吸血鬼40

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(みっつのはがた)

三つの歯型

(しながわわんのかつげきがあったよくよくじつ、つねかわけいぶが、あけちこごろうのびょうしつをみまった。)

品川湾の活劇があった翌々日、恒川警部が、明智小五郎の病室を見舞った。

(びょうしつといっても、かれのじむしょとじゅうたくをかねた、かいかあぱーとのしんしつである。)

病室といっても、彼の事務所と住宅を兼ねた、開化アパートの寝室である。

(かたのだぼくしょうのため、いちじはひどいはつねつをみたけれど、もうねつもとれ、きずのいたみが)

肩の打撲傷の為、一時はひどい発熱を見たけれど、もう熱もとれ、傷の痛みが

(のこっているばかりで、ほとんどげんきをかいふくしていた。あけちはすでに、しんぶんしじょうで、)

残っているばかりで、ほとんど元気を回復していた。明智は已に、新聞紙上で、

(だいたいのことはしっていたけれど、つねかわしは、さらにくわしく、じけんのけいかをかたって)

大体のことは知っていたけれど、恒川氏は、更にくわしく、事件の経過を語って

(きかせた。しろうとたんていは、べっどにぎょうがしたまま、ときどきはしつもんをはっしながら、)

聞かせた。素人探偵は、ベッドに仰臥したまま、時々は質問を発しながら、

(ねっしんにきいていた。べっどのまくらもとには、ふみよさんが、つききって、いっさいのせわを)

熱心に聞いていた。ベッドの枕元には、文代さんが、つき切って、一切の世話を

(している。でんわでおねがいしたものは、おもちくださいましたか いちおう、)

している。「電話でお願いしたものは、お持ち下さいましたか」一応、

(はんにんできしのもようをききとってしまうと、あけちが、まちかねたようにたずねた。)

犯人溺死の模様を聞き取ってしまうと、明智が、待兼ねたように尋ねた。

(もってきました。どういうおかんがえかわからなかったけれど、あなたの)

「持って来ました。どういうお考えか分らなかったけれど、あなたの

(ごいらいですから、ともかく、かたをとってきました つねかわしは、しのぬのにつつんだ、)

御依頼ですから、兎も角、型を取って来ました」恒川氏は、白布に包んだ、

(ちいさなものを、まくらもとのてーぶるにおきながら、しかし、こういうものは、もう)

小さなものを、枕元のテーブルに置きながら、「しかし、こういうものは、もう

(ひつようありますまい。はんにんのすじょうが、やっとわかったのです。じつはそれを)

必要ありますまい。犯人の素性が、やっと分ったのです。実はそれを

(おしらせしようとおもって こんどのじけんでの、あけちのはたらきは、けいしちょうのめいたんていから)

お知らせしようと思って」今度の事件での、明智の働きは、警視庁の名探偵から

(かようなとりあつかいをうけるねうちが、じゅうぶんにあったのだ。わかりましたか、いったいなにもの)

斯様な取扱いを受ける値打が、充分にあったのだ。「分りましたか、一体何者

(でした ひじょうにかわったおとこです。いがくじょう、いっしゅのへんしつしゃなのでしょう。あまり)

でした」「非常に変った男です。医学上、一種の変質者なのでしょう。あまり

(ゆうめいでないたんていしょうせつかで、そのだこっこうというやつです ほう、たんていしょうせつか)

有名でない探偵小説家で、園田黒虹という奴です」「ホウ、探偵小説家

(でしたか しんぶんにでたしにんのしゃしんをみて、そこのやぬしがしらせてきたので、)

でしたか」「新聞に出た死人の写真を見て、そこの家主が知らせて来たので、

(さっそくかれのすまいをしらべてみましたが、じつにおそろしいやつです そのだこっこうというのは)

早速彼の住いをしらべて見ましたが、実に恐ろしい奴です」園田黒虹というのは

など

(いちねんにいちどくらいずつ、わすれたころに、ぽっつりとひじょうにぶきみなたんぺんしょうせつをはっぴょうして)

一年に一度位ずつ、忘れた頃に、ポッツリと非常に不気味な短篇小説を発表して

(りょうきのどくしゃをこわがらせている、きみょうなさっかであった。せけんはもちろん、かれのさくひんを)

猟奇の読者を怖がらせている、奇妙な作家であった。世間は勿論、彼の作品を

(はっぴょうしたざっしでさえも、こっこうというおとこが、どこにすんでいるのか、どんなかおを)

発表した雑誌でさえも、黒虹という男が、どこに住んでいるのか、どんな顔を

(しているのか、すこしもしらなかった。げんこうはいつもちがったゆうびんきょくからゆうそうされ、)

しているのか、少しも知らなかった。原稿はいつも違った郵便局から郵送され、

(こうりょうはそのときどきのきょくどめおきでおくることになっていた。かれがたんていしょうせつさっかで)

稿料はその時々の局留おきで送ることになっていた。彼が探偵小説作家で

(あることは、やぬしもきんじょのひとたちも、まるでしらなかった。すこしもつきあいを)

あることは、家主も近所の人達も、まるで知らなかった。少しもつき合いを

(しない、いつもとをしめて、いえにいるのかいないのかわからぬ、どくしんのかわりものと)

しない、いつも戸を閉めて、家にいるのかいないのか分らぬ、独身の変り者と

(いうことがわかっていたばかりだ。それは、いけぶくろのひじょうにさびしいばしょにある、)

いうことが分っていたばかりだ。「それは、池袋の非常に淋しい場所にある、

(いっけんだてのこじゅうたくなんですが、いえのなかをしらべてみると、まるでばけものやしきです。)

一軒建ての小住宅なんですが、家の中を検べて見ると、まるで化物屋敷です。

(おしいれのなかに、がいこつがぶらさがっている。つくえのうえには、にんぎょうのくびがころがっている。)

押入れの中に、骸骨がぶら下っている。机の上には、人形の首が転がっている。

(そのくびに、あかいんきがべたべたぬってある。かべというかべには、ちみどろのにしきえが)

その首に、赤インキがベタベタ塗ってある。壁という壁には、血みどろの錦絵が

(はりつけてある。といったぐあいです ほう、おもしろいですね あけちはねっしんに)

張りつけてある。といった具合です」「ホウ、面白いですね」明智は熱心に

(あいづちをうつ。ほんだなのしょもつはといえば、ないがいのはんざいがく、はんざいし、はんざいじつわと)

合槌を打つ。「本棚の書物はといえば、内外の犯罪学、犯罪史、犯罪実話と

(いったものでうまっている。・・・・・・つくえのひきだしには、かきかけのげんこうしがたくさんはいって)

いったもので埋まっている。……机の抽斗には、書きかけの原稿紙が沢山入って

(いましたが、そのげんこうのしょめいで、こっこうというへんなぺんねーむがわかったのですよ)

いましたが、その原稿の署名で、黒虹という変なペンネームが分ったのですよ」

(ぼくはこっこうのしょうせつをよんだことがあります。ひじょうにかわったさっかだとはおもって)

「僕は黒虹の小説を読んだことがあります。非常に変った作家だとは思って

(いました あいつは、うまれつきのはんざいしゃなんです。そのよくぼうをみたすために、)

いました」「あいつは、生れつきの犯罪者なんです。その慾望を満たすために、

(おそろしいしょうせつをかいたのです。それが、しょうせつではまんぞくできなくなって、ほんとうの)

恐ろしい小説を書いたのです。それが、小説では満足出来なくなって、本当の

(はんざいをおかすようになったのでしょう。こくぎかんのいきにんぎょうにばけてみたり、ふうせんに)

犯罪を犯す様になったのでしょう。国技館の生人形に化けて見たり、風船に

(のってくうちゅうへにげだすなんて、しょうせつかででもなければ、ちょっとかんがえつかない)

乗って空中へ逃げ出すなんて、小説家ででもなければ、ちょっと考えつかない

(ことです。こんどのじけんはすべて、どうにも、しょうせつかのくうそうがこうじたという、)

ことです。今度の事件はすべて、如何にも、小説家の空想が嵩じたという、

(とっぴせんばんなものでした ぞくがつけていたというろうめんのせいぞうしゃをおしらべに)

突飛千万なものでした」「賊がつけていたという蝋面の製造者をお検べに

(なりましたか あけちがたずねる。しらべました。とうきょうには、ろうざいくのせんもんこうじょうは)

なりましたか」明智がたずねる。「検べました。東京には、蝋細工の専門工場は

(しごけんしかありませんが、それをのこらずしらべさせました。しかし、どこにも、)

四五軒しかありませんが、それを残らず調べさせました。しかし、どこにも、

(あんなものをつくったいえはないのです ろうざいくは、べつにおおじかけなどうぐが)

あんなものを作った家はないのです」「蝋細工は、別に大仕掛けな道具が

(いるわけでもないのでしょう ええ、かたさえあれば、あとは、げんりょうとなべと、)

いる訳でもないのでしょう」「エエ、型さえあれば、あとは、原料と鍋と、

(それからせんりょうだけでできるのです。たぶんあいつは、せんもんのしょくにんにたのみこんで、)

それから染料だけで出来るのです。多分あいつは、専門の職人に頼み込んで、

(じたくでひみつにつくらせたものでしょう。ぼくはろうざいくのこうじょうへいってみましたが、)

自宅で秘密に作らせたものでしょう。僕は蝋細工の工場へ行って見ましたが、

(すこしこつをのみこみさえすれば、しろうとにだってできそうな、ごくかんたんなしごとです。)

少し骨を飲込みさえすれば、素人にだって出来相な、ごく簡単な仕事です。

(それで、できあがったものは、まるでせるろいどのようにうすくって、いくらか)

それで、出来上ったものは、まるでセルロイドのように薄くって、いくらか

(だんりょくもあって、そのうえ、にんげんのいきがおにそっくりなんだから、かんがえてみれば、)

弾力もあって、その上、人間の生顔にソックリなんだから、考えて見れば、

(おそろしいへんそうどうぐですよ。それを、ひたいのはえぎわからみみのうしろまで、すっぽり)

恐ろしい変装道具ですよ。それを、額の生え際から耳のうしろまで、スッポリ

(かぶっていたのです。いろめがねやますくでかくさずとも、ちょっとみたのでは、めんと)

かぶっていたのです。色眼鏡やマスクで隠さずとも、一寸見たのでは、面と

(きづかぬほどよくできていました このようなおもいきったへんそうしゅだんは、ろうれんな)

気付かぬ程よく出来ていました」この様な思い切った変装手段は、老練な

(つねかわしにとってもさいしょのけいけんであった。じつになにからなにまで、しょうせつかの)

恒川氏にとっても最初の経験であった。「実に何から何まで、小説家の

(ちゃくそうです。じっさいてきなけいさつかんにとって、こういうくうそうのこうじた、きちがいじみた)

着想です。実際的な警察官にとって、こういう空想の嵩じた、気違いじみた

(はんざいは、いちばんにがてですよ。しかし、あなたがたのおほねおりで、やつもとうとうまいって)

犯罪は、一番苦手ですよ。しかし、あなた方のお骨折りで、奴もとうとう参って

(しまいました。ころしたのはすこしざんねんですが、せけんをさわがせた、くちびるのないかいぶつの)

しまいました。殺したのは少し残念ですが、世間を騒がせた、唇のない怪物の

(じけんも、これでらくちゃくしたわけです けいぶはほんとうにあんどしたらしいくちょうであった。)

事件も、これで落着した訳です」警部は本当に安堵したらしい口調であった。

(いちおうらくちゃくしたようにみえますね あけちがにこにこしながら、みょうなことを)

「一応落着した様に見えますね」明智がニコニコしながら、妙な事を

(いいだした。え、なんですって?つねかわしはぎょっとしたようすで、すると、)

いい出した。「エ、何ですって?」恒川氏はギョッとした様子で、「すると、

(あなたは、まだ・・・・・・ああ、きょうはんしゃのことをいっていらっしゃるのですか)

あなたは、まだ……アア、共犯者のことをいっていらっしゃるのですか」

(いや、きょうはんしゃなぞではありません。こんどのじけんのおそるべきしゅかいのことをかんがえて)

「イヤ、共犯者なぞではありません。今度の事件の恐るべき首魁のことを考えて

(いるのです しかし、そのしゅかいは、しんでしまったではありませんか)

いるのです」「しかし、その首魁は、死んでしまったではありませんか」

(ぼくには、なんだか、それがしんじられないのです さすがのおにけいぶも、あけちの)

「僕には、何んだか、それが信じられないのです」流石の鬼警部も、明智の

(このきかいせんばんなことばには、あっけにとられてしまった。)

この奇怪千万な言葉には、あっけにとられてしまった。

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