吸血鬼31

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 kuma 5582 A 5.9 93.9% 812.4 4846 311 63 2024/11/17

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問題文

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(とりもののけいけんをもたぬこばやししょうねんは、いくらりきんでみても、ぞくぞくと)

捕物の経験を持たぬ小林少年は、いくら力んで見ても、ゾクゾクと

(こみあげてくるきょうふを、どうすることもできなかった。かれはぽけっとの)

こみ上げて来る恐怖を、どうすることも出来なかった。彼はポケットの

(ぴすとるをにぎりしめて、ちからとたのむあけちのうしろに、よりそうようにしてあるいて)

ピストルを握りしめて、力と頼む明智のうしろに、より添う様にして歩いて

(いった。やがて、ふたりは、じょうないでいちばんうすぐらい、みあげるようななみきと、たけやぶとに)

行った。やがて、二人は、場内で一番薄暗い、見上げる様な並木と、竹藪とに

(かえってみょうにおそろしかった。そのうえ、おもいもかけぬこかげから、なまなましいにんぎょうのくびが、)

却て妙に恐ろしかった。その上、思いもかけぬ木蔭から、生々しい人形の首が、

(にーっとのぞいていたりするので、まるでばけものやしきへまよいこんだかんじである。)

ニーッと覗いていたりするので、まるで化物屋敷へ迷い込んだ感じである。

(そのもりのなかで、さきにたってあるいていたあけちが、ふとあしをとめて、むこうのくらやみを)

その森の中で、先に立って歩いていた明智が、ふと足を止めて、向うの暗闇を

(のぞくようにしたので、しょうねんもぎょっとたちどまって、こわごわすかしてみると、)

覗くようにしたので、少年もギョッと立止って、怖々すかして見ると、

(ぼんやりと、みょうなところに、みょうなものがつったっていることがわかった。そのへんはいったい、)

ボンヤリと、妙な所に、妙なものが突立っていることが分った。その辺は一体、

(かぶきげきになぞらえたきくにんぎょうのぶたいなのになにをまちがえたのか、ぼうかんこーとにみを)

歌舞伎劇になぞらえた菊人形の舞台なのに何を間違えたのか、防寒外套に身を

(つつみ、けがわうらのずきんをすっぽりとかぶった、りくぐんしかんが、すぎのたいぼくにもたれて)

包み、毛皮裏の頭巾をスッポリと冠った、陸軍士官が、杉の大木に凭れて

(ひょいとたっていたのだ。へんだな とおもいながらも、しかし、まさかそれが、)

ヒョイト立っていたのだ。「変だな」と思いながらも、併し、まさかそれが、

(いきたにんげんとはしらぬので、なにげなくとおりすぎようとすると、そのしかんが、)

生きた人間とは知らぬので、何気なく通り過ぎ様とすると、その士官が、

(きかいじかけのようにつーとうごきだして、あけちのゆくてにたちふさがり、あっと)

機械仕掛けの様にツーと動き出して、明智の行手に立ちふさがり、アッと

(おもうあいだに、かれのてをにぎったかとみると、いきなりみみにくちをよせて、なにごとか)

思う間に、彼の手を握ったかと見ると、いきなり耳に口を寄せて、何事か

(ささやいた。こばやししょうねんは、ぞっとして、おもわずにげごしになったが、みると、)

囁いた。小林少年は、ゾッとして、思わず逃げ腰になったが、見ると、

(しかんにんぎょうは、そのまま、ふわふわとかぜみたいに、さきにたってあるいていく。あけちは)

士官人形は、そのまま、フワフワと風みたいに、先に立って歩いて行く。明智は

(それをひっとらえようともせず、へいきで、あとからついていく。なにがなんだかわからぬ)

それを引捕え様ともせず、平気で、あとからついて行く。何が何だか分らぬ

(けれど、しょうねんは、あけちのようすにあんどして、ともかく、あとにしたがった。すこしいくと、)

けれど、少年は、明智の様子に安堵して、兎も角、あとに従った。少し行くと、

(せいげんあんしつ のぶきみなばめんがある。たちならぶすぎこだちの、ほとんどまっくらななかに、)

「清玄庵室」の不気味な場面がある。立ち並ぶ杉木立の、殆ど真暗な中に、

など

(やぶれすすけたあんしつがたっている。そのにわさきの、ざっそうおいしげったじめんに、さくらひめの)

破れすすけた庵室が建っている。その庭先の、雑草生い繁った地面に、桜姫の

(にんぎょうが、ものにおびえたあおざめたひょうじょうでたるり、かおのぶぶんだけが、うすぐらいでんとうに)

人形が、物におびえた青ざめた表情で樽り、顔の部分丈けが、薄暗い電燈に

(てらされている。しかんにんぎょうは、そのさくらひめのまえで、たちどまった。やみのなかにかれの)

照らされている。士官人形は、その桜姫の前で、立止った。闇の中に彼の

(おぼろなかげが、みぎてをあげて、なにかをゆびさしているのが、やっとみわけられる。)

おぼろな影が、右手を上げて、何かを指さしているのが、やっと見わけられる。

(ぶきみにめいめつする、ひじょうにうすぐらいでんとうのせいもあった。また、そのにんぎょうがことに)

不気味に明滅する、非常に薄暗い電燈のせいもあった。また、その人形が殊に

(よくできていたからでもあろう。きよはるのぼうれいにおびえたさくらひめのかおは、まるで)

よく出来ていたからでもあろう。清玄の亡霊におびえた桜姫の顔は、まるで

(いきているようにみえた。いや、もっとせいかくにいうならば、ほんとうのにんげんのしにがおに)

生きている様に見えた。イヤ、もっと正確にいうならば、本当の人間の死に顔に

(そっくりであった。ただおどろきおそれているのではない。だんまつまのくもんのぎょうそうだ。)

そっくりであった。ただ驚き恐れているのではない。断末魔の苦悶の形相だ。

(ざんこくにさつがいされたおんなの、しのせつなのひょうじょうだ。こばやししょうねんは、しんぞうがのどのところへ)

残酷に殺害された女の、死の刹那の表情だ。小林少年は、心臓が喉の所へ

(おしあがってくるような、くもんをかんじた、おそろしいものをみたのだ。あまりの)

押し上って来る様な、苦悶を感じた、恐ろしいものを見たのだ。余りの

(おそろしさに、そのはっけんを、あけちにつげることさえ、はばかられるようなものを)

恐ろしさに、その発見を、明智に告げることさえ、憚られる様なものを

(みたのだ。ひざをついたさくらひめのどうたいは、すっかりきくのはでつつまれていたが、)

見たのだ。膝をついた桜姫の胴体は、すっかり菊の葉で包まれていたが、

(そのかんじがどこか、ほかのにんぎょうとちがってみえた。ひょうめんがなめらかでない。ひきちぎった)

その感じがどこか、他の人形と違って見えた。表面が滑かでない。引きちぎった

(きくのえだを、ぶさいくにおおいかぶせたかんじで、あるぶぶんはひどくみっしゅうしているかと)

菊の枝を、不細工に覆いかぶせた感じで、ある部分はひどく密集しているかと

(おもうと、あるぶぶんは、はげたようにすきまだらけだ。そのすきまから、なにかえんじいろの)

思うと、ある部分は、はげた様に隙間だらけだ。その隙間から、何か嚥脂色の

(ものが、ちらちらみえている。たしかにようふくのぬのじだ。にんぎょうがきくのころものしたに、)

ものが、チラチラ見えている。確かに洋服の布地だ。人形が菊の衣の下に、

(ごていねいにようふくをきているというのはへんである。いや、そればかりではない。)

御叮嚀に洋服を着ているというのは変である。イヤ、そればかりではない。

(さくらひめのかさばったぬればいろのかつらのしたから、のぞいているのは、あかちゃけたげんだいむすめの)

桜姫のかさばった濡羽色の鬘の下から、覗いているのは、赤茶けた現代娘の

(かみのけだ。もしや、あれは、ぞくがふみよさんをころして、たくみににんぎょうにみせかけた)

髪の毛だ。「若しや、あれは、賊が文代さんを殺して、巧に人形に見せかけた

(ものではあるまいか こばやししょうねんは、あくむにうなされているようなきがした。)

ものではあるまいか」小林少年は、悪夢にうなされているような気がした。

(そうでなくて、きくにんぎょうが、きくのしたにようふくをきていたり、かつらのなかに、べつのいろの)

そうでなくて、菊人形が、菊の下に洋服を着ていたり、鬘の中に、別の色の

(ようはつがかくれていたりするはずがない。それに、あのようふくは、ふみよさんのがいしゅつぎと、)

洋髪が隠れていたりする筈がない。それに、あの洋服は、文代さんの外出着と、

(まったくおなじいろあいではないか。しょうねんは、きょくどのきょうふに、くぎづけになっためで、にんぎょうを)

全く同じ色合ではないか。少年は、極度の恐怖に、釘づけになった目で、人形を

(みつめながら、あけちのうでをつかんだ。あけちは、むろんそのこころをさっしたけれど、かれは)

見つめながら、明智の腕を掴んだ。明智は、無論その心を察したけれど、彼は

(そのとき、こばやししょうねんのきょうふにとりあっていられぬほど、もっとじゅうだいなものをはっけんして)

その時、小林少年の恐怖にとり合っていられぬ程、もっと重大なものを発見して

(いたのだ。きかいなしかんにんぎょうのゆびさしているところ、あんしつのぶたいのおくのくらやみに、)

いたのだ。奇怪な士官人形の指さしている所、庵室の舞台の奥の暗闇に、

(ぼんやりとしらはりのちょうちんがたっていた。そのちょうちんが、いまじょじょに、なにかしら)

ボンヤリと白張りの提灯が立っていた。その提灯が、今徐々に、何かしら

(べつのものにかわりつつあるのだ。ばけものやしきのみせものに、よくつかわれる、かがみしかけの)

別のものに変りつつあるのだ。化物屋敷の見世物に、よく使われる、鏡仕掛けの

(とりっくであることがよういにそうぞうされた。そのしらはりのちょうちんが、ぼかすように、)

トリックであることが容易に想像された。その白張りの提灯が、ぼかす様に、

(きよはるのぼうれいにかわっていくこともよそうされた、だが、・・・・・・ちょうちんがぼーっと)

清玄の亡霊に変って行くことも予想された、だが、……提灯がボーッと

(かすんでいくあとから、それにいれかわって、かすかにあらわれてきたひとのかおは!ふんそうは)

霞んで行くあとから、それに入れ代って、幽かに現れて来た人の顔は!扮装は

(たしかにきよはるだ。ぼうぼうのびたとうはつ、ねずみいろのきつけ、しばいでおなじみなじみのきよはるに)

確に清玄だ。蓬々伸びた頭髪、鼠色の着付、芝居でお馴染なじみの清玄に

(そういない。それにしても、きよはるにはくちびるがあったはずだが。いま、あらわれたひとのかおには、)

相違ない。それにしても、清玄には唇があった筈だが。今、現れた人の顔には、

(くちびるがない。がいこつそっくりだ。ああ、なんというかくればしょであったか。どこを)

唇がない。骸骨そっくりだ。アア、何という隠れ場所であったか。どこを

(さがしても、ぞくのすがたがなかったはずだ。かれはたけやぶのおくのくらやみで、きよはるのぼうれいに)

探しても、賊の姿がなかった筈だ。彼は竹藪の奥の暗闇で、清玄の亡霊に

(なりすましていたのだ。ふみよをさくらひめになぞらえ、みずからきよはるにふんしたおもいつきには)

なりすましていたのだ。文代を桜姫になぞらえ、自ら清玄に扮した思いつきには

(ぞっとするような、はんざいしゃのいびつなこじがあった。おとをたてぬように、そっと)

ゾッとする様な、犯罪者のいびつな誇示があった。「音を立てぬ様に、ソッと

(しのびよるのだ。ぴすとるをもって。だが、うってはいけないよ あけちが、)

忍びよるのだ。ピストルを持って。だが、撃ってはいけないよ」明智が、

(こばやししょうねんのみみにくちをよせて、あるかなきかのこえでささやいた。ふたりはさくをこえて、)

小林少年の耳に口をよせて、あるかなきかの声で囁いた。二人は柵を越えて、

(たけやぶのなかへはいっていった。あいてはかがみにうつっているのだ。ほんものがどのへんにいるのか)

竹藪の中へ入って行った。相手は鏡に写っているのだ。本物がどの辺にいるのか

(ちょっとけんとうがつかぬ。そのかわりにあいてのほうからは、うすぐらいこちらのようすは)

ちょっと見当がつかぬ。その代りに相手の方からは、薄暗いこちらの様子は

(みえぬべんぎがある。おとさえちゅういすればよいのだ。くちびるのないきよはるは、すすむにつれて)

見えぬ便宜がある。音さえ注意すればよいのだ。唇のない清玄は、進むにつれて

(ぶきみにちゅうにただよって、ふわふわとこちらへせまってくる。)

不気味に宙に漂って、フワフワとこちらへ迫って来る。

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