはすっかりこうふんしてどなりつづけた。「もういいよ、どなるのはよせよ」)

彰義隊はすっかり昂奮してどなりつづけた。「もういいよ、どなるのはよせよ」

(とこういちはなだめた。「おれだってどなりたくはないさ、だが・・・・・・ああおんながでた)

と光一はなだめた。「おれだってどなりたくはないさ、だが……ああ女がでた

(あれはなんとかいうおんななんだね、どうだ、けとうのつらはみんなさるににているね」)

あれはなんとかいう女なんだね、どうだ、毛唐の面はみんなさるに似ているね」

(しゃしんはおわった、じょうないがあかるくなった。しょうぎたいはたちあがってぜんごさゆうを)

写真はおわった、場内が明るくなった。彰義隊は立ちあがって前後左右を

(みまわした。こういちもおなじくみまわした。かれはにかいのらんかんにひたとからだを)

見まわした。光一も同じく見まわした。かれは二階の欄干にひたと身体を

(そえてかおをかくしているてづかのすがたをみた、はっとおもったがすぐおもいかえした、)

添えて顔をかくしている手塚の姿を見た、はっと思ったがすぐ思い返した、

(いまここでしょうぎたいにしらしたらおおさわぎになる。「いないね」としょうぎたいがいった。)

今ここで彰義隊に知らしたら大さわぎになる。「いないね」と彰義隊がいった。

(「いないよ」「ちくしょうめ、どこかにかくれてるんだ」こういったとき)

「いないよ」「畜生め、どこかにかくれてるんだ」こういったとき

(ふたたびでんとうがきえた。「このあいだにてづかがにげてくれればいい」とこういちは)

ふたたび電灯が消えた。「この間に手塚が逃げてくれればいい」と光一は

(おもった。とこのときしょうぎたいははくしゅかっさいした。「やあやあ、こんどういさみだ、)

思った。とこのとき彰義隊は拍手喝采した。「やあやあ、近藤勇だ、

(やあやあ」かれは「ばくまつれっしこんどういさみ」というひょうだいをみてはくしゅしたのであった。)

やあやあ」かれは「幕末烈士近藤勇」という標題を見て拍手したのであった。

(とすぐちょんまげのかおがあらわれた。「あれはこんどういさみか」とこういちがきいた。)

とすぐちょんまげの顔が現われた。「あれは近藤勇か」と光一がきいた。

(「ちがう、こんどういさみはあんなだじゃくなかおをしておらんぞ」「きみはこんどういさみを)

「ちがう、近藤勇はあんな懦弱な顔をしておらんぞ」「きみは近藤勇を

(しってるのか」「しらんよ、だがあんなかとうないものようなつらじゃない」)

知ってるのか」「知らんよ、だがあんな下等ないものような面じゃない」

(「がんらいちょんまげのあたまはかとうなものだよ、ぼくはあれをみるとたまらなく)

「元来ちょんまげの頭は下等なものだよ、ぼくはあれを見るとたまらなく

(いやになる」「それでもこんどういさみならいいよ、くにさだちゅうじだのねずみこぞうだの、)

いやになる」「それでも近藤勇ならいいよ、国定忠治だの鼠小僧だの、

(ばくとやどろぼうなどをみてよろこんでるやつはくそだめへほうりこむがいい、)

博徒やどろぼうなどを見て喜んでるやつはくそだめへほうりこむがいい、

(おれはこんどういさみだ」だがしょうぎたいくんのきたいするようなこんどういさみはあらわれなかった。)

おれは近藤勇だ」だが彰義隊君の期待するような近藤勇は現われなかった。

(のどにさかなのほねをさしたようなこえでべんしはせつめいした、それによるといものような)

のどに魚の骨を刺したような声で弁士は説明した、それによるといものような

(つらはこんどういさみなのである。「だめだだめだ」としょうぎたいはまたもやふんがいした。)

面は近藤勇なのである。「だめだだめだ」と彰義隊はまたもや憤慨した。

(「そらてきがきた、あしをくばって、あし、あし!あしを・・・・・・みぎあしを)

「そら敵がきた、足をくばって、足、足! 足を……右足を

(かるくせんとよこからきりこまれたときにからだがかたくなるぞ、ああああだめだ、)

軽くせんと横から斬りこまれたときに体が固くなるぞ、ああああだめだ、

(あのやくしゃはすきだらけだ、あんなこんどういさみがあるもんか、ああばかっ、)

あの役者はすきだらけだ、あんな近藤勇があるもんか、ああばかッ、

(じょうだんにふりかぶるやつがあるか、てもとにつけこんでどうをきられるぞ、ばかっ)

上段にふりかぶるやつがあるか、手元につけこんで胴を斬られるぞ、ばかッ

(きっさきがさがってる、きっさきが、そんなけんかくが、ああああばかばかばか」)

切っ先がさがってる、切っ先が、そんな剣客が、ああああばかばかばか」

(しょうぎたいがあまりにふんがいするのでしゅういのひとびとはこそこそとにげてしまった。)

彰義隊があまりに憤慨するので周囲の人々はこそこそと逃げてしまった。

(じっさいしょうぎたいのめからみると・・・・・・こういちのめからみてもこのやくしゃのけんとうは)

実際彰義隊の目から見ると……光一の目から見てもこの役者の剣闘は

(めちゃめちゃなものであった、それでもけんぶつにんはかっさいしていた。)

めちゃめちゃなものであった、それでも見物人は喝采していた。

(「おれはかえる」としょうぎたいはたちあがった、「ばかばかしくてみておられん」)

「おれは帰る」と彰義隊は立ちあがった、「ばかばかしくて見ておられん」

(しょうぎたいはかんかんにおこってかえった、こういちはほっとためいきをついた。)

彰義隊はかんかんにおこって帰った、光一はほっと溜息をついた。

(そうしてしずかににかいへあがった。くらがりのらんかんのそばにてづかはあたまから)

そうしてしずかに二階へあがった。暗がりの欄干のそばに手塚は頭から

(はおりをかぶっていっしょうけんめいにすくりーんをながめながらこえをかけている。)

羽織をかぶって一生懸命にスクリーンを眺めながら声をかけている。

(「いよう、だいとうりょう!」そのとなりにいたちいさいおんなのこがかわもむかずに)

「いよう、大統領!」その隣にいた小さい女の子が皮もむかずに

(りんごをかじっている、そのとなりでてづかよりくびひとつだけせのたかいろばとあだな)

りんごをかじっている、その隣で手塚より首一つだけ背の高いろばとあだ名

(されてるせいねんがきみょうなこえでさけんだ。「いよう、せいちゃん!」)

されてる青年が奇妙な声で叫んだ。「いよう、せいちゃん!」

(「せいちゃん、しっかり!」とてづかはさけんだ。こんどういさみにふんしたやくしゃは)

「清ちゃん、しっかり!」と手塚は叫んだ。近藤勇に扮した役者は

(せいちゃんというなまえなのだ。てづかはこういうばしょで、やくしゃやなにかのことを)

清ちゃんという名前なのだ。手塚はこういう場所で、役者やなにかの事を

(くわしくしっているということをけんぶつにんにほこりたいのであった。)

くわしく知っているということを見物人にほこりたいのであった。

(「てづかくん」とこういちはこえをかけた。てづかはふりむいたがすぐよこをむいた。)

「手塚君」と光一は声をかけた。手塚はふりむいたがすぐ横を向いた。

(「てづかくん」とこういちはそばへあゆみよったときろばのひざにあしをあてた。)

「手塚君」と光一はそばへ歩みよったときろばのひざに足をあてた。

(「いてえな、きをつけやがれ」とろばはいった。「しっけい」こういちはあやまった、)

「痛えな、気をつけやがれ」とろばはいった。「失敬」光一はあやまった、

(ろばはちゅうがくをにどほどらくだいしてたいがくしてから、ぶらぶらいえにあそんでは)

ろばは中学を二度ほど落第して退学してから、ぶらぶら家に遊んでは

(てづかとともにどこへでもいくおとこである。「てづかくん、ぼくはちょっときみに)

手塚とともにどこへでもいく男である。「手塚君、ぼくはちょっときみに

(はなしたいことがあるんだがそとへでてくれんか」とこういちはいった。「いやだ」と)

話したいことがあるんだが外へでてくれんか」と光一はいった。「いやだ」と

(てづかはいった。「ちょっとでいいんだよ」「いやだというものをむりに)

手塚はいった。「ちょっとでいいんだよ」「いやだというものを無理に

(ひっぱりださなくたっていいだろう」とろばがいった。「だいじなことだからさ、)

ひっぱりださなくたっていいだろう」とろばがいった。「大事なことだからさ、

(でないときみのからだがあぶないんだ」「いやにおどかしやがるね、)

でないときみの身体が危ないんだ」「いやにおどかしやがるね、

(どうしようてんだ、てづかをなぐろうてのか、おもしろいなぐってもらおう」ろばは)

どうしようてんだ、手塚をなぐろうてのか、面白いなぐってもらおう」ろばは

(ほえた。「おまえはだまってろ」とこういちはきっといった。)

ほえた。「おまえはだまってろ」と光一はきっといった。

(「おまえにようがあるんじゃない、てづかにようがあるんだ」)

「おまえに用があるんじゃない、手塚に用があるんだ」

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