踊る人形2

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シャーロック・ホームズシリーズ
アーサー・コナンドイルの作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(わたくしには、とてもいやなおもいでがございます。とつまはいうのです。)

『わたくしには、とても厭な思い出がございます。』と妻は言うのです。

(どうにかしてわすれたいとおもっております。とても、つらいことですから。)

『どうにかして忘れたいと思っております。とても、つらいことですから。

(ひるとんさん、あなたがわたしをもとめてくださるなら、あなたはひとりのおんなを、)

ヒルトンさん、あなたが私を求めてくださるなら、あなたはひとりの女を、

(ひととしてはずべきことなどなにひとつないおんなをえることになりましょう。)

人として恥ずべきことなど何ひとつない女を得ることになりましょう。

(そのかわり、あなたは、わたくしのことばをしんじて、つまになるよりまえのことは)

その代わり、あなたは、わたくしの言葉を信じて、妻になるより前のことは

(くちをとざしてもかまわない、そうおっしゃってくださらねばなりません。)

口を閉ざしても構わない、そうおっしゃってくださらねばなりません。

(もしそれでこのおやくそくがむりだとおっしゃるなら、どうぞわたくしをこのまま)

もしそれでこのお約束が無理だとおっしゃるなら、どうぞわたくしをこのまま

(のこしてのーふぉーくへおかえりください。これはわたしどものけっこんのぜんじつ、つまが)

残してノーフォークへお帰りください。』これは私どもの結婚の前日、妻が

(わたしにいったことばです。それでわたしはつまのことばをそのままうけいれて、そのごも)

私に言った言葉です。それで私は妻の言葉をそのまま受け入れて、その後も

(このやくそくをかたくまもってきました。そしてそのごわたしどもはこのいちねんのあいだ、)

この約束をかたく守ってきました。そしてその後私どもはこの一年のあいだ、

(けっこんせいかつをつづけてまいりましたが、わたしどもはじつにこうふくでした。)

結婚生活を続けて参りましたが、私どもは実に幸福でした。

(しかしいっかげつほどまえ、ろくがつのすえに、わたしははじめてわざわいのきざしをみたのです。)

しかし一ヶ月ほど前、六月の末に、私ははじめてわざわいの兆しを見たのです。

(そのころ、つまはあめりかからのてがみをうけとりました。あめりかのけしいんが)

その頃、妻はアメリカからの手紙を受け取りました。アメリカの消印が

(あったんです。そのとき、つまのかおはきぜつしそうなほどまっさおで、てがみをよむと、)

あったんです。そのとき、妻の顔は気絶しそうなほど真っ青で、手紙を読むと、

(それをそのままひのなかになげこんでしまいました。そのあと、つまはべつだん)

それをそのまま火の中に投げ込んでしまいました。その後、妻は別段

(そのことについてなにもいいませんでしたし、わたしもまたやくそくにしたがって、)

そのことについて何も言いませんでしたし、私もまた約束にしたがって、

(そのことについてはひとこともふれませんでした。しかしつまは、それいらいずっと、)

そのことについては一言も触れませんでした。しかし妻は、それ以来ずっと、

(なにかふあんげで なにごとかにびくびくしているようでした。どうかたよってくれ。)

何か不安げで―何ごとかにびくびくしているようでした。どうか頼ってくれ。

(ここにさいこうのはんりょがいるじゃないか でも、つまがいいださなくては、)

ここに最高の伴侶がいるじゃないか...でも、妻が言い出さなくては、

(こちらからきりだせない。わかってください、つまはせいじつなじょせいなのです。)

こちらから切り出せない。わかってください、妻は誠実な女性なのです。

など

(ほーむずさん、もしかこになにかいざこざがあるとしても、つまのおちどでは)

ホームズさん、もし過去に何かいざこざがあるとしても、妻の落ち度では

(ないはずです。わたしはのーふぉーくのいなかものにすぎませんが、それでもえいこくずいいちの)

ないはずです。私はノーフォークの田舎者にすぎませんが、それでも英国随一の

(きゅうかだと、つまもぞんじておりますし、けっこんまえからみとめておりました。まさか)

旧家だと、妻も存じておりますし、結婚前から認めておりました。まさか

(そのつまが、わたしのかめいをけがすようなどありえません。それはぜったいです。)

その妻が、私の家名を汚すようなどありえません。それは絶対です。

(さていよいよはなしがきかいなぶぶんにすすむのですが、いっしゅうかんほどまえ そうです、せんしゅうの)

さていよいよ話が奇怪な部分に進むのですが、一週間ほど前―そうです、先週の

(かようびです わたしはがらすまどのうえに、このかみにあるようなでたらめな、ちいさな)

火曜日です―私はガラス窓の上に、この紙にあるようなでたらめな、小さな

(おどるにんぎょうがえがかれているのをはっけんしました。それはちょーくで)

踊る人形が描かれているのを発見しました。それはチョークで

(なぐりがきされていて、わたしはうまばんのしょうねんがやったのだとおもったんですが、)

殴り描きされていて、私は馬番の少年がやったのだと思ったんですが、

(そのぼうずは、まったくしらないといいはるのです。とにかくよるに)

その坊主は、全く知らないと言い張るのです。とにかく夜に

(えがかれたものでした。わたしはあらいおとしてから、このことをつまにいいました。)

描かれたものでした。私は洗い落としてから、このことを妻に言いました。

(ところがおどろいたことに、つまはそんなものをまじめにとりあって、もしまた)

ところが驚いたことに、妻はそんなものをまじめに取り合って、もしまた

(えがかれたらぜひみたいというのです。それからいっしゅうかんはえがかれなかったのですが)

描かれたらぜひ見たいと言うのです。それから一週間は描かれなかったのですが

(ちょうどきのうのあさ、またわたしは、にわのひどけいのうえに、このかみきれが)

ちょうど昨日の朝、また私は、庭の日時計の上に、この紙切れが

(おかれているのをみつけました。わたしがそれをえるしぃにみせると、そっとうして)

置かれているのを見つけました。私がそれをエルシィに見せると、卒倒して

(たおれてしまったのです。それいらい、つまはぼうっとしてしまって、いつもなにかに)

倒れてしまったのです。それ以来、妻はぼうっとしてしまって、いつも何かに

(おびえためをするのです。それからわたしはほーむずさんにてがみをかいて、)

おびえた目をするのです。それから私はホームズさんに手紙を書いて、

(このかみきれをおおくりしたしだいです。こんなもの、まさかけいさつにうったえても)

この紙切れをお送りした次第です。こんなもの、まさか警察に訴えても

(わらいものにされてとりあってくれないでしょうし、あなたでしたらどうすべきか)

笑いものにされて取り合ってくれないでしょうし、あなたでしたらどうすべきか

(おしえてくださるとおもったのです。わたしはけっしてゆうふくではありませんが、なにかが)

教えてくださると思ったのです。私は決して裕福ではありませんが、何かが

(つまをおびえさせているのだとしたら、ぜんざいさんをかけてもつまをまもってやりたいと)

妻をおびえさせているのだとしたら、全財産をかけても妻を守ってやりたいと

(おもうのです。ぜんりょうなおとこだ ふるきよきいぎりすじん そぼくでじっちょく、そしておんわ、)

思うのです。」善良な男だ―古き良きイギリス人―素朴で実直、そして温和、

(めはおおきくねついのこもったあおいろ、かおはおおきくたんせい。ほーむずはしゅうちゅうしてこのはなしを)

目は大きく熱意のこもった青色、顔は大きく端正。ホームズは集中してこの話を

(きいていたが、そのあと、しばしだまってしあんにしずんでいた。)

聞いていたが、そのあと、しばし黙って思案に沈んでいた。

(ですが、きゅーびっとさん。ようやくくちをひらく。さいぜんのさくは、ちょくせつ)

「ですが、キュービットさん。」ようやく口を開く。「最善の策は、直接

(おくさまにおたずねになり、ひみつをうちあけてもらうことではないでしょうか。)

奥さまにお訊ねになり、秘密を打ち明けてもらうことではないでしょうか。」

(ひるとんきゅーびっとはそのおおきなかおをふった。やくそくはやくそくです、)

ヒルトン・キュービットはその大きな顔を振った。「約束は約束です、

(ほーむずさん。もしえるしぃがはなしていいとおもうくらいなら、むこうからはなして)

ホームズさん。もしエルシィが話していいと思うくらいなら、向こうから話して

(くれます。またはなしたくないことなら、きょうようしたくありません。それでも、)

くれます。また話したくないことなら、強要したくありません。それでも、

(わたしにはわたしでできることがあるはず なのです。ならばぜんりょくでごそうだんに)

私には私でできることがあるはず―なのです。」「ならば全力でご相談に

(あずかります。ではまず、きんじょにふしんなじんぶつをみたというはなしは?)

あずかります。ではまず、近所に不審な人物を見たという話は?」

(ありません。たいへんかんせいなところかとぞんじますが、しんがおなどが)

「ありません。」「たいへん閑静なところかと存じますが、新顔などが

(あらわれたといううわさは?ごくきんじょで、ありました。しかしちかばにかいすいよくじょうが)

現れたという噂は?」「ごく近所で、ありました。しかし近場に海水浴場が

(ありますので、よくじぬしどもがひとをとめるのです。このえもじは、たしかに)

ありますので、よく地主どもが人を泊めるのです。」「この絵文字は、確かに

(なにかいみがある。もしまったくのでたらめとすればおてあげですが、ここに)

何か意味がある。もしまったくのでたらめとすればお手上げですが、ここに

(きそくがあるなら、かならずあばくことができます。ですがこれだけではなにぶんみじかくて)

規則があるなら、必ず暴くことができます。ですがこれだけではなにぶん短くて

(いかんともしがたく、またおきかせいただいたことがらにも、まだばくとしてなんとも)

いかんともしがたく、またお聞かせいただいた事柄にも、まだ漠として何とも

(しらべようがありません。おすすめしたいのは、いちどのーふぉーくに)

調べようがありません。おすすめしたいのは、一度ノーフォークに

(おかえりになって、ちゅういぶかくかんしをし、さいどこのおどるにんぎょうがあらわれたさいには、)

お帰りになって、注意深く監視をし、再度この踊る人形が現れた際には、

(それをせいかくにうつしとることです。さきのまどがらすにえがかれたもののうつしをみること)

それを正確に写し取ることです。先の窓ガラスに描かれたものの写しを見ること

(かなわないとは、ざんねんしごくです。あたりにふしんしゃがいないかどうかも、じゅうぶん)

かなわないとは、残念至極です。辺りに不審者がいないかどうかも、じゅうぶん

(ちゅういねがいます。あらたなしょうこがてにはいりましたら、またおいでください。これが)

注意願います。新たな証拠が手に入りましたら、またおいでください。これが

(あなたにたいしての、ぼくのさいぜんのこたえです。それではひるとんきゅーびっとさん)

あなたに対しての、僕の最善の答えです。それではヒルトン・キュービットさん

(もししんてんかいでもありましたら、そのときはいつでもしゅったつして、のーふぉーくの)

もし新展開でもありましたら、そのときはいつでも出立して、ノーフォークの

(おたくでおめにかかりましょう。このかいけんののち、しゃーろっくほーむずは)

お宅でお目にかかりましょう。」この会見ののち、シャーロック・ホームズは

(ふかくかんがえこんでしまった。そしてにさんにちのあいだ、てちょうかられいのきごうのえがかれた)

深く考え込んでしまった。そして二三日の間、手帳から例の記号の描かれた

(かみきれをとりだしては、じっとねっしんにみつめるのであった。)

紙切れを取り出しては、じっと熱心に見つめるのであった。

(にしゅうかんばかりのあいだ、ほーむずはそのことをおくびにもださなかったが、)

二週間ばかりのあいだ、ホームズはそのことをおくびにも出さなかったが、

(あるひのごご、わたしががいしゅつしようとするところをよびとめたのであった。)

ある日の午後、私が外出しようとするところを呼び止めたのであった。

(ここにいたほうがけんめいだ、わとそん。どうしてかね?けさ、)

「ここにいた方が賢明だ、ワトソン。」「どうしてかね?」「今朝、

(ひるとんきゅーびっくからでんぽうがきた。ほら、あのきゅーびっとだ、)

ヒルトン・キュービックから電報が来た。ほら、あのキュービットだ、

(おどるにんぎょうの。かれはいちじにじゅっぷんにりばぷーるがいにつくはずで、まもなく)

踊る人形の。彼は一時二十分にリバプール街に着くはずで、まもなく

(ここにくる。でんぽうからさっするに、なにかだいじがおきたらしい。やがてにりんばしゃが)

ここに来る。電報から察するに、何か大事が起きたらしい。」やがて二厘馬車が

(ぜんそくりょくで、えきからいらいにんののーふぉーくのしんしをのせてやってきた。)

全速力で、駅から依頼人のノーフォークの紳士を乗せてやってきた。

(しょうすいしたようすで、めはつかれ、ひたいにはしわをよせている。)

憔悴した様子で、目は疲れ、額には皺を寄せている。

(いきがつまりそうなじたいで、ほーむずさん。いらいにんははんびょうにんよろしく、)

「息が詰まりそうな事態で、ホームズさん。」依頼人は半病人よろしく、

(ひじかけいすにもたれかかった。おちつきません。えたいのしれないじんぶつが)

肘掛椅子にもたれかかった。「落ち着きません。得体の知れない人物が

(どこかちかくにひそんでいて、なにかをたくらみ、さらにつまをじわじわところされていく)

どこか近くに潜んでいて、何かをたくらみ、さらに妻をじわじわと殺されていく

(とかんがえるだけで、もう、からだがもちません。そんなじょうきょうかで、つまは)

と考えるだけで、もう、身体がもちません。そんな状況下で、妻は

(よわりつつあるのです。まさにわたしのめのまえで。おくさまはまだなにも?)

弱りつつあるのです。まさに私の目の前で。」「奥さまはまだ何も?」

(ええ、ほーむずさん。いいません。なにかいいたげにはするんですが、やはり)

「ええ、ホームズさん。言いません。何か言いたいげにはするんですが、やはり

(けっしんがつかないのか。たすけようともしたんです。でもわたしがぶきようなもんですから)

決心がつかないのか。助けようともしたんです。でも私が不器用なもんですから

(よけいにこわがらせるだけで。つまが、わたしのかけいのこと、ちいきにおけるめいせい、)

余計にこわがらせるだけで。妻が、私の家系のこと、地域における名声、

(またけがれなきめいよなどにいいおよぶこともあって、いよいよほんだいにはいるのだと)

また汚れなき名誉などに言い及ぶこともあって、いよいよ本題に入るのだと

(おもううちに、はなしがよそにそれてしまって。なにかごじしんで)

思ううちに、話がよそに逸れてしまって。」「何かご自身で

(おきづきになったことは?たくさんあります、ほーむずさん。なんまいか)

お気づきになったことは?」「たくさんあります、ホームズさん。何枚か

(あたらしいおどるにんぎょうを、ぜひごらんください。それに、ひとかげをみたんです。)

新しい踊る人形を、ぜひご覧ください。それに、人影を見たんです。」

(それは、このきごうをえがいたちょうほんにんですか?ええ。そのげんばをみたのです。)

「それは、この記号を描いた張本人ですか?」「ええ。その現場を見たのです。

(とにかく、いちからじゅんばんにはなしますね。わたしがこのまえおたずねしてかえって、そのよくあさに)

とにかく、一から順番に話しますね。私がこの前お訪ねして帰って、その翌朝に

(またあたらしいおどるにんぎょうのいちぐんをみたのです。それは、ものおきのくろいとびらのうえに)

また新しい踊る人形の一群を見たのです。それは、物置の黒い扉の上に

(ちょーくでえがかれていました。そこからしばふをはさんだむかいのまどから、まっすぐ)

チョークで描かれていました。そこから芝生を挟んだ向かいの窓から、まっすぐ

(みえるのです。せいかくにうつしとりました、これです。いらいにんはいちまいのかみをたくじょうに)

見えるのです。正確に写し取りました、これです。」依頼人は一枚の紙を卓上に

(ひろげた。これがそのえのうつしである。すばらしい!とほーむずはいった。)

広げた。これがその絵の写しである。「素晴らしい!」とホームズは言った。

(すばらしい!どうぞつぎを。うつしとったあと、そのえをけしてしまった)

「素晴らしい!どうぞ次を。」「写し取ったあと、その絵を消してしまった

(のですが、そのつぎのつぎのあさ、またべつのものがえがかれてありました。)

のですが、その次の次の朝、また別のものが描かれてありました。

(このうつしになります。ほーむずはてをこすりあわせて、ほくそえんだ。)

この写しになります。」ホームズは手をこすり合わせて、ほくそ笑んだ。

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