吸血鬼7

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投稿者投稿者桃仔いいね3お気に入り登録
プレイ回数1875難易度(4.2) 5363打 長文 かな 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 kuma 4806 B 5.2 92.6% 1028.2 5369 427 74 2024/10/26

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問題文

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(じゅうはっさいのしずこは、りょうしんをうしない、とおいえんじゃにやしなわれるみであったゆえか、きんせんと、)

十八歳の倭文子は、両親を失い、遠い縁者に養われる身であった故か、金銭と、

(きんせんによって、あがないうるえいよとに、めずらしいほど、はげしいしゅうちゃくをもつむすめであった。)

金銭によって、贖い得る栄誉とに、珍しい程、烈しい執着をもつ娘であった。

(かのじょはこいをした。だが、そのこいをへいりのごとくうちすて、ひゃくまんちょうじゃはたやなぎにかたづいた。)

彼女は恋をした。だが、その恋を幣履の如く打棄て、百万長者畑柳に嫁づいた。

(はたやなぎはとしもちがった。ようぼうもみにくかった。そのうえ、かねもうけのために、ほうもうを)

畑柳は年も違った。容貌も醜かった。その上、金儲けの為に、法網を

(くぐることばかりかんがえているわるものであった。だが、しずこははたやなぎがすきだった。)

くぐることばかり考えている悪者であった。だが、倭文子は畑柳が好きだった。

(かれがもうけてくるおかねは、はたやなぎそのひとよりも、もっとすきだった。だが、あくうんの)

彼が儲けてくるお金は、畑柳その人よりも、もっと好きだった。だが、悪運の

(つよいはたやなぎにも、ついにむくいがきた。ほうもうをくぐりそこねて、おそろしいつみにとわれ、)

強い畑柳にも、遂に報いが来た。法網をくぐりそこねて、恐ろしい罪に問われ、

(ごくしゃのひととならねばならなかった。しずことしげるとは、いちねんあまりのつきひを、)

獄舎の人とならねばならなかった。倭文子と茂とは、一年余りの月日を、

(さびしいひかげのみでくらすうち、ごくちゅうにはつびょうしたはたやなぎは、ついにそこのびょうしゃで、このよを)

淋しい日蔭の身で暮す内、獄中に発病した畑柳は、遂にそこの病舎で、この世を

(さった。はたやなぎにも、しずこにも、いさんのぶんぱいをせまるほどのしんせきはなかったけれど、)

去った。畑柳にも、倭文子にも、遺産の分配を迫る程の親戚はなかったけれど、

(きょまんのとみと、まだわかいみぼうじんのびぼうにひきよせられて、きゅうこんしゃがつぎからつぎへと)

巨万の富と、まだ若い未亡人の美貌に引きよせられて、求婚者が次から次へと

(あらわれ、あまりのわずらわしさと、とみをめあてのきゅうこんのおぞましさに、しげるはしんせつなうばに)

現れ、余りの煩わしさと、富を目当の求婚のおぞましさに、茂は親切な乳母に

(まかせ、たったひとりで、ぎめいをして、きままなとうじにでかけたのだが。)

任せ、たった一人で、偽名をして、気儘な湯治に出掛けたのだが。

(そこでおなじやどにとまりあわせたみたにせいねんは、かのじょのすじょうをすこしもしらないで、)

そこで同じ宿に泊り合わせた三谷青年は、彼女の素性を少しも知らないで、

(かのじょにはげしいおもいをよせた。それさえこのましきに、あのどくやくけっとうのさいの、)

彼女に烈しい思いを寄せた。それさえ好ましきに、あの毒薬決闘の際の、

(なんともいえぬおとこらしいたいど。しずこのほうでも、みたにせいねんをおもいはじめたのは、)

何ともいえぬ男らしい態度。倭文子の方でも、三谷青年を思い始めたのは、

(ぐうぜんではなかったのだ。あたしが、どんなによくばりで、たじょうで、)

偶然ではなかったのだ。「あたしが、どんなに欲ばりで、多情で、

(いけないおんなだかということが、よくおわかりになりまして?しずこは、)

いけない女だかということが、よくお分りになりまして?」倭文子は、

(ながいうちあけばなしをおわって、ややじょうきしたほおに、すてばちなびしょうをうかべていった。)

長い打あけ話を終って、やや上気した頬に、棄て鉢な微笑を浮かべていった。

(そのさいしょの、びんぼうなこいびとというのはどんなひとだったのです。わすれてしまった)

「その最初の、貧乏な恋人というのはどんな人だったのです。忘れてしまった

など

(わけではないのでしょう みたにのくちょうには、ちょっとけいようしにくい、みょうなかんじが)

訳ではないのでしょう」三谷の口調には、一寸形容しにくい、妙な感じが

(ふくまれていた。あたしそのひとにだまされたのです。はじめはうまいことをいって)

含まれていた。「あたしその人にだまされたのです。初めはうまいことをいって

(あたしをしあわせにしてやるとやくそくしておきながら、ちっともしあわせになんか)

あたしを仕合わせにしてやると約束して置きながら、ちっとも仕合わせになんか

(ならなかったのです。そのひとはまずしかったばかりでなく、ぞっとするような、)

ならなかったのです。その人は貧しかったばかりでなく、ゾッとする様な、

(いやあなせいしつがあったのです。でも、あたしをあいしてはいたのですけれど、)

いやあな性質があったのです。でも、あたしを愛してはいたのですけれど、

(そうされればされるほど、むしずがはしるほどいやでいやでしかたがなかったのです)

そうされればされる程、虫酸が走る程いやでいやで仕方がなかったのです」

(そのひとがいまどうしているか、どこにいるか、あなたは、ちっとも)

「その人が今どうしているか、どこにいるか、あなたは、ちっとも

(しらないのですね ええ、はちねんもまえのむかしばなしですもの。それに、あたしまだ)

知らないのですね」「エエ、八年も前の昔話ですもの。それに、あたしまだ

(ほんのこどもでしたから みたにはだまってたちあがると、まどのところへあるいていって)

ほんの子供でしたから」三谷は黙って立上がると、窓の所へ歩いて行って

(そとをながめた。で、つまり、これがあなたのあいそづかしなんですか かれはそとを)

外を眺めた。「で、つまり、これがあなたの愛想づかしなんですか」彼は外を

(ながめたまま、むひょうじょうなくちょうでいった。まあ しずこはびっくりして、)

眺めたまま、無表情な口調でいった。「マア」倭文子はびっくりして、

(どうして、そんなことをおっしゃいますの。ただ、あたし、あなたにあたしの)

「どうして、そんなことをおっしゃいますの。ただ、あたし、あなたにあたしの

(ほんとうのきょうぐうをかくしているのが、くるしくなったからですわ。こどもまである、)

本当の境遇を隠しているのが、苦しくなったからですわ。子供まである、

(ごくしをしたざいにんのつまが、あなたとこうしているのが、おそろしくなったから)

獄死をした罪人の妻が、あなたとこうしているのが、恐ろしくなったから

(ですわ そういうことで、いまさら、ぼくたちがはなれられるとおもっているのですか)

ですわ」「そういうことで、今更、僕達が離れられると思っているのですか」

(しずこにしてみれば、はなれられぬからこそ、みのうえをうちあけたともいえるのだ。)

倭文子にして見れば、離れられぬからこそ、身の上を打あけたともいえるのだ。

(それがわからぬあいてではないはずだ。かのじょもたっていって、みたにとならんでまどのそとを)

それが分らぬ相手ではない筈だ。彼女も立って行って、三谷と並んで窓の外を

(みた。すこしあかみがかったにっこうが、たちきのかげをながながとなげている、うつくしいしばふに、)

見た。少し赤みがかった日光が、立木の影を長々と投げている、美しい芝生に、

(いつのまにか、へやをぬけだしていったしげるしょうねんが、かれのからだのにばいほどもある、)

いつの間にか、部屋を抜け出して行った茂少年が、彼の身体の二倍程もある、

(あいけんのしぐまと、たわむれているのがみえた。こどもとおなじように、あなたにも)

愛犬のシグマと、たわむれているのが見えた。「子供と同じ様に、あなたにも

(つみはないのです。ぼくはそういうことで、あなたにたいするこころもちが、かわりはしない。)

罪はないのです。僕はそういうことで、あなたに対する心持が、変りはしない。

(それよりも、ぼくにはあなたのとみがおそろしい。あなたのさいしょのひととおなじように、)

それよりも、僕にはあなたの富が恐ろしい。あなたの最初の人と同じ様に、

(ぼくもびんぼうなしょせいっぽでしかないのですから まあ しずこは、みたにのかたに)

僕も貧乏な書生っぽでしかないのですから」「マア」倭文子は、三谷の肩に

(てをおいて、ほおとほおとがすれあうほども、ちかぢかとあいてのかおをみつめながら、)

手を置いて、頬と頬とがすれ合う程も、近々と相手の顔を視つめながら、

(まあよかったといわぬばかりに、うつくしくうつくしくわらってみせた。ちょうどそのとき、)

マアよかったといわぬばかりに、美しく美しく笑って見せた。丁度その時、

(ていのへいがいから、ぞくっぽい、ふえとたいこのおんがくがきこえてきた。いちばんはやくそのおとに)

邸の塀外から、俗っぽい、笛と太鼓の音楽が聞えて来た。一番早くその音に

(きづいたのは、しぐまだ。かれはなにかふあんらしく、みみをうごかしてそのほうをながめた。)

気づいたのは、シグマだ。彼は何か不安らしく、耳を動かしてその方を眺めた。

(しげるしょうねんもいぬのようすにさそわれて、ききみみをたてた。おんがくがもんのまえあたりで)

茂少年も犬の様子に誘われて、聞き耳を立てた。音楽が門の前あたりで

(とまったかとおもうと、ちんどんやのしおからごえがかすかにきこえはじめた。みたにとしずことは)

止ったかと思うと、チンドン屋の鹽辛声が幽かに聞え始めた。三谷と倭文子とは

(しげるしょうねんがいきなりもんのほうへ、かけだしていくのをみた。しぐまもごしゅじんの)

茂少年がいきなり門の方へ、駈け出して行くのを見た。シグマも御主人の

(おともをして、あとになりさきになりはしっていった。もんのそとでは、ちんみょうなふうていの)

お伴をして、あとになり先になり走って行った。門の外では、珍妙な風体の

(ちんどんやが、おかしやのこうこくの、つらねもんくをどなっていた。むねにはたいこ、)

チンドン屋が、お菓子屋の広告の、連ね文句を呶鳴っていた。胸には太鼓、

(そのうえにはこがあって、おかしのみほんがならんでいる。きものはゆうぜんめりんすを)

その上に箱があって、お菓子の見本が並んでいる。着物は友禅メリンスを

(めちゃくちゃにつぎあわせた、わようせっちゅうのどうけふく、あたまにはふつうのかおのばいほどもある、)

滅茶苦茶に継ぎ合わせた、和洋折衷の道化服、頭には普通の顔の倍程もある、

(はりぼての、おどけにんぎょうのくびだけを、すっぽりかぶって、そのくろいほらあなみたいな)

張りぼての、おどけ人形の首丈けを、スッポリかぶって、その黒い洞穴みたいな

(くちから、しおからごえがぼうぼうとひびいてでる。ちんどんやのこえは、にんぎょうのくびを)

口から、鹽辛声がボウボウとひびいて出る。チンドン屋の声は、人形の首を

(すっぽりかぶっていたせいか、やすもののちくおんきみたいに、へんにはなにかかって、)

スッポリ冠っていたせいか、やすものの蓄音器みたいに、変に鼻にかかって、

(ほとんどいみがわからぬほどであった。だがいみはともかく、うたのようなふしまわしがおもしろく、)

殆ど意味が分らぬ程であった。だが意味は兎も角、歌の様な節廻しが面白く、

(そのうえ、いようなふうていのめずらしさに、しげるしょうねんは、もんのそとへかけだして、おもわず)

その上、異様な風体の珍しさに、茂少年は、門の外へ駈け出して、思わず

(ちんどんやのそばへよっていった。ぼっちゃん、ほら、このおかしを)

チンドン屋の側へ寄って行った。「坊っちゃん、ホラ、このお菓子を

(さしあげます。さぁ、めしあがれ。ほっぺたがちぎれるほど、おいしくてたまらない)

差上げます。サァ、召上れ。頬っぺたがちぎれる程、おいしくてたまらない

(おかし!はりぼてのかおを、おどけたちょうしでふりうごかしながら、たいこのうえの)

お菓子!」張りぼての顔を、おどけた調子で振り動かしながら、太鼓の上の

(みほんのおかしをさしだした。しげるしょうねんは、さんたくろーすのように、しんせつな)

見本のお菓子を差出した。茂少年は、サンタクロースの様に、親切な

(おじさんだとおもって、よろこんでそのおかしをうけとると、べつにおなかが)

小父さんだと思って、喜んでそのお菓子を受取ると、別にお腹が

(すいていたわけではないがめずらしさに、さっそくくちへもっていった。おいしいでしょ。)

すいていた訳ではないが珍しさに、早速口へ持って行った。「おいしいでしょ。

(さあ、これからこのおじさんが、たいこたたいて、ふえふいて、とびきりおもしろいうたを)

サア、これからこの小父さんが、太鼓叩いて、笛吹いて、飛び切り面白い歌を

(うたってきかせますよ ひゅーひゅら、どんどん。あたまでっかちのおどけめんが、)

歌って聞かせますよ」ヒューヒュラ、ドンドン。頭でっかちのおどけ面が、

(かたのうえでくるくるくる。ゆうぜんめりんすのどうけふくが、ぴょんぴょこ、ぴょんぴょこ)

肩の上でクルクルクル。友禅メリンスの道化服が、ピョンピョコ、ピョンピョコ

(あやつりにんぎょうみたいに、おもしろおかしくおどりだした。おどりながら、ちんどんやは、)

操り人形みたいに、面白おかしく踊り出した。躍りながら、チンドン屋は、

(だんだんはたやなぎていのもんぜんをはなれていく。しげるしょうねんは、あまりのおもしろさに、)

段々畑柳邸の門前を離れて行く。茂少年は、余りの面白さに、

(われをわすれて、まるでむゆうびょうしゃみたいに、そのあとからついていく。)

我を忘れて、まるで夢遊病者みたいに、そのあとからついて行く。

(おどるちんどんやをせんとうに、かわいらしいようふくすがたのしげる。そのまたあとには、)

踊るチンドン屋を先頭に、可愛らしい洋服姿の茂。そのまたあとには、

(こうしのようなしぐま。いともふしぎなぎょうれつが、さびしいやしきまちを、どこまでも)

小牛の様なシグマ。いとも不思議な行列が、淋しい屋敷町を、どこまでも

(どこまでもあるいていった。)

どこまでも歩いて行った。

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