ちくしょう谷 ㉒
そこには兄の仇の西沢半四郎がいた。
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問題文
(りんぱんとはじょうかからこうしょうさせるが、それまでよつざわのつちをはこんではどうか、)
隣藩とは城下から交渉させるが、それまで四ツ沢の土を運んではどうか、
(とはやとがいい、ろうじんもそれがよかろうとうなずいた。おんぎょくのほうは)
と隼人が云い、老人もそれがよかろうと頷いた。音曲のほうは
(きどのものがきてえんそうし、とうぶんのあいだはただきかせるだけにする。)
木戸の者が来て演奏し、当分のあいだはただ聞かせるだけにする。
(かれらのほうからすすんでならいたいといいだすまで、)
かれらのほうからすすんで習いたいと云いだすまで、
(こちらからはけっしてすすめない、ということにきまった。)
こちらからは決してすすめない、ということにきまった。
(いつかにいちど、ゆうしょくごからいっこくはん、しょうないろうじんのじゅうきょで、)
五日に一度、夕食後から一刻半、正内老人の住居で、
(しゃみせんはいぬいとうきちろう、ことはにしざわはんしろう、)
三味線は乾藤吉郎、琴は西沢半四郎、
(ふえはあしがるのいそべしょうざえもん、たいこもあしがるのきしだひさうち、)
笛は足軽の磯部庄左衛門、太鼓も足軽の岸田久内、
(いじょうのよにんがえんそうにあたった。それとどうじに、むらのだんじょのうち、)
以上の四人が演奏に当った。それと同時に、村の男女のうち、
(あしこしのじょうぶなものをじゅうにんと、あしがるごにんをひとくみにし、これをふたくみつくって、)
足腰の丈夫な者を十人と、足軽五人を一と組にし、これを二た組作って、
(こうたいでよつざわからつちはこびをさせた。)
交代で四ツ沢から土運びをさせた。
(はやとはろくがつの「つきびん」で、またこいけたてわきへてがみをやった。)
隼人は六月の「月便」で、また小池帯刀へ手紙をやった。
(するととおかほどたって、たてわきがじぶんできどまでのぼってきた。)
すると十日ほど経って、帯刀が自分で木戸まで登って来た。
(りんぱんとのこうしょうはうまくゆくだろう、おなじふだいだいみょうであるし、)
隣藩との交渉はうまくゆくだろう、同じ譜代大名であるし、
(こっちにはばくふごようのすぎばやしがあることだから、とたてわきはいった。)
こっちには幕府御用の杉林があることだから、と帯刀は云った。
(しかし、ひとのかたではこぶくらいのつちで、ほんとうにこうちができるのか、)
しかし、人の肩で運ぶくらいの土で、本当に耕地が出来るのか、
(というしつもんから、はやとはしょうないろうじんとそうだんしたことをくわしくかたった。)
という質問から、隼人は正内老人と相談したことを詳しく語った。
(たてわきにはきょうみがないのか、きくだけはだまってきいていたが、)
帯刀には興味がないのか、聞くだけは黙って聞いていたが、
(はやとのはなしがおわると、かおをしかめながらくびをふった。)
隼人の話が終ると、顔をしかめながら首を振った。
(「おれにはわからない」とたてわきはいった、「はやとのくちぶりは、)
「おれにはわからない」と帯刀は云った、「隼人の口ぶりは、
(まるでそのことにいっしょうをかけているようにきこえるぞ」)
まるでその事に一生を賭けているように聞えるぞ」
(「そんなりきんだことはかんがえていないよ」)
「そんな力んだことは考えていないよ」
(「だろうな」たてわきはとうぜんだというふうにいった、)
「だろうな」帯刀は当然だというふうに云った、
(「こんなやまのなかの、ろくじゅうにんにもたりないにんげんたちのために、)
「こんな山の中の、六十人にも足りない人間たちのために、
(あさだはやとともあるものがいっしょうをなげだすことはない、ひととおりやって)
朝田隼人ともある者が一生を投げだすことはない、ひととおりやって
(きがすんだらやまをおりるんだな」)
気が済んだら山をおりるんだな」
(「それをいうためにわざわざきたのか」)
「それを云うためにわざわざ来たのか」
(「いや、ようがあってきたんだが、それはあとのことにしよう」)
「いや、用があって来たんだが、それはあとのことにしよう」
(たてわきはりょのうのなかからてがみをとりだした、「きいからあずかってきた、)
帯刀は旅嚢の中から手紙を取り出した、「きいから預かって来た、
(しょういちろうのてがみもあるそうだ」はやとはそれをうけとって、ふうをひらいた。)
小一郎の手紙もあるそうだ」隼人はそれを受取って、封をひらいた。
(あによめのてがみはかんたんなじこうみまいで、このじゅうしちにちは)
あによめの手紙は簡単な時候みまいで、この十七日は
(なきおっとのいっしゅうきにあたるが、おとがめをうけているみのうえだから、)
亡き良人の一周忌に当るが、お咎めを受けている身の上だから、
(ほうようもごくかんりゃくにするつもりである、ということがつけくわえてあった。)
法要もごく簡略にするつもりである、ということが付け加えてあった。
(しょういちろうのはかながきであったが、すみをたっぷりふくませたふでで)
小一郎のは仮名書きであったが、墨をたっぷり含ませた筆で
(かっていかいたらしく、じとじがくっついてしめんがまっくろになってい、)
勝手に書いたらしく、字と字がくっついて紙面がまっ黒になってい、
(ほとんどはんどくすることさえできなかった。)
殆んど判読することさえできなかった。
(「よみかたはおれがおそわってきた」とたてわきがそばからいった、)
「読みかたはおれが教わって来た」と帯刀が側から云った、
(「こうよむんだ、おじさんはやまのなかでさびしくないか、しょういちろうはきのうは)
「こう読むんだ、叔父さんは山の中で淋しくないか、小一郎は昨日は
(さらしあめをいつつとまんじゅうをみっつと、そのあとに、えーと、というのがはいるんだ、)
晒し飴を五つと饅頭を三つと、そのあとに、えーと、というのがはいるんだ、
(それからせんべいをななまいといものでんがくをたべました、もしやまのなかにも)
それから煎餅を七枚と芋の田楽を喰べました、もし山の中にも
(あめやまんじゅうがあるなら、しょういちろうもおじさんのところへゆきます、)
飴や饅頭があるなら、小一郎も叔父さんのところへゆきます、
(きょうはまんじゅうをみっつと、いつつかな、さらしあめをとおと、ええばかばかしい」)
今日は饅頭を三つと、五つかな、晒し飴を十と、ええばかばかしい」
(たてわきはかたてをふりあげた、「まあそういったぶんめんだそうだ、)
帯刀は片手を振りあげた、「まあそういった文面だそうだ、
(ぜひおれにこうよめというもんだからよんだまでだが、)
ぜひおれにこう読めと云うもんだから読んだまでだが、
(われながらばかなはなしだ」「それほどでもないさ」はやとはびしょうした、)
われながらばかなはなしだ」「それほどでもないさ」隼人は微笑した、
(「おかげでよくわかったよ」たてわきはめをおこらせてはやとをにらんだ。)
「おかげでよくわかったよ」帯刀は眼を怒らせて隼人をにらんだ。
(きどでさけはきんじられていた。たてわきはおおきなふくべにさけをいれてもってき、)
木戸では酒は禁じられていた。帯刀は大きなふくべに酒を入れて持って来、
(ゆうしょくのときはやとにもすすめたが、はやとはきんをたてにこばんだ。)
夕食のとき隼人にもすすめたが、隼人は禁を盾に拒んだ。
(ろくがつじゅうよっかといえばまなつであるのに、ひがくれるときおんがさがって、)
六月十四日といえば真夏であるのに、日が昏れると気温がさがって、
(ひのないはやとのへやは、かなりさむさがつよくかんじられるようであった。)
火のない隼人の部屋は、かなり寒さが強く感じられるようであった。
(たてわきはふくべからゆのみへ、ひやのままさけをついでのみながら、)
帯刀はふくべから湯呑へ、冷のまま酒を注いで飲みながら、
(はじめのうちはどうぶるいをしていた。ろのまならあたたかいのだが、)
初めのうちは胴ぶるいをしていた。炉の間なら暖かいのだが、
(たてわきがさけをのんでいるので、はやとはせきをうつそうとはいわなかった。)
帯刀が酒を飲んでいるので、隼人は席を移そうとは云わなかった。
(しをびきのさけをやいたのと、やまぶきのにびたし、きのめみそというさかなも、)
塩引の鮭を焼いたのと、山蕗の煮浸し、木の芽味噌という肴も、
(たてわきにはまったくきにいらないらしく、「いつもこんなものをたべているのか」)
帯刀にはまったく気にいらないらしく、「いつもこんな物を喰べているのか」
(とさんどもくりかえしきき、しょくじはしおからいさけのちゃづけですませた。)
と三度も繰り返し訊き、食事は塩からい鮭の茶漬で済ませた。
(「よいがでないようだな」ちゃをつぎながらはやとがいった、)
「酔が出ないようだな」茶を注ぎながら隼人が云った、
(「ろのまへゆくとひがあるぞ」「いや、ここでいい」)
「炉の間へゆくと火があるぞ」「いや、ここでいい」
(たてわきはつまようじをつかいながらいった、「かたづけさせてくれ、はなしがあるんだ」)
帯刀は爪楊枝を使いながら云った、「片づけさせてくれ、話があるんだ」
(はやとはすずをふって、とうばんをよんだ。しょくぜんがかたづくと、)
隼人は鈴を振って、当番を呼んだ。食膳が片づくと、
(たてわきはすこしよいがでたらしく、あからんだかおでちゃをすすりながら、)
帯刀は少し酔が出たらしく、赤らんだ顔で茶を啜りながら、
(にしざわはどうしているかときいた。べつにどういうこともない、)
西沢はどうしているかと訊いた。べつにどういうこともない、
(ぶじにやっているがなぜだ、とはやとがといかえした。たてわきはそれにはこたえず、)
無事にやっているがなぜだ、と隼人が問い返した。帯刀はそれには答えず、
(ねぎしいへいじをしっているな、とききなおした。)
根岸伊平次を知っているな、と訊き直した。
(「しっている、どうじょうでけいこをつけていた」「なにかはなしをきかなかったか」)
「知っている、道場で稽古をつけていた」「なにか話を聞かなかったか」
(はやとはだまってたてわきのかおをみまもった。「あさださんのきずのひとつが、)
隼人は黙って帯刀の顔を見まもった。「朝田さんの傷の一つが、
(せなかからつきさされたものだ、ということをはなしたそうだが、おぼえはないか」)
背中から突き刺されたものだ、ということを話したそうだが、覚えはないか」
(「それはすんだことだろう」「いや、あたらしいじじつがあるんだ」とたてわきはいった、)
「それは済んだことだろう」「いや、新しい事実があるんだ」と帯刀は云った、
(「ねぎしからきいてしらべてみたんだが、かんじょうがたからごひゃくりょうひきだしたのは)
「根岸から聞いてしらべてみたんだが、勘定方から五百両引出したのは
(あさださんではないらしい、あさださんのいんばんがつかってあるが、)
朝田さんではないらしい、朝田さんの印判が使ってあるが、
(そのいんばんもぎぞうのようだ」「なんのためにそんなことをしらべたんだ」)
その印判も偽造のようだ」「なんのためにそんなことをしらべたんだ」
(「なんのためだって」たてわきはむっとしたようにはやとをみた、)
「なんのためだって」帯刀はむっとしたように隼人を見た、
(「あさださんのつみがむじつであり、はたしあいにもふしんがあるとすれば、)
「朝田さんの罪が無実であり、はたしあいにも不審があるとすれば、
(しらべてみるのがとうぜんじゃあないか」「それはもうすんだことだ、)
しらべてみるのが当然じゃあないか」「それはもう済んだことだ、
(こいけじしんがそういったはずだぞ」「そういったのはじじつがわからなかったからだ」)
小池自身がそう云った筈だぞ」「そう云ったのは事実がわからなかったからだ」
(はやとはしずかにたちあがってとだなをあけ、てぶんこのなかから)
隼人は静かに立ちあがって戸納をあけ、手文庫の中から
(いっつうのふうしょをとりだすと、もどってきてたてわきにわたした。)
一通の封書を取り出すと、戻って来て帯刀に渡した。
(「おれがえどでうけとったあにのてがみだ」とはやとはいった、)
「おれが江戸で受取った兄の手紙だ」と隼人は云った、
(「ひづけはじゅうににち、はたしあいをするいつかまえにだしたものだ、よんでくれ」)
「日付は十二日、はたしあいをする五日まえに出したものだ、読んでくれ」