怪人二十面相32 江戸川乱歩

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少年探偵団シリーズ1作目

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問題文

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(なかむらかかりちょうはあおざめてこわばったかおで、むごんのままはげしくたくじょうのべるをおしました)

中村係長は青褪めて強張った顔で、無言のまま激しく卓上のベルを押しました

(そしてけいぶがかおをだすと、けさとやまがはらのはいおくをほういしたけいかんのうち、おもてぐち、)

そして警部が顔を出すと、今朝戸山ヶ原の廃屋を包囲した警官の内、表口、

(うらぐちのみはりばんをつとめた4にんのけいかんに、すぐくるようにとつたえさせたのです。)

裏口の見張り番を務めた四人の警官に、すぐ来るようにと伝えさせたのです。

(やがて、はいってきた4にんのけいかんを、かかりちょうはこわいかおでにらみつけました。)

やがて、入って来た四人の警官を、係長は恐い顔で睨み付けました。

(「こいつをたいほしていたとき、あのいえからでていったものはなかったかね。)

「こいつを逮捕していた時、あの家から出て行った者はなかったかね。

(そいつはけいかんのふくそうをしていたかもしれないのだ。だれかみかけなかったかね」)

そいつは警官の服装をしていたかもしれないのだ。誰か見掛けなかったかね」

(そのといにおうじて、ひとりのけいかんがこたえました。 「けいかんならばひとりでて)

その問いに応じて、一人の警官が答えました。 「警官ならば一人出て

(いきましたよ。ぞくがつかまったからはやく2かいへいけとどなっておいて、ぼくらが)

行きましたよ。賊が捕まったから早く二階へ行けと怒鳴っておいて、僕らが

(あわててかいだんのほうへかけだすのとはんたいに、そのおとこはそとへはしっていきました」)

慌てて階段の方へ駆け出すのと反対に、その男は外へ走って行きました」

(「なぜそれをいままでだまっているんだ。だいいち、きみはそのおとこのかおをみなかったのかね)

「何故それを今まで黙っているんだ。第一、君はその男の顔を見なかったのかね

(いくらけいかんのせいふくをきていたからって、かおをみれば、にせものかどうかすぐわかる)

いくら警官の制服を着ていたからって、顔を見れば、偽物かどうかすぐ分かる

(はずじゃないか」 かかりちょうのひたいには、じょうみゃくがおそろしくふくれあがっています。)

筈じゃないか」  係長の額には、静脈が恐ろしく膨れ上がっています。

(「それが、かおをみるひまがなかったんです。かぜのようにはしってきて、かぜのように)

「それが、顔を見る暇がなかったんです。風のように走って来て、風のように

(とびだしていったものですから。しかし、ぼくはちょっとふしんにおもったので、)

飛び出して行ったものですから。しかし、僕はちょっと不審に思ったので、

(きみはどこへいくんだ、とこえをかけました。するとそのおとこは、でんわだよ、)

君は何処へ行くんだ、と声を掛けました。するとその男は、電話だよ、

(かかりちょうのいいつけででんわをかけにいくんだよ、とさけびながら、はしっていって)

係長の言い付けで電話を掛けに行くんだよ、と叫びながら、走って行って

(しまいました。 でんわならば、これまでれいがないこともないので、ぼくはそれいじょう)

しまいました。  電話ならば、これまで例がない事もないので、僕はそれ以上

(うたがいませんでした。それにぞくがつかまってしまったのですから、かけだしていった)

疑いませんでした。それに賊が捕まってしまったのですから、駆け出して行った

(けいかんのことなんかわすれてしまって、ついごほうこくしなかったのですよ」)

警官の事なんか忘れてしまって、ついご報告しなかったのですよ」

(きいてみれば、むりのないはなしでした。むりがないだけに、ぞくのけいかくが)

聞いてみれば、無理のない話でした。無理がないだけに、賊の計画が

など

(じつにきびんに、しかもよういしゅうとうにおこなわれたことを、おどろかないではいられませんでした)

実に機敏に、しかも用意周到に行われた事を、驚かないではいられませんでした

(もう、うたがうところはありません。ここにたっているやばんじんみたいな、)

もう、疑うところはありません。ここに立っている野蛮人みたいな、

(みにくいかおのおとこは、かいとうでもなんでもなかったのです。つまらないひとりのこっくに)

醜い顔の男は、怪盗でも何でもなかったのです。詰らない一人のコックに

(すぎなかったのです。そのつまらないこっくをつかまえるために10すうめいのけいかんが、)

過ぎなかったのです。その詰らないコックを捕まえる為に十数名の警官が、

(あのおおさわぎをえんじたのかとおもうと、かかりちょうも4にんのけいかんも、あまりのことに)

あの大騒ぎを演じたのかと思うと、係長も四人の警官も、あまりの事に

(ただ、ぼうぜんとかおをみあわせるほかはありませんでした。 「それから、けいぶさん、)

ただ、呆然と顔を見合わせる外はありませんでした。 「それから、警部さん、

(しゅじんがあなたにおわたししてくれといって、こんなものをかいていったんですが」)

主人が貴方にお渡ししてくれと言って、こんな物を書いて行ったんですが」

(こっくのとらきちが、じっとくのむねをひらいて、もみくちゃになったいちまいのかみきれを)

コックの虎吉が、十徳の胸を開いて、もみくちゃになった一枚の紙きれを

(とりだし、かかりちょうのまえにさしだしました。 なかむらかかりちょうは、ひったくるように)

取り出し、係長の前に差し出しました。  中村係長は、引ったくるように

(それをうけとると、しわをのばしてすばやくよみくだしましたが、よみながら、)

それを受け取ると、皺をのばして素早く読み下しましたが、読みながら、

(かかりちょうのかおはふんぬのあまり、むらさきいろにかわったかとみえました。 そこには、)

係長の顔は憤怒のあまり、紫色に変わったかと見えました。  そこには、

(つぎのようなばかにしきったもんごんがかきつけてあったのです。)

次のような馬鹿にしきった文言が書き付けてあったのです。

(「こばやしくんによろしくつたえてくれたまえ。あれはじつにえらいこどもだ。)

『小林君に宜しく伝えてくれ給え。あれは実にえらい子どもだ。

(ぼくはかわいくてしかたがないほどにおもっている。だが、いくらかわいいこばやしくんのためだって)

僕は可愛くて仕方がない程に思っている。だが、いくら可愛い小林君の為だって

(ぼくのいっしんをぎせいにすることはできない。しょうりによっているあのこどもには)

僕の一身を犠牲にする事は出来ない。勝利に酔っているあの子どもには

(きのどくだが、しょうしょうじつせけんのきょうくんをあたえてやったわけだ。こどものやせうでで)

気の毒だが、少々実世間の教訓を与えてやった訳だ。子どもの痩せ腕で

(このにじゅうめんそうにてきたいすることは、もうあきらめたがよいとつたえてくれたまえ。)

この二十面相に敵対する事は、もう諦めたが良いと伝えてくれ給え。

(これにこりないと、とんだことになるぞと、つたえてくれたまえ。ついでながら、)

これに懲りないと、とんだ事になるぞと、伝えてくれ給え。ついでながら、

(けいかんしょこうに、すこしばかりぼくのけいかくをもらしておく。はしばしはすこしきのどくになった)

警官諸公に、少しばかり僕の計画を洩らしておく。羽柴氏は少し気の毒になった

(もうこれいじょうなやますことはしない。じつをいうと、ぼくはあんなひんじゃくなびじゅつしつに、)

もうこれ以上悩ます事はしない。実を言うと、僕はあんな貧弱な美術室に、

(いつまでもしゅうちゃくしているわけにはいかないのだ。ぼくはいそがしい。じつはいま、)

何時までも執着している訳にはいかないのだ。僕は忙しい。実は今、

(もっとおおきなものにてをそめかけているのだ。それがどのようなだいじぎょうであるかは)

もっと大きな物に手を染め掛けているのだ。それがどのような大事業であるかは

(きんじつ、しょくんのみみにもたっすることだろう。では、そのうちまたゆっくり)

近日、諸君の耳にも達する事だろう。では、その内またゆっくり

(おめにかかろう。にじゅうめんそうより なかむらぜんしろうくん)

お目に掛かろう。 二十面相より 中村善四郎君

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