吸血鬼5
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | kuma | 4837 | B | 5.2 | 92.7% | 1091.0 | 5722 | 444 | 79 | 2024/10/25 |
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問題文
(へんないいかただが、そのきゃくは、はんぶんのにんげんであった。つまりからだのにぶんのいちは)
変ないい方だが、その客は、半分の人間であった。つまり身体の二分一は
(じぶんのものでないのだ。いちばんめだったのはくちびるだが、はなもみにくくかけて、)
自分のものでないのだ。一番目立ったのは唇だが、鼻も醜く欠けて、
(ちょくせつあかいびこうのないぶがみえているし、まゆげがこんせきさえなく、もっとぶきみなのは)
直接赤い鼻孔の内部が見えているし、眉毛が痕跡さえなく、もっと不気味なのは
(じょうげのまぶたにいっぽんもまつげがないことである。じょちゅうがあたまのしらがもかつらではないかと)
上下の眼瞼に一本も睫毛がないことである。女中が頭の白髪も鬘ではないかと
(うたがったとはもっともだ。そのほか、ひだりてがぎしゅで、みぎあしがぎそく、からだじゅうで)
疑ったとは尤もだ。その外、左手が義手で、右足が義足、身体中で
(まんぞくなぶぶんといったら、どうたいばかりのにんげんだ。あとで、そのおとこ-ひるたれいぞう-と)
満足な部分といったら、胴体ばかりの人間だ。あとで、その男-蛭田嶺蔵-と
(いうなまえだ-が、とわずかたりにはなしたところによると、せんねんのたいしんかさいのとき、)
いう名前だ-が、問わず語りに話した所によると、先年の大震火災の時、
(てあしをうしない、かおじゅうやけどをしたので、このおおけがにいのちをとりとめたのはきせきだと)
手足を失い、顔中やけどをしたので、この大怪我に命をとりとめたのは奇蹟だと
(それがかえってじまんのようすであった。このかいじんぶつはにゅうよくをすすめられたときには、)
それが却って自慢の様子であった。この怪人物は入浴を勧められた時には、
(かぜをひいているからとことわったくせに、じょちゅうがいってしまうと、すてっきとぎそくで、)
風を引いているからと断った癖に、女中が行ってしまうと、ステッキと義足で、
(いたのまをことんことんいわせながら、ながいかいだんを、たにぞこのよくじょうのほうへおりて)
板の間をコトンコトンいわせながら、長い階段を、谷底の浴場の方へ降りて
(いった。なれているせいか、ぞんがいあぶなげもなく、たくみにからだのちょうしをとって、)
行った。慣れているせいか、存外危げもなく、巧みに身体の調子を取って、
(さっさとおりていく。かいだんをおりきると、おそろしいおとをたててながれている、)
サッサと降りて行く。階段を降り切ると、恐ろしい音を立てて流れている、
(かのまたがわのきしべにでる。そこに、なかばしぜんのがんせきでできた、いんきなよくしつがたって)
鹿股川の岸辺に出る。そこに、半自然の岩石で出来た、陰気な浴室が建って
(いるのだ。にゅうよくするのかとおもうと、そうではなく、かれはろうかからにわへでて、)
いるのだ。入浴するのかと思うと、そうではなく、彼は廊下から庭へ出て、
(よくしつのそとから、がらすまどごしに、そっとないぶをのぞきこんだ。けむるさいう、それに)
浴室の外から、ガラス窓越しに、ソッと内部を覗き込んだ。煙る細雨、それに
(もうゆうぐれちかいこくげんゆえ、ゆげのたちこめたよくじょうないは、ゆめのなかのけしきのように、)
もう夕暮れ近い刻限故、湯気の立ちこめた浴場内は、夢の中の景色のように、
(うすぐらくぼやけてみえる。そこにうごめいているふたつのしろいもの。みたにせいねんの)
薄暗くぼやけて見える。そこに蠢いている二つの白いもの。三谷青年の
(たくましいきんにくと、しずこのなめらかなはだ。ひるたはこのふたりのようすを、それとなく)
たくましい筋肉と、倭文子の滑かな肌。蛭田はこの二人の様子を、それとなく
(みるために、おりてきたのだ。かれらがにゅうよくちゅうであることは、じょちゅうのことばで)
見る為に、降りて来たのだ。彼等が入浴中であることは、女中の言葉で
(わかっていた。いくらおんせんじょうのよくじょうでも、だんじょのべつはあったのだが、にゅうよくきゃくが)
分っていた。いくら温泉場の浴場でも、男女の別はあったのだが、入浴客が
(ひとりもなく、がらんとうすぐらい、たにぞこみたいなよくしつを、しずこがひどくこわがるので)
一人もなく、ガランと薄暗い、谷底みたいな浴室を、倭文子がひどく怖がるので
(みたにせいねんのほうからおんなゆへはいっていったのだ。うすぐらいのと、ゆげのために、)
三谷青年の方から女湯へ這入って行ったのだ。薄暗いのと、湯気の為に、
(いっけんとはなれぬあいてのしろいからださえ、はっきりとはみえぬほどだから、おたがいに、)
一間と離れぬ相手の白い身体さえ、はっきりとは見えぬ程だから、お互に、
(さしておかしくも、はずかしくもかんじなかった。きこえるものは、あめのためにみずかさを)
さしておかしくも、羞しくも感じなかった。聞えるものは、雨の為に水嵩を
(ました、たにがわのおとばかり。おもやとはとおくへだたっているし、よくじょうのこうぞうが、)
増した、谷川の音ばかり。母屋とは遠く隔っているし、浴場の構造が、
(しぜんのいわをそのままつかってあったりするので、じんがいのさかいに、うまれたままのだんじょが)
自然の岩をそのまま使ってあったりするので、人外の境に、生れたままの男女が
(たったふたり、ぽつんとむきあっているかんじであった。あんなこときにするには)
たった二人、ポツンと向き合っている感じであった。「あんなこと気にするには
(あたりませんよ。こどもだましのいたずらですよ みたにはゆのなかに、だいのじに)
当りませんよ。子供だましの悪戯ですよ」三谷は湯の中に、大の字に
(なっていった。あたし、そうはおもえません。あのひとが、いまでも、そのへんを、)
なっていった。「あたし、そうは思えません。あの人が、今でも、その辺を、
(かげみたいにうろうろしているようなきがして しずこのしろいからだが、あおぐろいおおいわの)
影みたいにウロウロしている様な気がして」倭文子の白い身体が、青黒い大岩の
(うえに、えのようにうずくまっていた。しばらくすると、せいねんは、ふとそれにきづいて、おどろいて)
上に、絵の様に蹲っていた。暫くすると、青年は、ふとそれに気づいて、驚いて
(たずねた。ああ、きみはなにをそんなにみているのです。ぼくまでぞっとするじゃ)
尋ねた。「アア、君は何をそんなに見ているのです。僕までゾッとするじゃ
(ありませんか。そのめはどうしたんです。しっかりしてください。しずこさん。)
ありませんか。その目はどうしたんです。しっかりして下さい。倭文子さん。
(ぼくのいうことがわかりますか みたには、ふと、こいびとがはっきょうしたのではあるまいかと)
僕のいうことが分りますか」三谷は、ふと、恋人が発狂したのではあるまいかと
(こわくなってさけんだ。あたし、まぼろしをみたのでしょうか、ほら、あのまどから、)
怖くなって叫んだ。「あたし、幻を見たのでしょうか、ホラ、あの窓から、
(へんなものがのぞいたのよ とんきょうな、ゆめをみているようなうつろのこえがこたえた。)
変なものが覗いたのよ」頓狂な、夢を見ている様な空の声が答えた。
(みたにはぎょっとしたが、しいてげんきなちょうしで、なにもいないじゃありませんか。)
三谷はギョッとしたが、強いて元気な調子で、「何もいないじゃありませんか。
(むこうのやまのこうようがみえているほかには。きみ、きょうはどうかして・・・・・・)
向うの山の紅葉が見えている外には。君、今日はどうかして……」
(といいさして、なぜかぷっつりことばをきってしまった。とどうじに、ひろいよくじょうに)
といいさして、なぜかプッツリ言葉を切てしまった。と同時に、広い浴場に
(こだまして、みのけもよだつ、しずこのひめい。かれらはみたのだ。かわにめんした)
こだまして、身の毛もよだつ、倭文子の悲鳴。彼等は見たのだ。川に面した
(こまどのそとに、いちせつなではあったが、なにともけいようできないおそろしいものを)
小窓の外に、一刹那ではあったが、何とも形容出来ない恐ろしいものを
(みたのだ。そのものは、ふさふさしたしらがをさかだて、いようなくろめがねをかけ、)
見たのだ。そのものは、フサフサした白髪を逆立て、異様な黒眼鏡をかけ、
(そのしたにはなはなくて、かおはんめんがまっかなくちと、むきだしのするどいしろはばかりの、)
その下に鼻はなくて、顔半面が真赤な口と、むき出しの鋭い白歯ばかりの、
(かつてみたこともないけだものであった。しずこはあまりのおそろしさに、はじもがいぶんも)
嘗て見たこともないけだものであった。倭文子は余りの恐ろしさに、恥も外聞も
(わすれて、ぱちゃんとよくそうにとびこむと、いきなりみたにせいねんのらたいに)
忘れて、パチャンと浴槽に飛び込むと、いきなり三谷青年の裸体に
(しがみついた。そこのみえるうつくしいゆのなかで、にひきのにんぎょが、ひらひらと)
しがみついた。底の見える美しい湯の中で、二匹の人魚が、ヒラヒラと
(もつれあった。にげましょう。はやく、にげましょうよ いっぴきのにんぎょが、)
もつれ合った。「逃げましょう。早く、逃げましょうよ」一匹の人魚が、
(ほかのにんぎょのくびに、しっかりからみついて、くちをみみにくっつけるようにして、あわただしく)
他の人魚の首に、しっかりからみついて、口を耳にくっつける様にして、惶しく
(ささやいた。こわがることはありません。きのせいです。なにかをみちがえたのです)
囁いた。「怖がる事はありません。気のせいです。何かを見違えたのです」
(みたには、まだからみついているしずこを、ひきずるようにして、よくそうをでると、)
三谷は、まだからみついている倭文子を、引ずる様にして、浴槽を出ると、
(こまどにかけより、がらっとそれをひらいた。ごらんなさい。なんにもいやしない。)
小窓に駆けより、ガラッとそれを開いた。「ごらんなさい。何にもいやしない。
(ぼくらはあまりしんけいをつかいすぎているのですよ いわれてしずこは、せいねんのかたごしに)
僕等は余り神経を使い過ぎているのですよ」いわれて倭文子は、青年の肩越しに
(そっとくびをのばして、まどのそとをながめた。すぐめのしたを、かのまたがわのあおぐろいみずが)
ソッと首を伸ばして、窓の外を眺めた。すぐ目の下を、鹿股川の青黒い水が
(ながれている。そこはちょうどふちになったかしょで、たださえふかいうえに、あめふりつづきの)
流れている。そこは丁度淵になった個所で、たださえ深い上に、雨降り続きの
(ぞうすい、しかも、ゆうぐれのふかいたにま、そのそこをながれるかわは、いとどものすごく)
増水、しかも、夕暮れの深い谷間、その底を流れる川は、いとど物凄く
(みえるのだ。と、そのとき、みたにせいねんは、かれのおしりにぴったりくっついていた)
見えるのだ。と、その時、三谷青年は、彼のお尻にピッタリくっついていた
(しずこのはだが、とつぜん、ぎくんとけいれんするのをかんじた。あれ!あれ!)
倭文子の肌が、突然、ギクンと痙攣するのを感じた。「あれ! あれ!」
(かのじょがぎょうししてさけびつづけるかわぎしをみると、こんどこそ、いかなみたにせいねんも)
彼女が凝視して叫び続ける川岸を見ると、今度こそ、いかな三谷青年も
(あっ とこえをたてないではいられなかった。もはやゆめでもまぼろしでもない。)
「アッ」と声を立てないではいられなかった。最早夢でも幻でもない。
(もっともげんじつてきな、すててはおけぬだいちんじだ。すいしにんだ。こわがることはありません。)
最も現実的な、棄ては置けぬ大椿事だ。「水死人だ。怖がることはありません。
(たすかるみこみがあるかどうか、みてきますから、まっていらっしゃい だついじょうで)
助かる見込みがあるかどうか、見て来ますから、待っていらっしゃい」脱衣場で
(てばやくきものをきて、ろうかからげんばへとびだすと、しずこもかれのあとから、)
手早く着物を着て、廊下から現場へ飛び出すと、倭文子も彼のあとから、
(だてまきひとつでしたがってきた。ああ、とてもだめだ。とびこんだのはきょうじゃ)
伊達巻一つで従って来た。「アア、迚も駄目だ。飛込んだのは今日じゃ
(ありませんよ いかにも、すいしにんは、まるですもうとりみたいに、みにくく)
ありませんよ」如何にも、水死人は、まるで角力取りみたいに、醜く
(ふくれあがっていた。かおはしたをむいているのでわからぬけど、ふくそうのようすでは)
ふくれ上がっていた。顔は下を向いているので分らぬけど、服装の様子では
(とうじきゃくらしい。あら、このきもの、みおぼえがありますわ。)
湯治客らしい。「アラ、この着物、見覚がありますわ。
(あなたもきっと・・・・・・しずこはげきじょうにこえをふるわせて、みょうなことを)
あなたもきっと・・・・・・」倭文子は激情に声を震わせて、妙なことを
(くちばしった。どざえもんは、ほそいめいせんがすりのひとえものをみにつけていた。そのかすりに)
口走った。土左衛門は、細い銘仙絣の単物を身につけていた。その絣に
(みおぼえがある。まさかそんなことが とわがめをうたがいながら、しかし、みたには)
見覚がある。「まさかそんなことが」と我が目を疑いながら、併し、三谷は
(そのすいしにんのかおをたしかめるまではあんしんができなかった。かれはみずぎわまで)
その水死人の顔を確かめるまでは安心が出来なかった。彼は水際まで
(おりていって、きしにただよいついているしたいを、こわごわあしでぐっとおしてみた。)
降りて行って、岸に漂いついている死体を、怖々足でグッと押して見た。
(すると、したいは、といたがえしのように、くるっとかいてんして、うわむきになった。)
すると、死体は、戸板返しの様に、クルッと廻転して、上向きになった。
(まだいきているのではないかと、ぞっとしたほど、かるがるとむきをかえた。)
まだ生きているのではないかと、ゾッとした程、軽々と向きを換た。
(しずこはとおくへにげて、すいしにんのかおをみるゆうきはなかった。みたにはみるには)
倭文子は遠くへ逃げて、水死人の顔を見る勇気はなかった。三谷は見るには
(みたけれど、あまりのことにむねがわるくなって、ながくながめていることは)
見たけれど、余りのことに胸が悪くなって、長く眺めていることは
(できなかった。したいのかおは、ぶくぶくとふくれあがり、まるでそうごうが)
出来なかった。死体の顔は、ブクブクとふくれ上がり、まるで相好が
(かわっていたし、そのうえ、いわかどにあたってすりむけたのか、ほとんどかおぜんたいが、)
変っていたし、その上、岩角に当ってすり向けたのか、ほとんど顔全体が、
(ぐちゃぐちゃにくずれて、ふためとはみられぬぶきみさであった。)
ぐちゃぐちゃにくずれて、二目とは見られぬ不気味さであった。