吸血鬼36
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問題文
(ああ、なんというとっぴなかくれがであろう。けいさつはじまっていらい、くうちゅうへにげのぼった)
アア、何という突飛なかくれがであろう。警察始まって以来、空中へ逃げ昇った
(はんにんというのは、このかいぶつがさいしょであったにそういない。われわれのしっている)
犯人というのは、この怪物が最初であったに相違ない。我々の知っている
(ところによると、このぞくは、ぎしゅぎそくをつけているはずだ。そのふじゆうなみで、)
所によると、この賊は、義手義足をつけている筈だ。その不自由な身で、
(こくぎかんのてんじょううらをはいまわるさえあるに、あのながいつなをそらたかく、どうして)
国技館の天井裏をはい廻るさえあるに、あの長い繩を空高く、どうして
(よじのぼることができたのであろうか。おもうにはんにんは、あのみにくいようぼうに)
よじ昇ることが出来たのであろうか。おもうに犯人は、あの醜い容貌に
(かわるいぜんのしょうたいを、みやぶられまいため、からだぜんたいのかっこうをべつじんにみせるため、)
かわる以前の正体を、見破られまいため、身体全体の格好を別人に見せるため、
(けんこうなてあしに、にせのぎしゅぎそくをかぶせていたのであろう。それはともかく、)
健康な手足に、にせの義手義足をかぶせていたのであろう。それは兎も角、
(こくぎかんまえは、またたくうちに、さくやにばいした、おそろしいひとだかりとなった。どんな)
国技館前は、瞬く内に、昨夜に倍した、恐ろしい人だかりとなった。どんな
(すもうとりでも、どんなみせものでも、このそうちょうこれほどのひとをあつめることはできぬ。)
大角力でも、どんな見世物でも、この早朝これ程の人を集めることは出来ぬ。
(しかも、ぐんしゅうは、こくいっこく、ますばかりだ。けいかんたいは、うらてのふうせんけいりゅうじょへと)
しかも、群衆は、刻一刻、増すばかりだ。警官隊は、裏手の風船繋留所へと
(しゅうごうした。そこに、つなをまきとる、おおきなくるまのようなどうぐがすえつけてある。すうめいの)
集合した。そこに、繩を巻き取る、大きな車の様な道具が据つけてある。数名の
(けいかんがそのりょうたんにとりついて、よいとまけ、よいとまけ、くるまをまわす。)
警官がその両端にとりついて、ヨイトマケ、ヨイトマケ、車を廻す。
(いっすん、にすん、いっしゃく、にしゃく、そらのふうせんは、まきとるつなにひかれて、じょじょにかこうし)
一寸、二寸、一尺、二尺、空の風船は、巻取る繩に引かれて、徐々に下降し
(はじめた。それにきづいた、おもてがわのぐんしゅうは、うれしがって、ざまあみろやーい と)
始めた。それに気づいた、表側の群衆は、嬉しがって、「ざまあ見ろやーい」と
(ときのこえだ。なんてばかなやつでしょう。あんなところへのぼれば、みつかるに)
鬨の声だ。「何て馬鹿な奴でしょう。あんな所へ昇れば、見つかるに
(きまっているし、みつかれば、ひきおろされるにきまってるじゃありませんか。)
きまっているし、見つかれば、引おろされるにきまってるじゃありませんか。
(ごらんなさい、いまに、なんのぞうさもなくひっくくられてしまいますから けんぶつたちは)
ごらんなさい、今に、何の造作もなく引くくられてしまいますから」見物達は
(ときならぬみせものにきょうじながら、くちぐちに、ぞくのぐきょをあざわらった。けいかんも、)
時ならぬ見世物に興じながら、口々に、賊の愚挙をあざ笑った。警官も、
(やかたのひとびとも、おなじようにかんがえていた。もうぞくはたいほしたもどうぜんだとおもいこんで)
館の人々も、同じ様に考えていた。もう賊は逮捕したも同然だと思い込んで
(いた。ところが、ひとびとがそんなにたやすくかんがえたのは、たいへんなまちがいであった)
いた。ところが、人々がそんなにたやすく考えたのは、大変な間違いであった
(ことがまもなくわかった。ぞくのほうにはさいごのひじょうしゅだんがのこされているのだ。)
ことが間もなく分った。賊の方には最後の非常手段が残されているのだ。
(つなはじりじりとちぢまっていった。ふうせんにつかまったぞくは、いやでもおうでも、)
繩はジリジリと縮まって行った。風船につかまった賊は、いやでも応でも、
(いっしゃくずつ、いっしゃくずつ、てきのしゅちゅうに、たぐりよせられていった。かいぶつは)
一尺ずつ、一尺ずつ、敵の手中に、たぐり寄せられて行った。怪物は
(じっとしていた、あせったり、さわいだりするようすはなかった、ちじょうからながめると)
じっとしていた、あせったり、騒いだりする様子はなかった、地上から眺めると
(よをてっしてのかつどうに、つかれきって、ねむりこけているのではないかとすら)
夜を徹しての活動に、疲れ切って、眠りこけているのではないかとすら
(おもわれた。だが、むろんかれはねむっていたのではない、ふうせんをひきおろすために、)
思われた。だが、無論彼は眠っていたのではない、風船を引きおろす為に、
(あせになってはたらいているけいかんたちとおなじように、かれもせっせとはたらいているのだ。)
汗になって働いている警官達と同じ様に、彼もセッセと働いているのだ。
(したのひとびとにきづかれぬように、みぎてをたえまなくうごかして、あるしごとをつづけて)
下の人々に気づかれぬ様に、右手を絶え間なく動かして、ある仕事を続けて
(いるのだ。ふうせんがちじょうにつくのがはやいか、かれのきみょうなしごとがおわるのがはやいか、)
いるのだ。風船が地上に着くのが早いか、彼の奇妙な仕事が終るのが早いか、
(いのちがけのきょうそうだ。ふうせんはうごかぬようでいて、いつのまにか、ぐんしゅうのずじょうに、)
命がけの競争だ。風船は動かぬようでいて、いつの間にか、群衆の頭上に、
(ばいのおおきさまでちかづいていた。きょりのせっきんにひれいして、うすちゃいろのきょだいなかいぶつは、)
倍の大きさまで近づいていた。距離の接近に比例して、薄茶色の巨大な怪物は、
(じりり、じりり、ふくれあがっていくようにみえた。やがて、とうとう、まるやねの)
ジリリ、ジリリ、ふくれ上って行くように見えた。やがて、とうとう、丸屋根の
(ふちとすれすれまで、ひきおろされた。もうこっちのものだ。かわいそうに、ぞくはいま、)
縁とすれすれまで、引きおろされた。もうこっちのものだ。可哀相に、賊は今、
(どんなきもちでいるだろう。ぐんしゅうのこころに、ねずみとりきかいにかかったねずみをながめるような、)
どんな気持でいるだろう。群衆の心に、鼠取り機械にかかった鼠を眺める様な、
(あわいどうじょうのねんさえわきあがった。あ、あいつ、なにをやっているのだ やっと、)
淡い同情の念さえわき上った。「ア、あいつ、何をやっているのだ」やっと、
(ひとりのけいかんが、ぞくのいようなどうさにきづいてさけんだ。みぎてをしきりにうごかして)
一人の警官が、賊の異様な動作に気づいて叫んだ。「右手をしきりに動かして
(いる。なんだかきらきらひかっている ないふだ。ないふでつなをきっているのだ)
いる。何だかキラキラ光っている」「ナイフだ。ナイフで繩を切っているのだ」
(いけない。はやく、はやく、あいつがつなをきりはなさぬうちに・・・・・・けいかんたちが、)
「いけない。早く、早く、あいつが繩を切り離さぬ内に……」警官達が、
(まぢかくなったふうせんをみあげて、くちぐちにどなった。まきとりさぎょうのひとびとは、それを)
間近くなった風船を見上げて、口々に呶鳴った。巻取り作業の人々は、それを
(きくと、いっそうちからをくわえ、そくどをはやめて、つなをまきとる。ふうせんがやねのふちに)
聞くと、一層力を加え、速度を早めて、繩を巻取る。風船が屋根の縁に
(ぶつかって、ゆらゆらとゆれた。ぞくのはんもっくがいようにふるえた。とどうじに、)
ぶつかって、ユラユラとゆれた。賊のハンモックが異様に震えた。と同時に、
(おおなわのせんいのさいごのひとすじがぷつりときれて、ふうせんは、きちがいのように、ぶりぶりと)
太繩の繊維の最後の一筋がプツリと切れて、風船は、気違いの様に、ブリブリと
(おしりをふりながら、おおぞらへとまいあがった。はずみをくって、まきとりきが、)
お尻をふりながら、大空へと舞い上った。はずみを食って、巻取器が、
(ひどいいきおいでからまわりをし、それにとりついていたすうめいのけいかんははねとばされ、)
ひどい勢いで空廻りをし、それにとりついていた数名の警官ははね飛ばされ、
(あるものはふってきたつなにうたれて、ころがった。わーっ とあがるかんせい、)
あるものは降ってきた繩にうたれて、ころがった。「ワーッ」と上る喊声、
(かわびらきのどんなりっぱなはなびだって、このきそうてんがいなふうせんはなびにはおよばぬ。)
川開きのどんな立派な花火だって、この奇想天外な風船花火には及ばぬ。
(さわぎずきのとうきょうしみんは、ほとんどねっきょうして、かいぞくのおもいきったきょくげいをかっさいした。)
騒ぎずきの東京市民は、ほとんど熱狂して、怪賊の思い切った曲芸を喝采した。
(うわさはしっぷうのようにちまたにひろがり、ぞくぞくとかけつけるけんぶつにんで、りょうごくばしの)
うわさは疾風の様にちまたに拡がり、続々とかけつける見物人で、両国橋の
(とうざいはときならぬかわびらきのひとやまだ。みわたすかぎり、やねというやねに、にんげんの)
東西は時ならぬ川開きの人山だ。見渡すかぎり、屋根という屋根に、人間の
(すずなりだ。かぜがなかったので、ぞくのふうせんは、いっちょくせんに、ぐんぐんてんじょうした。)
鈴なりだ。風がなかったので、賊の風船は、一直線に、グングン天上した。
(みるみるちいさくなって、はてはこどものおもちゃのごむふうせんみたいになって、)
見る見る小さくなって、果ては子供のおもちゃのゴム風船みたいになって、
(とうとう、ひくいはくうんのなかへすがたをかくしてしまった。このぜっこうのなんせんすだねに、)
とうとう、低い白雲の中へ姿を隠してしまった。この絶好のナンセンス種に、
(よろこんだのはしゃかいきしゃだ。それっというので、しゃしんきをつかんで、こくぎかんへと)
喜んだのは社会記者だ。ソレッというので、写真器を掴んで、国技館へと
(じどうしゃがとぶ。あけちのあぱーとへかけつけるもの、はたやなぎけへだんわひっきに)
自動車が飛ぶ。明智のアパートへ駆けつけるもの、畑柳家へ談話筆記に
(はしるもの。なにしろあいては、すうにんのむすめをざんさつして、せっこうづめにした、きたいの)
走るもの。なにしろ相手は、数人の娘を惨殺して、石膏づめにした、稀代の
(さつじんきだ。そいつがふうせんでてんじょうしたのだ。よにこれほどげきじょうてきなじけんが、)
殺人鬼だ。そいつが風船で天上したのだ。世にこれ程激情的な事件が、
(またとあろうか。ひこうきだ。ひこうきでおっかけろ だれしもそれをかんがえた。)
またとあろうか。「飛行機だ。飛行機で追っかけろ」誰しもそれを考えた。
(なんというすばらしいかつげきであろう。そうぞうしたばかりでむねがおどった。そして、)
何という素晴らしい活劇であろう。想像したばかりで胸が躍った。そして、
(じじつひこうきがとんだのだ。けいしちょうはさすがにじちょうして、そんなことはしなかった)
事実飛行機が飛んだのだ。警視庁は流石に自重して、そんなことはしなかった
(けれど、あるしんぶんしゃがみんしゅうのいこうをむかえて、おさきばしりになって、しょゆうのひこうきを)
けれど、ある新聞社が民衆の意向を迎えて、お先走りになって、所有の飛行機を
(とばせた。そのひこうきにとうじょうしたしゃかいきしゃは、ぞくをとらえるのではなくて、)
飛ばせた。その飛行機に搭乗した社会記者は、賊を捕らえるのではなくて、
(おおぞらのくものなかで、このにんきもの ふうせんおとこ の、だんわひっきをとるつもりであったかも)
大空の雲の中で、この人気者「風船男」の、談話筆記をとるつもりであったかも
(しれない。そのひだいいっかいのらじお・にゅーすで、このことが、とうきょうはもちろん、)
知れない。その日第一回のラジオ・ニュースで、このことが、東京は勿論、
(ぜんこくにつたえられた。ぞくをのせたふうせんは、ついにくものなかに)
全国に伝えられた。「賊をのせた風船は、遂に雲の中に
(かくれました。・・・・・・という、あなうんさあのいっくが、ぜんこくの)
隠れました。・・・・・・」という、アナウンサアの一句が、全国の
(らじおちょうしゅしゃを、どきんとさせた。ゆめかおとぎばなしみたいなできごと。それが)
ラジオ聴取者を、ドキンとさせた。夢かお伽噺みたいな出来事。それが
(らじお・どらまではなくて、せいふのかんとくかにあるほうそうきょくのまじめな)
ラジオ・ドラマではなくて、政府の監督下にある放送局の真面目な
(にゅーすなのだから、びっくりしないではいられぬ。)
ニュースなのだから、びっくりしないではいられぬ。