百物語2 岡本綺堂

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幕末の若侍たちの百物語。妖怪は出るか、出ないのか。

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(ひっかえしてよくみると、ひとりのしろいおんながくびでもくくったようにてんじょうから)

引っ返してよく見ると、ひとりの白い女が首でも縊ったように天井から

(たれさがっているのであった。 「なるほど、むかしからいいつたえることにうそはない)

垂れ下がっているのであった。 「なるほど、昔から言い伝えることに嘘はない

(これこそばけものというのであろう」となかはらはおもった。 しかしかれはきじょうの)

これこそ化け物というのであろう」と中原は思った。  しかし彼は気丈の

(おとこであるので、そのままにしてつぎのまへはいって、れいのごとくにとうしんを)

男であるので、そのままにして次の間へはいって、例のごとくに燈心を

(ひとすじけした。それからかがみをとってすかしてみたが、かがみのおもてにはべつに)

ひとすじ消した。それから鏡をとって透かしてみたが、鏡のおもてには別に

(あやしいかげもうつらなかった。かえるときにふたたびみかえると、かべのきわにはやはりしろい)

怪しい影も映らなかった。帰るときに再び見かえると、壁のきわにはやはり白い

(もののかげがみえた。 なかはらはぶじにもとのせきへもどったが、じぶんのみたことを)

ものの影がみえた。  中原は無事にもとの席へ戻ったが、自分の見たことを

(だれにもいわなかった。だい84ばんにはかけいじんごえもんというのがたっていった。)

誰にも言わなかった。第八十四番には筧甚五右衛門というのが起って行った。

(つづいてじゅんじゅんにせきをたったが、どのひともかのあやしいものについてひとことも)

つづいて順々に席を起ったが、どの人もかの怪しいものについて一言も

(いわないので、なかはらはないしんふしぎにおもった。さてはかのようかいはじぶんひとりのめに)

いわないので、中原は内心不思議に思った。さてはかの妖怪は自分ひとりの眼に

(みえたのか、それともほかのひとびともじぶんとおなじようにだまっているのかとしあんして)

みえたのか、それとも他の人々も自分とおなじように黙っているのかと思案して

(いるうちに、100ばんのものがたりはとどこおりなくおわった。100すじのとうしんはみなけされて)

いるうちに、百番の物語はとどこおりなく終った。百すじの燈心はみな消されて

(そのざしきもしんのやみとなった。 なかはらはこころみにいちざのものにきいた。)

その座敷も真の闇となった。  中原は試みに一座のものに訊いた。

(「これでひゃくものがたりもすんだのであるが、おのおののうちにだれもふしぎをみたものは)

「これで百物語も済んだのであるが、おのおののうちに誰も不思議をみた者は

(ござらぬか」 ひとびとはいきをのんでだまっていると、そのなかでかのかけいじんごえもんが)

ござらぬか」  人々は息をのんで黙っていると、その中でかの筧甚五右衛門が

(ひとひざすすみでてこたえた。 「じつはひとびとをおどろかすもいかがとぞんじて、せんこくから)

ひと膝すすみ出て答えた。 「実は人々をおどろかすも如何と存じて、先刻から

(さしひかえておりましたが、せっしゃは84ばんめのときにあやしいものをみました」)

差控えておりましたが、拙者は八十四番目のときに怪しいものを見ました」

(ひとりがこういってくちをきると、じつはじぶんもみたというものがぞくぞくあらわれた。)

ひとりがこう言って口を切ると、実は自分も見たという者が続々あらわれた。

(だんだんせんぎすると、だい75ばんのほんごうやじろうというおとこからはじまって、そのあとの)

だんだん詮議すると、第七十五番の本郷弥次郎という男から始まって、その後の

(ひとはみなそれをみたのであるが、うかつにこうがいしておくびょうものとわらわれるのは)

人は皆それを見たのであるが、迂濶に口外して臆病者と笑われるのは

など

(ざんねんであると、だれもかれもそしらぬかおをしていたのであった。 「では、これから)

残念であると、誰も彼も素知らぬ顔をしていたのであった。 「では、これから

(そのしょうたいをみとどけようではないか」 なかはらがあんどうをともしてさきにたつと、)

その正体を見届けようではないか」  中原が行燈をともして先に立つと、

(ほかのひとびともいちどにつづいていった。いままではうすぐらいのでよくわからなかったが、)

他の人々も一度につづいて行った。今までは薄暗いのでよく判らなかったが、

(あんどうのあかりにてらしてみると、それはとしのころ189のうつくしいおんなで、しろむくの)

行燈の灯に照らしてみると、それは年のころ十八九の美しい女で、白無垢の

(うえにしろちりめんのしごきをしめ、ながいかみをふりみだしてくびをくくって)

うえに白縮緬のしごきを締め、長い髪をふりみだして首をくくって

(いるのであった。)

いるのであった。

(こうしておおぜいにとりまかれていても、そのまますがたをへんじないのをみると、これは)

こうして大勢に取りまかれていても、そのまま姿を変じないのを見ると、これは

(ようかいではあるまいというせつもあったが、たすうのものはまだそれをうたがっていた。)

妖怪ではあるまいという説もあったが、多数の者はまだそれを疑っていた。

(ともかくもよるのあけるまではこうしておくがいいというので、あとさきのふすまを)

ともかくも夜のあけるまではこうして置くがいいというので、あとさきの襖を

(げんじゅうにしめきって、ひとびとはそのまえにはりばんをしていると、しろいおんなはやはり)

厳重にしめ切って、人々はその前に張番をしていると、白い女はやはり

(そのままにたれさがっていた。そのうちにあきのよるもだんだんにしらんできたが、)

そのままに垂れ下がっていた。そのうちに秋の夜もだんだんに白んで来たが、

(しろいおんなのすがたはきえもしなかった。 「これはいよいよふしぎだ」と、ひとびとはかおを)

白い女の姿は消えもしなかった。 「これはいよいよ不思議だ」と、人々は顔を

(みあわせた。 「いや、ふしぎではない。これはほんとうのにんげんだ」)

見あわせた。 「いや、不思議ではない。これはほんとうの人間だ」

(と、なかはらがいいだした。 はじめからようかいではあるまいとしゅちょうしていたれんちゅうは、)

と、中原が言い出した。  初めから妖怪ではあるまいと主張していた連中は、

(それみたことかとわらいだした。しかしそれがいよいよにんげんであるときまれば、)

それ見たことかと笑い出した。しかしそれがいよいよ人間であると決まれば、

(うちすててはおかれまいと、ひとびともいまさらのようにさわぎだして、とりあえずおくがかりの)

打捨てては置かれまいと、人々も今更のように騒ぎ出して、とりあえず奥掛りの

(やくにんにほうこくすると、やくにんもおどろいてかけつけた。 「や、これはしまかわどのだ」)

役人に報告すると、役人もおどろいて駈け付けた。 「や、これは島川どのだ」

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