ちくしょう谷 20

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隼人は罪人が暮らした流人村へ役で赴くことになる。
現在、流人村に罪人はおらず子孫だけが独特な風習で暮らす。
そこには兄の仇の西沢半四郎がいた。

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関連タイピング

問題文

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(「よせ、どうするんだ」「あさだせんせいにいいものをみせてあげる」)

「よせ、どうするんだ」「朝田先生にいい物を見せてあげる」

(あやはねつっぽいくちぶりでいった、「むこうのはやしのなかにあるの、すぐそこよ」)

あやは熱っぽい口ぶりで云った、「向うの林の中にあるの、すぐそこよ」

(はやとはむすめのからだのじゅうなんでかたいまるみを、じかにせなかにかんじた。)

隼人は娘の躯の柔軟で固いまるみを、じかに背中に感じた。

(そのやわらかでかたいまるみのあたるところが、ひをあてられたようにあつくなった。)

その柔らかで固いまるみの当るところが、火を当てられたように熱くなった。

(かれはそのかんかくをうちけそうとして、あたまをつよくふりながら、)

彼はその感覚をうち消そうとして、頭をつよく振りながら、

(おされるままにしゃめんをおりていった。あやはふくみわらいをつづけてい、)

押されるままに斜面をおりていった。あやは含み笑いを続けてい、

(ぞうきばやしのなかにはいるとたちどまった。そこはくうきがひにあたためられた)

雑木林の中にはいると立停った。そこは空気が陽にあたためられた

(ゆのようにあたたかく、もえでたくさのめとわかばのかが、むっとするほど)

湯のように温かく、萠え出た草の芽と若葉の香が、むっとするほど

(しげきてきににおっていた。あやははやとをはなし、かれのまえへまわってでると、)

刺戟的に匂っていた。あやは隼人を放し、彼の前へまわって出ると、

(ここよ、といいながらこっちむきにかがみ、くさのめのなかをかきさぐった。)

ここよ、と云いながらこっち向きにかがみ、草の芽の中を掻きさぐった。

(すこししゃくれぎみのこどもっぽいまるがおがあかくじょうきしてい、)

少ししゃくれぎみの子供っぽいまる顔が赤く上気してい、

(ふじがたのしろいひたいにごろくすじ、みじかいかみのけがあせではりついている。)

富士型の白い額に五六筋、短い髪の毛が汗で貼り付いている。

(はやとは「なにがあるんだ」ときいた。あやはくっとかおをあげた。)

隼人は「なにがあるんだ」と訊いた。あやはくっと顔をあげた。

(くちびるとめがわらいかけた。ほんのすこしうすももいろのはぐきののぞくちいさなならびのよいはと、)

唇と眼が笑いかけた。ほんの少し薄桃色の歯茎の覗く小さな並びのよい歯と、

(それをふちどるあかいしめったくちびると、そしてうわめづかいにみあげたひとみの、)

それを縁取る赤い湿った唇と、そしてうわめづかいに見あげたひとみの、

(きらきらするようなひかりとは、はやとをつよくとらえ、たぐりよせるようにおもえた。)

きらきらするような光りとは、隼人を強くとらえ、手繰りよせるように思えた。

(「これ、」とあやはいった。いいながらあやは、そこへこしをおろした。)

「これ、」とあやは云った。云いながらあやは、そこへ腰をおろした。

(つぎのあたった、たけのみじかいくろっぽいあわせのすそがわれ、ふくよかなうちももが、)

継ぎの当った、丈の短い黒っぽい袷の裾が割れ、ふくよかな内腿が、

(むきだしになった。はやとはとっさにめをそらしたので、)

むきだしになった。隼人はとっさに眼をそらしたので、

(ふくよかなうちももの、はりきったしろさだけしかみなかったけれども、)

ふくよかな内腿の、張り切った白さだけしか見なかったけれども、

など

(あやのどうさのおもいがけなさと、ほとんどさくいのかんじられないだいたんさとに、)

あやの動作の思いがけなさと、殆んど作為の感じられない大胆さとに、

(いかりや、しゅうちよりも、むしろはげしいはいぼくかんにおそわれた。)

怒りや、羞恥よりも、むしろ激しい敗北感におそわれた。

(「せんせい、みて、」とあやがいった、「あたしきれいでしょ」)

「先生、見て、」とあやが云った、「あたしきれいでしょ」

(はやとにはいうべきことばがおもいうかばなかった。かれはめをそむけたまま、)

隼人には云うべき言葉が思いうかばなかった。彼は眼をそむけたまま、

(ひのきばやしのほうへあるきだした。せんせい、とあやがよんだ。)

檜林のほうへ歩きだした。先生、とあやが呼んだ。

(はやとはこたえずにしゃめんをのぼってゆき、あやがおいかけてきた。)

隼人は答えずに斜面を登ってゆき、あやが追いかけて来た。

(あやははやとのそでをつかんでひきとめ、かれのまえにたちふさがった。)

あやは隼人の袖を掴んで引止め、彼の前に立ち塞がった。

(「あたしがきらいなの、せんせい」あやのめがひがついたようにぎらぎらしていた、)

「あたしが嫌いなの、先生」あやの眼が火がついたようにぎらぎらしていた、

(「あたしせんせいがすきなのに、せんせいはあたしをきらいなの」)

「あたし先生が好きなのに、先生はあたしを嫌いなの」

(「そのはなしはあとでしよう」)

「その話はあとでしよう」

(「ねえ、あたしをみて、せんせい、そうすればいいことをおしえてあげるわ」)

「ねえ、あたしを見て、先生、そうすればいいことを教えてあげるわ」

(「むすめがいまのようなことをするものじゃあない」いいかけてはやとはくちをつぐみ、)

「娘がいまのようなことをするものじゃあない」云いかけて隼人は口をつぐみ、

(ゆっくりとくびをふった、「このはなしはむらへかえってからにしよう」)

ゆっくりと首を振った、「この話は村へ帰ってからにしよう」

(「うそじゃない、ほんとうにいいことよ」とあやはなおいった、)

「嘘じゃない、本当にいいことよ」とあやはなお云った、

(「あたしのほかにはだれもしらないし、せんせいにはだいじなことなの、)

「あたしのほかには誰も知らないし、先生には大事なことなの、

(うそじゃない、ほんとうにだいじなことなのよ」「そんならいまいってごらん」)

嘘じゃない、本当に大事なことなのよ」「そんならいま云ってごらん」

(はやとはあやをよけてあるきだした。)

隼人はあやを除けて歩きだした。

(「せんせい」とあやはおってきた、「ききたくないの、きかなくってもいいの」)

「先生」とあやは追って来た、「聞きたくないの、聞かなくってもいいの」

(はやとはだまってしゃめんをのぼり、ひのきばやしのなかへはいった。)

隼人は黙って斜面を登り、檜林の中へはいった。

(しょうないろうじんがこごさのはなしをしたときのことを、かれはにがにがしくおもいだした。)

正内老人がこごさの話をしたときのことを、彼は苦々しく思いだした。

(あやだけはまだ、ろうじんのところへけいこにかよってくる、)

あやだけはまだ、老人のところへ稽古にかよって来る、

(みたかんじもおとめらしくすがすがしい。このむすめならうまく)

見た感じも乙女らしくすがすがしい。この娘ならうまく

(そだてられるのではないか、そういういみでろうじんのかんがえをさぐってみた。)

育てられるのではないか、そういう意味で老人の考えをさぐってみた。

(するとろうじんはいった。くどいようだが、ここがちくしょうだにと)

すると老人は云った。くどいようだが、ここがちくしょう谷と

(よばれていることをわすれないでください。)

呼ばれていることを忘れないで下さい。

(はやとはそそりたつだんがいのまえにたって、それをのぼるしゅだんがないことを)

隼人はそそり立つ断崖の前に立って、それを登る手段がないことを

(つきとめたときのように、じぶんのみじめなむりょくさをつくづくと)

つきとめたときのように、自分のみじめな無力さをつくづくと

(かんじるのであった。せんせい、まって、とよびかけながら、)

感じるのであった。先生、待って、と呼びかけながら、

(あやはまたおいついてきた。はやとはみみもかさずにあるきつづけた。)

あやはまた追いついて来た。隼人は耳もかさずに歩き続けた。

(「いうわ、せんせい」あやはいきをきらせながら、おいついてはやとのそでをつかんだ、)

「云うわ、先生」あやは息をきらせながら、追いついて隼人の袖を掴んだ、

(「せんせいがあたしのこときらいでも、あたしはせんせいがすきだからいうわ」)

「先生があたしのこと嫌いでも、あたしは先生が好きだから云うわ」

(はやとはたちどまってあやをみた、「わたしはおまえがきらいではない、おまえはきれいだし)

隼人は立停ってあやを見た、「私はおまえが嫌いではない、おまえはきれいだし

(おとなしいかしこいむすめだ、しかし、いまのようなことをするあやはきらいだ」)

温和しい賢い娘だ、しかし、いまのようなことをするあやは嫌いだ」

(「あたしのことをきらいじゃないの」「いつものあやはきらいではない」)

「あたしのことを嫌いじゃないの」「いつものあやは嫌いではない」

(「それなら、だいてかわいがってもらうことがどうしていけないの、)

「それなら、抱いて可愛がってもらうことがどうしていけないの、

(だれだってそうしているのに、せんせいだけどうしてそんなにいやがるの、なぜなの」)

誰だってそうしているのに、先生だけどうしてそんなにいやがるの、なぜなの」

(はやとはあやのめをみつめた、「だいじなはなしというのはそのことか」)

隼人はあやの眼をみつめた、「大事な話というのはそのことか」

(あやはくちびるをかんでだまった。はやとはあるきだそうとした。)

あやは唇を噛んで黙った。隼人は歩きだそうとした。

(あやははしってかれのまえへまわり、おおきなめでかれをみあげた。)

あやは走って彼の前へまわり、大きな眼で彼を見あげた。

(「おしつんぼのいちが」とあやはいった、「よなかにごんぱちのところへ)

「おしつんぼのいちが」とあやは云った、「夜なかに権八のところへ

(たべものをとどけるって、このまえいったことおぼえてるでしょ」)

喰べ物を届けるって、このまえ云ったこと覚えてるでしょ」

(「おぼえている」とはやとはうなずいた。「あれはまちがってたんです、)

「覚えている」と隼人は頷いた。「あれは間違ってたんです、

(とどけるのはごんぱちのところじゃなく、べつのひとなんです」はやとはだまっていた。)

届けるのは権八のところじゃなく、べつの人なんです」隼人は黙っていた。

(「ほんとうのこというんですからちゃんときいてください、あたしこのあいだのばん、)

「本当のこと云うんですからちゃんと聞いて下さい、あたしこのあいだの晩、

(いちのあとをつけていったんです」とあやはしんけんなかおつきでつづけた、)

いちのあとをつけていったんです」とあやはしんけんな顔つきで続けた、

(「このまえあなたにやをいかけたものがあるでしょう、あのみぎのところに)

「このまえ貴方に矢を射かけた者があるでしょう、あの右のところに

(うえへのぼれるだんだんがあるのです、いちはそこをのぼっていきました、)

上へ登れる段々があるのです、いちはそこを登っていきました、

(いちはみみがきこえないからいいけれど、ごんぱちにききつけられたらあぶないでしょ、)

いちは耳が聞えないからいいけれど、権八に聞きつけられたら危ないでしょ、

(だからあたしようじんして、はだしになってつけてったんです」)

だからあたし用心して、はだしになってつけてったんです」

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