ちくしょう谷 ⑧

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プレイ回数1606難易度(4.5) 4744打 長文
隼人は罪人が暮らした流人村へ役で赴くことになる。
現在、流人村に罪人はおらず子孫だけが独特な風習で暮らす。
そこには兄の仇の西沢半四郎がいた。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 pechi 5655 A 6.4 89.1% 755.0 4859 589 82 2024/04/08
2 kanta 4629 C++ 4.8 95.8% 972.7 4706 203 82 2024/02/21

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問題文

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(そこにいるだんじょがこっちへふりかえった。どれがおとこでどれがおんなか、)

そこにいる男女がこっちへ振返った。どれが男でどれが女か、

(わかいのかとしをとっているのか、ほとんどみわけがつかなかった。)

若いのか年をとっているのか、殆んど見分けがつかなかった。

(みわけをつけているひまもなく、おんなをむちうっていたはんらのおとこが、)

見分けをつけている暇もなく、女を鞭打っていた半裸の男が、

(ゆっくりとこっちへあゆみよってきた。せたけはごしゃくさんずんそこそこであるが、)

ゆっくりとこっちへ歩みよって来た。背丈は五尺三寸そこそこであるが、

(かたはばがふしぜんなほどひろく、くろいむなげにおおわれたむねは、)

肩幅が不自然なほど広く、黒い胸毛に掩われた胸は、

(きんにくがこぶのようにもりあがっていた。ひたいのせまいうしろにのめったあたまには、)

筋肉が瘤のように盛上っていた。額の狭いうしろにのめった頭には、

(あかちゃけたかみのけがみっせいしてい、またほおへかけて、おなじいろのひげが)

赤茶けた髪の毛が密生してい、また頬へかけて、同じ色のひげが

(すきもなくのびているあいだに、きみのわるいくらいあかくあついくちびると、)

隙もなく伸びているあいだに、きみの悪いくらい赤く厚い唇と、

(おおきな、きいろいはのむきだされるのがみえた。)

大きな、黄色い歯の剥き出されるのが見えた。

(「どんなつみがあるかしらない」とはやとはなおしずかにいった、)

「どんな罪があるか知らない」と隼人はなお静かに云った、

(「だが、かよわいおんなにそんなむごいしおきをしてはならぬ、)

「だが、かよわい女にそんなむごい仕置をしてはならぬ、

(おれはこんどきたきどばんがしらで、あさだはやとというものだ」)

おれはこんど来た木戸番頭で、朝田隼人という者だ」

(おとこはまっすぐこっちへきた。はやとはべつにきけんもかんじず、)

男はまっすぐにこっちへ来た。隼人はべつに危険も感じず、

(そこにならんでいるだんじょのほうへ、さらによびかけようとしながら、)

そこに並んでいる男女のほうへ、さらに呼びかけようとしながら、

(おおまたにちかよってくるおとこのまったくむひょうじょうなかおをみ、)

大股に近よって来る男のまったく無表情な顔を見、

(おかむらしちろうべえのちゅういをおもいだした。けいそつなことはしないでください。)

岡村七郎兵衛の注意を思いだした。軽率なことはしないで下さい。

(はやとはわきへよけようとした。そこへおとこがとびかかってき、)

隼人は脇へ除けようとした。そこへ男がとびかかって来、

(いささかのちゅうちょもなく、こぶしをふってはやとのかおをなぐった。)

些かの躊躇もなく、拳を振って隼人の顔を殴った。

(そんなことをされようとはよそうもしなかったし、おとこのどうさは)

そんなことをされようとは予想もしなかったし、男の動作は

(おどろくほどびんしょうで、しかもちからづよく、だんことしたものであった。)

驚くほど敏捷で、しかもちから強く、断乎としたものであった。

など

(ひだりのほおぼねをなぐられたとおもうと、みぎのほおをなぐられ、はやとはめのなかで)

左の頬骨を殴られたと思うと、右の頬を殴られ、隼人は眼の中で

(でんこうがはしるのをみた。たちなおるひまもなく、むろんからだをかわすひまもない。)

電光がはしるのを見た。立ち直る暇もなく、むろん躰をかわす暇もない。

(はじめのこぶしであたまのしんがしびれ、よろめきながら、)

初めの拳で頭の芯が痺れ、よろめきながら、

(はらとうしろくびにはげしいだげきをかんじ、たおれたときに、)

腹とうしろ頸に烈しい打撃を感じ、倒れたときに、

(こうとうぶがいわにあたるにぶいおとをきいた。ぼんやりと、とおくで)

後頭部が岩に当る鈍い音を聞いた。ぼんやりと、遠くで

(ひとのはなすのをききながら、はやとはながいあいだうとうとしていた。)

人の話すのを聞きながら、隼人はながいあいだうとうとしていた。

(こどものころねむっていて、となりざしきでちちときゃくとがはなしてい、)

子供のころ眠っていて、隣り座敷で父と客とが話してい、

(ゆめうつつにそのはなしごえをきいている、というようなかんじがした。)

夢うつつにその話し声を聞いている、というような感じがした。

(「こっちからにばんめです」とひとりのこえがいっていた、)

「こっちから二番めです」と一人の声が云っていた、

(「あのかけはしはかけなおさなければいけません、ささえのきがくさっていますよ」)

「あのかけはしは架け直さなければいけません、支えの木が腐っていますよ」

(「あたまのごんぜよ」としばらくしておんなのこえがいった、)

「あたまのごんぜよ」と暫くして女の声が云った、

(ちょっとしゃがれぎみの、おだやかなまるいこえであった、)

ちょっとしゃがれぎみの、穏やかなまるい声であった、

(「しかですよ、めすとおすとにとうですって」)

「鹿ですよ、めすとおすと二頭ですって」

(ほかにもわけのわからないかいわをいくたびかきいた。)

ほかにもわけのわからない会話を幾たびか聞いた。

(そうしてやがて、われるようなあたまのいたみではやとはめをさました。)

そうしてやがて、割れるような頭の痛みで隼人は眼をさました。

(うすぐらいあんどんのひかりで、ひくいてんじょうがみえ、すぐちかくでたきぎのはぜるおとがきこえた。)

うす暗い行燈の光りで、低い天床が見え、すぐ近くで焚木のはぜる音が聞えた。

(「きがつかれたようだ」というこえがした。)

「気がつかれたようだ」と云う声がした。

(するとおかむらしちろうべえのかおが、うえからはやとをのぞきこんだ。おかむらはびしょうした。)

すると岡村七郎兵衛の顔が、上から隼人を覗きこんだ。岡村は微笑した。

(「どうですか」とおかむらがいった、「まだいたみますか」)

「どうですか」と岡村が云った、「まだ痛みますか」

(はやとはくちびるをなめた。からだじゅうがこおるようにさむく、)

隼人は唇を舐めた。躯じゅうが冰るように寒く、

(のどがたえがたいほどかわいていた。)

喉が耐えがたいほど渇いていた。

(「ここはどこだ」とはやとがきいた。「しょうないろうじんのじゅうきょです」)

「ここはどこだ」と隼人が訊いた。「正内老人の住居です」

(はやとはそのなをくちのなかでつぶやき、そしてはじめて、)

隼人はその名を口の中で呟やき、そして初めて、

(あったことをおもいだしたようにうなずいたが、そんなわずかなどうささえ、)

あった事を思いだしたように頷いたが、そんな僅かな動作さえ、

(あたまのなかにするどいいたみがおこり、かれはまゆをしかめた。)

頭の中にするどい痛みが起こり、彼は眉をしかめた。

(「のむものがほしい」とはやとはいった、「それから、きどへもどろう」)

「飲むものが欲しい」と隼人は云った、「それから、木戸へ戻ろう」

(「それはむりです」とわきのほうでだれかがいった、)

「それは無理です」と脇のほうで誰かが云った、

(「あたまをひどくうっておられるし、ねつもまだたかいようです、)

「頭をひどく打っておられるし、熱もまだ高いようです、

(いまうごかれてはおからだにわるうございましょう」)

いま動かれてはお躯に悪うございましょう」

(おかむらしちろうべえが「やくとうです」といった。はやとはちゅういぶかくはんみをおこして、)

岡村七郎兵衛が「薬湯です」と云った。隼人は注意ぶかく半身を起こして、

(ゆのみのなかのものをすすった。うすあまくからみがあって、いやなにおいがはなをついた。)

湯呑の中のものを啜った。うす甘く辛味があって、いやな匂いが鼻をついた。

(あたまのなかにもうひとついたむあたまがあるようなかんじがし、ほねというほねがずきずきした。)

頭の中にもう一つ痛む頭があるような感じがし、骨という骨がずきずきした。

(どうやらうごけそうもないな、はやとはそうおもって、またゆっくりとよこになった。)

どうやら動けそうもないな、隼人はそう思って、またゆっくりと横になった。

(「あのおんなはどうした、おかむら」とはやとはあたまにひびかないように、)

「あの女はどうした、岡村」と隼人は頭にひびかないように、

(かげんをしながらきいた、「あのおんなはどうしてうたれていたんだ」)

かげんをしながら訊いた、「あの女はどうして打たれていたんだ」

(おかむらではなく、べつのこえがこたえた。)

岡村ではなく、べつの声が答えた。

(「おとこのしれぬこをみごもったのです」とそのこえがいった、)

「男の知れぬ子をみごもったのです」とその声が云った、

(「ぶろうというもののむすめで、なはいち、としははたちになります、)

「ぶろうという者の娘で、名はいち、年は二十になります、

(うまれつきちえのおそいうえにおしですが、あいてがだれかということは)

生れつき知恵のおそいうえに唖者ですが、相手が誰かということは

(わかっていて、どうしてもそれをつげようとしないのです」)

わかっていて、どうしてもそれを告げようとしないのです」

(ここはるにんむらであり、むかしからじゅうみんはきびしいおきてにしばられていた。)

ここは流人村であり、昔から住民は厳しい掟にしばられていた。

(そのひとつに「みっつう」のきんがあって、それをおかしたものはしぬまでの)

その一に「密通」の禁があって、それを犯した者は死ぬまでの

(ちけいにしょされた。つみびとのしそんをふやさないため、とくにじゅうけいをかしたらしい。)

笞刑に処された。罪人の子孫を殖やさないため、特に重刑を科したらしい。

(ずっとむかしにいくたびかじつれいがあり、おんなのほうはうちころされたが、)

ずっと昔に幾たびか実例があり、女のほうは打ち殺されたが、

(おとこはみなにげたということである。)

男はみな逃げたということである。

(「ろくじゅうねんほどまえ、たびのぎょうじゃのきつねそうどうということがあって、)

「六十年ほどまえ、旅の行者の狐騒動ということがあって、

(じゅうみんのはんぶんちかくがしにました」とかたりてはつづけた、)

住民の半分ちかくが死にました」と語り手は続けた、

(「それからみっつうのきんもゆるやかになり、いまではきどのかんしも)

「それから密通の禁もゆるやかになり、いまでは木戸の監視も

(ほとんどとかれたようなかたちですが、ごんぱちはあのむすめとふうふになるつもりで)

殆んど解かれたようなかたちですが、権八はあの娘と夫婦になるつもりで

(いたものですから、むかしのおきてをたてにとって、あのようなむたいなことを)

いたものですから、昔の掟を盾に取って、あのような無態なことを

(やったのでございます」はやとはしずかにこえのするほうをみた。)

やったのでございます」隼人は静かに声のするほうを見た。

(ろばたにひとりのろうじんがすわり、ながいかなひばしでろのひのぐあいをなおしていた。)

炉端に一人の老人が坐り、長い金火箸で炉の火のぐあいを直していた。

(としはななじゅうちかいだろうか、たくましいからだと、あごのはったながいかおに、)

年は七十ちかいだろうか、逞しい躯と、顎の張った長い顔に、

(いっしゅのいげんがかんじられた。かみのけははいいろであるが、まゆげはくろぐろとふとく、)

一種の威厳が感じられた。髪の毛は灰色であるが、眉毛は黒ぐろと太く、

(くちもとにもそうしゃのようなちからがあった。それがしょうないろうじんであった。)

口許にも壮者のような力があった。それが正内老人であった。

(「ごんぱちというのは、なぐっていたおとこか」とはやとがきいた。)

「権八というのは、殴っていた男か」と隼人が訊いた。

(ろうじんはゆっくりとうなずいた、「すいろうにつないでおきました」「すいろうだって」)

老人はゆっくりと頷いた、「水牢につないでおきました」「水牢だって」

(「いや、むかしのすいろうでして」とろうじんはろのひをみつめたままでいった、)

「いや、昔の水牢でして」と老人は炉の火をみつめたままで云った、

(「いわをほったあなのうえへつくったろうです、むかしはざいにんをくさりでつなぎ、)

「岩を掘った穴の上へ造った牢です、昔は罪人を鎖でつなぎ、

(こしまでつかるようにみずをひいたものだそうですが、いまではといもありませんし、)

腰まで浸るように水を引いたものだそうですが、いまでは樋もありませんし、

(ろうのなかはよくかわいております」はなしてやれ、とはやとはいおうとして、)

牢の中はよく乾いております」 放してやれ、と隼人は云おうとして、

(それをいうきりょくもなくめをつむった。)

それを云う気力もなく眼をつむった。

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