ああ玉杯に花うけて 第十一部 2

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大正時代の少年向け小説!
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1 BE 3305 D 3.8 87.7% 1578.3 6062 845 88 2024/11/06

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問題文

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(「いやだ」とひとりがいう。「おれもいやだ」とほかのひとりがいう。)

「いやだ」とひとりがいう。「おれもいやだ」と他のひとりがいう。

(「おれにまかせろ」とせのたかいひとりがいう、それはろばというあだなのある)

「おれにまかせろ」と背の高いひとりがいう、それはろばというあだ名のある

(せいねんであった。かれらはしんちゃんとふみこをみるやいなやだまった。「なにを)

青年であった。かれらは新ちゃんと文子を見るやいなやだまった。「なにを

(してるの?」としんちゃんがいった。「ちょっとおいで」とひとりがいった。)

してるの?」と新ちゃんがいった。「ちょっとおいで」とひとりがいった。

(しんちゃんはさんにんのまどいにはいった。よにんはかおをつきあわしてなにかかたった。)

新ちゃんは三人のまどいにはいった。四人は顔をつきあわしてなにか語った。

(ふみこはろばをはじめとしてほかのふたりのしょうねんとはあまりしたしくなかったので)

文子はろばをはじめとして他のふたりの少年とはあまり親しくなかったので

(なんとなきふあんをかんじながらたっていた。「いきましょう」としんちゃんはふみこに)

なんとなき不安を感じながら立っていた。「いきましょう」と新ちゃんは文子に

(ちかづいていった。「わたしのいえへいってくださる?」「ああおよりするわ、)

近づいていった。「私の家へいってくださる?」「ああおよりするわ、

(でもなにかたべてからにしましょうよ」「なにをたべるの?」「わたしね、)

でもなにか食べてからにしましょうよ」「なにを食べるの?」「私ね、

(おしるこをたべたいわ、それともちゃんにしましょうか」「ちゃんてなあに」)

おしるこを食べたいわ、それともチャンにしましょうか」「チャンてなあに」

(「しなりょうりよ」「わたしたべたことはないわ」「おいしいわ」ふみこはがっこうでともだちから)

「支那料理よ」「私食べたことはないわ」「おいしいわ」文子は学校で友達から

(しなりょうりのおいしいことをきいていた。どんなものかたべてみたいとははに)

支那料理のおいしいことを聞いていた。どんなものか食べてみたいと母に

(いったとき、はははそんなものはいけませんときょぜつした。「だがたべてみたい」)

いったとき、母はそんなものはいけませんと拒絶した。「だが食べてみたい」

(こうきしんがうごいた。「でもわたしおかねが・・・・・・」「わたしもってるからいいわ」)

好奇心が動いた。「でも私お金が……」「私持ってるからいいわ」

(「いけない」とふみこはもうぜんとおもいかえした、ははにきんぜられたものをたべること、)

「いけない」と文子は猛然と思い返した、母に禁ぜられたものを食べること、

(たにんのごちそうになること、これはつつしまねばならぬ。「わたししかられるから」)

他人のご馳走になること、これはつつしまねばならぬ。「私叱られるから」

(「しかられる?」しんちゃんはにやにやとわらったがやがてまたいった。)

「叱られる?」新ちゃんはにやにやとわらったがやがてまたいった。

(「じゃよしましょうね」ふたりはかつどうしゃしんかんのまえへでた、にちようのこととてかんまえは)

「じゃよしましょうね」ふたりは活動写真館の前へ出た、日曜のこととて館前は

(がくたいのおとにぎやかにごしきのはたがひるがえっている。しんちゃんはたちどまった。)

楽隊の音にぎやかに五色の旗がひるがえっている。新ちゃんは立ちどまった。

(「はいってみましょうか、わたしきっぷがあるわ」「ああちょっとだけね」)

「はいってみましょうか、私切符があるわ」「ああちょっとだけね」

など

(ふみこはこのうえはんたいができなかった、かのじょはご、ろくどじょちゅうやみせのものとともに)

文子はこのうえ反対ができなかった、かの女は五、六度女中や店の者と共に

(ここへきたことがあるのだ。しゃしんをみたとてははにしかられはしまい。こうおもった。)

ここへきたことがあるのだ。写真を見たとて母に叱られはしまい。こう思った。

(しんちゃんとふみこはくらがりをさぐってにかいのしょうめんにじんどった、しゃしんはいっこうおもしろく)

新ちゃんと文子は暗がりを探って二階の正面に陣取った、写真は一向面白く

(なかった、がだんだんがめんがしんこうするにつれてさいしょにしゅうあくとかんじたぶぶんも、)

なかった、がだんだん画面が進行するにつれて最初に醜悪と感じた部分も、

(べんしのきいろなこえもにごったくうきもさまでいやでなくなった、そうしてかていや)

弁士の黄色な声もにごった空気もさまでいやでなくなった、そうして家庭や

(がっこうではきかれないやひなことばや、ほうしょうながめんにしだいしだいにきょうみをもつように)

学校では聞かれない野卑な言葉や、放縦な画面に次第次第に興味をもつように

(なり、おわりにはすじがきのしんこうにつれてないたりわらったりするようになった。)

なり、おわりには筋書きの進行につれてないたりわらったりするようになった。

(「おもしろい?」としんちゃんはいくどもきいた。「おもしろいわ」ぱっとじょうないが)

「面白い?」と新ちゃんはいくどもきいた。「面白いわ」ぱっと場内が

(あかるくなるといつのまにかさっきのさんにんがうしろにきていた。「でようよ」と)

明るくなるといつのまにかさっきの三人が後ろにきていた。「出ようよ」と

(ひとりがいう。「うむ」しんちゃんとふみこもにかいをおりた。「こっちがちかい」)

ひとりがいう。「うむ」新ちゃんと文子も二階を降りた。「こっちが近い」

(ひとりがいった、いちどうはろじぐちからどぶいたをわたった、そうして、とある)

ひとりがいった、一同は路地口からどぶいたをわたった、そうして、とある

(どあをおしてそこからかいだんをのぼった、のぼりつめるとそれはあかるいがらすどのついた)

扉を押してそこから階段を昇った、昇りつめるとそれは明るいガラス戸のついた

(しなりょうりやのにかいであった、むこうがわのごふくやそのとなりのとけいやなどもみえる。)

支那料理屋の二階であった、向こう側の呉服屋その隣の時計屋なども見える。

(「わたしかえるわ」とふみこはおどろいていった。「いいじゃないの?わんたんを)

「私帰るわ」と文子はおどろいていった。「いいじゃないの? ワンタンを

(ひとつたべていきましょう」としんちゃんがいった。「でも・・・・・・わたし」「おかねのことを)

一つ食べていきましょう」と新ちゃんがいった。「でも……私」「お金のことを

(きにしてるんでしょう、かまわないわ、このひとたちはねいまざいもくやのまえでおかねを)

気にしてるんでしょう、かまわないわ、この人達はねいま材木屋の前でお金を

(ひろったんですとさ、いくらおごらしてもかまやしない、ねえろば」)

拾ったんですとさ、いくらおごらしてもかまやしない、ねえろば」

(「ろばろばというなよ」とろばがいった。しんちゃんはだまってがまぐちをろばに)

「ろばろばというなよ」とろばがいった。新ちゃんはだまってがま口をろばに

(なげつけた。ぎんかがざらざらとこぼれた。「いくらつかったえ」とほかのひとりが)

なげつけた。銀貨がざらざらとこぼれた。「いくら使ったえ」と他のひとりが

(いった。「ふたりまえのきっぷだいだけもらったよ」としんちゃんがいった。)

いった。「二人前の切符代だけもらったよ」と新ちゃんがいった。

(「ひろったおかねでかつどうをみたの?」とふみこはぎょうてんしていった。だれもそれには)

「拾ったお金で活動を見たの?」と文子は仰天していった。だれもそれには

(こたえなかった。「かえらしてちょうだい」とふみこはなきごえになった。「かえってもいいよ、)

答えなかった。「帰らして頂戴」と文子はなき声になった。「帰ってもいいよ、

(どうせおれたちのなかまになったんだから、かえりたければかえってもいい」「わたしが)

どうせおれ達の仲間になったんだから、帰りたければ帰ってもいい」「私が

(なかま?」「おまえたちはだまっておいで」としんちゃんはおとこどもをせいした、そうして)

仲間?」「おまえ達はだまっておいで」と新ちゃんは男共を制した、そうして

(ふみこにこうささやいた。「こわいことはないのよ、あのひとなどはばかなんだから)

文子にこうささやいた。「こわいことはないのよ、あの人等はばかなんだから

(・・・・・・でもふみこさん、あなたもおなじがまぐちのかねをつかったんだからおともだちに)

……でも文子さん、あなたも同じがま口の金を使ったんだからお友達に

(おなりなさいね、そうしないとあのひとなどはおたくへいっておかあさんになにを)

おなりなさいね、そうしないとあの人等はお宅へいってお母さんになにを

(いうかしれませんよ、ねえ、まいにちでなくても、たまにちょいちょいわたしたちと)

いうか知れませんよ、ねえ、毎日でなくても、たまにちょいちょい私達と

(あそびましょう、ね、おかあさんにしれたらこまるでしょう」ふみこはこきゅうも)

遊びましょう、ね、お母さんに知れたら困るでしょう」文子は呼吸も

(できなかった、じっさいすでにふせいなぜにのごちそうになったのである、こんなことが)

できなかった、実際すでに不正な銭のご馳走になったのである、こんなことが

(ははにしれたらはははどんなにいかるだろう、いかられてもしかたがないが、ははがなげき)

母に知れたら母はどんなに怒るだろう、怒られても仕方がないが、母が歎き

(のあまりびょうきになりはしないか、それからまたにいさんは・・・・・・にいさんのめいよに)

のあまり病気になりはしないか、それからまた兄さんは……兄さんの名誉に

(かかわることがあると・・・・・・。あわれふみこはしくはっくのしちにおちいった、かのじょは)

かかわることがあると……。哀れ文子は四苦八苦の死地に陥った、かの女は

(さるにもさられなくなった。とかいだんのおとがきこえてひとりのがくせいがあらわれた。)

去るにも去られなくなった。と階段の音が聞こえてひとりの学生が現われた。

(「やあ」ふみこはかおをあげた、それはあにのとものてづかであった。かれはろしあの)

「やあ」文子は顔をあげた、それは兄の友の手塚であった。かれはロシアの

(ひゃくしょうがきるというるぱしかにおおきなふちのあるびろーどのぼうしをかぶっていた。)

百姓が着るというルパシカに大きな縁のあるビロードの帽子をかぶっていた。

(「どうしたの?ふみこさん」とかれはいった。ふみこはてづかのうでにすがりついて)

「どうしたの? 文子さん」とかれはいった。文子は手塚の腕にすがりついて

(なきだした。「おまえたちはどうかしたんじゃないか」とてづかはなじるようにいちどうに)

なきだした。「お前達はどうかしたんじゃないか」と手塚はなじるように一同に

(むかっていった。「なにもしないよ」とろばがいった。「わるいことを)

向かっていった。「なにもしないよ」とろばがいった。「悪いことを

(おしえるとしょうちせんぞ」てづかのごきはますますするどい。「いやにいばるのね」と)

教えると承知せんぞ」手塚の語気はますます鋭い。「いやにいばるのね」と

(しんちゃんがいった。「だまってろ」とてづかはどなりつけてふみこのなみだをはんけちで)

新ちゃんがいった。「だまってろ」と手塚はどなりつけて文子の涙をハンケチで

(ふいてやり、「しんぱいしなくてもいいよ、さあぼくといっしょにいきましょう」)

拭いてやり、「心配しなくてもいいよ、さあ僕と一緒に行きましょう」

(てづかにつれられてふみこはそとへでた、ふみこはあるきながらいちぶしじゅうをてづかにかたった。)

手塚につれられて文子は外へ出た、文子は歩きながら一伍一什を手塚に語った。

(「わかってるよ」とてづかはいかにもきょうかくのようなかおをしていった。)

「わかってるよ」と手塚はいかにも侠客のような顔をしていった。

(「あいつらはね、あなたをわなにかけてぜにをゆすろうてけいりゃくなんだ、ぼくが)

「あいつらはね、あなたをわなにかけて銭をゆすろうて計略なんだ、ぼくが

(ひきうけていいようにするからあんしんしていらっしゃい」「でもわたししんちゃんに)

引きうけていいようにするから安心していらっしゃい」「でも私新ちゃんに

(よんじゅっせんとかつどうのおあしをかえさなきゃならないわ」「いいよ、それもぼくが)

四十銭と活動のお銭を返さなきゃならないわ」「いいよ、それも僕が

(ひきうけたから」てづかはふみこのいえちかくまでおくってきた。かれはわかれぎわに)

引きうけたから」手塚は文子の家近くまで送ってきた。かれはわかれぎわに

(こういった。「にいさんにひみつだよ」「ええ」)

こういった。「兄さんに秘密だよ」「ええ」

(どくしゃしょくん!よにふりょうしょうねんしょうじょというものがある、かれらとてもけっしてせいらいの)

読者諸君!世に不良少年少女というものがある、かれらとても決して生来の

(あくにんではないのだ、だがそれらのおおくはいしがはくじゃくでにんたいりょくがなく、けんぜんな)

悪人ではないのだ、だがそれらの多くは意志が薄弱で忍耐力がなく、健全な

(どうとくかんねんがないところからわがままになりやひになりがっこうがきらいになり、)

道徳観念がないところからわがままになり野卑になり学校が嫌いになり、

(そのかわりにごらくをもとめるねんがさかんになる、じょうひんなごらくはにんげんのたましいの)

そのかわりに娯楽を求める念が盛んになる、上品な娯楽は人間の霊の

(いあんになるが、かとうなごらくはたましいをふしょくするばいきんである。)

慰安になるが、下等な娯楽は霊を腐食する黴菌である。

(どくしゃしょくん!しょくんはけっしてゆだんをしてはならぬ、しょくんのまえにいろいろな)

読者諸君! 諸君は決してゆだんをしてはならぬ、諸君の前にいろいろな

(おといしあながくちをあいてまっているのだ、しょくんはみぎをみてもひだりをみてもしょくんを)

陥しあなが口をあいて待っているのだ、諸君は右を見ても左を見ても諸君を

(ゆうわくするものがならびたっているとき、みずからのりせいにうったえてあくをしりぞけ)

誘惑するものが並び立っているとき、自らの理性に訴えて悪をしりぞけ

(ぜんをさいようせねばならぬ、しょくんのしりょにあまるばあいにはそれをかくさずにふぼやあにや)

善を採用せねばならぬ、諸君の思慮にあまる場合にはそれを隠さずに父母や兄や

(あねやがっこうのせんせいにそうだんせねばならぬ。さいなんやかしつはなんぴともまぬかれることは)

姉や学校の先生に相談せねばならぬ。災難や過失は何人もまぬかれることは

(できない、が、そのばあいにふぼにしかられることをおそれたり、せんせいにわらわれる)

できない、が、その場合に父母に叱られることをおそれたり、先生にわらわれる

(ことをおそれたりしてあさはかなじぶんのちえでひみつにことをはこぼうとすると)

ことをおそれたりして浅墓な自分の知恵で秘密にことを運ぼうとすると

(そのけっかたるやますますわるくなるばかりである。もしふみこがはやくもふぼもしくは)

その結果たるやますます悪くなるばかりである。もし文子が早くも父母もしくは

(あにのこういちにすべてをうちあけたなら、さいなんはそのひかぎりでぶじにすんだので)

兄の光一にすべてを打ちあけたなら、災難はその日かぎりで無事にすんだので

(ある。ひとのこたるものはふぼにたいしてひみつをつくってはならぬ、ひとのおとうとやいもうとたる)

ある。人の子たるものは父母に対して秘密を作ってはならぬ、人の弟や妹たる

(ものはあにやあねにたいして、そうしてひとのでしたるものはしにたいしてひみつをつくっては)

ものは兄や姉に対して、そうして人の弟子たるものは師に対して秘密を作っては

(ならぬ、ひみつをうちあけることははずかしいが、うちあけなければ)

ならぬ、秘密を打ちあけることははずかしいが、打ちあけなければ

(つみがしだいにふかくなるのだ。ひみつをうちあけたとてけっしてそれをしかったり)

罪が次第に深くなるのだ。秘密を打ちあけたとて決してそれをしかったり

(わらったりするようなふぼきょうだいやせんせいはこのよにない。)

わらったりするような父母兄弟や先生はこの世にない。

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